だんだん離れていく

アンジールの背中に生えてきたのは、ジェネシスとは正反対の、アンジール自身を象徴するかのような大きく真っ白な清い翼。
その翼を見た瞬間、ジェネシスは上手く言葉に表現出来ない齟齬を感じた。自分とアンジールとは同じモンスターなのだと思っていたが、それは大いなる勘違いだったのではないか、と。
アンジールはアンジールで、己れの背中に到頭生えてきてしまった白い片翼に、自分がモンスターであるという事実を改めて突き付けられたようで、更なる深い懊悩という名の深淵にその身を沈めつつあった。

ジェネシスとアンジールは、ジェネシスの実家を仮住まいとして其所で暮らしていた。
ジェネシスの実家には彼の両親の姿は見当たらなかった。だが、ジェネシスの周囲には明らかにその事に関して触れられたくないという、身を切られる程のピリピリした空気が漂っており、幼馴染みでも── いや、幼馴染みだからこそ、アンジールは両親の件についてジェネシスに詳細を尋ねる事が出来なかった。
神羅にいた頃は、二人は全くただの親友で幼馴染みで相棒で、友情や信頼や安堵などと言った極めて健全な感情しかお互いに抱いていなかったと思う。しかし、ジェネシスが神羅を棄てウータイでアンジールと再会し、共に故郷であるバノーラに戻ってからは、毎日のように肉体関係を持っていた。
この不自然な程の状況の変化が、ジェネシスには不思議で可笑しくて仕方がない。
まるで、この世にはもう彼等二人しか居ないかのように、お互いに求め合い貪り合った。
胸の奥にぽっかりと空いた昏い空虚な穴を埋める為の、唯一の作業のようにそれは真剣に行われた。
自身がモンスターである畏れと戸惑いと絶望と。それら一切を忘れる為の行為だったのだと思う。
幾ら両親が不在とはいえ、ジェネシスの実家でジェネシスと身体を重ねる行為を続ける事は、どこか背徳めいていた。だが、モンスターである自分達には、禁忌タブーを重ねる事がある意味似つかわしく、相応しいのかも知れない。

その日も、ジェネシスと彼のベッドの上で身体を合わせた。何度もベッドを共にしている為、だんだん身体が合うようになってきたのか、お互いに得られる快楽は以前より格段に強い。セックスでの快楽が増すと、相手への想いも強くなっていくような気がするから不思議だ。神羅を裏切り、故郷に身を潜ませ、まるで蜜月のような時間を過ごしている。
そんな生活が長く続くとは到底思っていない。だが、今のアンジールにはジェネシスを手放す事など出来そうになかった。
あのバノーラの工場で初めてジェネシスの翼を見せられた時の事を思い出す。あの時ジェネシスは、自分がアンジールに受け入れられるかどうかと言う不安と焦燥で震えていた。
己れの身体にも翼が生えてきた今、アンジールにはあの時のジェネシスの気持ちが痛い程に解る。今のこの完全にモンスターの形態を成しているアンジールの事を無条件で受け入れてくれるのは、最初からモンスターである事を知っていた母親のジリアンを除いてはジェネシスだけだろう。
── 愛している。
未だ彼にちゃんと伝えた事はないが、例え歪んだ手順を踏んで行き着いた想いであるとしても、その気持ちに偽りはなかった。彼が居なければ、翼が生えた時点でアンジールは発狂して自らの命を絶っていたかも知れない。今、こんなにも深い絶望を抱えながら、それでも死を選択せずにいられるのは、愛おしい人が存在するこの世界に未練があるからだ。
本当は、もっと己れの立場について真剣に考えるべきなのだろう。何しろ、ジェネシスを説得する為に彼に従い付いてきた筈なのに、今現在の自分はジェネシスと同じく神羅を裏切った状態だ。だが、今はジェネシスを抱く事によって得られる安堵感だけに身を浸していたかった。

互いの精を吐き出しあった後、二人はそれを洗い流すべく共にシャワーを浴びる。
シャワーを浴びながらも、まだ求め足りないかのように抱き合い密着しキスを交わす。アンジールはジェネシスの双丘に手を這わせ、先程まで自身を埋め込んでいた秘所を探る。そうして、慎重に指を差し入れ彼の中に滞った残滓を掻き出してやる。
己れで吐き出した白濁を、己が手で掻き出し洗い流す行為はさながら自傷行為のようであった。
排水溝に湯と共に流れ込んでいく白いこごりを眺めながら、自分の背中に生えた白翼も掻き毟り引き千切って全て散らせてしまえたら、と思う。
「つっ── !」
無意識に指に力が入ってしまったらしい。ジェネシスが苦鳴を上げ、縋り付く。
「悪い、痛かったか?」
「はぁ、大丈夫……だ」
強がりなジェネシスは平気そうにしてみせるが、内蔵を内側から強く引っ掻かれたのだ。かなりの苦痛を感じただろう。
「すまなかった」
アンジールは、いたわるようにそっとジェネシスの額に口付けを落とす。
「何か、考え事でもしていたのか?」
アンジールのらしくない所作に、ジェネシスはアンジールの頬を撫でながら質問する。出来れば答えたくない質問であったが、ジェネシスを傷付けてしまった手前答えないのも申し訳ない。
「翼の── 事を。考えても仕方のない事だと、分かってはいるんだが、つい……な」
「アンジール……」
ジェネシスは頬を撫でる手を休め、改めてアンジールの胸元に顔を埋ずめる。
「アンジール。お前は俺の翼を、綺麗だと、この姿も好きだと言ってくれた。── 俺も同じだ」
ジェネシスはアンジールの背中に手を廻し、翼が生える辺りの奇形した右の肩胛骨をなぞる。
「お前の翼は綺麗だ。白くて大きくて、お前に似合ってる」
彼に白翼が生えてから、ジェネシスにはアンジールが自分と同じモンスターだとは思えなくなっていた。近しい姿になった筈なのに、却って遠い存在に感じた。
アンジールはきっと自分とは違い、どれだけ変貌を遂げても真のモンスターには成り得ない。
今は毎日のように同衾どうきんし、互いを慰め合っていたとしても、恐らくいつかは袂を分かつ事になる。
こうしてだんだん離れていく事が、苦しくもあり、また嬉しくもあった。
アンジールには自分と同じ轍に墜ちて欲しくない。その翼のように穢れなくあって欲しい。

二人でバノーラに身を隠し、共に暗澹あんたんたる混沌に沈みゆく事に無上の喜びを感じながらも、相手に潔癖を望む。
アンジールとジェネシスは、誰にも説明出来ない複雑な想いをお互いに抱え、その心の奥底に忍ばせていた。

end
2009/9/29