完全秘密主義
静けさの漂うソルジャーフロアの一角、ブリーフィングルームを出たところで幼馴染みに声を掛ける。
「ジェネシス、今夜の予定は空いてるのか?」
「何だ? 誘ってるのか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、柔らかそうな栗毛を揺らす。髪をゆったりと掻き上げるとジェネシスはアンジールの頬に意味ありげに手を添えて、顔を近付ける。唇が触れ合いそうな程の至近距離。寧ろ、ジェネシスの方が誘っているのでは、という妖艶さで迫ってくる。瞬間── フロアの静寂を破る声が響いた。
「アンジール~!」
聞き慣れた子犬の声に反射的に溜め息を吐く間もなく、ジェネシスはたちまちその身を翻しアンジールの側から離れる。
「騒がしいのが来たな。俺は、退散する」
「ジェネシス── !」
引き止める声も聞こえぬ様子でジェネシスが立ち去った後に、ザックスが息を弾ませながら寄ってくる。結局、今夜の約束は取り付けられなかった事に小さく嘆息し、しかし、その事を悟られないようにザックスの相手をしてやる。きっと、ザックスにはジェネシスの姿すら見えていなかっただろう。
ジェネシスは自分との関係を周囲に知られまいとしている── そう、アンジールは感じていた。恐らく、二人が幼馴染みというだけの関係ではなくなった頃からそうなのだと思う。勿論、同性で付き合っているという事などアンジールだって公にする気はない。だが、ジェネシスは極力人前で二人きりで会話などする事自体を避けているようで、今では二人が同郷で幼馴染みだという事さえ一部の者しか知らないであろう。そこまで徹底的に自分との関係をひた隠しにされると、流石に少し寂しいものを感じる。別に、幼馴染みとか親友であるという事まで隠さなくても良いのではないか?
夜を迎えて、結局アンジールは約束しないままジェネシスの部屋を訪ねる事にした。どうせ隣室だし、もしも不在だとしても自室に戻れば良い。
「ジェネシス! いるのか?」
少し強めにドアをノックして呼び掛ける。ドアの向こうから微かに靴音が聞こえてきて、ゆっくりとドアが開かれる。
ドアの隙間から栗色の髪に半分隠れた顔がちらりと覗いたと思うと、たちまち部屋の中へと引っ張り込まれた。即座にドアも閉められる。
「── 来ないのかと思った」
襟首を掴まれて、こちらの顔を覗き込むようにして言う。ジェネシスは既に仕事着であるソルジャー服から、寛いだラフな格好に着替えていた。
「そっちこそ、居ないのかと思ったぞ? 約束もしないうちに逃げ出しやがって……」
「ああ、だから、来ないと思ってたから……嬉しい」
頭をアンジールの胸に埋めるように預けてくるジェネシスに、アンジールはそれ以上怒る気にもなれなかった。こんな風に甘えたような仕草を見せてくれるのは自分に対してだけだと思う。この気持ちは決して驕りではないはずだ。つい感情が昂ぶって、ジェネシスを近くの壁に押し付け唇を奪う。今更、手順だとか、段取りだとかを気にするような間柄でもない。いつもの様に碌に会話もしない内に自然とベッドのある部屋へと場所を移動させていた。
ベッドの上で、対面で足を絡める様に向かい合って抱き合い、ジェネシスの白い首筋に舌を這わせる。反射的に漏れる、鼻に掛かった声がアンジールの耳朶の奥をくすぐる。
「ん……。アンジール、行き成り、というのも嫌いじゃないが、先に何か食べないか?」
アンジールの首に両手を廻し、口付けの合間に囁く。
「てっきり、夕飯の誘いなのかと思っていたから、何も食べてないんだ」
そうだな、と呟きながらアンジールは暫し考えを巡らせる。最近、忙しく任務が続いていた所為で冷蔵庫に碌な食材は揃っていない。一人の時なら、それこそ適当なあり合わせの物で何とかするのだが、ジェネシスと一緒となるとそういう訳にもいかない。ジェネシスの冷蔵庫の中身も同様に当てには出来ない。酒とバターしか入っていない事さえあるのを知っているからだ。
「どこか、外に食べに行くか?」
アンジールは、当然の結論に達した後提案した。
「二人で……か?」
「ああ」
が、ジェネシスは僅かに眉をひそめて、難色を示した。
「嫌なのか?」
「── 二人きりで、出かけるのは嫌だ」
ジェネシスのあまりにも素っ気なくつれない態度に、わざとらしく溜め息を吐きながらアンジールは違う提案を持ちかける。
「じゃあ、ケータリングでも頼むか?」
「ああ、そうしてくれ」
悪びれもせず返すジェネシスに、アンジールは首を傾げ軽く詰る。
「今更……二人で出掛けるくらい、どうって事ないだろう? 俺達は、幼馴染みなんだし……。何が、そんなに嫌なんだ?」
「……そうだな」
ジェネシスは少し俯いて暫し考えた後、面を上げアンジールの目を見据えて言った。
「俺は、秘密主義なんだ」
確かにジェネシスは、大事な事はアンジールにさえも教えてくれない事がある。
「しかも、我ながら随分と独占欲が強いらしい」
次は、悪戯っぽく意味ありげな笑みを見せ囁く。
「何が言いたいんだ?」
アンジールの口調は、何時しか呆れたものへと変化していた。それと対極をなす様にジェネシスからは、先ほどまで見せていた悪戯っぽい微笑は消え失せ、真剣そのものといった面持ちに変わる。
「俺は、我が儘なんだ。アンジールと俺の事を、誰にも知られたくない。例え、幼馴染みという事でさえ知られたくない」
ジェネシスは、今腕に抱いているのが自分の全てだと言わんばかりに、アンジールの身体にしがみつき、その胸元に顔を埋めた。
「俺の知っている事がお前の全てで、お前の知っている事が俺の全てで、あってほしい」
それは、最強の口説き文句だった。
「……本当に、我が儘── だな」
揶揄する様に返すアンジールの表情は、しかし和やかな笑みを湛えている。
「なんとでも……。でも、お前は俺の我が儘に、付き合ってくれるだろう?」
確信に満ちた様な表情でアンジールの顔を見上げるジェネシスに、アンジールは質問に答える代わりに口付けを交わした。ややあって離れた唇は、そのまま自然にジェネシスの白い喉元へと滑る様に移動する。それから、ゆっくりとジェネシスのシャツの襟元を更に寛げて、首筋から鎖骨の方へと降りていく。ぞくりとした感覚が胎内を駆け巡り、ジェネシスの身体を震わせる。
「アンジール……俺は、腹が減ってると言わなかったか?」
もう、ほとんどベッドの上に押し倒された様な格好になって尚、ジェネシスは抗議の声を上げる。
「悪い、少し我慢してくれ。食欲よりも、先に性欲を満たしたくなった」
「…………馬鹿」
「お前が、煽るようなことを言うからだ」
「ふん、勝手に欲情した癖に……」
ジェネシスは、否定的な言葉を吐きつつも抵抗する素振りを見せない。寧ろ、口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりと両手をアンジールの背後に廻し、背中を辿るように指を滑らせる。その態度を肯定と受け取って、アンジールは適当にジェネシスの着衣を乱していく。
まさに二人だけの秘密の一時。
確かに、これは誰にも知られたくない。幼馴染みだと知られて変に詮索をされたり、勝手な想像をされる事さえ忌々しい。ジェネシスの、幼馴染みとしての顔も親友としての顔も、恋人としての顔も。全て自分独りだけのモノにしたい。
── どうやら、独占欲が強いのはジェネシスだけではないらしい。
幼い頃から共に過ごした筈の親友に抱く、自分でも思いも寄らなかった度が過ぎた独占欲にアンジールは苦笑しつつ、ジェネシスの事をより深く知るために、より深く自分を刻みつけるために、躊躇いなく彼の身体を穿ち最奥に侵入した。
end
2008/9/1