誤解

遠くで、獣のような咆哮が轟く。
ジェネシスは、ミッションの拠点に張られたテントから、顔を出す。
既に辺りは黄昏を迎えており、視覚では何が起こっているのか、正確な判別は付かなかった。
ジェネシスは待機が命じられていたテントを抜け出し、咆哮が聞こえた方向に向かって足早に歩を進める。
未だ偵察から戻ってきていない3rdがいた。理由はそれだけで充分だった。
咆哮だけを頼りに、森の奥へと駆け抜けて行く。そのスピードは、英雄セフィロスにさえ匹敵する。
遂に咆哮の主を見付だし咄嗟に得物のレイピアを構えるジェネシスの目端に映ったのは、腰が抜け動く事もままならない様子の3rdだった。
とっとと逃げろ、と言いたいところであったが、あの様子では無理だろう。
ジェネシスは、巨大なドラゴンを見据えながらじりじりと立ち位置をずらし、守るように3rdの前に立った。

3rdを連れ戻ったジェネシスに、今回のミッションの指揮官である1stから叱責の怒号が飛ぶ。
待機を命じられていたのに勝手にテントの外へと抜け出したのだ。同じミッションに従事し同じ任地にいたアンジールも幼馴染みの行動をかばいきれずに黙して指揮官の傍に立つ。
「あの……ジェネシスさんは──
おずおずと進言しようとする3rdを制して、ジェネシスは不貞不貞しい態度で言い放った。
「待機なんて退屈な任務、俺の性に合わない」
まるで自分のした事の重大性が分かっていないかのように口端を上げ、笑みさえ浮かべている。
「ちょっと気晴らしに散歩に出る位構わないだろう?」
更に、やれやれという風に両手を上げると、軽くかぶりを振ってから続ける。
「何かの役に立つかと思ってコイツを連れて行ったら、却って足を引っ張られて散々だった」
横に居た3rdを指差し、忌々しげに蔑んだ。
「もうやらないから、安心しろ」
言いたい事だけ一方的に言うと、もう面倒ごとは御免だと言いたげに鬱陶しそうに顔前で手を振って、その足でそのまま何処かへ立ち去ってしまった。
「ジェネシス!」
アンジールがその去っていく背中に向かって呼び掛けるが振り返ろうともしない。
アンジールは指揮官である1stに頭を下げ親友の非礼を詫びると、ジェネシスには後で自分から注意をしておくからと伝え、何とか場を丸く収めた。
それから、ひとつ大きな溜め息を吐くと、ジェネシスを捜しに彼が向かった方角へと足を一歩進める。その時に、先程の3rdが一礼してからアンジールに話し掛けてきた。

「捜したぞ?」
森の中に大きな倒木があり、その為周辺に大きな木が生えておらず太陽光が綺麗に差し込む場所があった。拠点を作る前に周辺を探索した時、二人で見付けた。ジェネシスは特に何も言っていなかったが、気に入りの場所だろうとアンジールは見当を付けていたのだ。
ジェネシスは、その倒木の上に腰掛け俯いていた。アンジールも苦笑を浮かべながら隣に腰掛ける。
「全く、お前は素直じゃないな」
「うるさい!」
先刻3rdは、ジェネシスは自分を助ける為に持ち場を離れたのだと教えてくれた。だが、アンジールは聞かなくても大体そんなところだろうと推測していた。そして、アンジールがそこまで読んでいる事をジェネシスもちゃんと解っているのだ。
暫くお互いに何も発さず、僅かに流れてくる心地好いそよ風に身を任す。
「さっきの3rdがな、礼を伝えておいてくれと、頭を下げていたぞ」
偵察は、普通二人以上で行う。あの3rdは迂闊にもパートナーとはぐれてしまったのであろう。が、ジェネシスが一人で泥を被る結果となった為、あの3rdは特に咎められなかったのだ。
ジェネシスは訓練の指揮に当たった時はとても厳しいが、実は非常に部下を大切にする男だ。その為、陰ながらジェネシスを慕う2ndや3rdも多い。
ただ、あまりにも気難しく奔放で素直じゃないので、上官からの受けは悪かった。
アンジールは、今更「素直になれ」などと言っても聞き入れたりしない性分である事が良く分かっているから、いつも周囲の人間へのフォローに回った。
それでも、アンジールはジェネシスに提言してしまう。
「お前はもう少し、自分を大事にしろ。今のままじゃ誤解されて、いずれ身動き出来なくなるぞ?」
ジェネシスは大人しくアンジールのアドバイスに耳を傾けているようだったが、突如として顔をあげアンジールを見詰めた。
「誤解なんて、されても構わない」
返ってきたのは意外な返答であった。
その表情は毅然として真っ直ぐ前を見据え、決して投げ遣りになっている訳ではなく、本心からの言葉なのだと解る。
「しかし……」
幾らジェネシスなりの信念があろうとも、神羅カンパニーという組織のソルジャーとして時には適切な団体行動も求められる。そういった状況下で、「誤解されてもいい」という行動を取り続けるのは非常に危うい行為に思えた。しかも、既にソルジャー・クラス1stとはいえ、まだ昇格したばかりで立場も弱い。
すると、不意にジェネシスは表情を崩して穏やかな雰囲気を醸すと、隣に腰掛けるアンジールの肩に寄り掛った。
「俺は── お前だけが分かってくれれば、それで良いんだ。お前だけは、何があろうと俺を誤解なく理解してくれる。それで、充分……だ」
それは、まるでアンジール以外の誰からも理解されなくて良いという、告白にも取れた。
「ジェネシス……」
いつものアンジールなら、厭世的とも思えるジェネシスの言葉に、説教のひとつでもしたかも知れない。だが、それは不器用で他人と深い関わりを持つ事が苦手な幼馴染みの、精一杯の妥協点なのだろう。
仕方がない。
アンジールは、胸の裡でひとつ嘆息する。
ジェネシスは恐らく親友以上の感情を自分に抱いている。そして、アンジール自身も──
この想いを抑えなければ、いつか深みに嵌るだろう。
だが、拒絶したり回避したりするのではなく、受け入れてやりたいと思う。
今は無理でも、いつの日か必ず。
この親友を解ってやれるのは自分だけだと思うから。
この自分を解ってくれるのはジェネシスだけだと思うから。
他の誰にも渡したくないと、思うから──

アンジールはジェネシスの肩を抱き寄せると、今はまだ『友愛』の意味に取れる口付けをその白皙の頬にそっと落とした。

end
2009/10/16