Halcion

眠れないんだ……
セフィロス、俺を眠らせてくれ

◇◇◇

セフィロスが真夜中と言える時間に漸く任務を終えて神羅ビルのソルジャーフロアを一人靴音を響かせて歩いていると、こんな時間にも関わらずトレーニングルームが使用中である事を示すランプが点灯している事に気が付く。
入ってみると良く知った顔が居た。パジャマ姿でぼんやりと、トレーニングルーム内に様々な風景を次々に映し出しては眺めている。
「何をやってるんだ、ジェネシス」
「セフィロス? ── ああ、今、帰って来たのか。こんな時間まで、ご苦労な事だ……。英雄は大変だな」
焦点の定まらない目で皮肉めいた事を言うが、その口調は淡々としていて感情が篭っていない。
「お前こそ、こんな時間に何をやってる?」
近くに寄って再度問うと、物憂げに首を傾げてゆっくりとセフィロスの肩に頭を乗せて、眠れないんだ、と呟いた。
「医務室に行って、睡眠導入剤でも貰ってくれば良いだろう?」
「もう、とっくに飲んでる……効かないんだ……」
ワザとなのか無意識なのか、はたまた眠たくて立っていられないのか、ジェネシスはセフィロスの身体に寄り掛ってしがみついてくる。
セフィロスは、ジェネシスの身体に手を掛けて自分の方に向かせると、眠そうに垂れた頭を顎に手を掛け上向かせて軽く口付け、囁いた。

「眠らせてやろうか?」

◇◆◇

ジェネシスは、はっと目を覚まして天井を見つめる。こんなに熟睡出来たのは久しぶりだった。ゆっくり辺りを見回すとそこは自分の部屋ではなかった。隣を見るとセフィロスが眠っている。起き上がって自分の身体を確認すると、着ていた筈のパジャマは無く脱ぎ散らかされている。
片手を額に添えて、シーツを抱えて考える。睡眠導入剤《ハルシオン》を飲んでうろうろしていた所為か記憶がところどころ吹っ飛んでいるが、そう言えば昨夜セフィロスに会って『眠らせてやろう』と言われて身を任せたのだった。
「良く眠れたか?」
いつの間にか目を覚ましたらしいセフィロスに声を掛けられる。
── ああ。良く……眠れた」
片手で頭を支えながら、溜め息混じりに答えた。

◇◆◇

── 眠らせてやろうか?

そう言って誘って、自分の部屋に連れ込んだ。
眠そうなジェネシスの身体をゆっくりとベッドの上に横たわらせて──
欲情を誘う肢体。煽情的な眼差し。水面を思わせる碧い水晶体。さらりとした柔らかい赤髪。白磁の肌に朱を落とす艶めかしい唇。
以前から、一度抱いてみたいと思っていた。
眠らせてやろうなんていうのは勿論口実で、まさかこんなにあっさり応じてくれるとは思わなかった。
ゆっくりと慎重にパジャマを脱がせていく。脱がしながらも唇を落としていく。
胸元に、喉元に、ついでに唇にもキスして。
時折、控え目に嬌声を洩らして。時には、自分からもキスを求めて。ジェネシスは、思っていたよりも素直で従順だった。

◇◆◇

ハルシオンを飲んでいた所為で、セックスの内容は実はあまり覚えていない。英雄でもセックスするんだ……とか、妙なところで感心していたのは覚えている。
でも、本当に良く眠れた。
ジェネシスにとって、それが何よりも重要だった。また、したいと言ったらしてくれるのだろうか? また、眠らせてくれるのだろうか?
自室に戻って来て、シャワーを浴びてさっぱりしたところで、肝心な事を聞いてこなかった自分に呆れて自己嫌悪に陥った。

だが、そんな事は杞憂だった。
あれから数週間が経とうかという頃。ジェネシスがソルジャーフロアのロビーで相変わらずの寝不足にぼんやりと座っていたら、英雄から声を掛けてきた。
「……随分、眠そうだな。また、眠れないのか?」
「ああ──
ジェネシスは、髪を軽く掻き上げつつ下を向き欝欝と答えた。
「また、俺の部屋に来るか?」
その言葉に、はっと面を上げてセフィロスを見詰めると「眠りたいんだろう?」と、更に優しく問掛けられて、ジェネシスはこくこくと頷いていた。

◇◆◇

それからは本当に遠慮なく、ジェネシスは自分が眠れない時、眠らせて欲しい時にセフィロスの元を訪れた。
「眠れないんだ……」
それだけ言えば、あっさりと自分をベッドまで導いてくれる。

ジェネシスは性欲ではなく、睡眠欲で以ってセフィロスを求めていた。

セフィロスも決して慈善事業でジェネシスの相手をしてやっている訳ではない。

英雄と讃え称されるセフィロスに、普段から何かと対抗意識を燃やし、時には突っ掛ってくるジェネシスがセックスの時には酷く従順になる。
それが、いつもの反抗的な態度と相俟って、セフィロスの内なる征服欲や支配欲を満たすのには、最高の相手であった。

セフィロスは、性欲ではなく征服欲や支配欲で以ってジェネシスを求めていた。

肉欲でもなく、愛情でもなく、お互いを求め合う関係は下手に情欲が絡まない分、寧ろ上手くいっていた。
ただひとつ問題があるとしたら、ジェネシスが眠れない時に必ずセフィロスがいるとは限らないという事だった。セフィロスが任務で長期間不在の時、或いはジェネシスが長期の任務に就いている時。そういう時は、どうしてもジェネシスの不眠は酷くなる。不眠が酷くなると、ジェネシスは普段にも増して情緒不安定で不機嫌になる。
酷くなると神羅ビルのエントランス付近の階段に座り込んで、セフィロスの帰りを待つ事すらあった。

「俺に拘わらずに、他の奴とセックスすれば良いだろう?」
「嫌だ。セフィロス以外の奴に、気易く身体を触られたくない」
「ふん、我が儘な奴だな……」
言いながらセフィロスは、己の腰を前へ進める。
「あっ! ……ん……深……い──
「奥が、感じるんだろう?」
執拗に最奥を責められて、ジェネシスの右手は寄り処を求めるようにシーツの上をさ迷う。その手をセフィロスの左手が捉え、シーツの上に抑え付ける。片腕を固定された所為で身じろぎを制限され、セフィロスのより深い侵入を許してしまう。
「ぅ……はっ……ぁ……セフィ、ロス……」
ジェネシスは残りの手で縋るように自分を組み敷くセフィロスの身体に手を掛けるが、力が入らず縋りつく事さえ出来ない。その間も休みなく続けられる最奥ヘの律動。
「はぁ……もう……ダ、メ……」
「何が、駄目なんだ?」
ジェネシスは、固く眼を閉じて。
「イ……ク、ぁ……奥で、イッ……っ……ぁ、ぁあ!」
最奥で高められ果てさせられるという、最大限の悦楽を与えられ完全に理性を失ったジェネシスは、囈言のように呟きを洩らす。
── セフィロス……はぁ……好き……」
セフィロスはその言葉を聞きながら、きつく締め付けてくる内壁に応えるように、ジェネシスの胎内の奥深いところに熱を吐き出した。

── 俺の事が好きだって?」
情事の後、セフィロスは揶揄うように声を掛ける。
「っ! ……あんなの、リップサービスに決まってるだろう!!」
言いながらもジェネシスは、誘うようにセフィロスの首へ両手を廻し引き寄せて。
「あんたなんか好きじゃない……。だけど、セフィロスじゃなきゃ駄目なんだ……」
引き寄せられ誘われるままに、セフィロスは口付ける。
「それを、『好き』って言うんじゃないのか?」
囁いて、舌を深く絡ませる。
「ふ……知らない……はぁ」
再び、ジェネシスの息が荒くなり、ゆっくりベッドへと身体が沈められる。

何時しか、お互いがお互いに、ただのセックスの相手としては割り切れない程に深みに嵌っている事を、どちらも未だ気が付いてはいなかった。

◇◆◇

また、寝不足の日々が── セフィロスに会えない日々が続いてジェネシスに苛々が募る。
酷く情緒不安定になって、他にセックスの相手でも見付けようかと真剣に考える事さえあった。
だけど、セフィロス以外の相手なんて思い付かない。セフィロス以外に自分を満足させてくれる奴がいるとは思えない。

── それを、『好き』って言うんじゃないのか?

セフィロスの言葉が蘇って、知らず溜め息が零れる。認めたくはないが、ここまで依存してると当たらずとも遠からず── と言ったところだろう。
でも、本当に好きになってはいけないと心の奥底で警鐘が鳴り響く。

── 俺は、セフィロスとのセックスに、セフィロスの身体に溺れている。

本当に好きになって、身も心もセフィロスに溺れてしまうのが怖かった。


── もう、終わりにしよう

神羅ビルのエントランス付近の階段に腰掛けて、セフィロスを待ちながら、ジェネシスは自分に言い聞かせる。この関係を続けてもいずれ行き詰まる。早く終わらせた方が良い。そして、初めから無かった事にしよう。
玄関の自動ドアが開いて、帰ってきた英雄と目が合う。真っ直ぐこちらへ向かってくるセフィロスに、ジェネシスはゆっくり立ち上がって迎え、見詰める。

「もう、終わりにしよう」

ジェネシスが口を開く前に、セフィロスの低い声が届く。セフィロスも自分と同じ想いでいたのか、或いは自分との関係に飽きたのか。どちらにしろ、既にそう決意していたジェネシスは無言で頷き瞼を伏せた。
セフィロスが階段を昇り、ジェネシスに近付き、横を通り過ぎる。その瞬間、不意にジェネシスは二の腕を掴まれ、そのまま引きずられるようにエレベーターに連れ込まれた。終わりにすると言った筈のセフィロスの行動が理解出来ず、驚きのあまり無言のまま見詰めると、強引にエレベーターの壁に押し付けられ口付けられる。終わりにする前に、最後の情事を楽しむつもりなのか。セフィロスのキスは、エレベーターが目的の階に到着するまで続いた。

到着したのはセフィロスの私室のある階で。当然、目的地はセフィロスの部屋だった。
部屋に入るなり徐にベッドへと押し倒され、ジェネシスは呆然とセフィロスを見上げる。と同時に、はっとして慌てて軽い抵抗の姿勢を見せる。セフィロスはどういうつもりなのか知らないが、ジェネシスは終わりにするならさっさと終わりにしてしまいたかった。こんなのは、却って未練が残る。
「終わりにするんじゃなかったのか?」
抵抗虚しく、あっさり自分を組み敷くセフィロスに非難の声を浴びせる。
一方、セフィロスはジェネシスの言葉を丸っきり無視するかのように、ゆっくりと慈しむように柔らかい栗毛に指先を滑らせる。
「ああ、もう今までみたいな関係は、終わりだ──
セフィロスは、魔晄を帯びた揺らめく眸で見詰め、静かに囁く。
「お前が……好きだ、ジェネシス」
── セフィ……」
ジェネシスは、思わず息を呑む。心臓がドクリと大きな鼓動を立てて、体温が上昇する。
「俺と付き合え、ちゃんと! 嫌だとは言わせない。俺じゃなきゃ、駄目なんだろう?」
口角を上げて、断定するように言うとセフィロスはゆっくり味わうように深い口付けを与えた。それに応えるように、セフィロスの背中に廻されるジェネシスの両腕が、更なる深いキスを誘う。
「あ……熱い……」
今までに何度も繰り返してきた筈の行為が、今までとはまるで違う感覚を与える。繋がっているところだけが研ぎ澄まされたように鋭敏で。
「熱くて……溶け……そう」
経験した事の無い享楽に、ジェネシスの視線は宙をさ迷い、自分の声とは思えない程の嬌声を上げ、セフィロスの背中に爪を立てる程しがみついた。

疲れ切って眠るジェネシスの寝顔を眺めて、セフィロスは穏やかな笑みを湛えた。
最初は、軽い気持ちで持った関係だった。関係を続けるうちに、次第に深みへと嵌って溺れそうになってるのはジェネシスの方だと思っていた。
だが、気が付くと任務の最中でもジェネシスの事を考えている自分がいた。ジェネシスに他の相手を作れと言って置きながら、実際にジェネシスが自分以外の相手を作ったら許せないと感じている自分がいた。不安になった。一刻も早く、自分だけのものにしてしまいたかった。

「囚われたのは、俺か、お前か?」
セフィロスは、小さく呟いて、目の前の少し乱れた栗毛をそっと撫でた。

end
2008/7/17