夏のうたかた

長期任務から帰投したばかりだと言うジェネシスの顔色はあからさまに悪かった。ソルジャーフロアで偶然鉢合わせたアンジールは思わず問い掛ける。
「そんなにキツい任務だったのか?」
幼馴染みは眉間に皺を寄せつつ。
「キツいというか……補給を絶たれたのが痛かったな。物資が不足して……さすがに体力の限界だ」
形だけの笑顔を作って返すが、ジェネシスのことだ。恐らく自分の分の食料も部下たちに回したのだろう。自分は問題ないと強がりを言っている光景が目に浮かぶ。
「なにか、作ってやろうか?」
さぞかし腹を空かせているだろうと推測し提案する。が、それはあえなく却下されてしまった。とにかく今はゆっくり休みたい、と言うのだ。ジェネシスは幼馴染みで恋人でもあるアンジールからの食事の誘いを断ることは滅多にない。よほど疲労困憊しているのだろう。
幼馴染みの体調が気に掛かりつつも、その場は別れた。

翌日。
夕べは断られたが、彼があれからまともな食事を摂っているとも思えず、改めてランチを誘うことにした。
一旦廊下へ出て、隣室のドアをノックする。
勝手知ったるなんとやら。返事は待たずにずかずかと部屋の中へと入って行く。
しかし、リビングを見渡してみてもジェネシスの姿は見当たらない。外出したような形跡も無いし、もしや未だ寝室に篭もっているのだろうか。にわかに胸騒ぎを覚えて、ジェネシスの寝室にまで押し入って行く。
「ジェネシス!?」
果たしてベッドに臥せったままの幼馴染みを発見すると慌てて駆け寄った。
どうやら、ただ寝ぎたなく横になっている訳ではなく明らかに顔色が悪い。
「あれから何も食べてないのか?」
問い掛けると、力無く頷く。
「食欲が無い……」
額に手を当てると、若干熱もあるようだ。
「せめて、なにか水分を摂った方がいい」
慌てた様子でアンジールは幼馴染みに訴えかける。脱水症状を起こしているのではないかと案じたのだ。しかし、それでもジェネシスは首を横に振る。強気にもほどがあるだろう。アンジールは呆れた。
「今は、何も口にしたくないんだ……」
そうは言っても、この状況のまま放っておく訳にもいかない。
ソルジャークラス1stの体力だから、なんとか保っているだけで、一般人ならとっくに救急病棟のお世話になっている状態だろう。長期任務の疲労に加えて、ろくに食事も水分も摂っていないのだ。
だが、頑固で我が儘なジェネシスに正攻法が通じないのは、アンジールが誰よりもよく分かっている。
「少し待っていろ」
アンジールは、それだけ告げると自室へと戻って行った。
しばらくすると、アンジールは見慣れない器械を持って戻ってきた。下は寸胴なポットのような形状で、上部にはハンドルが付いている。おそらく、そのハンドルを回してポットの中身を撹拌させるのだろう。簡易なミキサーかフードプロセッサーのようではあるが、それにしては随分どっしりとしている。
「この間、2ndや3rdが主体で行われたレクリエーションがあって、な。ゲームの景品で貰ったんだ」
アンジールはちょっと得意げな様子でそのミキサーらしき物を指し示す。
そして、もうひとつ。
彼はバノーラ・ホワイトの缶ジュースを取り出した。缶のプルトップを開けると、アンジールはおもむろにポットの中へとジュースを注ぎ始める。
ジュースを全て注ぎ込むと、今度は蓋付きのハンドルをしっかりと取り付けグルグルと回し始めた。
何分ほど回していただろう。ぼうっとしたジェネシスの頭ではそれが長いのか短いのかも判別できなかった。
何らかの手応えを感じた様子でアンジールはハンドルを回す手を止めると、ハンドルの付いた蓋を外して中身を確認する。その表情はとても満足げだ。
おもむろに用意しておいたガラスの小鉢を手にすると、スプーンを使ってポットの中身を手際良く盛り付けていく。慣れもあるのだろうが盛りつけ方もキレイだ。夏に合う綺麗な青いガラスの小鉢を山盛りにすると、それをジェネシスの眼前に差し出す。それは、シャーベット状となったバノーラ・ホワイトジュースだった。
「このポットはアイスクリーマーなんだが、ジュースを使えばこうやって簡単にシャーベットも作れるんだ」
得意気に説明してから、さらに促す。
「これなら食欲がなくても食べられるだろう?」
ジェネシスは弱々しくも、こくりと頷く。天の邪鬼な幼馴染みも、バノーラ・ホワイトのシャーベットという未知のデザートには心惹かれたらしい。
どういった形でも、水分や糖分を摂取すれば徐々に食欲も湧いてくるだろう。アンジールはシャーベットをひと口分スプーンで掬ってやると、口元まで運んだ。
「ん、美味しい……」
いささか過保護かと思ったが、せっかく食欲が出てきたようなので、二口め、三口めと続けてシャーベットを口元まで運んでやる。
何口か胃袋に収めたところで、だいぶジェネシスの顔色が良くなってくる。先程までは、バノーラホワイトのように青褪めていた顔に、みるみる生気が宿ってくる。
顔色に幾らか赤みが差してきたところで、アンジールはシャーベットの入った器をジェネシスに託して、自力で食べるように促した。
「お代わりは幾らでもあるからな」
そう告げると、ジェネシスは嬉しそうにこくこくと頷いている。
いくらかジェネシスがシャーベットを腹におさめたところで、アンジールは安堵の笑みを浮かべながら切り出した。
「さて、食欲が出てきたんなら何か作ってやるぞ?」
さすがに、ただの水分であるシャーベットでは腹は満たされまい。とはいえ、先程までダウンしていてろくな食事も摂っていないのだ。あまり重いものは胃が受け付けないだろう。
「そうだな……ポトフやシチューとかなら食べられそうか?」
あるいはリゾットなどの方がいいのだろうかとアンジールが思案していると、いつもよりはだいぶ遠慮がちな幼馴染みの声が聞こえてきた。
「……シチューがいい……アンジールが作ったの、しばらく食べてない」
「ふむ。そうか、そう言えばそうかもな」
ミッションで戦地に赴くとアンジールはシチューなどを作りがちだ。大勢で食べるのに向いているし、野菜も肉も同時に摂取できる。その反動で、家ではあまり作らなくなってしまっていた。
「よし、じゃあ久しぶりにシチューにしよう」
もともとジェネシスの体調によっては、ポトフぐらいしか食べられないかもしれないと思い、野菜を煮込んだだけのものは既に用意してある。応用次第ではポトフにでもカレーにでも変化できるやつだ。
シチューが食べたいというならば、思っていた以上に体調は悪くなさそうだ。
それに、ジェネシスがこうして自分に甘えた様子を見せること自体がなんとなく久しぶりな感じがして、アンジールも嬉しくなった。
(弱っているジェネシスもいいな……)
などと、いささか不謹慎なことを考えながら、アンジールはやや弾んだ足取りで自室へと戻っていった。もちろん、ただの野菜煮込みでしかないものをシチューへとランクアップさせるためだ。
バノーラ・ホワイトのシャーベットにより、思いのほか元気を取り戻したジェネシスは、幼馴染みで恋人が隣室で良かったとしみじみ思う。自分ひとりでは、およそこんな機転は利かない。もう一度ベッドの上でブランケットを被りつつ、アンジールが再度、今度はシチューを携えて戻ってくるのを待った。
こうして待っている時間も楽しくて、幸せで、満ち足りていて──
昨日の時点で見栄を張らずにSOSを出すべきだったのかもしれないと反省しつつも、この一見無駄に思える時間も愛おしくて、掛け替えがなくて、大切だった。それに昨日意地を張らなかったら、今日バノーラ・ホワイトのシャーベットには決して有りつけなかっただろう。
いろいろ思うと、やはり今後も見栄っ張りをやめられそうにないと思うジェネシスだった。

end
2022/8/28