Last Date

どのくらい昏睡状態に陥っていたのだろう。
天井に設置された電灯の眩しさに目を開けると、そこは医務室であるらしかった。
覚醒と同時に、ジェネシスは己の左肩に鈍い痛みと違和感を感じる。そこで、ようやくジェネシスは自分が先日、トレーニングルームに於けるセフィロスとのバトルの末、不様にも負傷してしまった事を思い出す。最初は大した傷ではないと高を括っていたのだが、次第に悪化し神羅ビルの内部を移動中に倒れてしまったのだ。
セフィロスとは何度真剣勝負をしても勝てなくて、いつも悔しい想いをしているが怪我など負わされたのは初めての事で、事故とはいえジェネシスは大いにショックを受けていた。
鉄パイプ製のベッドの上でジェネシスが己の不甲斐無さに嘆息を洩らしていると、彼の主治医であるホランダーが病室に入ってきた。
「目が覚めたかね? 具合はどうだ?」
「最悪、だ!」
ぶっきら棒に顔を歪めて、不満を露わにする。
「そうカリカリするな。折角、アンジールが君の為に輸血用血液を提供してくれたんだぞ?」
「アンジールが……?」
幼馴染みの名前を聞いて、ジェネシスは少しホランダーへの警戒を解く。どうにも科学部門の人間は胡散臭くて、特にソルジャー・クラス1stであるジェネシスは何かと実験に駆り出される事が多く、少々辟易していた。
「そうだ。アンジールだけじゃない。あの英雄セフィロスも君の為に血液を提供しようとしてくれた。残念ながら、型の問題からアンジールを選ばせて貰ったがね」
幼馴染みのみならず、親友とはいえ神羅の英雄であるセフィロスが自分の為に血液を提供しようと申し出てくれた── その事実に、ジェネシスは胸が熱くなる思いだった。
セフィロスとジェネシスは友人としてだけではなく恋人という側面も有していたのだが、その関係を考慮しても俄かに信じがたい。
英雄は何でも持っている。そして、全てを与えられている。故に、自分のモノを誰かに分け与えるという発想自体が無いのだ。誰かから「欲しい」と云われれば、それが執着の無い物であれば「好きにしろ」と応えるであろう。が、自ら頼まれもしないのに与えようとする事は無い。
そのセフィロスが無償で血液を提供しようという程に、ジェネシスの身を想い心配してくれたのだ。不覚にも、ジェネシスは純粋に喜びを感じてしまっていた。
いつも英雄らしく唯我独尊を貫き通すセフィロス。ジェネシスは、そんなセフィロスの事が好きでもあり、同時に自分への想いは如何程のものなのか時折不安に陥る事もあった。親友としても恋人としても付き合いがあったが、本当にこの神羅の英雄は自分を好いていてくれているのか、と。
しかし、セフィロスは思っていたよりも自分の事を考え、想っていてくれたのかも知れない。
怪我の事で沈んでいた気持ちが、俄かに上昇していく。現金なものだと自嘲の笑みを浮かべるジェネシスに、ホランダーは深刻そうな面持ちで再び声を掛けた。

幾日かの時を経て、ようやくジェネシスは医務室から出られる事となった。
晴れて自由の身となったはずなのに、ジェネシスの表情は浮かない。ソルジャーフロアのロビーに設置されたソファに腰掛けて、誰かを待っているのだろうか。ふとジェネシスは自分の左肩、怪我をした部分に手を当てて重い溜め息を吐く。
暫くその体勢のまま考え込むようにじっと固まった後、懐から黒い携帯端末を取り出しスケジュールを確認する。その液晶に表示されたカレンダーを眺めては、また溜め息を吐く。
カウントダウンは既に始まっていた。自分はあと何日、神羅ビルに居られるのか。あと何日、生きられるのか。
そうしてジェネシスが携帯端末の液晶を睨んでいると、独特のオーラを発する気配が近付いてきた。即座に気が付いて腰掛けたまま後ろを振り向くと、長い銀の髪が、空調の風に吹かれて揺れる。
「もう、大丈夫なのか?」
「最初から、大した怪我じゃないさ」
珍しく心配顔を見せるセフィロスに、ジェネシスは相変わらず強気に応える。
ソファから立ち上がり自分の方へと近付いてくるジェネシスに、セフィロスは「どうした?」と小さく問い掛けた。
「あんたを待っていたんだ」
しっかりとした強い口調で断言する。例え恋人であっても、普段ジェネシスの方から積極的にコンタクトを取ろうとしてくることは少ない。
友人や恋人とのごく普通の交流に疎いセフィロスでも、いつもとは違う何かを感じた。それは、英雄としての勘だったのかも知れない。
「セフィロス。お前、近いうちに時間が取れるか?」
セフィロスは暫し思考を巡らせてから鷹揚に頷いた。そのセフィロスの反応に安堵の笑みを湛えてジェネシスは切り出す。
「じゃあ、都合の良い日があったら教えてくれ。お前と── デートがしたい」
「デート!?」
「クク……恋人からのデートの誘いがそんなに驚く事か?」
驚くセフィロスの反応に、ジェネシスは片手で額を押さえながら苦笑した。
「しかし、お前は今まで、俺とデートなんかしたら悪目立ちするから嫌だと言っていただろう?」
「ああ、その件なら問題無い。お前とデート出来る場所を発見した」
「何処なんだ、それは?」
訝しげに尋ねるセフィロスの問いを無視するように、続ける。
「とにかく、メールでも電話でも何でも良いから、都合が付いたら連絡してくれ。俺は暫くの間は暇だから……何時でも良い」
そう云って、ジェネシスはセフィロスの肩口をぽんぽんと叩くと、少し顔をかしいで柔らかく笑んだ。
そのジェネシスの姿が蜃気楼のように揺らいで、今にも消え入りそうに儚くて、セフィロスは思わずジェネシスの両の肩を掴んでいた。
「どうした?」
深刻な面持ちでジェネシスを捉えるセフィロスに、彼は赤毛を揺らして困惑を顕わにする。セフィロスの両手に捉えられた彼は、当然ながら確かにそこに存在していた。
「いや、なんでも……ない」
ジェネシスを捉えた両手を緩め、斜め下方向を見詰めてジェネシスからセフィロスが目線を外した。その隙に、ジェネシスはセフィロスから逃れてバックステップで軽やかに後退すると、そのまま鮮やかに身を翻し。
「連絡、忘れるなよ!」
と、にこやかな笑顔を一瞬見せてからエレベーター方面へと足早に向かって行った。

数日後、ちゃんとセフィロスから連絡が来て待ち合わせをする。
ジェネシスが指定した待ち合わせ場所は、何故かソルジャーフロアのロビーだった。
ジェネシスはいつも通り紅い革のコートに身を包み、ロビーに立って待っていた。勿論、セフィロスもいつもの黒い革のコートだ。
「それで、何処なんだ? お前が見付けたデートスポットは──
至極、真面目な面持ちで問うセフィロスを見てジェネシスは思わずくつくつと笑いを零す。どうやら、神羅の英雄の口から『デートスポット』なる言葉が出てきたのが可笑しかったらしい。
「こっちだ。ここから遠くない」
云いながら先導するジェネシスに付いて行くと、トレーニングルームに辿り着いた。予め、この時間は他のソルジャーが使用しないよう手を打っているのだろう。迷いなく自動ドアを開けて室内に入っていく。
既にトレーニングルーム内には美しい景色が展開されていた。
何処かの田園風景らしく、青い草原と色鮮やかな花々に彩られた緩やかな丘陵が何処までも広がっている。ところどころに大きな木が立ち、空にはシュークリームみたいな形をした白い雲がぽつんと浮かぶ。
初めて見るのに、何処か懐かしい風景。
その風景の中に立つジェネシスからはいつもの気の強さは感じられず、何かを悟ったかのように穏やかで落ち着いた雰囲気を纏っていた。遠くを見遣る美しい横顔に、風で靡いた朱髪が被る。
その横顔は、精悍で凛としており、強い意志の塊のようなものを感じた。
急にジェネシスは振り返り、強い光を宿した双眸そうぼうでもってセフィロスの顔を見詰める。
「急場凌ぎで……この場所しか思い付かなかった。でも、どうしても誰にも邪魔されない空間でお前と二人きりで過ごしたかったんだ」
本当はもっと違う、もう少し情緒のある場所で過ごしたかった。だが、時間も自由も無いジェネシスにとっては、此処が自力で用意出来る精一杯の場所だったのだ。
ジェネシスはおもむろにセフィロスの右腕に自分の腕を絡めつつ寄り添う。
「此処なら、神羅の英雄とこんな風に過ごしても、誰にも見咎められない」
さらりとした赤い髪がふわりとセフィロスの肩に掛かる。普段、こんな風に寄り添おうものなら逆にジェネシスの方が目くじらを立てて嫌がるところだ。
単純に久しぶりの逢瀬故に、ジェネシスが素直になっている訳ではない。そう直感したセフィロスは、軽くジェネシスの身を突き放すと真っ向から問い質した。
「何が── あった?」
「何も?」
相変わらず、シラを切るジェネシス。だが、セフィロスは追及をやめない。
「まだ、怪我が良くないのか?」
観念したかのようにジェネシスは俯いて、軽い溜め息を洩らす。
「……次の任務を言い渡された。長期に── なる」
一呼吸おいて続ける。
「つまり、久しぶりの逢瀬も束の間という事、だ」
無意識にセフィロスは軽く唇を噛み締めた。僅かなリアクションではあるが、普段あまり表情を顕わにしない英雄としては珍しい。
二人はジェネシスが医務室に拘束されている間も殆ど逢う事が叶わなかった。そして、間を空けず入れられた長期任務。
普段は素っ気なくつれない恋人も、流石に思うところがあったのだろう。わざわざ二人きりで一緒に過ごす時間を作ってくれたらしい。
実際には空調によって造り出されたのであろう風が、丘陵地帯を抜けてそよそよと二人の髪を揺らしていく。お互いに風でそよぐ髪が綺麗だと思って相手の方を見たので、自然に目と目が合った。
向き合うジェイドとアクアマリン。魔晄を帯びている為だろうか。どちらも、天然のマテリアの如く独特の淡い光を放っている。
「セフィロス……」
長い沈黙を破ってジェネシスが改めてセフィロスに身を寄せる。縋るように肩口に顔を埋ずめ、目蓋を伏せた。
睫毛を下ろしたジェネシスの顔はやはり美しく、気品に満ちている。セフィロスが胸元から覗くジェネシスの顔をもっとしっかりと見たくて、体勢を変えようとした瞬間。
セフィロスの背中に縋り付くジェネシスの両腕に一層の力が籠められ、ジェネシスの顔は完全にセフィロスの胸元に収まった。
「ありがとう……セフィロス」
顔が見えない状態で、ジェネシスは絞り出すように呟く。
この気難しい恋人は、そう簡単に誰かに礼を述べたりしない。特に、親友、幼馴染み、恋人という意識のあるアンジールやセフィロスには、いちいち挨拶や礼などといった儀礼的な言葉を交わす事は無意味だと思っている節がある。
そのジェネシスの口から発せられた言葉には、通常の礼の言葉などよりずっとずっと重みが有った。
それだけで、その言葉がジェネシスの本心から発せられた真摯なものだと解る。
そのジェネシスに礼を述べられたという困惑と驚きと。突然、礼を述べられる理由が思い付かなくて、セフィロスはどう反応していいのか分からなかった。
ただ、ジェネシスが何か落ち込んでいるらしい── という事だけは辛うじて察せられたので、ぎこちない動作ながらも彼の柔らかい赤毛に指を滑らせ撫でてやる。
すると、セフィロスにしがみつくジェネシスの両腕から少しずつ力が抜けていった。
「礼など言われる心当たりは無いぞ?」
セフィロスのただでさえ低い声が、一段と重く沈む。
「俺はお前に── 何も、出来なかった」
輸血用血液を提供する事も出来ず、療養中ほとんど見舞いにも行けなかった。
不意にジェネシスが面を上げ、爪先立つと、英雄の顔に己の顔を近付ける。
遠慮がちに交わされる口付け。それでいて、まるで赦しを請うかのような重みを伴う、贖罪を思わせるキス。
「俺に輸血が必要だと聞かされた時、お前は真っ先に申し出てくれたんだろう?」
幼馴染みのアンジールが申し出るより僅かに先だった── そう、アンジールにも確認済みだった。アンジールが申し出るのを見て倣った訳ではない。英雄、自らの意思である証拠。
「だが、俺の血ではダメだった」
相変わらず沈んだ声のセフィロスに、ジェネシスは慈愛を含んだ笑顔向ける。
「実際に輸血出来たかどうかなんて、どうでもいい。あんたが迷いもせず、俺に血液の提供を申し出てくれた」
英雄であるセフィロスが、ジェネシスを生かす為に最大限、彼に出来得る事をしようとしてくれた。
ジェネシスはセフィロスの顔を確かめるように、彼の輪郭に左手を添える。
「ただ、その事実が……嬉しいんだ」
親友としても、恋人としても、見たことのないジェネシスの優しい笑顔。どこか儚くて、そして何よりも美しかった。

その贖罪のようなキスが、悲しみが垣間見えるような笑顔が、セフィロスに残された彼の遺品。
それが、セフィロスとジェネシスが全くの私人として、ただの親友、ただの恋人として過ごした── 最後の日。

end
2010/8/24