月光

裸だと少し肌寒く感じるほどに冷房で冷やされたベッドルームを月の光が柔らかなヴェールとなって仄かに照らしている。
規則的なようでありながらも時折不意に乱れる二人の息遣い。ぎしぎしと唸るベッドのスプリングが同調するように合わせて乱れる。
セフィロスは四つん這いになったジェネシスの背中を背後から見詰めながら、その白い肌を指先でつっと辿る。そんな細かい所作にまでびくりと跳ねてみせるジェネシスの反応の良さにセフィロスは満足げな笑みを浮かべた。
幾分強めに冷房が効いていると、汗をかいても少し休んだだけで直ぐに汗が引いてしまうから、普段よりもセックスが長引く傾向にある。二人ともソルジャー・クラス1stで体力もあるものだから際限がないのだ。
いつも月光が煌々と照らす中で情事は行われる。
雲も少なく月も大きい。月明かりだけで事が行えるほどに明るい宵だけ。
一体、いつから繰り返されるようになったのか。始まりもやはり月が綺麗な晩だった。
幾ら二人の体力に際限がなくとも、受け入れる側のジェネシスはどうしても負担が大きくなる。だから、彼はセフィロスに強請る風を装って適当な頃合いでセックスを終わらせようと仕掛けていく。
体勢を変えて向かい合い、セフィロスの首に両腕を廻す。縋るように抱き付いてキスを求めて、「あんたのスペルマが欲しいんだ」と耳元で囁く。同時に熱い吐息を吹き掛けてやると、より効果的だ。
月明かりの中でなら、英雄を意のままに操るのは容易い。自分の思うようにリード出来る。
月明かりの中でなら、セフィロスはジェネシスを見てくれるから。
英雄を自分の意図した方向に導く── これは、ある種の快感をジェネシスに与えた。少なくともセックスとは違う意味の快楽を得ているという時点で、ジェネシスにとってセフィロスとはセックスのみの関係とは言い難い。
深層を満たしてくれる苦くも甘美なる憂鬱。英雄への憧れ故に却って認め難い優越。矛盾を孕みながらもジェネシスは疾うに虜となっている。が、本人は、セフィロスとのセックスで感じる優越以上に認めたくはないだろう。
ジェネシスの思惑に気付いているのか気付いていないのか、彼に導かれるまま促されるままにセフィロスはジェネシスの裡に熱い精を吐き出す。無論、散々ジェネシスを追い詰めた後での話だが。
ジェネシスもタイミングを見計らうように一緒に絶頂に達した。何度も身体を合わせるうちにお互いの肉体、いやセックスそのものが馴染んできたのだろう。タイミングを合わせて同時に達するのは難しくはなかった。
甘い恋人同士なら、このあとベッドの上で共に微睡まどろんだりするのかも知れない。だが、ジェネシスは極めて速やかにベッドから起き上がると、手早く身形みなりを調えた。余韻も何もあったものではない。
何故なら、セックスを終えた後のセフィロスがジェネシスに対して如何に関心がないか。ジェネシスには身に沁みて良く分かっていたからである。だから、セックスが終わったら英雄のところには決して長居しない。それがジェネシス自身にとって最良の策であった。謂わば、自己を守る為の必然。
本来であれば、情事の後はバスルームを借りて汗や体内に残るおりを全て洗い流してしまいたい。が、それすらを躊躇ってしまう程に事を終えた後のセフィロスと寝所を共にするのは苦痛であった。
バスルームでシャワーを浴びる程度の事など、自室に戻って済ませるに越したことはない。セフィロスと何度か密事を重ねた結果、その結論にはかなり早い段階で到達していた。
現に手早く身支度を済ませ、セフィロスの居室を後にしようとするジェネシスに対し、セフィロスは何の反応も示さない。今までも引き止められたりした事は一度もないのだ。

普段は、極々普通に── いや、お互いソルジャー・クラス1stであるから普通ではない部分もあるかも知れないが、相応の友人関係を築いていると思う。時々、空いた時間にアンジールも含めて三人でトレーニングルームで悪ふざけをする以外はこれといって親しくする事もない。それぞれ任務で忙しいし、特に英雄はミッション以外でもあちらこちらに引っ張りだこだ。そもそも親しくする為の時間的な余裕が無い。
当然同じミッションに従事する場合もあるが、極めてビジネスライクな関係だ。仕事に私情を持ち込むなど、セフィロスよりは寧ろジェネシスの方が嫌っていた。
恐らく、共通の友人であるアンジールにでさえ二人が時にはベッドを共にする関係であるなどとは夢にも思っていないだろう。
ジェネシスは時としてセフィロスにライバル心を剥き出しにする事があって、下手をすると仲が悪いようにさえ見える。アンジールは勿論、幼い頃からジェネシスが英雄に対してどれほどの憧れを抱いているか熟知しているから、その点に於いて誤解が発生するような事はなかったが。
たまにソルジャーフロアのブリーフィングルームで顔を合わせる程度の、しかも顔を合わせたとしても交わす会話はせいぜいミッションに関する事ぐらい。親友と呼ぶには些か違和感さえ覚えるほど、かなりドライな関係であった。

そのブリーフィングルームで、久しぶりにセフィロスとジェネシスが顔を合わせた時。
「今夜は佳い月夜になりそうだな」
廊下へと通じるドアの前に立ち、ドアが空気音を立てるその寸前。セフィロスはジェネシスの方を向いて口端を上げた。
ジェネシスが何らかのリアクションを取る前にさっさとセフィロスは廊下に出て、エレベーター方面へと向かう。ジェネシスは俯いて床を見詰めながら溜め息を吐いた後、セフィロスに倣ってブリーフィングルームを出て廊下を歩き出した。その足取りは重く、如何にも仕方がないといった風情だ。
エレベーターフロアに辿り着いた時には既にセフィロスの姿は無かった。当然だ。彼にはわざわざ待っている謂われなど無い。
赤い柔らかな髪をくしゃりと掻き上げ、不機嫌そうに上階行きのボタンを押す。
70階まである神羅ビル。51階はソルジャー司令室、60階以上はドミノ市長の部屋、各部門の資料室や重役用の会議室、社長室などの重要フロアで占められている。そして、その中間、52階から59階までが主に居住フロアとして使用され、セフィロスやジェネシス達クラス1stの私室が配置されていた。重要フロアである筈の60階以上にジムやリフレッシュフロアが存在するのは居住空間に近いからだ。
エレベーターが到着すると、そのままセフィロスの下へ直行するのも癪だったジェネシスは一旦自室へと戻った。
セフィロスの部屋で過ごす時間を極力短くしたいジェネシスは、自室でシャワーや食事などを済ませてしまう。だが、全ての準備を済ませ、センスの良い私服に着替えてもジェネシスは自室に留まり続ける。
夜の帳が降りてもルームランプを点ける気にならず、冴え冴えとした月の光が室内を仄かに照らし出していた。

あの日も月の綺麗な晩だった。
ミッションコンプリートの報告に時間が掛かってしまい、気が付くと大きな月が煌々とその存在感を主張するように強く輝いていた。月を観賞してから自室に帰ろうと、ソルジャーフロアのロビーでソファに腰掛けて一息つく事にした。その時、偶然にも神羅ビルへの帰投時間が重なったセフィロスがやって来て、自然にジェネシスの隣に座ったのだ。
親友として、取り立てて特殊な行動ではない。だが、セフィロスは基本的にジェネシスに無関心であった。例え、それがジェネシスの一方的な思い込みだったとしても。だから、当たり前のように隣に腰掛けてきたセフィロスにジェネシスは若干驚いた。ジェネシスに関心を示さないセフィロスに倣ってジェネシスもセフィロスにはある程度の距離を置いていたのだが、驚きのあまりジェネシスはじっと隣のセフィロスを見上げてしまう。
「綺麗だな」
ぽつりとセフィロスが呟く。
「ああ、綺麗な月だな」
無難な返答で返すジェネシス。煌々と輝く月は、勿論ジェネシスをも美しく艶やかに照らし出している。月の光を吸収して、彼の赤毛は淡く光り輝いていた。そのライトブラウンの髪に触れてから、再度セフィロスは先程と同じ言葉を繰り返した。
「綺麗だな」
まさか、自分を見ての発言とは思いもよらずジェネシスは反射的に頬を紅潮させる。ジェネシスの髪を撫でるセフィロスの左手は、自然とジェネシスの頭部を捉え引き寄せた。唇と唇が触れる。あまりにも自然な流れに、ジェネシスは抵抗するのも忘れてキスに応じてしまった。
その後、どうやってセフィロスの私室まで誘われベッドにまでもつれ込んだのか。セフィロスの関心が自分に向けられた奇跡に驚喜するあまりジェネシスはよく覚えていない。そして、その時セックスの間だけなら、セフィロスの関心を自分自身にとどめる事が出来るという事実にジェネシスは気が付いたのだ。それが、虚しい行為だと薄々感じながら。

窓を通して月を見遣る。月は自力で発光している訳ではない。太陽光を反射しているだけだ。その為だろうか。月の光は太陽と真逆で酷く冷たい。
先程、ブリーフィングルームでセフィロスに掛けられたのは誘いの言葉だ。セフィロスの部屋に行かなければ、と思うのに足が竦む。身体が硬直する。
セフィロスの事が嫌なのか。実は嫌っているのか。前髪を掻き上げて頭を抱える。ソファに身を落として蹲る。
万が一にもジェネシスが英雄をいとう事などあろう筈もなかった。革張りのソファの上にぽつりと水滴が落ちて小さな円を作る。いつの間にか自分の頬を濡らす涙に気が付いて、ジェネシスはようやく自分が如何にセフィロスに惹かれているか、如何にセフィロスを好きなのかを思い知った。
想いがあるのだから当然セフィロスには抱かれたい。だが、抱かれる度に英雄がどれほど自分に無関心であるかを突き付けられる。飽くまでセフィロスがジェネシスに関心を向けてくれるのはセックスの間だけ。事後に訪れるのは何処まで行っても尽きない、果てなき絶望。
月の光を浴びているだけで、心も、身体も冷えていくような気がする。このまま、深い絶望に囚われて凍死しそうだ。
今日はセフィロスの部屋に行くのはやめよう。
今までセフィロスの誘いを断った事はなかったが、今夜は絶望を味わいたくない。誘いを無視すれば嫌われるかも知れない。否、英雄はそこまで狭量ではないだろう。だが、二度と誘われない可能性はある。
それでもジェネシスは、どうしても部屋を出て行く気にはなれなかった。ソファから立ち上がる気力さえ起きない。
そんな無気力なジェネシスに対する嫌がらせのように、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。
ソファから立ち上がるのさえ億劫なのに、ドアのところまで足を運ぶのは重い足枷を引き摺っているような苦痛を感じる。その苦痛を押してでもドアに向かったのは来訪者がアンジールかも知れないと思ったからだ。涙を拭うのも面倒で、気にせずドアを開ける。
アンジールになら今更泣き顔を見られたところでどうという事はない。子供の頃、散々泣きじゃくって困らせた事もあるのだ。
その程度の理由でドアを開けてしまうあたり、ジェネシスは既にアンジール以外の来訪者を想定していない。
だから、ドアの前に立つ人物を見た時に心臓が止まるほど吃驚して声も出なかった。
インターホンが鳴った時に、真っ先に想定するべき人物であったというのに欠片も思い至らなかったのだ。
「セフィロス──
ようやく声が出て、声帯に異常が無い事を確認出来た。だが、驚愕は治まらなかった。今宵セフィロスに誘われていたというのに、しかもその誘いを無視しようとしていたのに、セフィロスがジェネシスの部屋を訪ねてくるとは全く考えもしなかった。英雄が自らジェネシスの下へ出向いてくるとは──
驚いたのはセフィロスも同様だろう。何しろあの気丈なジェネシスが両頬を涙と思われる液体で濡らし、しかもそれを拭おうともせず自分を出迎えたのだ。普段あまり感情を面に出さないセフィロスだが、この時ばかりは僅かに困惑を滲ませていた。
身体を支えるようにドアに体重を掛け呆然と立ち尽くすジェネシスに、セフィロスは歩を寄せる。結果セフィロスとの約束をすっぽかした格好のジェネシスは、流石にセフィロスの反応が恐ろしくて、でも身動きも出来なくて、ただ身を固くして近付くセフィロスを凝視するのみ。
セフィロスの表情から彼の精神状態を把握しようと脳細胞をフル稼働して分析するが、彼が怒っているかどうかさえ不明瞭だ。もとより英雄の思考を掌握しようなどというのが、無謀な思い上がりだと云えよう。
顔が触れそうな程にジェネシスに近付いたセフィロスは、彼の頬から顎に掛けた美麗なラインに手を滑らす。次いで、頬に唇を寄せ軽く触れると、そのまま唇にキスをしてからジェネシスの頬に伝う涙を拭い取るように舌で舐め上げた。
ジェネシスは一瞬呆けて、不躾な視線でまじまじとセフィロスを見詰めてから気が付いた。
彼は自分を慰めようとしてくれているのだ。
何故ジェネシスが涙を流しているのか、その理由すら分からないのに──
これは、セフィロスのジェネシスに対する無償の献身とも云えるのではないか。
月明かりの照らすベッドルーム以外では彼に無関心だったセフィロス。友人としては相対してくれていたが、たまに手合わせを申し込んでも英雄の一方的な力量の前に魔法まで駆使して応戦するのが精一杯だったジェネシスは、ライバルとも目されていないだろう。何度身体を合わせても、何度真剣を交えようとも一定量以上の関心を向けてはくれなかった。
今もこれ以上の絶望を味わいたくなくて無意識に涙まで流していたというのに、その涙を当のセフィロスが拭ってくれようとは。ジェネシスにとって果たしてこれ以上の歓喜があるだろうか。
負の底に停留していた感情を一気に正まで引き上げられて、感極まったジェネシスはセフィロスにその身を預けるように抱き付いていた。セフィロスの首に両腕を廻し、縋り付いて自ら積極的にキスを交わす。己れの衝動を抑える事が出来ない。
未だ玄関のドア口で対峙していた二人は、セフィロスがジェネシスの身を室内に押し込むように抱き込んでドアを閉める事によりようやく外界から隔絶される。
室内に入った後もドア付近の廊下で壁に寄り掛かりながら二人は抱き合い、キスを求め合う。
月の光は相変わらず冷たくリビングを照らし出しているが、二人のいる廊下までその光は届かない。
月の支配の及ばないところで行われる交歓。セフィロスに求められる事が今は素直に受け止められる。嬉しいと感じる。
絶望故に溢れていたものが歓喜に因るものへと変わり、一度乾きかけた頬が再び涙で濡れる。それに気が付いたセフィロスはもう一度舌で涙を拭う。その感触にジェネシスはくすぐったそうに身を震わせた。
尚も縋り付いてくるジェネシスを押さえ込むように壁に固定して、更に首筋に舌を這わせる。感情が高まっている所為だろうか。些細な愛撫にさえ過敏な反応を見せるジェネシス。小刻みに震えて、ひとみは次第に熱を帯びていく。
仕掛けた愛撫のひとつひとつに細かく反応を示すジェネシスに、セフィロスの欲情は否応にも掻き立てられる。
壁面にジェネシスの身体を押し付けたまま、下半身に手を伸ばし着衣を脱がしていく。バックルを外され下腹部を開放感に晒されたジェネシスが顕す表情は多分に愉悦を含んでいた。
「はあっ……ん、セフィロス」
ジェネシスは甘えたいのか、何とかしがみつこうとセフィロスに両腕を伸ばす。が、ジェネシスを侵略しようとするセフィロスの動きに阻まれてしまう。
「セフィ── !」
甘く名を呼ぶ艶めいた声は何の抑制力にもなっておらず、セフィロスの侵攻をますます深めるだけだ。
セフィロスにしてはゆっくりと丁重にジェネシスのレザーパンツを片脚分だけ抜き取った。残りはジェネシスの足下にわだかまっている。
素足になった方の脚を抱え上げ、ジェネシスの秘部に指を忍ばせる。
「あ……あ、あっ」
ジェネシスは身体をびくびくと震わせながら、喘ぐ事しかできない。
何しろ彼はとうの昔にセフィロスの虜だったのだ。セフィロスが自分に関心を示してくれなかった頃から。そのセフィロスが自らジェネシスの部屋におとない、ジェネシスを積極的に求めてくる。
しかも、かつてのように身体の関係だけを、身体のみを求めている訳ではない。
ジェネシスの頬に伝う涙を自らの舌で拭い、彼なりに慰めようとしてくれているのだ。今、ジェネシスを抱こうとしているのもジェネシスの不安を埋める為の行為のようだ。
指で幾らか解された秘所に、ついにセフィロスの屹立したモノがあてがわれる。早く受け入れたくて、ひくついているのが自分でも分かった。この月明かりの届かない場所で、一刻も早く犯して欲しい。
「うっ、くっ……!」
立ったままの窮屈な姿勢で、強引に押し込まれてくるセフィロスの逞しい雄。受け入れたいのに、苦痛のあまり直ぐには受け入れられなくて、もどかしげにジェネシスは身を捩る。ようやく全てを呑み込んだ時、ぐったりと壁に寄り掛かるジェネシスの額には脂汗が滲んでいた。荒い呼吸音が狭い廊下に響く。
壁に押し付けられ、片脚を持ち上げられた格好のジェネシス。身動きが殆ど取れない状態でセフィロスに突き上げられ、ジェネシスは時折悲鳴にも似た嬌声を上げざるを得なかった。悦楽よりも苦痛が勝る現状。だが、激しく突き上げられる一方、セフィロスはジェネシスの額や頬や唇、首筋に愛おしげに口付けを落とす。
今まで、二人は月光を浴びながらセックスを行っていた。いつの間にか成立していた月明かりの下だけで果たされる密約。月の綺麗に見える宵だけ、交わされる情交。
身体だけの関係にやるせない程の不毛を感じながらも、セックスの時だけセフィロスが自分に関心を示してくれる。そんな些細な誘惑に勝てず、ジェネシスは関係を続けていた。
しかし、今、セフィロスは慈しみや思い遣りといった情をもってジェネシスと身を合わせている。
心の奥が、身体の奥が熱くなる。心も体もひとつになっていく。それは、ジェネシスが未だ感じた事のない真の至福であった。
激しい突き上げに、いつしか苦痛だけではなく快楽が加わっていく。それは、二人の想いが重なったからではないだろうか。
お互いに抑えが利かないほど高まって、妙なる享楽がお互いの中枢を充たし、共に吐精を果たす。かつては味わう事もなかった充実感。身体や衣服、床や壁が汚れるのさえ微塵も気にならない。
息も切れ切れになりつつ、ジェネシスは崩れるようにセフィロスの胸の中に倒れ込んだ。以前なら、こうして情事の後にセフィロスの身体に己の身を預けるなど考える事さえ出来なかった。だが、今はこのままセフィロスの腕の中に、時間の許す限り身を委ねていたい。
「セフィロス── 好き、だ」
この腕の中で得られる体温を失いたくなくて、ジェネシスはセフィロスの背中に両腕を廻し無意識に告白の言葉を紡いでいた。
尚もセフィロスに必死にしがみつこうとするジェネシス。その身体をやんわりと押し遣り、離そうとするセフィロスに、ジェネシスの顔には落胆の色が拡がる。
やはり、受け入れられないのか。再び、ジェネシスの心の裡を絶望が支配しかけた瞬間。セフィロスは包み込むように大きく両腕を広げ、ジェネシスをしっかりと抱き締めた。
「好き……か」
ぽつりとジェネシスの言葉を反芻するように呟く。
「俺の胸の奥にくすぶるお前に対する気持ちを、ずっとなんて云っていいのか分からなかった」
驚いたようにセフィロスを見上げるジェネシスに言って聞かせるように続ける。
「今も、この気持ちを好きと云っていいのかどうか、分からない。だが、お前を離したくない。誰にも── 渡したくない」
セフィロスは長い銀の睫毛を伏せる。心なしか震えているようだ。
「今夜、お前が待てども俺の部屋に来てくれなくて、不安で……仕方がなかった」
「あんたでも、不安なんて感じるんだな」
釣られてジェネシスの声も僅かに震える。
英雄が震えたり、不安を覚えることなど天と地がひっくり返ろうとも無いと思っていた。今、目の前にいるセフィロスは英雄という名の仮面を外して、ただの一青年としての素顔を露わにしているようだ。
しかも、他の誰でもない、ジェネシスに対して──
「クク、そうだな」
セフィロスは自嘲めいた笑みを零しながら、語り始める。
「子供の頃、何かと俺の面倒を見てくれてる人がいた。彼は科学部門の研究者だったし、単に俺を研究対象として気を遣っていただけかも知れない。それでも、俺はそれなりに彼に懐いて、慕っていた。だが、その科学者はある日突然失踪してしまった。── その時以来だな。こんな不安を感じたのは……」
自らの過去を語るセフィロスを目の当たりにして、ジェネシスは彼の想いの深さを知り、胸が熱くなった。
「俺は、ずっとあんたの傍にいる。いてみせる。いつか、お前の隣に堂々と立てるまで、お前から離れるもんか」
ジェネシスは幼馴染みにさえ見せないであろう真摯な眸をセフィロスに向ける。太陽のように強い光が宿る眸。
「だから、俺を好きじゃなくてもいい。俺を見ていてくれ」
放たれる真っ直ぐな懇願。ジェネシスは愛おしいものを慈しむようにしかとセフィロスを抱き締めていた。
どれだけ言葉を紡いでも、どれだけ言葉で誓っても、尚も足りない。

恋人じゃなくても良い。ずっと、親友のままでも。
あんたに俺を好きだという気持ちが無くても、あんたが俺を確かに求めてくれるのなら……。

最後は言葉に顕さず、心の奥で誓った。
二人の立つ場所から、月光は遥かに遠い。
宇宙の底で二人きり。互いにしっかりと見詰め合う。
月の光に惑わされない場所で、隠れるようにそっと交わされる口付け。密やかに締結される新たなる密約。
誰にも、月の光にさえも決して邪魔される事のない盟約を──

end
2010/7/12