朧月夜

ニブルの魔晄炉の調査を終え、セフィロスが神羅屋敷を訪れた時には既に夕刻。黄昏時であった。
黄昏時は、逢魔が時。
昼間でも薄暗く、常に魑魅魍魎が跋扈し異形の存在が蠢くような怪しげな雰囲気を漂わせる神羅屋敷は、よりいっそう深く昏き異界へいざなおうと大きな口をぱっくりと広げて待ち構えているようだった。

セフィロスはゆっくりと階段を昇り二階に上がると、屋敷の右翼にある寝室へと向かった。其所には神羅屋敷の深奥部。地下施設へと続く階段室が設けられているのだ。ポケットの中へ手を突っ込み会社から無断で持ち出した鍵を握り締める。
寝室の扉を開け、早速階段室へ向かおうと身体をそちらの方向に向ける。と、行く手を阻むかのように紅い革のコートに身を包んだ青年が扉の前に立ちはだかっていた。
朧朧たる空気を身に纏い、艶然とした笑みを浮かべた彼は、劣化している為だろうか。とても元ソルジャー・クラス1stであったとは思えない程儚げで、触れたら消えてしまいそうな、実体の感じられない不確かな雰囲気を醸していた。
「きっと、此所に来ると思っていた」
ジェネシスは辛うじてセフィロスに聞こえるかどうか、というか細い声音で呟く。どうやら待ち伏せされていたらしい。
「もう、お前と話す事など何も無いが……」
「クク、つれないな……。わざわざ恋人が逢いに来てやったというのに」
冷たく言い放つセフィロスを、ジェネシスは軽く皮肉る。
「それとも、醜く劣化した俺にはもう興味が無いか? まだ恋人だと思っていたのは、俺だけ……か」
自虐の言葉を吐きながらも悠然と髪を掻き上げるジェネシスは、少し淋しそうな笑みを見せた。
「もう恋人だと思っていない訳じゃない。だが、俺にはお前が……良く分からない」
「何が分からない?」
言いながらジェネシスは、ゆっくりとセフィロスに近付く。愛おしそうにセフィロスの頬を撫で、狂おしいばかりの瞳でセフィロスを見詰め、切なげな吐息を洩らす。
「愛してる、セフィロス」
柔らかくセフィロスの身体に身を寄せて、その肩口に顔をうずめる。
「こんな姿になっても、まだお前の愛を請うような愚かな真似はしない。だが、お前がもう俺を好きじゃなくても── もう一度だけ、俺を抱いて欲しい……」
それは、自分の最期が近い事を悟ったが故の、遺言に近い懇願。
その縋り付くジェネシスの姿は、英雄さえも惑わそうかという程に、妖しく哀しく濃艶だった。

セフィロスは薄暗い月明かりを頼りに、ゆっくりとジェネシスをベッドに横たえる。劣化して、筋肉までもが衰えてしまったのだろうか。ジェネシスの体重はセフィロスが良く知っているものよりも、かなり軽く感じた。その体重の軽さに、やはり彼の死期は近いのだろうかと思うと、細胞を与える気を無くした今となっても心苦しくなる。
だが、ジェネシスから聞かされた話が真実だとして、モンスターであるジェネシスに同じく造られたモンスターであるセフィロスが細胞を与える事により劣化を止め、生き存えさせる事が、長年神羅のソルジャー、『神羅の英雄』として生きてきたセフィロスにはどうしても意義のある事だとは思えなかった。
何故なら、親友達だけではなく、セフィロス自身もモンスターだというのならば、それは神羅にとって討伐の対象であり、醜く浅ましく生き延びようとする事よりも、迷い無く生を断ち切る事の方が自然に思えたからだ。
それ故、例えかつての恋人の最後の願いだとしても細胞を分け与える気は毛頭無かった。だが、恋人として最後に抱いて欲しいというささやかな願いくらいは、叶えてやっても良いと思ったのだ。
恐らく、こうして肌と肌で触れ合う事すら今後二度と無い。
これが、『最後』だから── それが、こんな状況でジェネシスを受け入れようとしている自分に対する、最低限の免罪符であった。

ベッドに横たえられたジェネシスは、落ち着いた様子でじっと澄んだアクアブルーの瞳をセフィロスの方に定める。彼の次の挙動を大人しく待ち構えているようだ。
ジェネシスは一見行動的なように見えて、本質は非道く受動的なのだと思う。
実際セフィロスがジェネシスの気持ちに気付いてから、現実に彼をこの腕に抱くまでに、随分な時間を要した。セフィロスの方から積極的に仕掛けない限り、ジェネシスが決して応じようとしなかったからだ。
そういうところは、本当に素直じゃないと思う。が、一度セフィロスを受け入れてからは、普段の態度からは想像が付かない程に従順な一面を見せるようになった。当初は困惑したが、今はそれが彼なりの素直さの発露なのだとっている。
セフィロスを安易には受け入れたくないという気持ち、そして受け入れると決めたからには己れの全てを曝け出してでも、相手の全てを受け入れようとする気持ち。どちらもその時々で、純粋で正直なジェネシスの気持ちの顕れなのだ。
ただ、端から見ると、それが猫のような気粉れにしか見えないのだが。
ある意味、誤解され易い損な性分だと思う。そして、セフィロスはそんな彼の危うさに惹かれてしまったのだ。
凛として他者を寄せ付けまいとする気丈夫、ふとした時に見せる激しい気性。それでいて純粋でどこか脆い。だが、幼馴染みの親友にだけは心を開いているようで、セフィロスも彼が心を開くような特別な存在に成りたかった。
結果、恋人にまでなってしまったのは、少々予定外だったが。

優しく色褪せた朱髪を梳きながら、紅い革のコートを脱がせてやる。肘などの引っ掛かる部分は、ジェネシスも手を貸してくれたので脱がせるのは楽だった。
褪色たいしょくしてるとは云え、月明かりを受けた朱髪は独特の輝きを放っており、美しい。白過ぎる程に色を無くした肌も、月明かりの下だと透き通るような美しさに、いっそう磨きが掛かる。
朧月が今夜だけ与えてくれた魔法なのだろうか。
ジェネシスの首筋に舌を這わせてやると、僅かな嬌声と共に首を反らせた。
そのまま鎖骨を下り、肋骨から腹筋へと愛撫の舌を移動させると、早くもジェネシスの瞳は潤み目許には朱が差している。
これが最後の行為となるであろうという悟り故か、ジェネシスは本当に素直だった。
自分からセフィロスが愛撫しやすいように身体を動かし、下半身の着衣も早々に脱ぎ去ると、自ら脚を開いた。開かれた脚の間に顔を埋ずめると、ジェネシスの身体がびくりと跳ねる。ジェネシスの熱を口中に含んだセフィロスの口許から、淫猥な水音が静かな室内に響いた。
「あっ……クッ!」
途端にジェネシスの息が乱れ、左右に開かれた両脚を閉じる方向に力が入る。その脚を無理矢理押し広げたまま、セフィロスは喉奥までジェネシスを咥え込む。
「あ、あぁ……セフィ、ロス」
絞り出すように発せられる声は切な気で、艶めいた色を含む。舌先でジェネシス自身を撫でてやるごとに、ジェネシスの声は色めいて余裕を無くしていく。そのうち、ジェネシスの声だけでは飽きたらず彼の表情も愉しみたくなったセフィロスは、口を外し脚の間から抜け出すとジェネシスの横に移動した。
突然終わりを告げた愛撫に少し放心した様子で、ジェネシスは隣のセフィロスを見遣る。頬を上気させ、吐息は乱れ、双眸を潤ませるジェネシスは、色っぽいというよりは寧ろ可愛らしい。
あまり焦らせるのも可哀想で、左手をジェネシスの股間に伸ばし軽く扱いてやる。と、ジェネシスは瞼を閉じ、恍惚の表情を露にした。
普段なら絶対に見せない隙だらけの顔。ジェネシスのこんな顔を見られるのは、自分だけの特権だとセフィロスは思う。
扱いてやっているうちに、ジェネシスは自分の昂ぶりが抑え切れなくなったらしい。突如、セフィロスに縋り付いて「もっと、お前が欲しい」と強請った。
仄かな月明かりに照らされ、じっとセフィロスを見詰めるジェネシスの顔はどことなく幼くて、存在が希薄に感じられた。セフィロスは思わず掌を彼の頬に滑らせて、表情を確認する。
こうして触れると確かに温かいのに、どうしてこんなにも心がざわつくのか。これが最後だと、お互い承知の筈なのに──
何故か無性に焦燥感めいたものに駆られ、セフィロスももっとジェネシスの熱が欲しくなった。
ひとつになって熱を感じたい。ただ、それだけの想いで身体を繋げる。そこに恋愛感情が介在するかどうかなど、最早重要事ではない。しかし、想いも何も無い相手に対して、これ程までに欲する気持ちが湧き起こるだろうか。
身体を繋いで、ようやく芽生える自覚。
自分達の関係は、これで終焉だと理解っている。もう必要以上の情も抱いていないつもりだった。だが、本当は認めたくないだけで、セフィロスはまだジェネシスが好きなのだ。
どうやら、自分もジェネシスに負けず劣らず素直では無いらしい。セフィロスは、内心秘かに自嘲した。
「あぁっ! ん……ン」
セフィロスの熱を受け入れてジェネシスが艶めいた声を洩らす。
思いの外高い熱に寧ろ戸惑ってさえいるようだ。セフィロス本人でさえ、自身の想いの強さに戸惑いを感じているのだから、ジェネシスの反応は当然だろう。
ジェネシスは最初この場で対峙した時、愛を請うたりはしないと告げたが、今のセフィロスは愛を与えたいと思っているのかも知れない。
「はぁ……ああっ、ぅん」
ゆっくりとした律動を与えられて、ジェネシスの口許から洩れ出る声も一段と甘みを帯びる。その声に、仕草に、表情に、セフィロスも煽られ、ジェネシスの裡に呑み込まれた雄も一段と脈打ち固さを増していく。
まるで呼吸のように呼応するのが、より深い快感をもたらし離れ難い。何故、これを最後としなくてはいけないのか。
理由は明確だ。自分達がモンスターだから。
ジェネシスが造られしモンスターである事を、自身が造られしモンスターである事を、セフィロスはこの時初めて呪った。
より深く繋がりたくて、ジェネシスの背中に手を廻す。身体を固定させて、身動みじろぎを制限しようと思ったのだ。
彼の背面に手を伸ばした時、偶然左の肩胛骨を掴んでしまったらしい。黒い片翼が生えてくる為か、右側よりも隆起している。そこを掴んだ時、ジェネシスの身体が弾むようにびくりと跳ねた。
片翼が生える場所だから、ある意味身体の一部が剥き出しになっているような状態なのだろう。苦痛に若干眉根を寄せ、額には汗を滲ませている。
セフィロスは少しでも楽にしてやろうと一旦自身を引き抜くと、ジェネシスの身体を反転させてやって、改めて背後から挿入した。
「あっ! はぁ……」
体勢の変化によりジェネシスの内壁を擦る感覚が変わり、先程までとはまた違う刺激と官能が彼を襲う。瞼を伏せて、新しく与えられた快楽に陶酔しているようだ。
先程不用意に触れてしまった肩胛骨に、今度は優しく舌を這わせてやる。一部剥き出しとなった肩甲骨は些細な刺激にも敏感に反応した。下方から上方にゆっくりと舐め上げると、ジェネシスは肩を震わせ体勢を崩した。四つん這いの状態を維持出来ない様子のジェネシスに、下腹部に手を廻して身体を持ち上げ支えてやる。
「う、く……っ!」
腰を固定された状態で深く侵入され、背中にも愛撫を与えられ、快感は更に増していく。加えて、ベッドヘッドに両手を付くように誘導され、ジェネシスは身体を反らす。こうして背後から密着すると、より強く締め上げられ、より奥まで侵入され、お互いの快感が飛躍的に高まる。
快感が強すぎたのだろうか。ジェネシスは己れの身体が支え切れないかのように、再び体勢を崩す。身体を震わせ、荒く息を吐くと、彼の左の肩胛骨が蠢き始めた。
「あ、はぁ、セフィ……ロス」
過ぎた快楽は、時には苦しみとなる。苦艱くげんのあまり制御し切れなくなったかのだろう。耐えきれぬ様子で、ジェネシスはその黒くて大きな片翼を広げた。辺りに黒い羽根が散って、窓から差し込む朧月の僅かな光明さえ遮られて、神羅屋敷の一室が暗澹たる雰囲気を取り戻す。
明るく光の当たる場所よりも、この仄昏い魑魅魍魎の集う屋敷が、現在いまの自分達には似合いの場所なのかも知れない。
「はぁ……あっ」
ジェネシスが苦し気に身を捩る度に、部屋中に沢山の黒い羽根が舞い散ってはシーツの上に降り積もり、二人の情事を月から隠した。
片翼を広げた事により幾らか楽になったのだろうか。ジェネシスから洩れる喘ぎ声が先程までとは違い、徐々に甘く艶めいた色を帯びていく。
「あぁっ、うん……ふ」
次第に増していく甘い色味に煽られて、ジェネシスを貫くセフィロスの雄が一気に硬度を増す。繰り返される律動に高められ、愉悦に潤んだ碧眼で以ってジェネシスが振り返り見詰めてくるのを、セフィロスはその顎を捉えて奪うように深く口付けを交わした。
離れ難い想いとは裏腹に、否が応にも上昇する二人の熱に自分達が融かされてしまいそうで眩暈を覚える。
「はあっ、もう……イク── セフィロス」
再び崩れ落ちそうになるジェネシスの身体を支えるように抱き締めながら、律動を繰り返す。追い詰められて、更なる嬌声に喘ぐジェネシスの身体が柔らかくしなる。だが、セフィロスもまた過度の締め付けに耐えられず、二人して同時に崩れ落ち、雪崩れ込むようにして果てた。
暗闇と静けさの中で荒い呼吸音だけが部屋に響く中。セフィロスは、まるで玩具を取り上げられる事に怯える子供のように、ジェネシスを強くそのかいなに抱き締めていた。
失いたくなくて、でも、共に生きる道筋も見えなくて。ただ、抱き締める事しか出来ずに、何時しか眠りに就く。

夜明けを迎え、流石の神羅屋敷といえども眩しい陽光が室内に差し込んでくる。
とは云え、昼間でもどこか暗い神羅屋敷。朝日の光量に対して室内はやや薄暗い。
セフィロスは未だ瞼を伏せたまま、腕の中にいる筈のジェネシスを抱き締めようと腕に力を入れる。と、その腕には全く手応えが無く空振りしてしまった。驚いて目を見開く。
「ジェネシス……?」
手を滑らせてベッドの上を探るが、シーツはひんやりと冷たい。セフィロスは思わずジェネシスを抱いていた自分の左腕を見詰める。この腕は、まだ暖かい。まだジェネシスの体温を覚えてる。
上半身を起こして辺りを見回すが、やはりジェネシスの姿は見当たらなかった。そして──
不思議な事に、部屋中に舞い散った筈の黒い羽根が、何処にも落ちていなかった。
セフィロスは自身の長い銀の髪を掻き上げ、思案する。
夕べ、ジェネシスは確かにいた。この腕が覚えている。だが、まるで最初から彼が居なかったかのように痕跡が無い。
「ジェネシス──
熱を残す左腕を見詰めながら、呟くように今は居ない恋人の名を口にする。
夕べの、あの官能のひと時は夢だったとでも云うのだろうか。あの融ける程の熱が幻想だったとでも──
夕べの事は、全てこの神羅屋敷が見せたまやかしだったとでも云うのか。
「クク……未練があるのは、俺の方、か?」
此処は神羅屋敷。
あらゆる魑魅魍魎、異形が跋扈する異界。常識など通じない現世うつしよとあやかしの世の狭間に存在する。幻界への入り口。
夕べのジェネシスは、この神羅屋敷が産み出した幻想。いや、最後に恋人との逢瀬を望んだ── セフィロスの願望だったのか。
セフィロスは再びくつくつと自嘲の嗤いを零しながら、ベッドから起き上がると地下室へと続く階段室に向かう。
セフィロスが立ち去った後。部屋には、一片ひとひらの黒い羽根がふわりと舞い、部屋の片隅に吸い込まれるように落ちていった。

end
2010/2/10