秘密と嘘
アンジールには、嘘は吐き通せない。
何時かは見抜かれてしまうから。
トレーニングルームでジェネシスが受けた傷は思いの外状態が悪く、アンジールからの輸血を要した。そして、その後も色々と検査等が必要だとかで、なかなか医務室から出られなかったジェネシスをアンジールは毎日のように見舞っていた。
「別に毎日来なくたっていい。お前も忙しいだろう?」
ジェネシスはベッドの上で上半身を起こして、大して興味も無い雑誌をパラパラと捲り軽く目を通しながら言った。
「何があったんだ?」
「── 何の事だ?」
突然のアンジールからの質問に雑誌から目を上げ、意図を半ば察しながらも意味が解らない振りをして答える。
無言のままアンジールがジェネシスの頬に右手を差し延べた瞬間、ジェネシスは反射的に身を竦めてしまった。
「俺に触れられるのを、避けているだろう?」
言い逃れ出来ない状況に、ジェネシスは黙してアンジールの顔を見詰め、手元の雑誌をサイドテーブルに置いた。
「悪い……。そういうつもりじゃなかった。怪我したばかりで、過敏になってるんだ。気にするな」
こんな口先ばかりの嘘を吐いても、アンジールには通用しないと分かっている。だが、本当の理由など話せる筈がなかった。
「俺にも言えない事なのか?」
案の定、アンジールから返ってきた言葉は、ジェネシスの言葉が嘘である事を前提としたもので── 。
ジェネシスは、俯いて軽く唇を噛み締めパジャマの襟元を絞るように握り締める。その顔は、心なしか蒼褪めているようだった。
アンジールは一度引っ込めた右手を再び伸ばし、ジェネシスの頬に手を添え強引に上向かせると、そのまま口付けた。戸惑いの色を交えた瞳で自分を見詰めるジェネシスに再度問う。
「俺を嫌いになった訳じゃないよな?」
「違う── !」
即答で返って来た返事にアンジールは安堵する一方で疑問がつのる。では、何故── と更なる質問を被せる前に、ジェネシスの方が再び口を開いた。
「好き……だから、言えない事も、言いたくない事も……ある」
アンジールは、軽い溜め息をひとつ漏らす。
「一体、何年の付き合いだと思ってる? 今更、俺に隠し事をするのか?」
言いながら、アンジールはもう一度口付けてジェネシスの肩に手を掛けると、ゆっくりとベッドに押し倒した。
「っ! ……アンジール」
困惑の表情を浮かべるジェネシスを無視して、その白い首筋に口付けを落としながら、襟元を押さえるジェネシスの手を払ってパジャマをはだけさせる。
露になった均整の取れた肉体。ソルジャーとしては目立つ程の白い肌。そして、その左肩、白皙に赤黒く染みを作る無惨な傷痕。
「傷痕が── 残ったんだな……」
大した傷ではないと聞いていたから、ソルジャーの身体であっても傷痕が残る程に深い傷だとは思ってもみなかった。辛そうに顔を背けるジェネシスに咄嗟に掛ける言葉が見付からず、アンジールはその柔らかな赤髪を優しく梳いてやる。
「幻滅── しただろう?」
ジェネシスは、アンジールの手を払い退けると自嘲気味に吐き棄てる。
綺麗だと、何時も抱かれる度に囁かれた睦言。一部とは言え、その肌は醜く汚れてしまった。
「馬鹿な事を言うな! こんな事で俺の気持ちが離れるとでも思っていたのか?」
アンジールの唇が、左肩の傷痕に落とされる。
「ぅ……んン……!」
その傷痕も愛しい恋人の一部であると言わんばかりに、丹念に優しく施される愛撫にジェネシスは思わず艶めいた声を洩らす。
アンジールの愛撫は傷痕だけに止まらず、更に下方へとその唇は移動していく。既に乱れたパジャマの上着を更に脱がせて、ズボンも下着ごと引き下ろした。
「あ、アンジール……駄目、だ!」
俄かに抵抗の仕草を見せるジェネシスを口付けで以って唇を塞いで黙らせる。
ジェネシスが病み上がりでまだ万全の体調ではない事は分かっている。だが、アンジールにはもう自制が効かなかった。
「ん! ……くっ……」
久しぶりの受け入れるという行為にジェネシスは最初の内こそ苦しそうに顔を歪めていたが、やがては呼吸を乱し時折びくりと身を跳ねさせる。場所が医務室という事もあってか、左手を口元に当て指を噛んで嬌声が洩れるのを必死に我慢しているようだった。
アンジールは、汗の滲む額に張り付いた赤髪を梳いてやりながら、口元から指を外して代わりに自らの唇で塞いでやる。空いた両手でジェネシスは、アンジールの背中に腕を廻してしがみついた。
お互いに吐精して身を離すと、ジェネシスはうつ伏せになって枕に顔を埋め苦しそうに肩で息をしている。
やはり、無理をさせてしまったかとアンジールは申し訳なく思ったが、後悔は無かった。
「ジェネシス、その傷痕だが……」
「何だ?」
ジェネシスは、うつ伏せたまま少し顔を上げ、目線をアンジールに送る。
「神羅の技術なら、形成手術とかで消す事も出来るんじゃないのか?」
「そうかもな。── 消して欲しいか?」
ジェネシスは、身を起こして髪を掻き上げると、まるで挑発するように問うた。
「いや、いい」
言うと、アンジールはジェネシスをそっと抱き締める。
「そんな傷痕なんて、俺達にとっては些細なモノだ。そうだろう?」
「ああ── そうだな」
ジェネシスは、アンジールの肩に顔を埋めて、感情の籠らない声で答える。確かに傷痕なんて些細な事だ。そんな些細な事でアンジールを避けていた訳ではない。
そのまま両腕をアンジールの背中に廻し掛けたところで不意に躊躇した。暫しの後、結局諦めたようにゆっくり両腕を下ろす。
行為の最中には無意識に廻してしまった両手。だが、自分が異形の造られた産物であると知って尚、アンジールに縋りつく事はジェネシスには出来なかった。こんな風に肌と肌で触れ合う事すらおこがましく思えて、今迄避けてきたのに── 。
「とにかく、傷痕があろうと無かろうと俺の気持ちに変わりはない。愛してる、ジェネシス」
ジェネシスは、顔を上げてアンジールの顔を見詰める。
この優しい幼馴染みは、自分がモンスターだと知っても同じ言葉を吐いてくれるのだろうか。無意識の内にジェネシスの碧玉の瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。
アンジールは、ふとその涙に気が付いて、ジェネシスの頭に手を掛けると自分の胸に埋めさせた。
「その……そんなにお前が傷痕の事で悩んでいたとは、気が付かなかった。悪かった……」
ジェネシスは、アンジールの腕の中でただ無言で首を横に振るしかなかった。
アンジールには、どんな嘘でもいずれは見破られる。きっと、この嘘も── 。
でも、今はまだ気が付かないでいて欲しい。今はまだ、自分がアンジールを避けていた理由を、傷痕の所為だと誤解していて欲しい。
何時かはこの嘘も見抜かれて、真実を知られてしまうとしても。
今は、まだ── 。
end
2008/11/10