知ってるのに知らない
その瞬間、時が止まったような気がした。
不意の再会。ウータイの戦場で、目の前に立つ失踪した幼馴染み。夜の月明りでさえも映える美しい赤髪を靡かせて、黙って立っている。
「ジェネシス……」
何故?と、問いたい気持ちを抑えて幼馴染みが口を開くのを待つ。
「アンジール、俺と一緒に来てくれ」
ゆっくりとこちらに差し伸べられる手。いつもの不敵な表情。親友がどういった事情で神羅を裏切ったのかは解らない。だが、見つけたら親友として幼馴染みとして、ぶん殴ってでも連れて帰るつもりでいた。しかし、不敵な表情の裏に隠された感情を幼馴染み故に読み取ってしまったアンジールには、差し出されたその手を払い退ける事は出来なかった。
◇◆◇
「なんなんだ? これは……」
バノーラの工場で見せられたポッドの中に存在するジェネシスと同じ顔を持つモノ達。
「俺のコピーだ」
当然のように返ってくる答えにアンジールは理解を示せず、更に疑問が増えたような表情をする。説明するのも面倒臭そうな様子でジェネシスは一旦アンジールから離れ距離を置き、背を向けると顔だけ振り返り、アンジールによく見えるように黒い片翼を出してみせた。
目の前で、大きく広がる美しい黒翼。舞い散る黒い羽根。
非現実な光景にアンジールは息を呑む。
「俺は、人間じゃない。── 神羅に造られたモンスターだ」
ジェネシスは振り返ると、ゆっくりと歩いて再びアンジールに近付く。
「神羅に復讐するんだ。当然、手を貸してくれるだろう、相棒?」
「ジェネシス……」
突然明かされた膨大な情報量に脳内の処理が追いつかず思考が麻痺して、即座に返す言葉が出ない。
「なんで……どうして、復讐……なんだ?」
「お前もそのうち嫌でも解る。俺をモンスターだと認識した人間がどれ程卑下した目で俺を見るのか。俺はもうヒトとして生きられない」
自嘲するように淡々と言葉を吐きながら、ジェネシスは幼馴染みを見上げる。アンジールはまともに見返す事が出来ずに、僅かに目を逸らした。
「どうしてだ!? ── ただ……翼が生えているだけじゃないか。どこが人間と違う?」
「お前は俺の親友だから、幼馴染みだから、そう思えるだけだ。世間はお前のように優しくはない」
何か否定の言葉を掛けてやりたかった。だが、バノーラ村に入った時から感じていた人気の少なさに、既に何事かがあったのだと察せずにはいられなかった。
「いや、言葉では何とでも言える。アンジール、お前だって……もう、俺を普通の人間と同様には見られないんだろう?」
遠回しに目を逸らしたことを非難される。知っているのに知らないそぶりは出来なかった。恐らく今のジェネシスの心には、どんな言葉で取り繕ってやっても届かない。
恐る恐る右手を伸ばして、ジェネシスの翼に触れる。それが、愛おしいものであるかのように優しく撫でてやる。ジェネシスは、一瞬身を竦ませたが大人しくアンジールが触れるに任せていた。こうして実際に触ってみても、やはりそれは大切な親友の一部であり、卑下の対象には成り得ない。どうしたら、誤解なくそれを伝えられるだろう? 翼を撫でる手をふと休め、そのままジェネシスの柔らかい髪へと移行させる。ジェネシスの髪を軽く梳いてやってから、更に頬へと手を移動させる。頬に直接触れて、初めてジェネシスが微かに震えている事に気付いた。どんなに平気そうに強気に振る舞ってみせても、やはり親友に今の自分が受け入れられるかどうかが怖いのだ。そう理解した途端、一気にジェネシスへの愛おしさが募る。
気が付くと、アンジールはジェネシスを引き寄せ抱き締めていた。今、ジェネシスの全てを受け入れてやれるのは、自分だけなのだと思うともう止められなかった。今まで、無意識のうちに抑えつけていた感情が表面張力を失った水の様に決壊して溢れ出す。
不思議そうに面を上げるジェネシスの唇に、アンジールのそれが重ねられる。戸惑いつつも軽く口を開くとアンジールの舌が侵入し、丹念に口内を探索し始める。その一方でアンジールの手は、ジェネシスのコートをゆっくりと脱がし、床の上に落下させる。一度唇を離して息継ぎをすると、更に着衣に手を掛けながらジェネシスの体勢が崩れる程のキスをして、そのままジェネシスの身体を固い床の上に横たえた。
「……ムードの無い奴」
ジェネシスは固い床の上で寝返りを打ち、右半身を下にした状態でアンジールを揶揄するように声を掛ける。
「すまん」
とりあえず謝ってはみたものの、未だ一糸も纏わぬ状態で床に転がるジェネシスをまともに見る事が出来ず、アンジールは目を逸らした。自分にとっては精一杯の意思表示のつもりだったが、この方法が正答だったのかと問われれば自信が無い。恐らく、もっとマシな遣り方があった筈だ。相手がジェネシスでさえなければ……。
「── ひとつ、お前に言い忘れてた事があった」
ジェネシスは、さも今思い出したかのように白々しく言葉を紡いだ。
「お前も……俺と同じ── だ」
アンジールは、つい勢いでジェネシスをまともに見てしまい、また慌てて目を逸らす。
「── 何の事だ?」
「お前もモンスターだ。俺と同じ実験で造られた……」
アンジールは、今度は気にせずに真っ直ぐにジェネシスを見た。
「冗談……だろう?」
「信じないなら、それでも構わない。そのうち翼でも生えてくれば、嫌でも認めざるを得ないからな」
ジェネシスはようやく固い床の上から自分の身を起こし、真っ直ぐ幼馴染みを見詰めながら冷静に告げた。
「お前が人間として、モンスターである俺を抱いてくれた事は嬉しい……。だが、俺達は同類、俺もお前も同じモンスターなんだ」
「まさか……!」
アンジールは思わず語気を荒くして立ち上がる。吐いた否定の言葉とは裏腹に、心の中では幼馴染みが言っている事が真実なのだと理解している自分がいる。ジェネシスの眼を見れば嘘を言っている訳ではないのだと、解ってはいる。だが、それは受け入れたくない現実だった。
「少し夜風に……当たってくる」
アンジールは言葉少なに簡単に身支度を済ませると、ジェネシスをその場に置き去りにして工場の外に出て行った。
何とかジェネシスを説得出来ないかと、いや、自分になら説得出来ると、そう思ってジェネシスの誘いに乗った振りをして此処まで付いて来たのに、今やアンジールの胸中はそれどころではない。
ふとアンジールは己れの手を見遣る。先程までジェネシスの美しい裸身に触れていた手指。蘇る滑らかな柔らかい肌。それでいて適度に筋肉の付いた均整の取れた肉体。見惚れる程の妖艶な媚態。熱を帯びた眼差し。誘うように腰に絡み付く脚。甘美なる一時。
一体、自分は何時からジェネシスをそういう対象として意識していたのか。
ついこの間までは、ただの幼馴染みでただの親友だった。ずっと、無意識のうちに感情を抑えてしまっていたのだろう。昨日今日芽生えた様な浅い感情ではなかった。
今になってジェネシスが自分にとって、どれ程掛け替えのない存在であったかを思い知らされる。ジェネシスなら、その正体が何者であっても構わない。
ジェネシスがモンスターである事は許容出来る。それによって自分の感情がぐらつく事はない。だが、自分自身がモンスターである事は許容を通り越して絶望を覚えた。自身の平静を保つ自信もない。
噛み合わない歯車が軋み悲鳴にも似た音を立てながら、それでも未だ回り続けようともがいていた。
end
2009/1/1