名残の月
今や全盛期の面影はすっかり失い、見事なモンスター生産工場と化してしまったバノーラの工場。
神羅を裏切り、行き場を無くしたジェネシスが辿り着き、落ち着いた場所。彼の故郷。
そのバノーラの工場で、ジェネシスはいつものように窓辺に寄り掛かり『LOVELESS』を繰っていた。読む、と云うよりは、眺めていると云う状態に近く、頭に文章は殆んど入っていなかった。勿論、『LOVELESS』の内容などは既に一字一句頭に刻み込まれているのだが。
彼が『LOVELESS』を携えながら、心あらずの状態にあるのは幼馴染みのアンジールが原因だった。
ジェネシスが彼をウータイで待ち構え、自分の側に来るように誘った。最初はモンスターだと告げられても今ひとつ信じていない節があったが、やがてアンジール自身にも大きく真っ白な片翼が生えてきて到頭認めざるを得なくなった。
それからのアンジールは、劣化の影響もあったのだろう。酷く情緒不安定で、誰にも何も告げずふらりとその片翼で飛び去っていなくなってみたり、時には頭を抱えながら苦痛にのたうち廻ったりして、幼馴染みのジェネシスにも見ていられない有様であった。
その日も、アンジールが帰ってきたのは夕暮れ遅く。既に陽は翳り、夜の闇が支配し始めた頃。
ばさばさと風を切る音と共に、工場内に白い羽根が舞い散る。
「遅かったじゃないか、アンジール」
月明かりの差す工場内は、幾ら窓辺とは云え最早、本の文字を視認出来る明るさではない。それでも、未だ開いたままでいた『LOVELESS』を閉じて窓辺に置くと、ジェネシスはアンジールの近くに寄っていった。
幼馴染みが、人間である頃の記憶とモンスターであると云う事実の狭間で苦しんでいるのは、同じ苦しみを経験しているジェネシスには痛い程分かる。分かるからこそ、何も言えず、何も出来ずにいた。
「アンジール……」
そっと声を掛け、アンジールのサイドに流れる前髪を掻き上げるようにして撫でてやる。幼馴染みとして、その苦しみを分かち合ってやりたい。だが、アンジールは決してジェネシスに対して自身の苦悩を吐露する事はなかった。それが余計に歯がゆくて、もどかしくて、やるせない。こうして、子供の頃のように撫でてやるしか術はないのか。
すると突如ジェネシスの腕が振り払われ、そのままの勢いで顔面も殴られた。
驚いてアンジールを見遣ると、頭を抱え蹲っている。
アンジールとは子供の頃こそ殴り合いの喧嘩をした事があるが、お互いにソルジャーとなってからは殴られた事など無かった。何故なら、アンジールがソルジャーとして得た力を只の暴力として使用するのを好まなかったからだ。
この突然の理不尽な暴力は、劣化による発作の為であろう。
一方通行なコピー能力しか持たないジェネシスと違って、アンジールは双方向性コピーの特性を有している。ジェネシスは自分の情報を一方的に吐き出し続けるだけだが、アンジールには自分の情報の流出と同時にモンスターの情報が入り込んでくる。
ジェネシスコピーの外見が殆んどジェネシスと変わらないのに比べて、アンジールコピーの外見がアンジールとモンスターの姿を融合した奇怪なものとなっているのは、その為だ。
モンスターの情報が入り込んでくる為だろう。アンジールには、しばしば記憶の混乱が見られた。
「アンジール、俺が分からないのか?」
蹲る幼馴染みにもう一度声を掛ける。無駄な行為なのかも知れないが、黙って見ている訳にもいかない。と、更にジェネシスの顔面に拳が飛んでくる。元とは云え、神羅が誇るソルジャー・クラス1stの拳だ。僅かに口端に血が滲む。ジェネシスは殴られた頬を片手で拭いながら、痣が出来るかも知れないな、と思った。
暫くは幼馴染みを一人にしてやった方がいいだろう。自分の無力さにひとつ溜め息を吐いて、ジェネシスはその場を離れようとした。その時、引き止めるように行き成りアンジールに胸倉を掴まれる。驚いて彼の顔を見詰めると、そのまま唇を塞がれた。
「っ! ん……」
今まで交わした経験のある、悪ふざけのような遊び半分のキスではなかった。口腔内に無理矢理押し入り、強引に舌を絡ませ合うような、奪うようなキス。口腔内を乱暴に荒らされ、先程切った箇所に鋭い痛みが走る。
痛みのあまり反射的に抵抗を示すと、今度は体勢を崩す程に殴られた。ジェネシスはその場に倒れ、自身の身体を引き摺るようにして後退る。
尋常ではない幼馴染みの様子に、ジェネシスは流石に恐怖を覚え始めていた。
「アンジール!」
とにかく早く正気に戻って欲しくて名前を呼ぶ。ジェネシスの声が聞こえているのか、いないのか。アンジールは、仰向けのまま押さえ付けるようにジェネシスの上に跨った。
体重を掛けるように下半身辺りに乗り掛かられ、ジェネシスはほとんど身動きが取れなくなる。こういう時、同じ元1stであるにも係わらず、圧倒的な体格差や力差を感じて嫌でも軽い自己嫌悪に陥る。だが、ジェネシスもかつては同じクラス・1st。想像以上の力差に、同時に覚える違和感。
双方向性コピーの特性故であろうか。アンジールの力は、今やモンスターの情報をも取り込んで、それこそ元々化け物じみたクラス1stの能力さえも遙かに凌駕してしまっているように思える。それ程までに、アンジールからジェネシスに与えられた暴力は一方的だった。
組み敷いたジェネシスの黒いインナーに手を掛けたかと思うと、一気にびりびりと引き裂かれ、白い鍛えられた筋肉が露わになる。劣化も表立った症状としては未だ顕著ではない。雪のように白い透明な肌は、寒さ故か恐怖故か、微かに震えていた。
その震える肌に、確かめるようにアンジールの手が這う。正直、幼馴染みの豹変ぶりにジェネシスは身体を触られるだけでも恐怖を覚えていたのだが、朱に色付いた胸の突起を時折摘まれたりすると意に反し、どうしても声が出そうになって必死に歯を食い縛る。
アンジールの精神がモンスターの情報に蝕まれ、ついには気が狂れてしまったのではないかと云う危惧が頭を過ぎり、ますますジェネシスの身体を強張らせる。
「アンジール!」
こうして幾度となく名を呼んでも、果たして彼の心には届いているのか。絶望的な心境に陥る一方で、不意に優しく朱髮を撫でられ僅かに和む。じっとジェネシスの顔を見詰めてくるアンジールは、彼が良く知っている幼馴染みの顔に見えた。
アンジールの腕は上半身ヘの愛撫にとどまらず、ベルトのバックルをひとつひとつ丁寧に外していく。
「俺を……どうするつもりだ?」
先程より、アンジールは幾分平静に戻ったかのように見える。だが、いつもは穏やかな幼馴染みから受けた過剰な暴力は、ジェネシスの身体と精神とを傷付けた。詰問するジェネシスの声は、無意識に震えている。
「どうするつもり── か。確かに、俺はお前をどうにかしたい。もう、気持ちが抑えられなくて……苦しい」
苦渋に満ちた絞り出すような声。モンスターに半ば正常な意識を奪われ、理性が保てなくなったアンジールの魂の叫び。
「お前が、好きだ……ジェネシス」
アンジールは告白してるとは思えない程に苦しそうな表情で告げると、喰らいつくようにジェネシスの唇を奪った。
「ん……ふ、アンジール」
ジェネシスがアンジールに抱いている気持ちも勿論、好意以外の何物でもない。しかし、それは友情の域を出ないものであって、今、アンジールに求められているのは間違いなくそれ以上のもの。
抵抗したい気持ちはあったし、抵抗したつもりだった。だが、いつもとは違う幼馴染みに対する怯えの方がまさった。震える身体では、気持ちばかりの抵抗はほとんど無意味でしかなく、ジェネシスの着衣は強引に奪われていく。
曝され剥き出しにされた下半身に、無遠慮にあてがわれる屹立した雄。それは、あまりにも躊躇いなくジェネシスの内部に侵入しようと、無理矢理後孔に押し込まれた。
「いっ! ……っ、アンジール」
ジェネシスは苦悶と懇願の声を上げる。
「待っ……アンジール! 無理……ヤ、メ」
無理矢理、捩込まれたところでジェネシスに与えられるのは苦痛だけ。あまりの痛みに、目端には涙が溢れ出す。
ぷつり、と裂けたような感覚が衝撃となってジェネシスの全身を縦に走る。ぬるりとした嫌な感触。幼馴染みの凶行に、震えながらも受け入れるしかない。
しかも、皮肉な事に裂けた事に因る血液の流出が、アンジールの動きを手助けした。スムーズになった抽挿は、一転、痛みだけではない感覚をジェネシスにもたらす。それは、更なる恐怖心をジェネシスに与えた。
一方的で無理矢理な行為によって苦痛が与えられるのは予測の範囲内だ。だが、その苦痛の中に混じる身体の奥底に響くような微細な感覚。内壁の襞を擦られる度に僅かに生じる疼き。快楽とは認めたくないそれに、反応して立ち上がり掛ける自分自身。こんなセックスとも呼べない行為に、感じてしまっている自分自身にジェネシスは戸惑いと恥じらいを覚えた。
「い、嫌だ── !」
苦痛を与えられる事よりも、快楽を与えられる事が恐ろしくて、必死に拒絶を続ける。しかし、既に股を割り開かれ、アンジールを呑み込んでしまっている状態ではもはや抵抗も虚しい。加えて、押さえ付けるアンジールの力はモンスターの力を取り込んでいるかのように強靱だ。逃れられない。苦痛からも、快楽からも、アンジールからも。
それぞれの手首を床面に固定するように押さえ付けられて、その痛みもジェネシスに加算される為、なかなか快楽が苦痛を上回る事は無かった。それが余計に焦れったくて、ジェネシスは苦し気に身を捩る。そして、そんな幼馴染みの様を見ても行為をやめようとしないアンジールには、やはりジェネシスの声は届いていないのだろう。
次第にジェネシスの心の裡は、恐怖心や抵抗の気持ちよりも、早く終わらせてしまいたいという気持ちの方が強くなっていった。徐々に抵抗をやめ、為す術も無く茫然とアンジールを見詰める。すると、拘束も少し緩んで、動きも幾分穏やかになった。
「あっ……んン」
突如、場にそぐわない甘い声が漏れ出る。苦痛が和らいだ分、反動で快楽が増したのだ。
一方的な行為の筈だったが、その声でアンジールにもジェネシスがそれなりに快感を得ているのだと解った。アンジールは、ジェネシス自身に手を添え、より強い快楽を与えようとする。まるで、そうする事によって、この行為を正当化させようとするが如く。
直接、陰茎にまで刺激を与えられて、容易く快楽が苦痛を凌駕する。時折、ジェネシスの身体がびくりと跳ねる。
「はっ……ん、ああっ」
アンジールは、ジェネシスを追い詰め、追い立て、ついには絶頂へと導いた。そして、絶頂に達したジェネシスの表情や挙動を眺めながら、自身もジェネシスの裡に迸りを吐き出す。未だ、締め上げてくるジェネシスの内壁に眉根を寄せて、アンジールはようやくジェネシスを解放した。
バノーラの工場の固い床の上で、力無く暗い天井を見詰めるジェネシス。彼の頬には乾いた涙の跡が残り、長めの顔に掛かる朱髪が幾本か張り付いていた。
暫くは、そうして茫然と天井を眺めていたジェネシスも、落ち着いてきたのか、ただアンジールの動向が気になったのか、そろそろと身を起こしてアンジールを見遣る。
アンジールは身支度を済ませ、工場の外に向かおうとしていた。時刻は夜中というよりは夜明けに近いのかも知れないが、まだ充分に暗い。
「こんな時間に、出ていくのか?」
口を利いて貰えない程に非道い事をした相手に、先行きを尋ねられるとは思わなかったアンジールは少し意外そうな表情を見せて、苦笑を洩らす。
「まだ、俺の事を心配してくれるのか?」
「当たり前だ」
アンジールはジェネシスの側に屈んで、彼の顔を覗き込む。
「俺を好きでも無い癖に……」
低温と低音を兼ね備えた哀しい声音。
「好きに……決まって── !」
言い訳じみたジェネシスの言葉を遮るように、口付けで唇を塞ぐ。
「幼馴染みでも、親友でも無かったら── 同じ事が言えるか?」
詰問のような問掛けに、ジェネシスは答える事が出来なかった。そして、答えられないジェネシスを責める訳でもなく、アンジールは月の光を受けて柔らかく輝くジェネシスの朱髪を撫で付ける。その手は、先程までの凶行を演じていたとは思えない程、優しく、気遣いに満ち溢れ。ジェネシスの心は無性に痛んだ。
「俺は此所を出ていく。もう、戻らない」
改めて、立ち上がり出口へと向かうアンジール。
最早引き止める事も出来ぬまま、ジェネシスはアンジールに縋るような視線を向けるだけ。大きな白い片翼が羽ばたきの音と共に広げられる。
「これ以上、一緒に居てもお前を手伝ってやるどころじゃない。傷付けるだけだ」
抑えられない想い。維持出来ない理性。流入するモンスターの情報で混迷する思考。同じソルジャー・クラス1stであった筈の幼馴染みさえを容易く組み敷いてしまう、桁外れの剛力。
そして、先程、実際に無理矢理奪った。これ以上、自分を抑え付けるのは不可能だと云う結論に達するには充分過ぎる理由が揃っていた。
アンジールの居なくなった空虚な工場で、ジェネシスは自分の血と精液で汚れた床を見詰める。
近い筈の夜明けは一向に訪れる気配が無く、名残の月が何時までも淡く親友から受けた暴行の痕跡を照らし続けていた。
end
2010/1/18