アイソトープ

その日、ミッドガル中心部は騒然としていた。
神羅ビルが何者かによって襲撃され、その余波で暴走した警備メカが街中に流出したのだ。更に、モンスターまで発生していた。
セフィロスは社長の安全を確保した後、直ちに壱番街と弐番街も鎮圧し、参番街へとその歩を進めた。
これら一連の騒動は、脱走したソルジャークラス・1stジェネシスの企てと目されていた。そのジェネシスが八番街に現れたという情報で、八番街の警備にあたっていたタークスの間には緊張が走った。だが、程なくして応援に駆けつけたザックスにより討伐されたそれは、本人ではなくジェネシスのコピーであった。
一方、参番街に於いてもジェネシスの姿は確認されていた。
あちらこちらに轟音が鳴り響き、爆煙が辺り一面にけぶる中、おぼろに現れた赤い影。
セフィロスは、久しぶりに邂逅する親友の姿に正宗を振るう手を一旦休める。
神羅を裏切った親友。社命に従えば、この神羅ビル襲撃の首謀者たる親友を捕獲しなくてはならない。だが、ジェネシスは逃げる気配も攻撃してくる様子もなく、まじまじとセフィロスの顔を見詰めてくるばかりだ。
何か言いたい事でもあるのかと、セフィロスは親友との距離を詰めた。
「あんたが……セフィロス?」
唐突にジェネシスが声を発する。少し顔を斜に傾けて、どこかあどけない表情で、ミッドガルで── いや、世界中で知らない者などいないであろう英雄の名をわざわざ確認してくる。
「お前は、誰だ? ジェネシス── では、ないな」
セフィロスは途端に険しい表情に豹変し、何時でも抜けるような体勢で正宗に手を掛ける。
「俺は、ジェネシスコピーだ」
「コピー!?」
外見上は、良く知る親友となんら変わりはないように見えた。しかし、言われてみれば醸し出す雰囲気などがどことなく違う。セフィロスが次の一手を戸惑っていると、ジェネシスコピーは両手を挙げて降参のポーズを示した。
「俺を殺しに来たんだろう? 好きにしろ」
投げ遣りとも思えるジェネシスコピーの言葉に、却って躊躇する。
「お前こそ、神羅やミッドガルに損害を与えに来たんじゃないのか? 何故、自分の命を放棄する」
「だって、俺はあんたとは戦えない。無理なんだ、セフィロス」
何故……とセフィロスが問う前に、ジェネシスコピーは語り始めた。
「俺の胸の中には、マスターであるジェネシスの心が宿っている」
右手を胸に当て、陶酔しきったような表情を浮かべている。その姿はジェネシス本人を想起させた。
「コピーだから、過去の記憶などは意図的に消されたらしい。勿論、あんたの事も良くは知らない。だけど──
瞼を伏せ、いっそう感慨深げに、切なさの籠もった溜め息を吐く。
「マスターは、セフィロス── あんたの事を強く想っていた。その想いが俺の心を強烈に支配している」
諦めと満足感が入り交じった複雑な表情で、ブルーグレーの瞳をセフィロスに向け再度見詰める。
「俺には、あんたを殺す事が出来ない。マスターのあんたを想う情念が宿っている限り……」
だから、俺を殺してくれと、ジェネシスコピーは更に訴えてきた。
セフィロスはコピーの言葉が真実かどうか確かめるかのように、改めて正宗を構え斬り掛かる。牽制の意で振るわれたそれはコピーの身体を傷付ける事はなかったが、衣服は多少切り刻まれた。
全く避ける様子のないコピーの動向を確認して、セフィロスはこのコピーには本当に自分と戦う気がないのだと確信した。
ジェネシスコピーは殺してくれと訴えたが、コピーであればそれはそれでまた別の利用価値がある。捕縛して神羅ビルに連れて帰れば、宝条を始めとする科学部門のスタッフは狂喜乱舞する事だろう。
セフィロスはジェネシスコピーをたおす事はせず、その身柄の拘束にとどめた。抵抗する気のない相手を手中に収めるのは、至極簡単であった。両腕を後ろに回し神羅製の拘束具を嵌める。
だが、セフィロスはこのコピーを直ぐさま神羅ビルに連行する事には若干の躊躇いを覚えた。科学部門の手に渡れば実験対象としてどのような扱いを受けるのか、想像するだけで吐き気がする。幾らコピーとは言え、幾らモンスターとは言え、親友と同じ姿形をし親友の心を宿しているというジェネシスコピーをマッドサイエンティスト達の手に渡すのは忍びない。
セフィロスは社命に背く行為だと承知しながらも、拘束したコピーを神羅ビルではなく、1st専用宿舎の最上階にある自室へと連れ帰った。神羅ビルに比べると、ソルジャー用宿舎はその住人が神羅の誇る屈強なソルジャー達に占められているという事もあり、その警備は厳重ではなかった。特に1st専用宿舎は、ソルジャーのプライベートに重きを置いている為セキュリティは甘い。下衆げすな事を言えば、誰かを連れ込んだとしても咎める者はいないのだ。
自室のリビングへ入り拘束したままの身動きが取れないコピーを乱暴にソファの上に放り出すと、その頭部を頭髪ごと掴み無理矢理顔を上げさせる。
「で、当の本人は── ジェネシスは何処にいるんだ?」
セフィロスと対峙した時点で、既にコピーは抵抗するのを諦めていたのだろう。拷問するまでもなくあっさりと質問への答えは返ってきた。
「……五番、魔晄炉……だ」
セフィロスはコピーを自室に放置したまま、ザックスと合流し五番魔晄炉へと向かった。
五番魔晄炉で、果たしてジェネシスと相見える事は出来た。だが、コピーとは違いジェネシス本人を拘束する事は叶わなかった。

セフィロスが自室に戻ると、拘束されたままの状態でジェネシスコピーはソファに横たわり寝息を立てていた。
先程邂逅したばかりのジェネシス本人と心の中で見比べても、やはりよく似ている。コピーなのだから、当然と言えば当然なのだが。
眠るコピーの淡いチェストナットの髪をそっと撫でてやる。すると、「ん……」と、小さな呟きが洩れた。起こす気はなかったのだが、拘束した状態でいつまでも寝かせておくのも可哀想だ。セフィロスは更に、その白皙の頬に指を滑らせて覚醒を促してやる。
「……マスターには、会えた……のか?」
ソファに寝転んだまま、ぼんやりと薄目を開けて訊いてくる。寝起きの所為か、若干語尾がたどたどしい。
「会えた。── が、逃げられた」
セフィロスは、苦笑混じりに答えてやった。
「さすが英雄セフィロスでも、本物の1stは簡単に捉えられないんだな。俺は、あっさり捕まったのに──
既に自身が拘束されている為なのか、コピーは余裕ある柔らかな笑みを湛えて穏やかな様子で呟く。
「お前はそもそも抵抗する気もなかっただろう?」
呆れた口調で指摘しながら軽く頭を小突いてやると、コピーは大袈裟に痛がってみせた。
「少し待ってろ。今のままじゃ、苦しいだろう?」
言ってセフィロスは、丹念にコピーの拘束を解いてやる。
拘束を解かれたジェネシスコピーは戸惑いの表情を露わにしながら、ゆっくりと身を起こし両手首をさすった。
「俺の……拘束を外していいのか?」
だが、セフィロスはその質問にも何も動じることなく、余裕の表情で答えを返した。
「どうせ、お前はここから逃げる気も無いだろう?   いや、寧ろお前にとっては此所から外に出ない事が一番安全だ」
セフィロスの言葉に、コピーは訝しげに首を傾げる。
「迂闊に外に出て、宝条にでも見付かったりしたら死ぬより辛い目に遭うぞ?」
「ホウジョウって、何?」
『宝条』という言葉に対して『何?』という質問が返ってくるあたり、ジェネシスとしての記憶が本当に無いらしい。
セフィロスは思案する。
記憶は無くとも、ジェネシスがセフィロスに対して強い情念を抱き、その心を受け継いでいるだけあって、セフィロス自身の事なら多少解る部分もあるようだ。だが、その説明にセフィロスは完全に納得が出来た訳ではない。
ジェネシスが、セフィロスに対して何らかの執着を抱いていた── というのは、間違いないだろう。だが、それで何故ジェネシスコピーが”セフィロスを殺せない”と言うのかが、解らなかった。ジェネシスは寧ろセフィロスに対抗意識を燃やし、セフィロスを完全に負かすまでとはいかなくとも出来れば凌駕したいと、そう願っていた筈だ。トレーニングルームで、時折真剣勝負を繰り広げた時はジェネシスは隙あらばセフィロスを倒さん勢いで迫ってきていた。それこそ、セフィロスを殺す勢いで魔法まで駆使して苛烈な攻撃を繰り出していた。ジェネシスコピーに、本当にジェネシスの心が、情念が宿っているというのならば、寧ろセフィロスの命を奪おうと必死になるのではないか?
セフィロスは軽くかぶりを振って、今までの思考を脳の外に追いやる。
考えても仕方がない事だ。このままジェネシスコピーを自分の部屋に置いてやるつもりならば、いずれ真実は見えてくるだろう。もし、本当にセフィロスの命を狙おうとするなら、こんな絶好のチャンスはない。必ず寝首を掻こうとしてくる筈だ。だが、当然コピー如きに寝首を掻かれるような無様な真似に英雄たる自分が陥る訳がなかった。
もしジェネシスコピーの語った事が真実でなければ、いずれは暴かれる。それまでは、様子を見てやろうと英雄らしい余裕を持ってセフィロスはジェネシスコピーを受け入れてやる事にした。
兎にも角にもセフィロスは、やはり親友と同じ顔のコピーを安易に神羅側に引き渡す気にはなれなかったのだ。

しばらくコピーと一緒に暮らして分かってきたのだが、このジェネシスコピーがセフィロスに抱いている気持ちというものは憧れだとか好きだとか、尊敬とか思慕とか、兎に角好意的なものばかりであるらしい。
これは推測に過ぎないのだが、恐らくジェネシスが英雄に抱いていた複雑な想いは、憧れと妬み、尊敬と嫉妬、羨望と反発。このような正と負の感情が入り交じったような混沌としたものだった。その複雑な情念が凝縮されてコピーの心に宿った時、ジェネシスの中の特に強い感情だけが濾過されて残ったのではないだろうか。
つまり、そうして残された感情は純粋な好意のみだった、と。
英雄に対して負の感情も同時に併せ持っていたジェネシスと違って、ジェネシスコピーは至極素直な面があった。ジェネシスの生来の性格もあってか、悪戯っぽくて、自分の事に夢中になりすぎる嫌いはあったが、充分許容の範囲内だ。
そんなジェネシスコピーと一緒に暮らす内に、情が湧いてきたのか、素直で真っ直ぐな好意をぶつけられるのが嬉しかったのか。セフィロスはジェネシスコピーに少しずつではあるが好意を感じるようになっていった。
セフィロスがリビングのソファで新聞や雑誌などに目を通していると、コピーは透かさず隣に腰掛けてきて、その癖ちょっと遠慮がちにセフィロスの身体に自分の体重を乗せるようにして寄り掛かってきたり、ミッションで帰りが遅くなった時でも寝ずに待っていてくれたり、記憶が無い為不慣れであろうに色々と身の回りの世話をしてくれたり。
純粋な好意だけを抱いている状態だと、これ程までに献身的になってくれるのかとセフィロスの方が気恥ずかしくなるくらいだった。

近頃、セフィロスはすっかり神羅ビルの62階にある資料室に籠もりきりになっていたが、コピーの様子を見る為に夜には必ず自室に戻っていた。だが、いつしかコピーの様子を見る為、というよりも、コピーとのほっと一息つける時間が欠かせなくなりつつあった。
いつもの様にソファの上でそっとセフィロスに寄り掛かってくるジェネシスコピーの髪を梳くように撫で付ける。ふと、セフィロスの肩に掛かる柔らかいチェストナットの髪がいつもよりくすんでいるような印象を受けた。
「まさか、お前も劣化してる、のか?」
「気が付かなかったのか? コピーだからな。マスターが劣化しているなら、コピーだって劣化するさ」
笑みを口の端に浮かべながら、まるで何でもない事のように軽い口調で言い放つ。
幾ら真っ当に生を受けた身体ではないとは言え、自身の身体が劣化している事が解っていて平静な訳がない。だが、コピーは極力自分の不安を表に出さず、己れの運命を受け入れようとしているように見えた。
その姿に、セフィロスの胸の奥がずくりと痛みにも似た感覚を伴って揺れた。
セフィロスは劣化の兆候を示すチェストナットの髪に指を差し込みながら、自らの方へ引き寄せ顔と顔を近付ける。
「俺は、モン……」
ジェネシスコピーの開き掛けた唇を塞ぐように、セフィロスの唇が続くはずの言葉を途絶えさせる。舌がコピーの下唇をなぞり、次いで柔らかくお互いの舌を絡ませる。ゆったりとした、恋人同士のような求めすぎない距離のキス。
「セフィロス、俺は──
拒絶を示すかのようにセフィロスの身体を押しやろうとするコピーの顔には、戸惑いの奥に僅かな喜びが垣間見える。
「俺の事が、好きなんだろう? なら、黙っていろ」
セフィロスはコピーの背中に腕を廻し、その身を自身の身体ごとソファに深く沈めると口付けを再開した。

翌朝、ジェネシスコピーがベッドから身を起こすと、既にセフィロスは黒い革コートを身に纏い出掛ける準備をしていた。
コピーが起きた事に気が付いたセフィロスは、傍まで寄って行くと未だ裸身のままのコピーの髪を梳くように撫で付け、その額に柔らかくキスを落とす。
「俺はもう出掛けるが、お前はまだ休んでいろ」
優しく肩に手を這わせ、軽い力で押し遣りながら再びベッドに横たわるよう促す。次いでシーツを引き寄せ上から掛けてやると、ジェネシスコピーは大人しくシーツにくるまってあどけない澄んだブルーグレーの瞳でセフィロスを見詰め柔らかく笑む。
「行ってらっしゃい」
「ああ、夜には帰る」
交わされる言葉は、まるで恋人同士のよう。
セフィロスは自分でもコピーを見返す自分の表情が酷く穏やかなものである事に気が付いていた。
神羅への反逆者であるジェネシスのコピー、且つ、造り出されたモンスター。その彼と英雄との関係が露見すれば、例えセフィロスといえども危うい立場に立たされる事は必至だろう。
だが、それを分かっていて尚、セフィロスは彼との暮らしに何よりの安息を感じるようになっていた。
毎夜、宿舎に戻ってジェネシスコピーの屈託のない笑顔に迎えられるのが単純に嬉しかった。
「おかえりなさい」と、艶のある甘い声でねぎらいながら、黒い革のコートを脱ぐのを手伝ってくれる。慣れないながら、必死に覚えたらしい手料理を振る舞ってくれる。ジェネシスコピーは劣化の所為か、あまり食欲が無いと言って殆ど食べようとはしなかったが、セフィロスが自分の手料理を食べるのをテーブルの向かいの席に座って、いつも嬉しそうに眺めていた。
毎日一方的に自分の世話ばかりしてもらうのも申し訳なく、何か望みはないかと尋ねても「何も……」と小さく首を横に振るだけだった。でも、そういう時のジェネシスコピーの笑顔はどことなく寂しげで、本当は何か希望があったのだろう。
一度だけ、「あんたと二人で何処かに出掛けてみたいけど、それは無理だから……」と遠慮がちに呟いた。

あの晩から、セフィロスは夜毎のようにコピーを抱いた。
「ああっ、セフィ、ロス── っ」
英雄の腹の下で快楽を全て受け止めて、しどけなく身を捩るジェネシスコピー。
最初は英雄であるセフィロスと肉体関係を結ぶ事に戸惑い躊躇っていたジェネシスコピーも、セフィロスが決して遊びや軽い気持ちで自分を求めてくる訳ではないと理解したらしい。セフィロスが夜、宿舎に戻っている間の僅かな時間に限られてはいたが、その間だけはお互い現実を、神羅の英雄である事を、ジェネシスコピーである事を、世俗の事を忘れて過ごせる。
二人きりの心地よい大切な時間。英雄とモンスターの許されよう筈もない深い交わり。昏き深淵。
暗澹たる混迷の果てに見出される安寧。
神羅の英雄であるセフィロスが、討伐の対象たるモンスターと身体を合わせる事によってのみ安らぎを得る事が出来る。
だが、そんな無秩序な隔絶された幸せが長く続く筈もなかった。
無情にもジェネシスコピーの劣化は、日々刻々と進んでいく。コピーであるが故か、マスターであるジェネシス本人よりもその劣化の進行速度は速かった。
髪からは色素が抜け落ち殆ど白髪はくはつとなった。肌も滑らかさを失い、かさついて荒れている。加えて、身体機能もどんどん低下しているようで、すっかり弱り切り一日中ベッドで過ごすようになった。
「セフィ……ロス」
コピーの様子が心配で、会社にも行かず付きっきりになっていたセフィロスを、か細い消えゆるような声で呼ぶ。
自分が傍に居る事を分からせ安心させる為に、色褪いろあせたチェストナットの髪を優しく撫でてやる。
「セフィロス……俺は、最期の時間をあんたと過ごせて良かった。── 幸せ、だった」
恐らく、もうあまり見えていないであろうブルーグレーの瞳で、それでもセフィロスの顔の方を向いて笑んだ。
柔らかく落ち着いた、胸が痛くなるような、劣化が進んでいるとは思えない程に綺麗な笑みだった。
それが、セフィロスがジェネシスコピーと過ごした最期の瞬間だった。

悲しみに浸る暇も無く、セフィロスにはニブル魔晄炉の状況を調査する任務が入った。
任務は同じ1stになったばかりのザックス、それと何人かの神羅兵が一緒だった。
ニブルヘイムに到着した時、セフイロスは初めてでは無いような、いつか見た風景のような錯覚を覚えた。
ニブルヘイムは落ち着いた田舎らしいのどかな風景の小さな村だった。幼い頃から、鋼鉄で構成された巨大なミッドガルで過ごした筈のセフィロスには見覚えがある筈も無い風景。ふと、ジェネシスコピーの事が脳裏を過ぎった。
彼を此処に連れて来られれば良かったと、そう思う。あのミッドガルの、宿舎の中にある味気無い無機質な閉じ込められた世界ではなく、せめて、こののんびりとした何も無い田舎で穏やかに最期の時を過ごさせてやりたかった。
この任務に出立する前は、神羅ビルの外に出てミッションに専念すれば少しは気が紛れるかと思っていたが、実際全く違う環境に身を置いても、ついジェネシスコピーの事に思いを馳せてしまう。例え姿形はジェネシスと同じでも、セフィロスにとって彼の存在は想像以上の重さを有していた。
そんなセフィロスにとって、ニブルの魔晄炉で邂逅したジェネシスは、逆に幻影のように存在感がおぼろげで霞がかっていた。
目の前に実際に存在するのに、彼の姿も、仕草も、声も、言葉も、何も胸に響いてこない。久しぶりの親友との再会だというのに、生きていて良かったとか、劣化の進んだ姿に哀れみを感じたりとか、助けてやりたいとか、そんな感慨さえまるで湧かなかった。
「お前の細胞を分けてくれ」
片手を差し延ばし、赦しを請うかのように細胞を求めるジェネシス。
現実にジェネシスコピーの劣化が進む様を間近で見ていたセフィロスは、あの悪夢のように容赦なく進行していく劣化を止める方法など無いと思っていた。だが、ジェネシスの放った一言にセフィロスは絶望のどん底に突き落とされる。
彼は、セフィロスの細胞でなら劣化を止める事が出来ると、そう言ったのだ。
「朽ち果てろ」
セフィロスは無意識の内にジェネシスの手を振り払い、呪詛の言葉を叩き付けた。
劣化で日々弱っていくジェネシスコピーの傍らで、劣化を止めるまでは無理でも何とか彼の苦しみを和らげる事は出来ないかと苦悩した。しかし、ジェネシスコピーを科学部門の手に渡す訳にもいかず、彼が劣化と闘い苦しむ様をただ見ている事しか出来なかった。
『神羅の英雄』などと讃えられても、ジェネシスコピー一人救えない。セフィロスは己れの不甲斐無さを呪った。
それなのに、ジェネシスの口から語られた真実は、あまりにも残酷だった。
セフィロス自身の細胞で劣化を止める事が出来ると言うならば、セフィロスは何時でも、直ぐにでも、ジェネシスコピーの劣化を止めてやる事が出来たのだ。彼を、あの苦しみから解放してやれたのだ。
もし、ジェネシスコピーの劣化を止める事が出来たとしても所詮彼はモンスターだ。彼の劣化を止めてやる事が、彼の命を救ってやる事が、正答だったとは到底言えない。それでも、セフィロスは自分にその方法が可能であったのなら、自分だけが彼を救う事が出来たというのならば、例え許されない行為であったとしても、例え束の間の一時しのぎにしか過ぎなかったとしても、それを実行したかった。
叶う事ならば、ジェネシスコピーの劣化を止め、神羅の目の届かないところにそっと彼を逃がして、ひっそりと生きながらえさせてやりたかった。

仮初めの魂は何処へと消えゆくのだろう。
最期のジェネシスコピーの姿が鮮やかに脳裏に蘇る。
あの、あどけなくも儚く美しい笑顔を守る事も出来ずに、何が『神羅の英雄』だろうか。

セフィロスは、英雄を、神羅を辞める決意を胸に、重い足取りで神羅屋敷へと向かった。

end
2009/10/24