Colorless
「もう一度、惚れさせる」
そう言ったのに……。
「何度でも好きになってやるから」
そう言ってくれたのに……。
Colorless
ウータイへ長期の遠征に行くと言うジェネシスを、嫌がるのを無理矢理ベッドに連れ込んで抱いた。
「もう、別れないか? 俺達……」
情事の後、ジェネシスはベッドの隅で蹲り、シーツにくるまったまま告げた。
「何だ……? 今のを、怒っているのか?」
「── 違う。……お前の……事が、どうして好きなのか、分からなくなった」
「確かに、今日は俺が強引だった。悪かった。だが、そんな事で……」
「違う、セフィロス!」
ジェネシスは、躊躇うように一度唇を噛んで続けた。
「── 詳しい事は、今は話したくない……。ただ、もう、お前と一緒にいるのが辛いんだ」
瞼を伏せて申し訳無さそうに告げるジェネシスに、セフィロスの身体は固まった。
「俺は、明日からウータイに発つ。多分、暫く帰らない。だから、このまま終りにしよう」
言って、ベッドから抜け出すとジェネシスはさっさと身支度を始めた。
まるで、とりつく島がない。
身繕いを終えて、部屋を出て行こうとするジェネシスの腕を掴んで無理矢理引き止める。
「もう俺を全然好きとも思わないのか?」
ジェネシスは、視線を僅かに落としゆるくかぶりを振って。
「好きだ── 。だから……だから、今の内に別れたい。……分かってくれ」
まだセフィロスの事を、好きだと覚えていられる内に── 。
セフィロスを見つめる双眸は、僅かに水分を含んでいる。
そっとジェネシスの頬に手を当てる。先刻、精を吐き出したばかりとは思えないほど低い体温。平熱が低い奴だとは思っていたが、ここまで低かっただろうか。俺への熱がそんなにも冷めてるという事なのか。
「── 分かった。お前が遠征から帰って来たら、もう一度話し合おう」
結局ジェネシスがウータイの遠征から帰って来る事は無かった。
そのまま、失踪したからだ。
一ヶ月後── 。
ジェネシスの代わりに、1stを含めた何人かのソルジャーがウータイへ派遣される事となった。
俺は、B隊で、本陣を攻める様な重要な任務じゃなかった所為もあって任務に集中出来ず、まだジェネシスが此処にいるのではないかという思いに駆られ、無意識の内に彼の姿を探していた。
「……ジェネ……シス」
黒い木陰に垣間見える見覚えのある赤。
気が付くと、木々の合間を縫う様に走り、その身体を抱き締めていた。自分の腕に良く馴染む、抱き慣れた身体。
「な── !? だ……セフィロス?」
俺の好きな声で俺の名を口にしてくれる。それだけで、俺に黙って居なくなった事などどうでも良くなる。
逢いたかった── そう、告げようとした瞬間。
「気易く触るな!」
吃驚するほどあっさりと、腕を振り解どかれた。腕力は、当然俺の方が強い。でも、いつも通りに優しく抱いた。振り払われるなんて思ってもみなかった。
確かに、あの晩、別れ話を持ち出されたが、まだ別れてはいない筈だ。それとも、既に嫌われてしまったのか?
「ジェネシス、どうして俺に黙って居なくなった?」
「どうして? どうして、お前に言う必要があるんだ」
ジェネシスは、俺が触れたところをまるで汚れでも付いたかの様に両手でコートを払った。
「だって、俺達は恋人だろう? 少なくとも、俺は別れる気はない!」
髪を掻き上げて、怪訝そうな顔で俺を見上げるジェネシス。
「恋人── ? ライバル、だろう、俺達は。お前は、俺の事なんか歯牙にも掛けてなかったようだがな」
明らかに様子がおかしい。俺の知っているジェネシスとは、何かが違った。
『俺がお前の事を忘れたらどうする?』
『お前の事がどうして好きなのか分からなくなった』
── まさか。
「俺の事を……覚えてない、のか?」
「覚えてるさ。白銀のソルジャー、神羅の英雄、セフィロス!」
「ジェネ……シス」
背中にざわりとした嫌な感触が駆け上がる。
「冗談……だろう? まさか、本当に何も覚えてない、のか?」
ジェネシスは、諦めたように大きく嘆息する。
「── 分かった。お前には、正直に教えてやろう」
ばさりと大きな羽音がしたと思ったら、ジェネシスの背中には大きな黒い片翼が生えていた。
「俺は── モンスターだ」
自嘲するような笑みを浮かべて続ける。
「しかも、あまり出来の良いモンスターじゃなくてな……劣化してる」
「劣化……?」
ジェネシスは、革の手袋を外して片手をセフィロスに差し出す。
「触ってみろ」
まるで氷の様に冷たい手。
「体温だけじゃない。血圧も脈拍もどんどん下がって……。記憶も……」
ジェネシスは、今まで見た事のないような苦しそうな切なそうな泣き出しそうな表情でセフィロスを見詰める。
「お前と……付き合っていたらしい事は、断片的には覚えてる。だが、どうして好きになったのか、どうして付き合っているのか、細かい事は何も……覚えてない」
一度言葉を切り、小さく溜め息を吐いて。
「恋人だと言われても、全然ピンと来ない。冗談としか、思えない」
セフィロスは、暫く言葉を失っていたが、やがて口を開いて質問する。
「劣化を……止める方法は、無いのか?」
「今、探している」
「劣化が止まれば、俺の事も思い出すんだろう? ジェネシス」
「── それは、無理だ」
ジェネシスの両肩を掴み、縋るように問い詰めるが、返ってきた返事は冷酷だった。
「脳のニューロンが破壊されてるんだ。ただの記憶障害とは違う。破壊されたニューロンは再生出来ない。つまり、劣化が止まっても忘れた記憶はもう二度と思い出せないんだ、セフィロス。……すまない」
ジェネシスは、俯いてセフィロスから顔を逸らした。セフィロスは、堪らずジェネシスを強引に抱き締める。
「忘れてもいい。思い出さなくてもいい。もう一度……俺を好きになってくれ」
月明かりの下でジェネシスの顔を確認するように両手で挟み上向かせる。
「約束、しただろう? いや、約束したんだ。お前が覚えてなくても……」
「セフィ……ロス」
泣きそうな顔で見上げるジェネシスに、気が付いたら口付けていた。
唇を軽く舌でなぞり開くように促すと、探るように舌を忍ばせゆるく絡ませ合う。慣れた感触のキスにジェネシスの瞳は潤み焦点が定まらなくなる。
小さく甘く吐息を零して。セフィロスの唇を親指でなぞり、囁きを洩らす。
「このキスは……知っている」
うっとりとした眼差しで見つめられて、セフィロスはより深くより熱く貪るように口付ける。
「……記憶は無くても、この身体が覚えてる。この温もりを……セフィロス── 俺は……」
ジェネシスは、セフィロスの体温を確かめるかのように縋りつく。震える左手でセフィロスの顔に触れる。睫毛を伏せて、目端に光るものを浮かべて。
「……好き── だ」
ジェネシスの艶を含んだ告白に、セフィロスは更なる官能を求めてジェネシスの肢体を弄る。
その時、二人の身体を照らし出す程に大きな焔が立ち昇った。
「本営が落ちたようだな」
セフィロスがそう呟いたかどうか、というタイミングでジェネシスは片翼を羽ばたかせ翔び上がって行ってしまった。この僅かな一瞬のうちに再びセフィロスのことを忘れてしまったかのようにあっさりと飛び立つ。ジェネシスを捉えようと慌てて伸ばしたセフィロスの左手は虚しく空を切った。
また、失ってしまった。俺の世界に色を与えてくれた人を── 。
◇◆◇
俺の世界には、色が無かった。
物心付いた頃には神羅にいた。周りは大人ばかりで、俺は研究対象として見られていた。
俺は特別だった。幼い頃から神羅のソルジャーとしての活躍を期待され、俺はそれに応え『英雄』と称された。特別なのだから、貴重なサンプルとして研究対象として扱われる事には甘んじてやった。
無機質な世界で、無機質な扱いを受けて、でも、それが俺にとって当たり前の世界だった。
ある日、1stに昇格したばかりのソルジャーと組んで任地に赴く事となった。
それが── ジェネシスだった。
任地は、岩場の多い絶海の孤島。
任務は早々に片付いたが、突如激しい雨に見舞われて任地に足止めされた。岩陰で雨宿りをして、雨を振り払いながら参ったと嘆く赤髪の同僚と暫し時を過ごす羽目となった。ついてない。全くの無駄な時間だ。
雨が上がると夕陽が曇り空に差し込んで、大きな虹が掛っていた。大して興味も無く、早く迎えが来る事だけを考えていた。
「珍しい……二重の虹だ」
ジェネシスの言葉に初めて空を見上げ、じっくりと虹を見た。
「セキトウオウリョクセイランシ」
「……何の呪文だ?」
訝し気に訊くと、ジェネシスは苦笑を零して答えてくれた。
「呪文じゃない。色の名前だ。── 赤橙黄緑青藍紫《セキトウオウリョクセイランシ》」
軽く顎だけで虹の方を示す。
「ウータイでは、虹はこの七色で構成されていると、言われている。だけど、他の国では虹の色は6色や5色とされているところもある。見える虹の色は、同じ筈なのに国によって解釈が違う。面白いものだ……」
ジェネシスは、俺を一度見て軽く笑むと、再び目線を虹に戻し、指し示す。
「二重の虹を良く見てみろ。外側の虹と内側の虹では、鏡で写したみたいに色の並び順が逆になるんだ」
言われて見てみると、確かにジェネシスの言う通りで「不思議だな……」自然とそう呟いていた。
「光のプリズムが産み出す自然の魔法だ── マテリアなどでは作り出せない、美しい……本当の」
世界は、沢山の不思議な事や美しい事に満ち溢れている事を教えてくれた。
俺の世界に初めて色を与えてくれた人だった。
1stが同じ任務に就く事はそう滅多にある事ではなかったが、俺は機会があればジェネシスと同じ任務にしてくれるようラザードに頼み込んだ。
「分かった。出来るだけ配慮しよう。── しかし、随分と気に入ったようだね? 珍しい……」
「悪いか── ?」
「いや、君は他人にはまるで興味が無いのかと思っていたから。……寧ろ、安心したよ」
ラザードは、顎を組んだ手の上に乗せると、眼鏡を光らせ口端を緩めた。
俺がジェネシスに恋に落ちるのに、そう時間は掛からなかった。
雨上がりの度に空を気にする俺に、ジェネシスは虹はそう簡単には見られないと言った。
「『虹の条件』というものがあるんだ」
「条件……?」
「太陽の角度、まずはこれが重要だ。季節は、秋がいい。時間は午後、大体2時から5時位だな。雨上がりで陽が差して、でも陽が差す方向は青空よりも曇り空がいい。その方が綺麗な半円を描いた虹が見れる」
「む……結構、難しいものなんだな」
「まあ、緯度によっても変わってくるから、一概にこうとは言えないが、太陽の角度がある決まった角度じゃないと駄目なんだ」
「雨上がりなら、必ず出るという訳でもないのか……」
「逆に虹の条件が分かっていれば、ある程度狙って見る事も出来る。── が、相当暇で自由に動ける奴じゃないと無理だな」
任務の合間に色々な話をしてくれた。
ある綺麗な月の晩。
俺の隣を歩くジェネシスは、優雅に月を見上げて問うた。
「月の色は、何色だと思う?」
「さあ……な。白、か?」
「『蒼い月』という言葉がある── ある国では良く使われる表現だが、別な国では『有り得ない事』の例えとして使われる」
「同じ言葉なのに、正反対の意味……か」
「そうだ」
「なんだか、悲しいな」
「そうか? 違う考え方、違う捉え方があったって良い」
「でも、俺は……お前と同じ月を見ていたい」
ふとジェネシスの足が止まり、目と目が合って。暫し見つめ合って後、ジェネシスは、ふっと柔らかく笑んで「そうだな」と同意してくれた。それが、自分でも驚く程に嬉しくて、鼓動が逸った。
その時、俺はジェネシスが好きなのだと嫌でも自覚した。
ラザードの采配のお陰で、ジェネシスとは色々な場所へ行った。何時しか、ジェネシスの幼馴染みのアンジールとも親しくなり、アンジールも交えた三人でトレーニングルームで良く悪ふざけをした。
ただ、ジェネシスもソルジャー・クラス1stとして実力が認められてきて、同じ任務に就くようになるのはだんだん難しくなった。
久しぶりに、ジェネシスと同じ任務に就いた時。目的地に着く前に日が暮れて、夜営をする事になった。
夜営の準備をしていると、ジェネシスが突然俺を呼んだ。
「こっちに来てみろ、セフィロス」
「何だ?」言いながら近付くと、足許の方を見るように促す。
「二重の虹よりも珍しいものだ……」
そこには、大輪の白い花があった。
清廉で静謐で、凛とした佇まいの優雅で美しい……。
「── 月下美人の花だ」
「二重の虹よりも珍しいと言ったな。この花が、か?」
「ああ、この花はサボテンの仲間で4年に一度、それも夜、一晩だけしか咲かない。しかも、開花時間はたったの二時間、だ」
ジェネシスは、その柔らかな栗色の髪をふわりと靡かせ俺の方を見ると言った。
「お前といると、珍しいものが見られるな」
その優雅な立居振る舞いが、清廉で静謐で凛とした佇まいが、その裡から滲み出るような美しさが、その足許の花にだぶる。
「この花は、お前に似てるな……ジェネシス」
「おかしな事を言う」
ジェネシスは、くすりと笑って俺を見上げ、ゆっくりと手を伸ばすと俺の頬をなぞるように撫でる。
「寧ろ、お前に似てるんじゃないのか? ── 白く、美しい、大輪の稀有な花」
真似るように、ジェネシスの白い頬に軽く手を添える。夜気に晒され冷えた頬を暖めるように更に掌を密着させて、ジェネシスの顔を固定するとそのまま軽く引き寄せ、口付けていた。
「セフィ……」
洩れる戸惑いの声すら呑み込むように深く、加減が出来ない程に強く吸って、離れる唇と唇の間には銀の糸が光った。
「好きだ……ジェネシス」
ジェネシスは、一瞬目を見開いてから、少し俯いて僅かに頬を朱に染めて、「分かった」と小さく呟いた。
◇◆◇
それからは、本当にジェネシスと任務が被るような事が殆んどなくなって、人目を忍んでキスを交わすだけのような関係では直ぐに物足りなくなった。
ある時、任務から帰ったばかりのジェネシスを無理矢理自分の部屋へ連れ込み、壁に押し付け強引に唇を奪って言った。
「── キス以上の事がしたい」
俺を黙って見詰めるジェネシスの深碧の瞳は震えていた。流石に断られるかと思った。ジェネシスは、長い沈黙の後、視線を逸らして言葉を発した。
「先に……シャワーを浴びたい」
それが了承の返事だった。
ジェネシスは、滅多に俺への気持ちを口にはしてくれなかったが、セックスの時には理性が飛ぶのか最中には良く囈言のように好きだと囁いてくれた。
お互い別々の任務に追われ擦れ違い、忙しい合間を縫うように僅かな時間を作り、逢瀬を重ねた。
「最近、会うとセックスばかりだな……」
シーツに半身を埋めてジェネシスが気怠そうに呟く。
「仕方がないだろう? ── 任務が全然一緒にならないんだ」
任務が違うと休みもなかなか一緒にならない。こうして逢う時間を作るだけで精一杯だった。
「ああ、ラザードには俺とセフィロスの任務は一緒にしないでくれと頼んであるからな……」
さらりと言ってのけるジェネシスを唖然として凝視する。
「!! どうして!?」
「俺は、英雄になりたい」
ぼそりと、だが力強く。
ベッドの上で、シーツを抱えるように蹲って、子供のように膝を抱えて丸まって。
「お前と同じ任務だと、どんなに頑張ってもどんなに活躍してみせても、功績は全てお前の……英雄── セフィロスのものだ」
「ジェネ……シス」
思わず、息を呑む。
「分かってる! お前の所為じゃない。神羅の……お得意の情報操作だ── 分かってる……!」
だけど……と、苦しそうに呻いて吐き出す。
「俺も英雄に、なりたいんだ」
ジェネシスは軽くおもてを上げて、俺の目を見据え。
「神羅のソルジャーとして、英雄として、お前の横に立ち並びたい── 」
その言葉に、俺は瞠目し震えた。俺は特別で、それ故に孤高だった。
「好きなんだ、セフィロス── お前と、ただの親友や恋人じゃあ満足出来ない……」
初めてのジェネシスの本当の告白に、ぞくりとしたものが体内を駆け巡り、俺は理性を失った。
シーツにくるまるジェネシスの身体を無理矢理押し倒して組み敷いて、もう一度犯した。
「── やっ……セフィロ……ス、また……あっ── 許し……っ」
乱暴に貪って、喰い荒らして。ジェネシスの顔が蒼褪めて、何度許しを請われても。幾ら穿っても飽くことが無くて、やめられなかった。
トレーニングルームで、ジェネシスが怪我をした時、後でアンジールに説教をされた。
心構えとか夢とか希望とか。そして、ジェネシスの事も── 。
「俺が口を差し挟む事じゃないかも知れないがな── セフィロス」
アンジールは、一際大きく溜め息を吐いて。
「お前達は、付き合っているんだろう? だったら、もう少し……大事にしてやれ」
「手加減すると怒られる」
「だったら、怒られとけ! この間だって、あいつは一日寝込んで……」
アンジールはそこまで言って、はっとして慌てて口を噤む。
「この間── ?」
「……俺の口から言わせるな。心当たりがあるだろう?」
アンジールは眉間に皺を寄せると、珍しく俺を睨め付けた。
「── ! だって、そんな事一言も……」
「言う訳ないだろう。あいつの性格を考えろ!」
俺は言葉が出なかった。
アンジールは、またひとつ溜め息を吐いて。
「あいつは、直ぐに面倒臭いとか鬱陶しいとか言うかも知れないが、そんなのは口だけだからもうちょっと構ってやれ。お前が居ない時は、いつも……不安そうだ……」
自分が居ない時のジェネシスの様子なんて考えた事も無くて。茫然として空を見詰める。
「ジェネシスの事をどう思ってるんだ? まさか、遊びじゃ……」
「違う── !! ……愛して……る」
口にしながら、そう自覚した。
「それを、あいつに言ってやった事があるのか── ?」
医務室から戻って来たジェネシスは、今までとどこか様子が違った。
一緒に居てもぼんやりしてる事が多くなり、俺と二人きりの時でも革の手袋を外さなくなった。俺に触れられるのを避けているみたいで、やはりこの間乱暴にしたのが響いているのかと思い、反省した。
アンジールに言われた通り、出来るだけ二人の時間を増やすよう努力した。ジェネシスは、やはり鬱陶しそうにしていたが、気にしない事にした。
愛しているとは、結局言えずにいた。
あの時、言ってやれば良かった。
あの絶海の孤島で── 『俺がお前の事を忘れたらどうする?』── そう問われた時に、何があっても愛していると、そう答えてやれば良かった。
◇◆◇
ソルジャーフロアをうろつく宝条が偶々セフィロスの目に止まり。気が進まなかったが、こういう事は資料室で調べるよりも知っていそうな人間に訊いた方が手っ取り早いと思い、質問を投げ掛けた。
「ニューロンが破壊されるなんて事があるのか?」
宝条は、僅かに眉を上げて答える。
「アルツハイマーの事か?」
「アルツハイマー……!?」
「あれは、昔から原因不明の不治の病だが、近年の研究ではニューロンが破壊される病気なのだと分かってきた」
「── 治す方法は、あるのか?」
「無理……だな。今のところは、せいぜいニューロンが破壊されるスピードを薬で遅くするくらいだ」
「どういう風に忘れていく?」
「古い記憶は忘れにくい。逆に新しい記憶は忘れ易いな。それから、良くも悪くも本人にとって印象が強かった記憶、つまりインパクトのあった記憶は忘れにくい」
「じゃあ、凄く大事な事なら覚えて……いる?」
「それが、印象的な事なら覚えているかもな。だが、良くも悪くも……と言っただろう。嫌な事の方が覚えているかも知れないぞ?」
「……分かった。参考になった。礼を言う」
珍しく宝条に礼を述べ、セフィロスは立ち去った。
断片的になら、俺と付き合っていた事を覚えている── と、そう言っていた。ならば、きっと完全に俺との事を忘れた訳じゃない筈だ。
恐らく俺を突き放そうとしてわざと……。別れ話だって、そうだ。完全に忘れる前に別れようと── そう、あいつは考えて……。
だったら、俺は、ジェネシスが俺を完全に忘れる前に劣化を止める方法を探してやる。
◇◆◇
神羅ビルにジェネシスコピーが襲撃を仕掛けて来て、五番魔晄炉にはアンジールコピーが現れた。
そして、五番魔晄炉で、ジェネシスと再会した。
「あんたの名声は、本当なら俺のものだった」
その言葉が、引っ掛かった。神羅の情報操作の事を覚えている── そういう事だ。利き腕でジェネシスの腕を掴んで、抑え付けて詰問する。
「俺との事を、本当に忘れた訳じゃないんだろう!?」
「やめろ!! 離せ、セフィロス……っ!」
嫌がるジェネシスの顔は蒼褪め、身体は震えていた。まるで、俺に怯えているようだった。そう言えば、ウータイで出会った時も俺の手を即座に振り払った。記憶が無いのなら、却って不自然な反応ではないか。
「ウータイで会った事は、覚えているのか?」
「一応……な。細かい会話までは、良く覚えてない」
「あの時、俺を好きだと言ってくれた……」
ジェネシスの顔は、ますます蒼褪め、俺の手を振り解どこうと必死だった。
「言ったかも……な。── 離してくれ!」
「本当は、まだ俺と付き合っていた時の事を、覚えているんだろう? ジェネシス」
その言葉に、ビクリと震えて、ジェネシスはとうとう俺の腕を振り払った。そして、ゆっくりと後退り、俺と距離を取る。
「覚えてる。覚えてるさ!」
嘲笑うかのように、投げ遣りに言葉をぶつけてくる。
「俺は、多分お前の事を好きだった。いや……今だって……好きだと、そう思う気持ちは残ってる」
美しい碧い瞳に、うっすらと涙を浮かべ、苦しそうに呼吸を荒げている。
「じゃあ、何故、俺を拒絶する!?」
ジェネシスが怯えているのを分かっていながら、声を荒げずにはいられなかった。ジェネシスが何を思っているのか、何を言いたいのか、全く分からなかった。
「だが、セフィロス── お前が……俺を好きだったとは、到底思えない。付き合っていた事は、確かだと思う……だけど……」
「どうして? 好きに決まってる! ジェネシス、俺は……愛して……」
ジェネシスは、俺の言葉を振り切るように頭を振って表情を曇らせる。そうして顔を両手で覆って、身体を一段と震わせて叫んだ。
「だって、お前は、あの時── 俺がどんなに嫌がったって、俺がどんなに頼んだって、許して……くれなかったじゃないか── !!」
ジェネシスの慟哭が、場に響き渡る。
ああ、そんな事ばかり覚えているのか……。
『インパクトのあった記憶は忘れにくい』
そういう……事か── 。
ジェネシスは、そのままフラフラとした足取りで部屋を出て行った。俺は追い掛ける気にもなれなかった。
その時の俺の気持ちは、後悔などというたった二文字の言葉ではとても言い表せない。ぎしりと重い音を立てながら、背後で何かが崩れていき、その崩れ落ちた何かが俺の背中に重くのし掛り、俺の身体を絶望という名の深淵に突き落とした。
◇◆◇
俺は、それから資料室に籠りきりになった。必死に昔の科学部門の事を調べた。G系ソルジャーの事、劣化の事、ジェネシスが造り出された状況を兎に角知りたかった。記憶は戻らない── そうは言っていたが、劣化を止める方法が判れば、或いはジェネシスの記憶を取り戻す方法だって見つかるかも知れない。何でも良い。今の状況を打開出来れば。今以上に、悪い状況なんて無い筈だ。
だが、どうやら当時のプロジェクトに関する詳しい資料はニブルヘイムの神羅屋敷に眠っているようで、なかなかこれといった手立ては見付からなかった。
「女神の贈り物……か」
ふと、ジェネシスが残していった言葉が頭をよぎる。それが、ジェネシスの劣化を止め、記憶も取り戻してくれるのなら、幾らでもジェネシスに与えてやりたかった。
資料室だけではなく、雑誌や文献、インターネットなどを使い自分なりに、アルツハイマーやニューロンの事についても調べてみた。だが、やはり現状ではジェネシスや宝条が言っていたように、破壊されたニューロンを再生するというのは不可能であるらしく、俺の絶望は相変わらず深かった。
モデオヘイムでザックスがジェネシスとアンジールを倒したと聞いて、死んでくれて良かったと寧ろほっとする一方、ジェネシスコピーが再び現れたという報を聞き、ジェネシスはまだ生きているのでは……と嘆息する。
一番大事な人を、自らの手で深く傷付け苦しめた事実に、俺の心は疲弊し蝕まれていった。資料室に籠りきりになりながらも、時折自分が何を調べているのかさえ解らなくなる程に。
いっそ俺の事など全て忘れてくれれば良い。付き合っていた事も好きだった事も全て── 。
会社から勝手に神羅屋敷の鍵を持ち出して、懐に忍ばせた。
俺は神羅を捨てるかも知れない。
ニブルヘイムへ赴こうという頃には、俺の精神は既に病んでいたのか、気分は一向に晴れずどんよりと淀み停滞していた。
ニブルの魔晄炉を調査中に、劣化が大分進んだジェネシスが姿を現した。出来れば、二度と会いたくなかった。ジェネシスの俺を見る目には、未だ俺への恐れが潜んでいる。そして、最悪な事を言った。
俺の細胞でジェネシスの劣化が止められる、と……。
俺を惑わす為にそんな事を言っているのか。ならば、何故、あの時俺の血液を輸血しなかった? あの時なら、まだ間に合っていた筈だ。あの時なら、まだ記憶《いろ》は失われていなかった。そんな戯れ言は、聞きたくなかった。
「朽ち果てろ── 」
ジェネシスの差し出された手を振り払って、吐き棄てた。今更、お前の劣化を止めてなんになる? 何もかもが、既に手遅れだ。俺の知らないところで、勝手に息絶えれば良い。
神羅屋敷の地下室に籠り、再び資料を漁る日々が続いた。
ジェノバ・プロジェクトに関する資料に目を通し、ジェネシスの話が事実であった事を確認するにつれて、ぴしぴしと俺の精神は罅割れていく。
俺が特別だったのは、ジェネシスやアンジールを造り出した実験を踏み台に俺が特別な手段で造り出されたから。ジェノバ細胞を使って繰り返された歪んだ実験の成果であり、決して高尚なものではなかった。
ジェネシスは、俺の隣に立ちたいと言ってくれた。産まれた時から、既に同じ位置に居たのに── 。なんという事は無い。絶望という名の深淵の奥底に、俺達は最初から立っていたのだ。
ニブルの村にファイガを放つ。村を包む紅蓮の炎がジェネシスを想わせる。
己れの精神が瓦解していくのを感じる── 。俺達を歪な形で造り出した神羅が憎かった。俺達に悲惨な運命を突き付けたこの星が憎かった。全てを滅ぼす事しか考えられなくなった。
愛しい人を、ただこの腕に抱いていられれば、それで良かった。それが、こんなに困難な事だとは思いもしなかった。
もっと優しくしてやれば良かった。もっと一緒にいてやれば良かった。後悔ばかりが募る。
「母さん……」
幼い頃から、母だと聞かされていたジェノバを、母と呼ぶ事で偽りを真実に変えてしまおう。そう、これから実際に俺は造り出された。これが、俺の母親なのだ。俺は特別な存在、古代種、セトラなのだ。
そうして、俺は精神を、心の全てを、世界の全てを、狂気という鮮やかな色に塗り替えた。
end
2008/5/12‐16