小さな頃の思い出

「そう言えば、アンジールって、うちのリンゴは食べなかったよな」
アンジールの部屋のソファで自分の部屋のように寛いで本を読んでいたジェネシスが、唐突に口を開いた。
「なんだ、急に……?」
「だって、よその家のリンゴは食べてただろう? その癖、うちのは食べてくれなかった……」
話しているうちに当時の記憶が蘇ってきたのか、ジェネシスの声は不機嫌さを帯びてくる。
「俺にも── プライドってものが、有ったんだ。いくら美味いと評判でも、親友の家のリンゴを勝手に食えるか!」
「……言えば、いくらでも食べさせてやったのに」
ジェネシスは、不思議そうに呟く。
そう言われると確かにそうだ。ジェネシスは、単なる知り合いとか友達ではない。親友だった── 今もだが── のだ。
バノーラの村に季節を問わず、あちらこちらに実を付けるバカリンゴ。
どうやらアンジールにとってバカリンゴは空腹の時に勝手に取って食べる物であって、わざわざ誰かに貰ってまで食べる物ではなくなっていたらしい。
そして、子供の頃散々食べた所為もあってか、大人になった今は正直それほど食べたいとも思わない。寧ろ、赤貧時代を思い出す食べ物のひとつだ。
が、正直に幼馴染みにそう告げても却って不機嫌になる可能性がある。
アンジールはひとつ溜め息を吐いてから答えた。
「子供の頃はだなぁ……まあ、色々とあったんだ。子供っていうのは、大人が思っている以上に色々考えていたりするだろ?」
「色々……って?」
ジェネシスは、身体を起こしアンジールの方に向きを変えて聞いてくる。
「お前と違ってうちは貧乏だったんだ。その……色々の部分は、察しろ」
適当に誤魔化すと、幼馴染みは納得出来たのか出来ないのか、複雑な表情を見せた。のち、ぽつりと呟いた。
「アンジールにも、食べて欲しかった……」
こういう時、ジェネシスが見せる表情はすごく幼くて、変わってないな……と、思う。今更、バカリンゴを積極的に食べたいとは思わないのだが、美味いと評判のジェネシスの家のバカリンゴなら食べてみても良い。
「今度、二人でバノーラに帰ったら、その時はご馳走してくれ」
すると、漸くジェネシスは満足そうな柔らかな笑みを浮かべて、再びソファに寛ぐと中断していた読書を再開した。

end
2008/5/4