安心出来る人

ジェネシスは普段アンジールが居る時に限っては、自分の部屋で過ごすよりもアンジールの部屋で過ごす事の方が多かった。何故、と問われても困るのだが、観葉植物だらけの部屋が不思議と自室よりも落ち着ける気がした。アンジールと一緒に居るという空気そのものが好きなのかも知れない。

そして、今日もジェネシスはアンジールの部屋に居た。ソファに腰掛けると、目の前のローテーブルに幾葉もの写真が置いてある事に気付く。
「現像、上がったんだな」
台所に居るアンジールに言葉を投げながら、一葉一葉手に取って見ていく。未だに銀鉛フィルムを使っているところがアンジールらしい。どれも美しい風景写真だ。だが、全く同じ構図で撮られた物も幾つかある。
「気に入ったのがあれば、焼き増しするぞ?」
アンジールは言いながら、二人分の紅茶をテーブルの上に置いて自分もソファに腰掛ける。アンジールの問掛けに「ああ」と適当に返事をしておいて、ジェネシスは少し気になっていた疑問を口にする。
「ところで、どうして同じ構図の写真が何枚もあるんだ? アナログじゃあフィルムが勿体ないだろう?」
写真に凝っているアンジールは、確かフィルムも高感度の高価な物を使用していた筈だ。
「それは、そうなんだがな……」
アンジールは、苦笑して続ける。
「同じ構図ではあるが、F値や露出補正を少しずつ変えて撮ってあるんだ。そして、上がった現像を見て上手くいったヤツを選ぶ。まあ、保険みたいなものだな。フィルムは確かに勿体ないが、明るさの加減が難しい風景を撮る時とかはどうしても何パターンか撮っておかないと、ちょっと不安になる」
流石にジェネシスはそこまでカメラに詳しくないので、アンジールの解説は話半分に聞き流して、一葉の写真を手にする。
「これなんかは好きだな。夕焼けに染まった空が複雑なグラデーションを作り出して、麦畑が夕焼けに映えるかのように鮮烈な赤みを帯びて……何だか不思議な味わいがある」
「そうか! これは、俺も気に入ってるんだ。敢えて露出をマイナス補正にしてな、シャッタースピードは長めにして……。狙い通りに撮れたかどうか、仕上がるまで心配だったんだが、上手くいって良かった」
それに……と、更にアンジールは付け加えて言った。
「これは、お前に見せたいと思って撮った風景だからな。お前が気に入ってくれたのなら、何よりだ──
その言葉にジェネシスは少しドキリとして見上げる。
── 俺に見せたいと思って?」
「ああ、写真を撮るというのはその風景を残して置きたいとか、そういう単純な理由じゃない。誰かに見て貰わなきゃ、わざわざ写真に撮る必要なんかないだろう?」
アンジールは紅茶を一口啜ってから、続けた。
「大抵は不特定多数の誰かで構わないんだがな。ジェネシス……お前に見せたいと思って撮る事も多いんだ」
遠く離れたところにあっても、アンジールが自分の事を想いながらカメラを構えているのかと思うと、ジェネシスは少し胸が熱くなる。
「アンジール」
「ん?」
ジェネシスは、先程の写真をアンジールに示してみせる。
「この写真を、焼き増ししてくれないか? 出来れば、大きく引き伸ばして……俺の部屋に飾りたい」
「ああ、いいぞ」
アンジールが自分を想って撮ってくれた写真。そして、自分とアンジール、二人が気に入った写真。

きっと、この写真のある空間は、アンジールの居るこの部屋のように安心出来るだろうから……──

end
2008/6/23