プライベートフォト
親友であるセフィロスの居室を、一緒にメシでも食おうかとジェネシスが訪れると、一心不乱にキーボードを叩き続けるセフィロスの姿が視界に入った。
相伴に預かるのは結構だが、いま取り掛かっている報告書を書き上げてしまいたいので、少し待ってほしいと請われジェネシスはリビングのソファで寛ぎつつ待つことにした。
目の前の端末に情報を打ち込むためディスプレイと睨み合うセフィロスの姿はまるでジェネシスの存在など忘れてしまったかのごとく集中している。
ここで、ふとジェネシスはとんでもないことに気がついてしまった。常なら、例え親友であるジェネシスの前だろうともセフィロスはそう簡単に隙など見せない。だが、今のセフィロスは完全にジェネシスの存在など意識外のように見える。英雄としてはひどく珍しく無防備な状態なのではないか。
つまり、今ジェネシスが何かしたとしても彼は気がつかないのではないだろうか。例えば、勝手にキッチンを拝借してコーヒーを淹れて飲んだとしても気がつかないだろう。
それでは、勝手に写真を撮ったとしたら……?
ジェネシスは極力、音を立てないように慎重に黒い携帯端末を懐から取り出す。しばらくはメールチェックなどをしていたが、やはりセフィロスの関心は全くこちらに向きそうにない。ジェネシスはいっそう息を潜めると、端末機のカメラをこっそり起動させる。一瞬の間をあけてから、さりげなくカメラをセフィロスの方に向けると大胆にもシャッターを押した。
セフィロスは、あれだけ集中しているのだからシャッター音にも気がつかないのではないか、という淡い期待があったのだ。何より、英雄の日常の姿を写真に収められる機会はそうそう無い。
だが、実際にカメラを構えてみると想像以上に大きくシャッター音は響いた。ジェネシスは慌てて携帯端末をしまおうとしたが、時すでに遅し。つい先程まで真剣な眼差しでディスプレイを見つめていたセフィロスの瞳は、今や完全にジェネシスの方向を向いている。
「いや、セフィロス。これは……」
わたわたと慌てたジェネシスがなにか適当な苦しい言い訳を絞り出す前に、なんと英雄自らが助け舟を出してくれた。
「なんだ、俺の写真が欲しいなら言ってくれれば良かったのに── 」
唖然とするジェネシスを尻目に、セフィロスは立ち上がりパソコンの前からジェネシスの方へと近づいてくる。
「おおかた熱心なファンにでも写真を頼まれたんだろう?」
セフィロスの云うことは、あながち間違いではない。ただし、英雄の写真を欲しがっている熱狂的ファンとは誰であろうジェネシス本人なのだが。もちろん、そんな明け透けな本心など伝えることは出来ず、ジェネシスは思わず黙してしまう。
おそらく誰かに写真を頼まれることなど英雄にとっては日常茶飯事なのだろう。ジェネシスの真意など全く気づかぬ様子で彼はジェネシスの前でポーズを取った。もはや、ここまできたら写真を撮らない方が不自然である。
ジェネシスは表面上は不快そうにカメラを構え、内心は緊張しつつも小躍りしながら改めてシャッターを切った。
結果、当初は隠し撮りのような、横顔の写真を撮るつもりだったのが、きちんとした正面顔かつカメラ目線のセフィロスを写真に収めることに成功したのである。これは、長年に渡り英雄ファンを続けてきたジェネシスにとって降ってわいた僥倖であった。
途中で邪魔してしまったにもかかわらずセフィロスは文句も言わずに作業に戻る。どうやら報告書はほとんど出来上がっていたらしく、ほんの数分待たされただけでセフィロスはキーボードを叩くのをやめパソコンを落とした。
馴染みのレストランでセフィロスと二人で食事を愉しみ、明日も任務があるというので適当なところで会話も切り上げお互い自室に戻った。そこで、改めてジェネシスは携帯端末を開いて先程撮った写真を確認する。
さて、この貴重な写真をどのように使ってやろう?
この写真は、決して新聞の一面を飾ったり、雑誌の巻頭を賑わせたりはしない。完全に個人的な、ジェネシスだけが自由にできる写真である。つまり、ジェネシスの個室に飾って、ジェネシス一人だけが楽しんでも許される特別なもの。
まずは、携帯端末とパソコンを繋いでデータを移す。貴重な写真なのだ。バックアップは必須である。
そして、パソコン内で色調や明度、彩度などを補正し、ある程度満足したところでプリントアウトする。出力する用紙ももちろん光沢仕様の高級な紙を選んだ。
ここまで具現化すると、にわかにどこかへ飾りたくなってくる。最初は、他の英雄の切り抜きを集めたスクラップブックにコレクションのひとつとして加えるつもりだったが、これは単なる雑誌の切り抜きなどとは格が違う。額にでも入れて、然るべきところに飾るべきではないか。そう考えを改めたのである。
おもむろに自室の中でどこかいい場所はないかと、周囲を見渡す。しかし、よくよく考えてみると英雄のポスターを額に入れて飾るなど、英雄の大ファンだと公言しているようなものではなかろうか。万が一にもセフィロス本人に見られてしまったら、と考えると躊躇してしまう。友人であるセフィロスがジェネシスの部屋を訪れるという可能性は決して低くはない。セフィロスがジェネシスの自室に飾られた自身の写真を見つけた時、彼は果たしてどう感じるだろうか。
いや、それ以前にそんな状況に陥ったら己れの精神がまず耐えられない。無理だ。
自室に飾るのはまずい。非常にまずい。
でも、飾りたい。自慢したい。誰かに見せびらかしたい。
矛盾した欲求を抱えたジェネシスは、ジレンマを覚えながらも、ふと閃いた。
まず手頃なサイズの額縁を引っ張り出すと、慎重な面持ちでポスターをはめ込む。それを、大事そうに抱えると隣室のアンジールの部屋に向かった。
形だけのノックをすると、返事も待たずにずかずかと突入する。
突然の幼馴染みの侵入には慣れっこのアンジールであったが、ジェネシスの片手に大事そうに抱えられた額縁はさすがに気になった。
「なんなんだ、それは?」
率直に疑問をぶつけてみる。
一瞬の躊躇いののち、ジェネシスは隠しても仕方ないとばかりに額縁に収まったセフィロスの写真をアンジールに見せた。
「ああ、分かった。セフィロスの写真を手に入れたから自慢しに来たんだな」
苦笑とともに、アンジールは写真を間近で見ようと額縁に手を伸ばす。
「半分正解だが、それだけじゃない」
ジェネシスは額縁をアンジールに手渡しながら付け加えた。
「それを、お前の部屋に飾らせて欲しい」
「はぁ!?」
いやいや、何を言っているんだ、自分の部屋に飾れば良いだろうとアンジールの目は雄弁に物語っていた。
「どうして、俺の部屋に飾らないといけないんだ?」
「俺の部屋には飾りたくないから── 」
ジェネシスはあっけらかんと身も蓋もないことを云う。なんとなく幼馴染みの懊悩を察して、あえてアンジールは突き放す。
「俺の部屋にこんなものを飾っていたら、俺が英雄の大ファンみたいだろう? 冗談じゃない。他を当たれ。というか、諦めて自分の部屋に飾れ、ジェネシス」
どうやら幼馴染にはあっさりジェネシスの思惑を看破されてしまったらしい。先手を打たれて、自分の希望を容赦なく潰されてしまい、ジェネシスの目論見は脆くも崩れ去る。
あからさまにがっかりとしたジェネシスにアンジールはひとつの提案を試みる。
「どうせ、自分の部屋に飾っているのをセフィロスに見られたくないとか、そんな理由なんだろう? だったら、もっと大勢が出入りする所に飾ってしまえばいい」
「大勢……?」
自分ではまるで思い付かない。故に、アンジールが次に発する言葉をじっと待つ。
「そうだな、例えば宿舎の食堂とかはどうだ? 人が多く出入りする場所に堂々と飾ってしまえば、却って誰が飾ったのかなんて気に掛けるヤツはいないだろう」
「……それもそうだな」
ジェネシスは己れの口許に右手をやって、アンジールの提案を真剣に熟考する。
木を隠すなら森の中。多くのソルジャーが出入りする食堂に飾れば、英雄の写真をリクエストしたソルジャーが誰なのかというのも曖昧になる。むしろ2ndや3rdの複数人が欲しがったので、ジェネシスがやむを得ず── という解釈が自然となるだろう。
成る程、アンジールの提案はなかなか良く考えられていて、完璧であるとさえ思えた。
しかし……しかし、だ。
ジェネシスは当初はアンジールの名案に乗り気であったのに、次第にその表情を曇らせていく。
「悪いな、相棒。お前の提案はとても名案だと思う。だが、どうしても受け入れられない」
意気消沈した様子でありながらも、瞳の力は強くジェネシスの決意は揺るがないようであった。
「なにか、都合が悪かったか?」
アンジールの問い掛けに改めてジェネシスは手元の額縁内の写真を眺める。
「不特定多数の誰かに、この写真を見られたくない」
「俺には、見せびらかせに来たくせに……」
呆れたような口調でアンジールが揶揄すると、お前は特別だから── と返ってきた。
そう、これは特別な写真。
セフィロスがわざわざジェネシスのためにポーズを取ってくれた。新聞やら雑誌やらネットやらで多くの人々の目に晒されることもない。決して他の誰かの目に触れることはない。アンジール以外には。
「やっぱり、これは自分の部屋に飾ることにする」
赤髪の幼馴染みが思慮の末、決意を新たにすると、アンジールは「その方がいい」と同意した。そうしてゆっくり立ち上がるとキッチンへと向かう。
「さて、と。ではなにか温かいものでも一緒に飲もう。紅茶でいいか?」
穏やかなティータイムを幼馴染みとゆったり過ごしたのち、ジェネシスは自室へと戻った。
額縁に入った写真は一旦、ひと目の付かない場所に仕舞ってから。デスクに腰掛け、もう一度パソコンを起ち上げる。そうして、先程よりは小さめのA5ぐらいのサイズで写真を印刷した。それを、アクリル板で挟むタイプの極々シンプルなフォトフレームに慎重に挟み込む。満足気な面持ちでジェネシスはそのフォトフレームを、ベッド横のサイドボードに立て掛けた。
ここなら、例えセフィロスが自室を訪ねてくるほどに親しくなったとしても見られる心配が無い。セフィロスを寝室まで招き入れる事態など発生する訳が無い。
万が一にも、そういう事態が── セフィロスが寝室にまで侵入してくるような間柄となったとしたら、それはもう親友以上の関係だろう。つまりは『恋人』だ。しかし、セフィロスと恋人関係になるなど天地が引っくり返っても有り得ない。セフィロスとはただの友人ではない。いくら憧れの英雄とはいえ、生涯無二のライバルなのだ!
それに、万が一の事態が実際に現実となったと仮定した場合、それはつまりセフィロスに己れの全てを曝け出している状態なのだから、セフィロスの写真を飾っているぐらいのことをいちいち隠すような間柄では無くなっているだろう。むしろ、そうなってしまった場合には、あの時の写真は実は── と打ち明けるべきではないのか。恋人ならば、それくらいのことは当たり前であろう。隠す方が不自然だ。
ともかく、こうしてベッドサイドに飾っておけば寝室にいる時はいつでもじっくりとセフィロスの写真を鑑賞出来る。心ゆくまで、じっくりと── 。
やがてアンジールやジェネシス達はさらにセフィロスとの交流を深めて、より親密になっていった。時には、セフィロスの方からアンジールやジェネシスの私室を訪ねることもあった。
そうこうしていくうちに、もとよりお互いに好意を抱いていたセフィロスとジェネシスが、予想外に親友以上にまで自分達の関係を深めていってしまったのは必然と云えよう。
もはや、セフィロスがジェネシスの私室を訪れるのは、極々ありふれた日常になりつつあった。ソファの上で当然のように肩を並べ、目を合わせれば、どちらからもともなくキスを交わし合う。
果てには、睦み合いはキスだけにはとどまらず、セフィロスの両の手はジェネシスの身体をまさぐり、唇は頸動脈を辿り鎖骨へと行きつく。
「あ……っ、ぅん── 」
遠慮がちなジェネシスの反応に、セフィロスはヒートアップして、ジェネシスへの侵攻を深めていく。
「ジェネシス、ベッドに行こう── 」
不意に耳許で囁かれて、微かに震える。
セフィロスと付き合い始めた時から、いつかは……と覚悟はしていた。でも、今は── 。
今でも、まだあのフォトフレームはベッドサイドに置かれている。あの場所に置くと決めた時には、勿論セフィロスとこのような関係になるとは考えてもいなかった。且つ、万が一セフィロスを寝室に招くようなことがあったとしたら、あの時あの英雄の写真を所望していたのは実はジェネシス本人であったのだと、笑い話として打ち明けることさえ出来ると考えていた。
たが、いざこうして現実に直面してみると、とうてい無理だ。恥ずかし過ぎる。何故、あの時は可能だと考えたのだろう。あまりにも浅はかで愚かだ。
「セフィロス、俺の寝室は今は、ちょっと……」
曖昧に言い淀み、なにか上手い言い訳はないかと必死に思考を巡らせる。
「なんだ、散らかっているのか?」
合間に首筋にキスされて、思考を続けるのも困難になり、安直にセフィロスの言葉に乗っかることにした。
「そうなんだ。少し散らかっているんだ。ちょっとだけ、片付けさせてくれ!」
そう言ってセフィロスを一旦突き放すと、ソファから立ち上がり慌てて寝室に逃げ込んだ。入って直ぐにサイドボードに置いてあるフォトフレームを鷲掴み、一番上の引き出しを開けると乱暴に突っ込む。この写真をこんな風に乱雑に扱ったのは初めてであった。
「別に散らかっているとは思えないが── 」
背後からセフィロスの声が聞こえて、咄嗟に振り返る。
「か、勝手に入ってくるな!」
顔を朱に染め、抗議しながらも内心間に合ったと、ほっとする。
怒るジェネシスを宥めるかのように、セフィロスは優しく抱き締め、キスをして黙らせる。
今まで、大事に大事に扱ってきた貴重なセフィロスの写真。たが、目の前の本物にはどうやっても敵わない。完敗だ。
ついに敗北を認めたジェネシスはおとなしくセフィロスのキスを受け入れ、ゆっくりと彼の背中に両腕を回した。
end
2020/12/24