Blind Game
緑の木々が連なる奥深い森。のどかな風景に不釣り合いな大砲の轟音が低く鈍く鳴り響く。
抗戦の現場である少し谷になった山間に僅かに迫り出した一角。その一角に立つ木々の合間に紅い革のコートがちらちらと覗く。
其所にはソルジャー・クラス1st、ジェネシスが木に寄り掛かり何とも渋い表情で腕を組んで立っていた。親友のアンジールが近付いてくるのに気が付いて、黙って横目で見遣る。
「どうだ? 状況は── 」
「あまり芳しくはないな……いや」
親友に状況を問い掛けられ、浮かない顔で返す。後方に髪を追いやるように掻き上げるジェネシスの声音が途中で一段と低くなった。
「こちらが不利、か」
数では神羅側が優勢であったのだが、対するウータイ兵がなかなかに粘り強く一進一退の攻防が続き戦局は膠着状態となっていた。そして今、対面の山の斜面に新たな軍勢が現れた。ウータイ側の増援が到着したのだ。
「みんな消耗してる、これ以上は厳しいぞ」
「ああ、分かってるさ」
アンジールの険しい声に応え、ジェネシスは俯いてゆるりとかぶりを振る。柔らかい赤毛がさらりと揺れた。
「出来れば、この手は使いたくなかったんだがな」
いつの間にかジェネシスの手には補助系のマテリアが握られていた。そして彼の周囲に燃え上がるような蒼いオーラが一気に噴出する。
「目を伏せておけよ、相棒」
ジェネシスは小さく呟きながら天への捧げ物の如くレイピアを翳す。
『駆け抜ける雷迅、渦巻く疾風、踊り狂う氷炎。
極光の彼方から、天空を切り裂き舞い降りし威厳。
荘厳なる夜明け、目映き黎明、果てなき東雲。
雄々しき鬨の声、静かなる羽撃き。
荒ぶる竜の王よ、咆哮せよ!』
マテリアをレイピアに嵌め込みながら、ジェネシスは呪文を詠唱する。
まるで歌でも歌うように朗々と美しき声で紡がれる祝詞に誘われて、巨大な翼竜バハムートが空の合間から顕現した。
最初からそこに存在していたかの如く悠然と羽撃き、強烈な威圧感をもって空を割らんばかりのけたたましい雄叫びを響き渡らせる。
その圧倒的な存在感は、空気ごと押し潰されそうな強い圧力を感じるほど重い。アンジールは思わず己の身体を支える為、近くの木に掴まった。
バハムートの無慈悲なる羽撃きによって何もかもを吹き飛ばしかねない烈風が巻き起こり、ジェネシスも片手でコートの襟元を押さえ残りの手で木に掴まった。そしてそのまま木の陰に隠れようとしたのだが、まともに強風を喰らってしまいその場によろめく。
『放て、メガフレア!』
ジェネシスの号令に合わせ、眩しい光の線が幾つもの束になって周辺一帯に照射される。
轟く爆音と拡がる噴煙。暫くの間、辺りが白く包まれ何も見えない状態が続く。
「ジェネシス!?」
視界が白濁する寸前、幼馴染みが倒れ込んだように見えてアンジールは叫んだ。
祝詞を用いた召喚魔法は術者の体力と魔力を著しく削る。殊にバハムート級のランクの高い召喚獣だと負担も甚大だ。
次第に靄が晴れてきて視界がはっきりしてくると、ジェネシスが木の根元に蹲るようにして座り込んでいる。アンジールは慌てて傍まで駆け寄った。
「大丈夫か?」
問うと、大きくかぶりを振る。
「失敗した」
吐き捨てるように呟くと、目許を片手で覆うように隠す。
失敗したと云っても、召喚術そのものに失敗した訳ではない事はアンジールにも分かっていた。
「目がチカチカする……」
力無く告げるジェネシスは、辛そうに顔を顰めている。烈風を喰らい体勢を崩した為、メガフレアの光をまともに見てしまったらしい。
「少し休め。お前が喚んだバハムートのお陰で戦局は一気にこちらに傾いた。だが、お前も魔力を相当消耗しただろう?」
アンジールは幼馴染みに肩を貸してやり、拠点に戻るとテントの一角に運び込み寝かせてやった。
他のソルジャーはこちらに有利になった戦局に乗って更なる攻勢に転じる為、殆どが出払っている。拠点周辺は戦場と思えぬくらい静かだ。これならジェネシスも落ち着いて休めるだろう。
ジェネシスを置いてアンジールはまた戦地へと戻っていった。体調が回復したら自分も戻るとジェネシスは告げたが、後は俺達だけで大丈夫だとアンジールは笑って嘯いてみせた。勿論ジェネシスを安心させる為に云ったのだろうが、決して大袈裟ではなく既に大勢は決しており2ndや3rdだけで何とかなる状況になっている筈だ。
ジェネシスはアンジールが設置してくれた簡易ベッドに横になる。だが、仰向けになると例えテントの厚い布越しであっても太陽光が突き刺さり、痛めた目には眩し過ぎた。
ふと先程アンジールから何か渡されていた事を思い出してポケットをまさぐる。取り出してみるとアイマスクだった。
「用意周到なヤツ……」
小さく呟くその口調は呆れたような抑揚を持っていたが、本心では感謝しているのだ。
早速アイマスクを装着してみると太陽光は完全に遮断された。
これならゆっくり目を休める事が出来そうだ。ジェネシスは改めて簡易ベッドに横たわった。ベッドと云っても本当に質素なものでマットレスをただ地面に敷いたようなものだったのだが、シュラフなどに較べるとだいぶ上等だった。
横になって数刻、魔力の消耗が激しく疲れが蓄積していたのだろう。ジェネシスの意識は次第に朦朧とし、うつらうつらと眠りの世界に誘われつつあった。
やがて意識が混濁し、半分夢を見ているかの状態に陥った時。
テントの幕を開く衣擦れの音が朧げになった意識を僅かに覚醒させる。
誰かが── 恐らくはアンジールが入ってきたのだろう。
ジェネシスは動じる事なく、そのまま半覚醒の状態を維持した。端から見れば、良く眠っているようにしか見えない。
鈍い靴音が次第にジェネシスが横たわる簡易ベッドに近付いてくる。
何か忘れ物でもしたのか、それとも幼馴染みの事が気になってわざわざ様子を見に来たのか。後者なら、このまま大人しく眠った振りをしていれば、安心して出て行くだろう。
ジェネシスの傍らまでやって来た人物は、膝を落として屈むとジェネシスの寝顔を間近で窺っているようだった。
ふと、ジェネシスの頬を撫でるように相手の手がジェネシスの顔に添えられる。アンジールと同じ革手袋を嵌めた手ではあったが、アンジールの手とは感触が違う気がした。
次の瞬間、添えられた手で顔を固定されたまま、突如口付けを施される。ジェネシスは突然の事に内心驚いたが、同時に暖かい感触とともに心が砕けてゆく。
キス── だけで、相手がセフィロスだと解る。
それ程までに自分達の関係が密になっているのかと思うと気恥ずかしくて、ジェネシスはアイマスクを外せなくなった。
交わされ続ける口付けは既に一方的なものではなく、相手の舌の動きに合わせて絡め合い、舌先を触れ合わせたり軽く音を立てて吸い合ったりと絶えず変化し呼応していくものだったから、ジェネシスが覚醒している事は難無く相手に伝わっただろう。
キスに夢中になるうちに、ますますジェネシスの箍も外れてきて、ジェネシスは相手の背中に自分の腕を廻して縋り付いていた。指の先に触れる幾本ものさらさらした長くて真っ直ぐな感触。手の平に感じる背中の感触も含めて間違いなくセフィロスのもの。
ジェネシスがそうして確かめるように相手の身体をまさぐっていると、応じるように相手の手もジェネシスの身体の方に伸びてきた。革の手袋は束の間に外したようだ。直接素手で素肌を触られる。その触り方の癖もインナーの裾に指先を掛けるタイミングも直ぐにはたくし上げず一旦深いキスを交わしてから徐々に捲り上げていくのも、何もかもがセフィロスと同じ。
触れ合えば触れ合う程に、今ジェネシスの身体に攻勢を仕掛けている侵略者はセフィロスなのだという確信が強まるばかりだ。
しかし、姿が見えない。
ただ、それ一点の事で、万が一にもセフィロスではなかったら、という微かな不安が心の隅にわだかまる。
顔が離れてキスが止んだ隙に、ジェネシスは相手の顔の辺りに手を伸ばして輪郭をなぞってみた。顔の形もやはりセフィロスだと思う。こうして目が見えない状態で触ってみる事によって、改めてその造形の美しさに感心する。
つつと口許の辺りに指先を移動すると、不意にその腕を捕捉されてしまった。捕えたジェネシスの指先を揶揄うように舌先でなぞり口中に含んでくる。
「んっ! ぁ……」
視覚という五感のひとつを封じた状態である為、他の感覚器官が押しなべて鋭敏になっているようだ。
指先への軽い戯れだけで、ジェネシスの身体は総毛立ち震える。この状態で、もっと強い愛撫を施されたら一体どうなってしまうのか。恐怖と期待と興味と不安が入り混じり、混乱と興奮が渦巻く胸中。ジェネシスの鼓動は早鐘のように激しく脈打ち、疾うにコントロールは不可能であった。
ゆっくりとインナーをたくし上げられるのさえ焦れったくて、ジェネシスは軽く身を起こすと自らコートを脱ぎ捨て、更にインナーも脱ぎ去ろうと手を掛けた。
だが、それを制止するかの如くやんわりと身体を押され、再び横たえられた。インナーは中途半端に胸元まで捲り上げられている。
その晒された素肌部分。胸筋や腹筋、脇腹辺りを撫でるように手でまさぐられたり、触れるだけの口付けをあちらこちらに落とされる。
「はっ、あ……ふ── 」
たったそれだけの事で嬌声が抑えられない。官能による震えが止まらなくて、セフィロスらしき人物にしがみついてしまう。
アイマスクで隠されているから相手には見えないが、ジェネシスの目許には早くも交感神経への刺激からくる分泌液が多量に蓄積しつつあった。
思う存分、相手の身体に身を委ね陶酔に浸りたい。自分の全てを露わにしてしまいたい。
視覚以外から得られる情報は、全て相手の人物がセフィロスである事を示すものばかりだ。だが、これだけ触れ合ってキスを交わしても、彼は決して声を発しようとはしなかった。
それが余計にジェネシスを混迷に陥れた。セフィロスである事には相違ないのに、こんな風に縋って乱れた姿を見せて、もしセフィロスではなかったら、という焦燥と、強い官能を求める余り相手が誰であっても構わないのかという自分自身に対する不信感。
でも、やはり触れれば触れる程、これはセフィロスなのだという確信が強まって、確信が強まれば強まる程もっともっと求めたくなる。
既に見えない相手の侵略は下半身の方にまで及んでおり、ベルトのバックルを外されレザーパンツを降ろそうとしている。脱がしやすいようにジェネシスは腰を浮かしてやった。
ほんの僅かな疑念が未だ残ってはいるが、先程から的確に施される愛撫に、ここまで自分の身体の事を熟知しているのはセフィロス以外にはいないという自負もある。そして何よりも身体の奥底から湧き上がる熱い疼き。火照るほどの熱量。抑えきれない昂ぶり。自分がこれ程までに求めてしまう相手がセフィロスでない訳がないのだ。
少しずつジェネシスを侵蝕し裡へと入り込んでいく硬い熱塊。自分と同じくらいの熱量を保有している。こうしてひとつに合わせると化学反応を起こして更なる高熱へと変化しそうだ。
犯されてひとつになって、一段とジェネシスは安堵する。内壁で感じるその昂ぶりがやはり自分の良く知るものだったから、確信はまた強くなる。セフィロスだという確信を深める為、ひたすらに彼を求め、奪われる。いや、確信と云うよりは最早確認に近い。
「ああっ、ん……」
作業のように淡泊に受け止めているつもりなのに、目許からは止め処なくあふれる涙。漏れ出る嬌声。
視覚を封じられると、かくも鋭敏に感じてしまうのかと戸惑いつつ求める事もやめられない。
見えない分、どうしても直接触れ合う部分や繋がってる部分に自然と意識が集中してしまう。そしてもっと深い悦楽に身を堕としてしまいたくなる。
こんなにも深く融け合って感応し合える相手はセフィロスしかいない。ついに僅かな疑念も消え、確信は断定へと変わる。
「ぅん、あっ……セフィ、ロス── 」
セフィロスにしがみつき、その腰に両脚を絡み付かせた。離したくなくて、もっと深く穿って欲しくて身体を密着させる。
どこまでも貪欲な自分の浅ましさに絶望し、自我を失う程の恍惚を与えてくれる英雄との交わりに歓喜する。
寧ろ、何故僅かにでもセフィロスではなかったら── という疑念を感じる事が出来たのかと、逆に疑問を覚える程に深く昏く広く纏い付くような甘い愉悦に二人で嵌って堕ちていく。
アイマスクで覆いきれない程に涙があふれて頬を伝い落ちる。その涙を舐めとるようにセフィロスはジェネシスの頬に口付けた。
戦局がやや落ち着いて、アンジールがジェネシスの様子を見る為に拠点へと向かっていると途中でセフィロスとかち合った。セフィロスはアンジール達とは別働隊で行動しており、拠点のみ共有している。
「こっちは順調であらかた片が付きそうだ。そっちの状況はどうだ?」
アンジールは挨拶代わりに声を掛けた。
「ああ、こちらも順調だな。俺が小一時間離れても問題ない程だ」
そうか、と相槌を打ってアンジールは英雄の肩を拳で小突くと改めて拠点へと足を向けた。
ジェネシスを休ませたテントに入って行くと、肝心のジェネシスはベッドの上で起き上がっている。一応、ブランケットを被り横になっていたようではあるが、今は上半身を起こし片手にアイマスクを持ち残りの片手で目を擦っていた。
「きちんと寝てないと駄目だろう」
やや語気を荒くして窘めながらジェネシスの傍らに立った。それから徐にアンジールは片膝を付いて屈むとジェネシスの顎を掴んでやった。先程、目を擦っていたのが気になったのだ。上向かせて淡い碧玉の双眸を確認すると、少し赤みを帯びて腫れている。
「少しは休んだのか?」
「あ、ああ……」
ばつが悪そうな顔をしてジェネシスは俯く。まさか休むどころか却って消耗するような事をしていたとは云えない。
「目は大分調子が悪そうだな」
アンジールは片手を顎に当てて深刻そうに眉を寄せる。
「そう、だな」
ぎこちなく応えると、ジェネシスは申し訳なくてアンジールの方から顔を背けた。
「まあ、もうお前の出番は無いと思うから、ゆっくり休め」
アンジールは飽くまで優しく、ジェネシスを労るようにぽんぽんと背中を叩いてから横になるように促した。少し後ろめたい気持ちがあるジェネシスは大人しく従って、改めて簡易ベッドに横たわるとアンジールが透かさずブランケットを掛け直してくれる。
「そういえば、此所に来る途中セフィロスに会ってな。向こうも順調なようだぞ」
幼馴染みの口から発せられた恋人の名前に今更ながら頬が上気して朱に染まるのを自覚したジェネシスは、気が付かれないようにブランケットで自分の顔を覆う。
「そうか、良かったな」
素っ気なく返しながらも、やはり先程まで此所に居たのはセフィロスだったのだと再び安堵して瞼を伏せる。優しく撫でてくれる幼馴染みの掌の温もりを頭髪に感じながら、ジェネシスは今度こそ安らかな眠りに就いた。
end
2010/5/31