遠雷

土砂降りの雨が容赦なく降っていた。
1stになって初めての任務としては、どうにも当たりが悪かったようだ。
視界は悪いし、新調したばかりの黒い制服も雨と泥に塗みれ、内側の方にまで水が染み込んで気持ちが悪い。
ただひとつ救いがあるとしたら、この豪雨が敵の血も味方の血も全て洗い流してくれた事くらいだ。
森の奥で大きなほむらが立ちのぼる。飛び交う怒号と悲鳴。
アンジールが辿り着いた時には激しい降雨の為、既に炎は鎮静化し、燃え残った木々がぶすぶすと燻っていた。
一個師団が丸々壊滅してしまったのではないかと思われる程、大きな円状に森林は焼き尽くされている。敵とはいえ見るも無惨な惨状に思わず目を背けると、その拍子に木に寄り掛かって座り込む幼馴染みの姿が目に入った。
どろどろの地べたに座り込んでいるものだから、折角の真新しい紅い革のコートがすっかり泥で汚れてしまっている。
焦点の定まらない瞳でただ前方を見詰めるジェネシスは、その場から身動き出来ないようだ。
アンジールが傍らに膝を付き、頬に手を滑らせると僅かに反応があった。近付いてみて初めて分かったのだが、ジェネシスの身体は小刻みに震えていた。
冷たい雨が相変わらず降っている。
だが、ジェネシスの身体の震えは雨の所為では無いのだとアンジールには解っていた。
ソルジャーの組織形態というものは、通常の軍隊と比べ些か趣きを異にする。最前線に立つ斥候は下位の2ndや3rdではなく、上官にあたる1stだ。2ndや3rdの役割は、寧ろ後方支援にある。
故に2ndや3rdの時点では直接敵と相対する機会が意外に少ない。2ndや3rdが実戦ではなく、トレーニングルームにおけるヴァーチャル訓練を課せられるのは、その為だ。
勿論ジェネシスも例外では無かった。こんなにも大勢の敵に一人で対峙し殲滅したのは、今日が初めてであろう。この赤髪の幼馴染みは、自身の手で大量の命を奪ってしまった事実に怯えているのだ。
傍らに座ったアンジールは、篠突く雨からジェネシスを庇うように優しく抱き締める。少しでも、彼の震えが止まるように──
「何時までもこうしていたら、身体が冷えるぞ?」
硬直して動かないジェネシスを何とか宥めて、無理矢理立たせると拠点のテントへと連れ帰った。

自陣に戻ると戦局が収まりつつある所為か、自分達以外にも戻っている者がちらほらいるようだった。アンジールはジェネシスの状態を考慮して、少し拠点の中心から離れたテントを借りる。
先ずは温かい紅茶を淹れてやってから。湯気が立つステンレスのカップをジェネシスに持たせてやると、少しだけ口に含む。するとようやく生気を取り戻したかのように、頬が朱を帯びてきた。
無表情だった顔がほんの少し色を取り戻す。
「寒い……」
どうにか言葉を発する程度にまで回復したようだが、ジェネシスは相変わらず身を震わせて縮こまる。見兼ねたアンジールはジェネシスの身体を覆うように抱き締めてやった。
いや、先の戦闘でアンジールもかなり疲弊していた。ジェネシス程ではないが、彼も多くの敵兵を葬っていた。
バノーラの穏健とした、のどかな村では考えられなかった濃密な血と汗と死の臭い。
ジェネシスだけではなく、アンジールも心の寄り処を、安息を、癒しを求めていた。
アンジール自身も幼馴染みの温もりをこの身に感じたかったのだ。
稲光が光って、大分間を置いてからごろごろとくぐもった音が地の底から這い上がる。雨足も幾らか落ち着いてきたようだ。
しかし、ジェネシスは遠くの雷鳴にさえ怯えているかの如くアンジールにしがみつく。既に紅茶の入ったカップは足元近くに置かれていた。
アンジールが少しだけ抱き締める腕に力を入れてやると、ジェネシスの身体からも同じくらいだけ力が抜ける。少しは落ち着いてきたのだろうかと、顔を傾け表情を確認しようとするとジェネシスも顔を上げたのでお互いに目と目が合った。
綺麗なアクアマリンの瞳は暗い場所で見ると、深海のような底知れぬ奥深さを漂わせ、吸い込まれそうになる。
アンジールが引き込まれてつい顔を近付けると、ジェネシスの顔も寄ってきて自然と口付けを交わしていた。
少し離れて、お互いを見遣って再びキスを交わす。お互いを抱き合う腕にも自然と力が入っていく。
「アンジール」
名を呼ぶ声は頼りない程か細くて儚い。明らかに普段のジェネシスとは違う。見知らぬ幼馴染みの様子が、アンジールの心の裡の何かを駆り立てた。
どさりとジェネシスの身体を地面の上に横たえ組み敷く。薄手のマット越しに草や地面の凹凸が伝わって、決して寝心地が良いとは云えない。だが、ジェネシスは何も云わず大人しく目を閉じた。
アンジールはジェネシスに持たせたカップを地面からそっと持ち上げ、邪魔にならないよう遠くに置く。そして、改めて目の前に横たわるジェネシスを見遣った。
濡れていつもの柔らかさを欠いた赤髪を梳いてやってから、軽く頬を撫でる。反動で目端に溜まっていた涙がつっと頬を滑り落ちた。
そんな何気ない、仕草にすらなっていない動作さえ美しいと思う。
アンジールは頬を撫でながら、そのままジェネシスの顎を固定して口付けを施した。
雨の音がやけに耳に付くのは再び雨足が強くなってきたのか、或いはこの場が静か過ぎるのか。制服と革のコートが擦れ合い、衣擦れの音を立てる。
何度か口付けを交わしたがジェネシスは嫌がるような素振りを見せず、更に求めるかのようにアンジールの襟元を掴んで引き寄せてくる。
深海の底に沈む感覚。
二人きりの世界で、雨の音も次第に耳に入らなくなっていく。一方で、遠くの雷鳴だけは地の底から直に迫ってくる。
何処にも逃げられない。切迫感と諦念。焦燥と安らぎ。
お互いに求めている事が解りながら躊躇していたが、却って覚悟が決まった。
アンジールは幼馴染みの腕から紅い革コートの袖を抜いてやる。コートの下はノースリーブだから流石に寒そうだが気にしない。どうせ濡れてるのだし、どちらにしろ脱がせて乾かしてやらないといけない。それ以前に、アンジールは細かい気遣いを幼馴染みに掛けてやる余裕を無くしていた。
幼馴染み故に特別だった。常に周りを気遣い配慮するアンジールにとって唯一気遣いの要らない相手。素の自分でいられる、素の自分を知っている唯一の相手ひと
口付けをやめ、唇を首筋の方に移動させるとジェネシスの身体が小さく震えた。
幾らか離れた場所とはいえ拠点の中に張られているテントの一角だ。声を出すのを抑えようとして懸命に唇を噛み締めている。
宥めるように少し赤髪を撫でてやってから、アンジールはサスペンダーを外しノースリーブをたくし上げた。ジェネシスの白い裸身が露わになる。子供の時分は兎も角として、ソルジャーになってから、特に1stになってからはお互いに肌を見せ合う機会も減った。
殊にジェネシスは揶揄われたり違う意味で熱い視線を向けられるのを避けるため、肌を晒すのを嫌っていた。だから、幼馴染みのアンジールでさえもジェネシスの裸身を間近で見るのは久しぶりだった。
大人しく両腕を上げて、胸元まで白皙を晒すジェネシス。黙ってアンジールを見詰めるその瞳には訴えかけるものすら無い。全てを許容しようと、ただ待ち構えている。
こういう場合、普通は少しずつ段階を踏むものなのかも知れない。だが、二人は幼馴染みで親友で、これ以上の遠慮は無用だった。
アンジールは再びノースリーブに手を掛けると、一気に脱がしてしまう。更にその勢いでベルトのバックルにも手を掛けた。ひとつ、またひとつとバックルを外して、ブーツもパンツも何もかも全て脱がして完全なる裸身にしてやると、流石にジェネシスも寒そうに震えた。
透かさず、震える身体を包むように抱き込んでやる。身も心も顔も近くなって、既に永の恋人であったかのように触れるだけのキスを交わす。
それでもジェネシスの、らしくない身体の強張りに、緊張している事がアンジールにも伝わった。
深い深い海の底。蒼く昏く冷たい。
呼吸もままならない場所で、キスを交わしてお互いに酸素を分け与える不毛。
しかし、此処が決して奈落の底ではない事を何よりもお互いが理解していた。額と額を付け合わせて一段と深く沈むとジェネシスの緊張も僅かに弛む。
ジェネシスが強請るようにアンジールの制服を引っ張るので、アンジールも倣って着衣を脱いだ。
「何だか、久しぶりだな」
ぽつりと赤髪の幼馴染みが呟く。恐らく裸になって対面する事が久しぶりだと、そう云っているのだろう。ジェネシスの口許にほんの少しだけ笑みが宿る。ようやく笑みの戻った幼馴染みにアンジールも安堵して一緒に笑った。
この日、何度目かも分からないキスを交わして、アンジールはジェネシスの頬に、胸筋に腹筋に、更に下腹部の方まで指先を滑らせて辿る。
そうして、少しずつ肌を寄り添わせて、肌と肌を直接触れ合わせていく。人肌の温もりが雨で冷えた身体に心地好い。
ジェネシスの身体からは徐々に強張りと震えが緩和され、表情もだいぶ穏やかになった。
「温かい……」
先刻まで寒いと震えていたジェネシスも、今や柔らかな笑みと落ち着きを取り戻す。
いつものツンと済ましたような顔も美しいが、やはりアンジールは微笑を湛えたジェネシスの顔が好きだ。それが、自分だけに向けられた特別なものだから、尚更愛おしいのだろう。
アンジールの背中に両腕を廻ししがみついてくる幼馴染みに応えるように、アンジールの右手はジェネシスの中枢を柔らかく捉える。
「あっ! ん── っ」
声を抑え切れず、遠慮がちに嬌声を上げる様を見ていると、もっと啼かせたいという嗜虐心が芽生えてしまう。
愛しいからこそ、意地悪したい。困らせたい。
自分の裡の子供じみた感情に呆れながらも、アンジールは己の指をジェネシスの後孔に突き立ててやった。
「くっ!」
跳ねるように身を捩らせながらも、必死に声を抑える幼馴染みにアンジールはそっと耳打ちしてやる。
「もう少し、お前の声を聞かせてくれ」
「む、無理に決まって……っ!」
その時、ジェネシスの訴えを掻き消すように、雷鳴が轟く。
つい先刻までは、二人を追い詰める刺客のように感じられた雷鳴。だが、今は音のカーテンとなって二人の情事を周囲から隠してくれているようだ。
アンジールによってジェネシスの後孔に差し入れられた指は、容赦なくジェネシスの身体を曝いていく。
「あっ、ああっ!」
応じるように大胆になっていく嬌声にアンジールは満足を得、充分に解されたジェネシスの後孔を己の楔で貫いた。
「あっ、あ、アンジール……っ!」
愛しい幼馴染みから漏れる声は戸惑いだけではなく、歓びも含んでいた。
ひとつになった時、二人は今まで感じた事のない熱いたぎりを体認する。お互いに既に充分解り合い、これ以上得るものなど何も無いと思っていたのに、初めて感じる未知の熱に殊更二人の身体は熱く火照ほてった。
アンジールの動きに応じるように、ジェネシスも嬌声を上げ、しがみつく。最初はゆっくりと浅く、次第に深く速くなっていく律動に、ジェネシスも徐々に快楽を感じていくさまが見て取れる。
「あぁっ!」
自分のうちにじわじわと溢れていく熱量を持て余して身をよじる。アンジールも今までの積もり積もった想いの丈も相俟って、あまり長くは我慢出来そうになかった。ジェネシスの中心を扱いてやって吐精を促しながら、アンジール自身もジェネシスの最内に己れの精を注ぎ込んだ。
お互いに想いの丈を余すところなく吐き出し合って、暫しその余熱に浸る。そうしているうちにジェネシスは疲れもあったのか、いつしか目を閉じていた。微かに寝息も感じる。どうやら眠ってしまったようだ。
何時までもこうして身を寄せ合っていたいくらい離れ難いが、このままでは折角温まったジェネシスの身体が冷えてしまう。そう思って、アンジールはテントの隅に置いてあった毛布を掛けてやった。
熟睡しているのでは、と思えるほどジェネシスは良く眠っている。少し無理をさせすぎただろうか。だが、アンジールはこの先も愛しいが故に、この幼馴染みを優しく扱ってやる事など出来そうにない。

ジェネシスはこのまま休ませてやる事にして、アンジールはテントの外に出た。
いつの間にか雨は止んでいて、雲の隙間から沈み掛けた太陽が幾らか顔を覘かせている。濡れた草木が僅かな陽光を受けてきらきらと光り輝いており、未だ雨雲が残る空と光で照らされた部分の明暗がくっきりして美しい景色を作り出す。
この風景をフィルムに収めたいとアンジールは思ったが、生憎カメラを持ってこなかった。戦場で撮りたいと思える光景に出合えるとは考えていなかったからだ。次からはカメラを携帯しようと思いながら散策をしていると、不意に背後から声を掛けられる。
振り返ると、このミッションに同行していた英雄セフィロスだった。
この時点では彼等はまだ知り合い程度で親友とはなっていない。このミッションでもほぼ別行動だったので碌に口を利く事も無かった。
「『彼』の容態は?」
「ああ、もうだいぶ落ち着いた。今は眠っている」
「軍医に診せた方が良くないか?」
ソルジャーは神羅の科学技術によって造られた戦士という側面がある為、意外とデリケートな部分が多い。
セフィロスの進言はそういう観点からすると至極真っ当だったのだが、今のジェネシスの状態を医者に診られると却って不味い。アンジールは慌ててかぶりを振った。
「いや、ただの魔力の使いすぎだ。寝てればそのうち回復するさ」
実際ジェネシスはそれ程消耗していた訳ではない。しかし、セフィロスに人を多く殺しすぎたが故の精神的ダメージなど説明しても理解し難いだろう。
「どうやら、お前も大丈夫なようだな。頬に赤みが差して健康そうだ」
「はっ?」
突然自分の話題に切り替わって、アンジールは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「お前もテントに入る前は蒼白で、今にも倒れそうだった」
もしかしてセフィロスはジェネシスの状態を聞きに来たのではなく、アンジールの状態を確認しに来てくれたのだろうか。
「あ、ああ、俺は大丈夫だ。あいつが心配だったから青くなっていただけさ」
誤魔化すように笑うとアンジールは頭を掻いた。セフィロスが気に留める程、顔に出ていたのかと思うと少し照れくさい。
「理解出来んな。何故、他人の事で具合が悪くなったり良くなったりする?」
「まあ、あいつとは、幼馴染み、だからな」
「オサナナジミ?」
まるで初めて聞いた単語のように首を傾げて復唱する英雄の姿に、アンジールは危うく溜め息を吐きそうになる。
「その……あいつと俺は、子供の頃からずっと一緒で、友達、いや、親友なんだ」
身体の関係を結んだ今となっては友人とは云えないのかも知れないが、恋人などと云う安っぽい陳腐な表現で自分達の関係を括りたくはない。やはり、『親友』というのがしっくりくる。
「親友──
まさか英雄は親友という単語も分からないのだろうか。
「あんたには、親友はいないのか?」
「いないな。そもそも親友という概念自体が理解しかねる」
アンジールはううむと唸りながら眉間に皺を寄せ、片手で顎を支えて考える。
「例えば、一緒に遊んだりふざけたり、お互いに鍛錬しあったり、時には喧嘩もしたり……だな」
「ますます、分からん」
顔を顰めるセフィロスの肩を叩きながら、アンジールは破顔して提案する。
「実践してみれば、分かる。今度、トレーニングルームで教えてやろう!」
今日、アンジールは永年の親友であったジェネシスと、親友という枠を越えた関係を築いてしまった。
その代わり、と云っては何だが、これから神羅の英雄にとって初めての親友になってやるのも悪くない、そう思った。

end
2010/5/8