-カナリヤ-
神羅ビル、ソルジャーフロアのロビーで、ソファにゆったりと腰掛けて一人の青年が熱心に本を読み耽っていた。周囲に他に人は居ない。そっと近付く銀色の影以外は。
紅い革のコートに柔らかそうな栗色の髪。確か最近ソルジャー・クラス1stに昇格した一人だったように思う。挨拶くらいは交した事があったが、任務で一緒になった事はまだなかった。
窓から差し込む夕陽が栗色の髪に映え、美しい。青年は、セフィロスが近付くのにも気付かない様子で、相変わらず読書に夢中だった。
「随分、熱心な事だな……」
青年は、ちらりと銀髪の英雄に一蔑をくれただけで目線を再び文字の羅列へ戻す。
「何を読んでるんだ?」
英雄の問掛けに面倒臭そうに本を少し立てて表紙を見せる。『LOVELESS』── 有名な叙事詩だ。セフィロスも読んだ事は無いがタイトルは知っている。
「面白いのか?」
「読んだ事が無いのか?」
意外、と言った面持ちでこちらを見つめてくる、その隣に英雄は腰掛けた。
「聞かせてくれないか?」
意味が伝わらなかったようで、軽く首を傾げるので再度言い直す。
「読んで聞かせてくれ」
青年は、無言で本のページをパラパラと繰ると目当てのページを広げ、叙事詩の一節を読み上げた。
『深遠のなぞ それは女神の贈り物
われらは求め 飛びたった
彷徨いつづける心の水面に
かすかなさざなみを立てて』
「── いい声だな」
「感想は、それだけか?」
明らかに不服そうな声。
「悪いか?」
「内容に関する感想はないのか?」
詰られて、英雄は口角を上げ事も無げに返す。
「ああ……声に聞き惚れていたから、頭に入らなかった」
「なっ……!」
唖然とした表情の青年を残して立ち上がると、
「ジェネシス……だったな。今度、また聞かせてくれ」
そう言って、英雄は長い銀の髪を靡かせて立ち去って行った。
「……失礼な奴だ」
ジェネシスの呟きが、誰も居ないロビーに零れる。
二人がまともに会話したのは、恐らくその時が初めてだった。そして、お互いに意識し始めたのも……。
◇◆◇
宿舎の屋上にあるベンチでジェネシスは、『LOVELESS』を読み耽っていた。
「また、聞かせてくれないか?」
いつの間にか立っていた英雄に請われて、ジェネシスは『LOVELESS』の一節を朗々と読み上げる。
もはや、日課と化した光景。ジェネシスは、セフィロスが『LOVELESS』の内容を覚えるまで、毎日でも詠んで聞かせてやると、意地になっていた。
隣に腰掛けて、聴き入っていた英雄の影が不意にぐらりと揺れる。見上げると近付いてくる。
── ああ、またキスされる……
そう思うが、身体は石の様に動かない。降りてくる顔。触れ合う唇。
長い沈黙。
唇と唇を合わせているだけの無為な時間がただただ過ぎていく。
ガチャンと鳴り響くドアの音。
慌てて引き離される身体と身体。
ジェネシスの幼馴染みの姿を認めると、英雄は何事もなかったかのように立ち上がり、去って行く。
セフィロスの姿を見咎めて、入れ違うように近付いてくるアンジールはジェネシスに尋ねた。
「アイツとずっと一緒だったのか?」
僅かに嫉妬の混じる声。
「ああ」
素直に答えると、幼馴染みは心配そうな表情を覗かせる。
「でも、俺は本を読んでいただけだ……」
付け加えて『LOVELESS』の表紙を見せる。
嘘かも知れない。でも、本当の事は言えない。
また、こうして“秘密”が増える。
end
2008/2/28