ある夏の夜

その日、ソルジャーフロアのロビーに、ジェネシスは所在なげに腰掛けていた。
神羅の英雄たるセフィロスは、多くの難易度の高いミッションや緊急時のプレジデントの警備、その他任務とは関係無い神羅カンパニー絡みの式典などあちらこちらに引っ張り凧で、その為却って長期のミッションを任ぜられる事は無かった。
そのセフィロスに、珍しく長期のミッションが入った。既に三ヶ月は経過しただろうか。
流石に逢えない期間の長さに痺れを切らしたジェネシスは、ソルジャーフロアのロビーで英雄の帰りを待つ事にしたのだ。待ち侘びた英雄の帰還は、もう間もなくの筈だった。
エレベーターの到着音や、ブリーフィングルームのドアの開閉音が聞こえる度に、ジェネシスは周囲に知られないような最低限の挙動でもって恋人の姿を捜してしまう。
まるで、付き合い始めたカップルのように初々しく健気な様だが、勿論当人に全く自覚は無い。
アンジール辺りに指摘されたら、間違いなく頬を朱に染めつつソルジャーフロアを憤慨しながら出ていく事だろう。が、幸いにして今日は社員などの出入りも少なく、ソルジャーフロアに訪れたソルジャーも殆どはミッションの報告など必要な用事を済ませると、慌ただしくソルジャーフロアを後にする者が多かった。
ふと、ジェネシスはソファから立ち上がりロビーの窓から外界を窺う。どことなく、ミッドガルの街は賑やかしく浮き立っているようだ。
「夏祭り……か」
どうやらソルジャーフロアは元より、神羅カンパニー全体がどこか人気ひとけが少なく静寂に包まれているのは、それが原因であるらしい。
確か、夏祭りでは佳境になると美しい大輪の花火が何発も打ち上げられる筈だ。自分に関心のない行事に付いては、殆ど情報を知らないジェネシスが知っているくらいなのだから、神羅社員一同が、ミッドガル市民の多くが一大行事たる夏祭りに関心を寄せている事は相違ないだろう。
夕闇が迫り、ソルジャーフロアに橙色の光線が差し込んでくる。徐々に沈みゆく太陽がビル群の隙間に吸い込まれつつあった頃。窓の外を見遣るジェネシスの背後から聞き覚えのある足音がした。
足音だけで、その主が解ってしまう事が悔しいような嬉しいような……。複雑な感情を抱えたジェネシスはその足音の主を無視するかのように窓の外に視線を向け続ける。
やがて、足音が止んでセフィロスがジェネシスの隣に立った。
「俺を待っててくれたのか?」
「まさか……偶然に決まってるだろう」
三ヶ月振りの再会だというのに味も素っ気も無い。
憮然とした表情で答える恋人の横顔をセフィロスは特段気分を害するでもなく黙って見詰めた。実際、この程度の事でいちいち気に病んでいたらジェネシスの恋人は務まらない。
日は一旦落ち始めると早い。あっという間に陽は翳り、辺りは暗くなっていく。ただ、ミッドガルの街並みは太陽光の明るさと半比例するかのようにあちらこちらでネオンや街灯がぽつぽつと灯り始めるので、夜になっても街は一定の明るさを保っていた。
今夜は夏祭りの所為か、いつもより光量が多いようだ。
「なんだか、賑やかだな」
「ああ、今夜は夏祭りらしい」
何とはなしに二人並んで窓辺に立ち、眠らない夜の街を眺める。交わされる会話の長閑のどかさが場の平穏を物語っていた。
不意にそっとセフィロスが片手を伸ばして、ジェネシスの指先に触れる。今やソルジャーフロアには他に人影はなく、ジェネシスは嫌がるでもなく大人しく指先を絡めた。
たいして会話らしい会話もせず、ただ黙って同じ時間同じ場所を共有する。そんな何気ないひと時を過ごせるほどに親密度が増した自分達の関係に、ジェネシスは少し照れて俯いた。
その朱に染まった頬を誤魔化してくれるかのように突如、夜空に赤い火の花が咲いた。花は次第に大きくなっていき、徐々に数も増え、青や黄や緑、紫といった様々な色に変化していく。
「綺麗だな」
夜空を明るく雅やかに染める花火を見て、条件反射のように決まりきった感想を述べるジェネシス。あまり感情が籠もっていないのは照れ隠しもあるのだろう。
だが、その簡易な感想に同意は返ってこない。
「綺麗……か」
理解出来ない言葉のようにセフィロスは反復する。
花火など見ても、セフィロスは美しいなどと感じた事はない。ただ大方の人間が『綺麗』だと評するので、美しいものなのだろうと認識するだけだ。
「綺麗だとは……思わないのか? 相変わらずだな」
ここで、ようやくジェネシスは顔を隣に向け、ちらりとセフィロスの横顔を見遣った。セフィロスの顔も様々な花火の光を受けており、表情が分かりにくい。
普段から、アンジールとジェネシスの親友二人で、虹だの夕焼けだの、綺麗だと感じるものを次々と教えてやっているのだが、セフィロスには今ひとつ理解しがたいらしい。
夏の暑い日には空を大きく占領する入道雲を、冬の寒い日にはきらきらと空に輝くダイアモンドダストを、春にはミッドガル以外の各地で競うように咲き誇る種々の花々を、秋には山や地面を紅や黄色で染め上げる紅葉や落葉の絨毯を──
軽く絡ませただけの指先に、きゅっと力が入って強く握られる。
「虹や夕焼けや── 今、こうして見ている花火も綺麗なのだと云われれば、それは『綺麗』なものなのだと認識は出来る。だが……」
握られた手に、更に力が籠められ引き寄せられる。
反動でジェネシスの身体はセフィロスの方に傾き、そのまま受け止められて包まれた。
不意打ちだったのか、意外にも腕の中で僅かに身を固くするジェネシス。その滑らかな輪郭に、セフィロスは軽く手を添え上向かせる。
「どんな情景も、どんな景色も、どんな現象も、どんな生物や植物も、綺麗だとは思わない」
真っ直ぐな翡翠の視線に射貫かれて、ジェネシスは固唾を呑む。
「俺が綺麗だと思うのは、お前だけだ。── ジェネシス」
交わる視線が、セフィロスの顔が、近くなったと思ったら、自然と唇が重なっていた。
久しぶりの口付けなのに、酷く穏やかで、淡い。相手の熱を確認するかのような優しいキスだった。
ん……と、小さく声を洩らして、ジェネシスは甘ったるい吐息と共にセフィロスの胸に顔をうずめる。
恐らく、ミッドガルの街は夏祭り特有の賑やかな喧騒に包まれていることだろう。
だが、この二人っきりの空間、ソルジャーフロアのロビーに流れるのはただただ静寂のみ。
セフィロスの腕の中でジェネシスの体温は上昇して火照っていく。適度な緊張感。そして、この上ない安息。
こうして、二人で同じ夜を何度も過ごしたい。
幾百の夜を、幾千の夜を、何夜でも、ずっと──

これは、遠い遠い── ある夏の夜の物語。

end
2010/8/10