必要最低言語
この世でただひとつだけ。
何度言っても、言い足りない。
何度聞いても、聞き足りない言葉が── ある。
白いシーツに包まったまま、朝を迎える。白を基調としたベッドルーム。随所に配置された黒いシックなインテリアが映える。一流デザイナーの手によるものなのだろう。シンプルながら非常にハイセンスだ。ベッドサイドのテーブルには五角形の型を為すリシャール・ミルが手掛けたチタンケース製の懐中時計が、置き時計代わりに鎮座していた。
ジェネシスは気怠い身体にどうにかして力を入れ上半身だけ起き上がる。寝床の隣方を見やると、未だセフィロスが静かながらに寝息を立てていた。
昨夜、突如としてセフィロスに誘われて、一応恋人だし、たまたまオフで暇だったし、という事で渋々ながらセフィロスの部屋にまで足を運んだのだが、当然ながらそのまま泊まったのだ。
少し乱れたベッドを見て、ジェネシスは俯いて控え目に頬を染める。
どうしても昨夜の情景が頭の中に浮かび上がってしまう。
つれない恋人をまんまと部屋に連れ込む事に成功したセフィロスは、たちまちジェネシスをベッドに引き摺り込み、彼を押し倒し押さえ付け、面と向かって告げた。
好きだ── と。
回りくどい口説き文句など英雄の口からは決して出てこない。そして、英雄に真っ正面からストレートに迫られるとジェネシスは弱いのだ。何しろ、セフィロスはジェネシスがいつも背中を追い掛けている、その当の本人。憧れの英雄。
長くて真っ直ぐな銀の髪を配した後ろ姿は良く見慣れているが、実は正面からじっと見合う事は少ない。その為、未だ正面顔は見慣れない。その端正なほどに整った顔がすぐ目の前にある。それだけで緊張してしまう。身体が火照って、たちまち体温が上昇し逸る心拍数を抑えようと試みただけで、却って息が上がっていく。
動揺を隠そうと目を伏せた隙に唇を奪われるのが、いつものパターンだ。
分かってはいるのだが、いつも同じ反応を示してしまう。
その後、引き続き行われた情事を思い起こし、ますます頬を赤らめたジェネシスはそっとベッドから抜け出し、やや覚束ない足取りでバスルームへと向かった。
バスルームは、今までにも何度か使わせて貰った事があるから勝手は分かっている。ジェネシスは慣れた様子でガラス製のドアを開け、浴室内に入って行った。
おもむろにシャワーのコックをひねってから、次いでバスタブに湯を張る。大きめのサイズのジャグジーだから、満杯になるには少々時間が必要だ。
待つ間にシャワーを浴び、ボディソープで身体を洗う。が、その全身を包んだ泡を洗い流した後でも、まだ湯は張り終わっていなかった。
中途までしか湯の入っていないバスタブに、ジェネシスは待ち切れなくなったのか足先から徐々に身を沈めていく。
湯量が足りないから、完全に身体を湯舟の底まで沈めて落ち着かせても、未だ上半身の半分ほどは湯に浸かり切らない。
それでも、無理矢理にジェネシスはバスタブの縁に身体を預け、寛ごうとした、その時。不意にバスルームの扉が開き、長い銀の髪を悠然と靡かせてセフィロスが入って来た。
セフィロスが侵入を試みたのはバスルームだけに止どまらず。彼は軽くシャワーを浴びるとバスタブの中にまで忍び入ってきた。セフィロスがバスタブの中にまで身体を沈めてきた為、中途半端だった水位は一気に上昇して丁度良い高さになる。
大きめのジャグジーとは云え、体格の良いソルジャークラス・1stである二人が同時に浸かると、さすがにあまりバスタブに余裕が無い。自然と二人の身体は密着に近い状態となる。
突然の侵入者、しかも距離が近い。ジェネシスが咄嗟に逃げる暇も余裕もなく戸惑っていると、更にセフィロスがジェネシスの方に寄ってきて彼の白皙の身体を捉らえようと手を伸ばす。
「あ……っ」
背後から包み込むように捕獲されて、ジェネシスは思わず羞恥と安堵が入り混じった声を洩らした。
暫く、セフィロスは戯れのようにジェネシスの身体のあちらこちらに、そのしなやかな長い指を滑らせる。それを、ジェネシスは軽く眉をひそめつつも大人しく甘んじていた。
昨夜、セックスを行ったばかりという油断もあったのだろう。いま行われている行為は単なるスキンシップであり、それ以上の意味は持たない。そのようにジェネシスは解釈していた。
だが、ジェネシスの身体をまさぐるセフィロスの両手は、胸筋や腹筋の辺りを撫でる程度では収まらず、徐々にジェネシスの下方。大腿や膝頭、脚の付け根にまで適度に彼の触覚を刺激しながら進んでいく。
「あっ! はぁ……」
ジェネシスは瞼を伏せ自らに暗闇を与えると、与えられる官能に身を任せるかのようにセフィロスの身体に寄り掛かった。その為、セフィロスはジェネシスを背後から抱き締めるような格好になる。
より身体が密着した事で、セフィロスからジェネシスに仕掛けられる愛撫は更にエスカレートしていく。英雄に遠慮という二文字は無い。躊躇いなくジェネシスの中心にまでセフィロスの左手が伸ばされた。
「! ん、ぅ……」
己の身体の平衡を保とうと、ジェネシスは無意識にバスタブの縁に手を掛けていた。
「はっ、あっ……セフィロス……!」
侵食されるジェネシスの声は余裕の色を無くしていく一方だ。
左手でジェネシスの雄を弄びつつも残りの手が後孔付近にも伸ばされる。差し込まれた長い指が温かい湯で柔らかくなった秘部を更に丹念に解きほぐしていく。
「う……くっ! はぁ……」
ジェネシスの身体はゆっくりと緊張と弛緩を繰り返す。暴かれるのが心地好くて身体の力を抜くのだが、官能という刺激が強すぎて拒絶するかの如く身体に力が入ってしまうのだ。
自分の身体のコントロールさえままならず朦朧としているうちに、とうとう後孔に屹立したモノをあてがわれてしまう。ジェネシスの戸惑いとは裏腹にセフィロスは容赦なく彼の裡に入り込んでくる。
「はぁ……は、あっ!」
湯に浸かっている為に、ただでさえ高くなっている体温がますます上昇していく。バスの中だと身体の湿り気が水中に溶け出し四散してしまうので、却って接触部の摩擦力は高い。その為セフィロスが完全にジェネシスを浸蝕する迄には、いつもより少し時間を要した。
昨夜のセックスの余韻が残っている所為だろうか。セフィロスを身体の中心に感じる。それだけでジェネシスの内壁は敏感に快楽を捉え、セフィロスの雄を締め付け、絡めとる。
「あっ、あっ! セフィ……ロス」
ジェネシスはセフィロスの膝上に乗っかるような体勢で、身体をのけ反らし早くも快感を享受し始めた。
犯される悦び。奪われ、喰い尽くされる至福。
浴槽の湯と身体の裡、両側から与えられる熱。
内外両方の熱に浮かされ支配されたジェネシスの心の障壁はみるみる低くなっていく。
「す……好き、好き……だ」
普段なら滅多に出て来ない告白が、いとも容易く口先から零れ落ちる。その様子を見てセフィロスは満足そうに口端を上げてから、ジェネシスの顎を捉え上向かせた。そして、彼のカナリアのような声がもっとよく聴こえるよう自身の耳元を近付ける。
「セフィロス……ん、好き……好……き」
刺激を与えて、彼を快楽の淵に追い込めば追い込むほど、転がり続ける糸玉が容易くほどけていくかのように、次々と「好き」という言葉が紡がれていく。
快楽の為ではない。
この言葉を吐き出させたいが為に、セフィロスはジェネシスに対しセックスを求める。
普段はうんざりする程つれない恋人がセックスの最中だけは心の箍が外れるのか、滅多に口にしない、だけど何度でも聴きたい、何度でも言われたい唯一の言葉を惜し気もなく嬌声と共に奏でてくれるから。
昨夜も何度も言わせた。だが、まだ足りない。もっと聴きたい。ジェネシスの声が嗄れるまで何度でも彼を暴き貫き、心の奥底まで犯すのだ。
彼の柔らかい赤毛を梳くように撫でながら、再度その頭部を掴み、引き寄せる。
「好きだ……ジェネシス」
わざと耳元近くに唇を寄せ低く囁いてやると、ぶるぶると身を震わせ背を反らす。セフィロスの囁きにさえ感じて、耐え切れぬ様子で逃れようと身を捩る。そんなジェネシスの反応にセフィロスは却って昂ぶりを覚え、彼の腰を捉えると一層結合部を深くした。
「あっ! 嫌、だ……んぅ!」
激しく水音を立てて暴れるが、勿論セフィロスは逃したりしない。細腰を捉える腕を更に腹の方に回して自分の側に引き付ける。
「は……あ、セフィ……好き……好、き」
もはや譫言のように繰り返される言葉は、果たして本人も意味を把握しているのか。しかし、無意味となった言葉でも、もっと引き出したくて仕方のないセフィロスは追撃の手を緩めない。
もう少し。もう少しだけで良いから。
身体を犯され、脳内をも侵され、考える事も出来ず機械のように必要最低限の言葉を紡ぎ続ける人形。
セフィロスの事だけを考え続ける、セフィロスの事しか考えられない。
英雄にとって最高の供物だった。
熱く滾っていくセフィロスとジェネシスに相反するように、彼らの周囲を取り囲む湯は徐々に冷めていく。バスタブが大きい分、空気に晒される水面の面積も広い。当然、湯が冷めるスピードも比較的速いのだ。
適度に下がった水温が、のぼせる寸前だった二人の体温を丁度良い温度にまで下げる。高温に奪われつつあった体力を取り戻したセフィロスがジェネシスを責める勢いは飛躍的に跳ね上がった。
「あ、あっ! あぁーっ!!」
急速に激しさを増す律動が襲う。
限界まで執拗に追い込まれた極上の獲物は、ついにセフィロスの腕の中で果てた。
バスタブの中には、二人が吐き出した精液がまるで浮草のように頼りなく、虚しく水中を漂っている。
完全に力尽きたジェネシスは、セフィロスの厚い胸板に無意識に身体を預け、未だ「好き」という言葉を譫言のように繰り返し続けていた。
英雄の腕の中で力無く凭れ掛かり、無防備に長い睫毛を伏せる赤毛の恋人。
愛おしげに掻き抱いて、その瞼の上から前髪越しに口付けてやる。すると、ぼーっとした状態から緩く覚醒してきたらしく、徐々に瞼を開けて透明度の高いアイスブルーの瞳をセフィロスに向けた。暫し、ぼんやりとセフィロスの顔を見詰め。ようやくそこで、自分が背後から抱き締められている事に気が付いたらしく、今更のようにセフィロスを振り切って逃れようとする。
だが、英雄が彼を捉えている腕の力を緩める事はなく、より一層の力を込めてきつく抱き締められた。どうやら簡単には解放して貰えないらしい。
ムッとした顔でジェネシスはセフィロスに抗議の視線を向けるのだが、セフィロスからしてみればそんな表情も可愛らしくて仕方ない。
「セ、セフィロス……離せ!!」
照れているような表情で訴えられてますます手放せなくなったセフィロスは、背後からジェネシスの耳元に己の唇を近付ける。
「好きだ── ジェネシス」
低い囁きと共にジェネシスの顔はたちまち朱に彩られる。
何度言っても足りないから。
何度聴いても足りないから。
永遠のように繰り返される睦言。
延々と紡がれる必要最低限の言の葉。
それはバスタブに張られた湯が一段と冷めて、耐え切れなくなったジェネシスが思わずくしゃみをするまで続けられた。
end
2010/10/20