伝心

いつまで経ってもジェネシスは、英雄が自分の部屋で、しかもゆったりとソファに腰掛け寛いでいる── という光景に慣れない。
これがまだ英雄の自室なら、二人っきりでリラックスムードを愉しむ事もやぶさかではないのだが、こと自分の部屋に英雄を招いて── となると、一気に緊張感が増す。
一応、来客であるセフィロスにコーヒーを給仕してやってから。これで、ホストとしての最低限の義務は果たした── と云わんばかりに、ジェネシスはセフィロスの隣に腰掛けた。本当は対面辺りに自分の位置をキープしたいくらいなのだが、隣に掛けないとセフィロスがなんだかんだと煩いのだ。どうやら、二人きりの時ぐらいは出来るだけ恋人同士のように密に接して欲しいらしい。
普段つれない態度を取りがちな自覚が有るだけに、ジェネシスも多少負い目がある。実際、恋人なのだから、恋人同士のように振る舞いたいというセフィロスの要求を、そう無下にも出来ない。
しかし、英雄の隣のポジションというものに未だ照れがあるジェネシスは、腰掛けるなりセフィロスを無視し『LOVELESS』を手に取ると黙読を始めた。要は、照れ隠しなのだが。
「相変わらず、その本が好きなんだな」
「ああ」
出来るだけ、内心の逸る動悸を抑えた素っ気ない返事。
「クク、その叙事詩のように、たまには愛の言葉を囁いてくれたって良いんじゃないのか?」
セフィロスは真剣なのか揶揄っているのか、判別しかねるような低声で嘆いてみせた。恐らく、その両方だったのだろう。
セフィロスの言葉にジェネシスは面白くなさそうに眉をひそめる。
── 今更、言葉で伝えなくたって、分かっている癖に……
それでも、敢えて云わせたいのは確認行為を求めているのだろう。恋愛というものは確認行為の積み重ねだ。
ジェネシスだって、当然セフィロスへの想いはある。想いの強さに当人が困惑して、おいそれと表に出したくないと自重してしまうくらいには── 。しかし、そんな複雑な葛藤めいた想いを、上手くセフィロスに説明する術を持たないのも、またジェネシスである。
実力が伯仲しているクラス1st同士。更にジェネシス本人に優れた話術なりコミュニケーション能力なりが備わっていればセフィロスと比肩する程の英雄に成れたのかもしれない。
だが、幼馴染みと憧れの英雄と『LOVELESS』にしか興味の無い男に、大勢の前で何か受けの良いアピールをしろ等と云うのが、そもそも無理な注文なのだ。
セフィロスの方はというと、幼い頃から『神羅の英雄』をやっているだけあって、意外に対外的な話術やスピーチ等は得意である。幼少時より多くの大人と接しており表に出る機会が多かった為、自然とそういった立ち居振る舞いが身に付いたようだ。
あまり飾らない言葉で語る事により真摯で誠実なイメージをアピールしつつ、状況に合わせさらっとジョークを言ってのける為、大衆には概ね受けが良い。意図的な演出ではなく生まれ持った素養もあるのだろう。が、それで成功しているのだから文句の付けようもない。
そんなところが、ジェネシスにとっては羨ましい反面疎ましかったりするのだが。
ジェネシスは暫し難しい顔をしたあと、『LOVELESS』を閉じ傍らに置いた。すると、身体を捩ってセフィロスの方に向いた。更に、セフィロスの側に身を寄せる。
沈黙に包まれた空間で、ただ見詰め合う。
ようやくジェネシスの唇が開いた── と、思ったら、不意に近付いてきてそのままセフィロスの唇を塞いだ。
何か言葉を紡ぐのかと待っていたのに、与えられたのは情熱的なキス。甘い声を時折洩らしながら、舌をじっくりと絡ませてくる。
一度離れて、改めて見詰め合っては、二度、三度、口付けを繰り返す。
そして、甘えるように力無くセフィロスの胸元に顔をうずめる。セフィロスの心臓付近が暖かく感じるのはジェネシスの体温の所為なのか、先程のキスの所為か。
「キスだけか?」
セフィロスが胸元にとどまるジェネシスの赤い髪を梳きながら尋ねると、即座に懇願するような言葉が返ってきた。
── 言葉にしたくない」
言葉に表す事によって、僅かにでも己の想いを変質させたくない。
言葉で表せない程、強い想いだから、行動でしか伝えられない。
── 『好き』
言葉にすれば、たった二文字の言葉。けれど、空気中に放ちたくないほどに重く強い力を保持する。
言葉にするのは簡単かも知れない。だが、口に出した途端、その言葉の重みは失墜する。容易く力を失う。
どんなに美しい言葉を練り雅やかな詩文を織り上げたとしても、どんなに装飾された綺麗な言葉を並べ立てたとしても、セフィロスに対して抱く想いの丈をほんの一欠片だって表現出来ない。
偽りは、伝えたくはないのだ。一切。
再度、セフィロスに顔を寄せ縋るように口付けを交わす。何度でも。
そうして、唇を合わせ重ねるごとに、当初はジェネシスがリードをしていた行為が、いつしかセフィロス主導のものへと切り替わってゆく。
ソファの上にゆっくりと横たえられ、絡み合っていた舌は次第に唇以外の箇所にも刺激を与えはじめた。舌だけではなく、指先も掌もジェネシスの身体のあちらこちらをまさぐり始める。
「! セフィ……ロス!?」
「お前が行動で示すと言うなら、俺もそうさせてもらう」
至極嬉しそうに、英雄の口角がニヤリと吊り上がった。
好きだから、言葉にしたくない。
好きだから、固定したくない。
相手の体温を、熱をあますとことなく感じ取りたい。
セフィロスの腕が、指先がジェネシスをじわじわと侵蝕していく。反応を示すように小刻みに振るえる身体が、充分なカタルシスをセフィロスに与える。
全身で想いの熱量を受け止めて、こちらからも等しく与えて。
それでも足りなかったら、その時初めて「好き」という言葉の力を借りるのだ。

end
2011/5/30