-そして、始まり-
アンジールは、心配症だ──
特に、俺が1stに昇格してから酷くなった。
◇◆◇
「随分、熱心な事だな……」
夕闇迫る神羅ビル。ソルジャーフロアの一角で、時間を忘れて読書に耽っていると、不意に声を掛けられた。流れる様な銀の髪、碧空の瞳が夕陽を浴びて不思議な輝きを放つ。英雄── セフィロスだった。自分の憧れ。ソルジャーとしての目標。まさか、自分が個人的に声を掛けられる事があるなんて、思いもしない。ただでさえ人付き合いが苦手な性分で、なんと返したら良いか解らず表情を隠すように読書に戻る。
「何を読んでるんだ?」
英雄に問われ、仕方なく本を少し立てて表紙を見せる。『LOVELESS』── 有名な叙事詩だ。当然、セフィロスだって知っているだろう。
「面白いのか?」
「読んだ事が無いのか?」
意外な返答に思わず訊き返す。すると、セフィロスは隣に腰掛けて言った。
「聞かせてくれないか?」
意味がすぐに飲み込めずに首を傾げてると、更に催促された。
「読んで聞かせてくれ」
英雄の思わぬ申し出に戸惑いつつ本のページをパラパラと繰り目的のページを広げ、叙事詩の一節を読み上げてやる。
『深遠のなぞ それは女神の贈り物
われらは求め 飛びたった
彷徨いつづける心の水面に
かすかなさざなみを立てて』
「── いい声だな」
それは、詩に対する感想ではなく。
「感想は、それだけか?」
「悪いか?」
英雄は悪びれずに答える。自分の好きな『LOVELESS』を無下にされたようで面白くない。
「内容に関する感想はないのか?」
つい、詰め寄ってしまう。と、更にとんでもない言葉が英雄から発せられる。
「ああ……声に聞き惚れていたから、頭に入らなかった」
「なっ……!」
唖然として固まっていると、セフィロスは立ち上がった。
「ジェネシス……だったな。今度、また聞かせてくれ」
自分の名をセフィロスが覚えていた事にどきりとして動けないままに、長い銀の髪を靡かせて立ち去る英雄の姿を見送った。
「……失礼な奴だ」
憧れていた英雄の不躾な態度に憤慨し、誰も居なくなったロビーでジェネシスは独りごちた。
再び機会があるのなら、いくらでも読んで聴かせてやって、内容を頭に叩き込んでやりたい。そう決意して、遅れてジェネシスも神羅ビルを後にした。
◇◆◇
宿舎に戻った頃には、完全に日が落ちて暗くなっていた。
自分の部屋のドアのところで、隣室の幼馴染みが待ち構えている。
「何をやってるんだ、アンジール?」
「それは、こっちの科白だ。こんな時間まで何をやっていた?」
「俺は子供じゃないんだ。何時に帰ろうが構わないだろう?」
自室のドアを開け、中に入ると、アンジールも当然のようについてきた。コートを脱ぎ捨てソファに腰掛けながら、話を続ける。
「お前は、何がそんなに心配だって言うんだ? 俺だってソルジャー・クラス1stなんだ……何かあったとしても自分で対処出来る」
「── お前は、自覚が無さすぎだ」
アンジールは、ジェネシスに聞こえない大きさでぽつりと呟く。
ジェネシスは、ここ数年で本当に綺麗になったと思う。2ndの頃は常時マスクを着用してたからまだ良かったが、1stになってからはマスクの着用も無いしおまけにあんな目立つ紅いコートを着ていては余計に目を引く。
一人で出歩いて、何かあったら……と、心配にならない方がおかしい。
だが、そんな理由を告げてもジェネシスは怒り出すだけだろう。
少し項垂れて、深い溜め息を吐く。
そんなアンジールの様子を見て取って、ジェネシスは立ち上がってアンジールの顔を覗き込む。
「俺だって、アンジールに心配掛けたい訳じゃない……どうしたら、お前の心配が減るのか教えてくれ」
「……言ったら、怒るに決まってる」
「絶対に怒らないから言ってみろ」
絶対に怒らない── こう言った時、この幼馴染みは本当に怒らない。少なくとも自分に対しては。
そっとジェネシスの頬に手の甲を触れさせる。柔らかく滑らかな白皙の肌。じっとこちらを見上げるターコイズの瞳。
「何処にも、行くな」
「えっ……?」
眸が困惑に揺れるのを無視して、唇を触れ合わせる。長いような一瞬の間。
「こうすれば、安心出来る……」
言わなくても通じているのが分かっていて、わざと言葉にする。── 了承を得る為に。
ジェネシスは暫し沈黙と共に俯くと、すっと面を上げてアンジールの首に腕を廻し頬に唇を寄せ囁く。
「……二人っきりの時だけだからな」
「分かってる」
二人の間で交される密約。
“秘密”の始まり──
end
2008/2/29