君を見ていたくて

ミッションから帰投し、統括への報告など事務的な雑事を済ませるとセフィロスは1st専用ソルジャー宿舎へと戻った。
真っ直ぐ最上階へと向かえば自室なのだが、ついその下の階で足を止めてしまう。しかも、気が付くとジェネシスの部屋の前に立ってしまっている。在室かどうかも分からないのに。
「ジェネシス?」
念のため軽くノックをして呼んでみるが反応は無い。しかし、耳を澄ますとドアの向こうから微かに音が聞こえてくる。
宿舎のドアは神羅ビルとは違いカードキー式などという大層な代物ではない。極々普通のレトロなものだ。ドアはそれなりに分厚いので一般人コモンには難しいだろうが、ソルジャーであれば蹴破る事も容易いだろう。
先ずセフィロスは蹴破る前にドアノブに手を掛けてみた。
かちゃりと音がしてドアが動く。が、これは予測の範囲内だ。
ジェネシスは隣室で幼馴染みでもあるアンジールと頻繁に部屋を行き来している為、寝る時と長期不在時以外は鍵を掛けていない事が多い。
音はやはり室内から聞こえてくるようだった。セフィロスは次いで大胆にもドアを開けて勝手に中へと入って行く。もしジェネシスが不在でも室内で待てば良いと思ったのだ。
リビングにまで入っていった時点でジェネシスの姿は見当たらなかった。と同時に、音は寝室の方から漏れてきているのだという事も分かった。
良く聞くと、人の声に大砲の音や銃声、爆撃音やヘリの音などが混じっている。寝室にあるテレヴィで戦争映画でも見ているのだろうか。
ジェネシスの普段の趣味から推察すると戦争物などはさほど興味があるとは思えなかったが、全く見ないという事もないだろう。
少し悪戯心が湧いて、驚かそうと思って静かに寝室のドアを開ける。
寝室は薄暗かった。電灯あかりも点けずに見ているらしい。
しかしながら、流石にジェネシスもソルジャークラス・1stである。ベッドの中央辺りに蹲り、やや身を乗り出し食い入るように真剣な眼差しで画面を見詰めていた癖に、セフィロスが寝室に入って行くと直ぐに気が付いて顔を上げた。
セフィロスの姿を認めた途端、たちまちジェネシスの頬がかーっと音がしそうな程一瞬で真っ赤に染まる。そして次の瞬間、慌てて電源を切ろうとリモコンに手を伸ばした。
透かさずセフィロスは俊足でもってベッドの端に迫り、ベッドの上に置かれていたリモコンを手に掴む。こんな平常時にまで英雄としての能力を如何なく発揮するところがまた恨めしく、ジェネシスは悔しそうにセフィロスを睨んだ。
慌てたり、照れたり、あからさまに睨んできたり、といったジェネシスの反応が珍しかったセフィロスは、一体どんな映像を見ていたのかと興味が湧きテレヴィ画面に目を遣る。
そのスペクトラムグリーンの瞳に飛び込んできたのは、颯爽と敵陣に単独で斬り込む、長い銀髪、黒い革のコート、黒い軍靴ブーツを履いた長身の人物。
どうやら神羅カンパニーの広報部が作成したプロパガンダ用の記録映画であるらしかった。神羅の英雄がどれだけ強いのか、どれだけ活躍しているか、この英雄を擁している神羅カンパニーはどれだけ素晴らしいのか、という。
ベッドの上に座り込んだままのジェネシスを無言で見詰めると、ますます照れて下を向いてしまった。顎を掴んで無理矢理上向かせると潤んだ蒼い瞳でじっと見詰め返す。
薄暗い部屋でテレヴィ画面だけが仄かに青白い光を発して、シルクのパジャマに身を包んだジェネシスの姿を淡く浮かび上がらせている。
「何を見ているんだ、お前は?」
半ば呆れた表情と一段と低い声でもって問い掛けると、観念したように小さな声で「あんたしか見てない」などという可愛い答えが返ってくる。セフィロスは無闇に高揚してしまい、利き手でしっかり顎を捉えたまま口付けるとたっぷりと舌を絡ませていた。
「んン……」
甘い声が洩れ出てジェネシスの口端から唾液の糸が顎へと伝う。
幸い場所は寝室で、しかもベッドの上だ。興に乗ったセフィロスはそのままジェネシスをベッドの上に押し倒した。
薄手のパジャマを纏っただけのジェネシスの身体を、容易くまさぐって首筋に舌を這わせる。
「はあっ、ん……セフィ」
艶めいた声は官能的で、縋るような瞳は潤み目端に零れ落ちそうなほどの水分を貯えている。
そのアクアマリンは確かにセフィロスを捉らえ、彼だけを映しとっていた。
英雄として数多の民衆の注目を浴びるセフィロス。だが、誰よりも何よりもこの愛しい恋人の視線を浴びていたい。彼の視界を独占したい。
彼だけの英雄でいたい。
らしくない思考に、自分がいつの間にか過剰にジェネシスに囚われている事実を認識して自嘲の笑みを零す。だが、真のところは囚われるよりも捉らえたい。
だから、自分だけを見て欲しい。
呆れるほどに循環し帰結する欲望。己の裡にこれ程の激情が芽生えてしまったのは、やはりこの男の所為だ。
責任をとって貰おうとジェネシスの着衣を脱がしに掛かる。裸身を曝け出して、この裡のどうしようもない激情を官能でもって満たして欲しい。
ジェネシスのパジャマの内側に手を差し入れ、徐々に浸蝕する。
未だにセフィロスの映像に魅入る姿を見られた羞恥心が勝るのか、時折洩らす嬌声はどこか遠慮がちだ。
胸元辺りを大胆に寛げて、首筋から鎖骨の辺りまで朱の痕跡を刻み付け、僅かに残る理性さえ奪い取ってしまおう。
「あ、ああっ」
乱れたジェネシスは嬌声と共に大きく身体を揺らした。
満足したセフィロスは、更なる官能の檻にジェネシスを閉じ込めようと下半身の方にまで手を伸ばす。
その時、存在を忘れ掛けていたテレヴィ画面から、一際大きな大砲の爆撃音と戦闘用ヘリが慌ただしく行き交う音が響いて、ジェネシスの視線が再び記録映画へと戻ってしまった。
テレヴィ画面の中で軽々と機銃掃射を交わし、愛刀正宗で戦闘用ヘリさえも鮮やかに一刀両断する神羅の英雄。
「クソッ、カッコイイな……ちくしょう」
セフィロスが活躍する映像を睨む勢いで熱く注視しながら、小さく溜め息と悪態をく。
ジェネシスの視線は完全に画面の中のセフィロスに釘付けだ。
流石にこれにはセフィロスも面白くなくて、ベッドの上に横たえられたジェネシスの顎を行き成り鷲掴かんで、強引に自分の方へと向かせた。
ムッとするジェネシスに、至極真っ当な問いをぶつける。
「実物よりも、映像の俺の方が良いのか?」
ジェネシスの真上から顔を覗き込んだセフィロスの肩からは、長い銀糸がさらりと音を立てそうなくらいしなやかに流れ落ちた。銀の髪に覆われてたちまち視界は狭くなり、ジェネシスの碧い瞳にはセフィロスの姿しか映らなくなる。
「勿論、実物ホンモノが良いに決まってる」
両手を伸ばしてセフィロスの首の後ろに廻す。目を細めて、その口許には満足げな笑みを湛えている。
甘えるようにキスを交わして暫し。
セフィロスは再びジェネシスの身体をまさぐり始めた。
映像は相変わらずセフィロスの勇姿を映し出し、大砲の音やヘリのプロペラ音が小さく耳元まで届いてくる。ジェネシスの首筋を唇で辿りながら、セフィロスはなんとも穏やかな気持ちになった。
幼い頃から戦地に身を置いている所為だろうか。戦場の音で心穏やかになる自分は異常だろうか。それとも、こうしてジェネシスと過ごす時間が心地好いのか。
ぼんやりと考え事をしている合間に愛撫の手を休めてしまっていたらしい。気が付くと、ジェネシスは再び画面のセフィロスに魅入っていた。
映像の中の英雄に夢中になったジェネシスの横面を軽く叩く。
「ホンモノの方が良いんじゃなかったのか?」
一度きょとんとしてからキッとめ付けてくる。
「だって仕方がないだろう!? あの映像はあんたがカッコ良く活躍する様を、如何にもカッコ良いアングルでカメラに収めて、如何にもカッコ良く編集してあるんだぞ?」
ここぞとばかりに捲し立ててきた。
正直ジェネシスの言い分も分かる。だが、それでもやはり寂しい。恋人となった今でも、ジェネシスが心に抱く相手は飽くまで英雄セフィロスなのだろうか。
まさか自分の最大のライバルが他ならぬ自分自身とは。セフィロスは長い睫毛を伏せ、俯いて深慮深い溜め息をつく。
すると、そろそろとジェネシスの左手が伸びてきてセフィロスの頬を掠めるように遠慮がちに撫でた。
「ごめん、セフィロス……」
普段の勝ち気なジェネシスからは想像出来ない、しおらしい謝罪の言葉に、セフィロスは一瞬目を瞠る。
「お前のそんな表情かお、映像でも見たことない──俺が、させたんだろう?」
軽く瞼を伏せてジェネシスは本当に申し訳なさそうな表情をみせる。その予期せぬ態度にセフィロスは思わず相好を崩してクッと笑みを漏らした。
「俺もお前のそんな顔を見るのは初めてだな」
映像の中のセフィロスに魅了されてしまった所為もあるのか、今日のジェネシスはやけに素直だ。
英雄のらしくない表情を引き出せるのがジェネシスだけであるように、ジェネシスのらしくない表情を引き出せるのもまたセフィロスだけなのだろう。
「ホンモノの方が良いっていうのは、嘘じゃない」
ジェネシスはセフィロスの顔を両手で挟んで引き寄せる。
「……こうして、キスも出来るし」
触れるだけのキスを交わしながら、同時に視線を交わしてくすりと柔らかな笑みを浮かべる。
「キス以上の事だって出来るぞ?」
言ってセフィロスは、ジェネシスの両腕をベッドに縫い止め動けなくしてから、濃密に舌を絡ませ、それから首筋の方へと移動させる。
「今日は、散々やきもきさせられたからな。覚悟してもらおう」
記録映画がいつの間にか終了し、映すものが無くなったテレヴィが黒い画面と無音を提供し続ける中で、英雄に捕獲された紅いカナリアの声が一際艶めいて室内に響いた。

end
2010/5/16