Sweets Day
バレンタインの朝。とはいえ、時刻は既に昼近い。
昨夜遅くに帰ってきたジェネシスはまだ少し寝ていたかったのだが、一応今日はセフィロスとの約束がある。
仕方がなさそうに渋々身を起こし、ベッドからキッチンへと移動するとインスタントのコーヒーを淹れた。インスタントなのは、ジェネシスがコーヒーにはそれ程拘りが無いという事と、寝起きのぼんやりとした頭でちゃんとしたコーヒーを淹れるのが面倒だったから、という二つの理由がある。
とりあえず、眠気覚ましの為のコーヒーだから飲めれば何でも良かったのだ。食欲は無かったので、コーヒーだけを胃袋に納めるとジェネシスはセフィロスの居室へと向かった。
セフィロスの私室に到着すると行き成りドアノブに手を掛ける。なんの抵抗も無くノブはがちゃりと音を立て動いた。鍵が掛かっていない時は勝手に入っても良いという暗黙の了解がお互いにあったので、ジェネシスは迷わずドアを押し開け、室内へと入っていく。
中へ入ると、まるで待ち伏せでもしていたかのようにドア口付近にセフィロスが立っていた。
ジェネシスがセフィロスの姿をきちんと視認する間もなく、突如目の前に左手を突き出される。憮然としてジェネシスは不快げに眉をひそめると、セフィロスを無視してリビングまで移動し無言でソファに腰掛けた。
見事に取り付く島が無い。セフィロスは仕方なく、自分から尋ねた。
「ム、今年は、何も無いのか?」
ジェネシスはソファにふんぞりかえったまま大仰な身振りで以って返答を叩き付ける。
「俺は昨日、長期遠征から帰ってきたばかりなんだぞ。用意なんか出来るか!」
バレンタイン当日には戻れるようにと、何とかミッションに片を付けて帰ってきたのだ。今日一緒に過ごしてやるだけ、感謝して欲しい。
だが、セフィロスはどうやら一緒に過ごせる=何か貰えると期待していたようで、珍しく眉尻を下げてしょんぼりとしている。
普段、セフィロスはそうそう落ち込んでいる姿など見せない。英雄だから当然と云えば当然なのだが、彼は常に自信満々なのがデフォルトだ。その状態で安定しているので、非常にナチュラルで却って偉そうに見えたりもしない。
そんな英雄がしょんぼりしている姿は、寧ろちょっと可愛くもある。
── 英雄の癖に可愛いなんて、反則じゃないか、卑怯じゃないか!
などと理不尽な事を考えつつも、落ち込む英雄の姿にジェネシスは逡巡する。
英雄セフィロスに強い憧れを持つジェネシスは何だかんだ云ってセフィロスに弱い。「勝手に落ち込んでろ! 俺は知らん」と冷たく突き放す事も出来ず、ソファから立ち上がるとセフィロスに近付いて軽く頬にキスをくれてやる。
「俺じゃ不満か?」
「?」
いまひとつ、意図が分かっていない様子のセフィロスに更に分かり易く言い直してやる。こんなのは、今日だけのサービスだ。クソッ、と心の中で舌打ちをしてから。
「だから、俺がプレゼントじゃ不服なのか?」
頬を僅かに朱に染めながら、照れ臭そうにわざと素っ気なく振る舞うジェネシスに、ふわりとセフィロスの表情が和らぐ。
が、それはほんの一瞬の出来事で── 。
気が付くと、いつの間にかジェネシスの腰にはセフィロスの左手が廻され、一気に引き寄せられていた。
「お前がプレゼントという事は、今日は俺の好きにして良い、という事だな」
口端を上げて、意地の悪い笑みを浮かべるセフィロスに、ジェネシスはゾクリとした。背中に冷たい感触が走る。と、同時に迂濶な発言をした自分自身に後悔した。
セフィロスの腕の中から慌てて脱出しようと試みるが、時既に遅し。腰に廻された腕が巧みにジェネシスの身体を捉え重心をセフィロスの側に移動させる。と、同時にセフィロスは立ち上がった。気が付いた時には完全にセフィロスの腕の中に収まり、地面から引き離された状態。ほんの一瞬の所作で、不覚にもお姫様抱っこよろしく横抱きに抱えられてしまったのだ。
流石、英雄。1stの身体を抱きかかえるのも容易くこなす。などと、悠長に感心している場合ではない。
暴れて逃れようと思っても、「今日は、お前がプレゼントなんだろう? 何故、逃げる必要がある?」と確認の追い討ちを駆けられる。ジェネシスも自分から言い出した手前「否」とは云えない。
いや、プレゼントがあっても無くてもこうなる事は充分予測の範囲内だった。何しろ、久しぶりの逢瀬なのだ。しかも、明日も二人ともオフで、これまた悔しい事に時間もたっぷりある。
優雅な手付きで横抱きにされて、事務的な程にあっさりと寝室に運ばれる。手付きは優雅ではあるが、その腕力は半端ではない。ジェネシスは内心軽いショックと嫉妬を覚えた。
難無く寝室への移動を終えベッドに横たえられた時には、ジェネシスも諦めてセフィロスからのキスに応じてやる。
「う……ン」
甘く艶めいた声を洩らしながら、じっくり舌を絡ませ合う。その上で、ジェネシスの腕は無意識にセフィロスの肩を抑えていた。
バレンタインらしい甘い雰囲気を楽しむ一方、自ら「俺がプレゼント」と宣言した手前、どのような扱いを受けても文句は云えない。セフィロスの愛撫を受け止めながら、身体が小刻みに震える。これは、残念ながら官能に因るものでは無い。
普段の戦いぶりなどから見て解る通り、英雄には情けや容赦というものがない。いや、手合わせの場合は一応手加減しているようだが、それでもかなり一方的だ。
いつも……という訳では無いが、セックスの時も概ねそうなのだ。特に、久しぶりの逢瀬ともなると加減を忘れるらしい。
そこまでセフィロスに求められるというのは嬉しくもあるのだが、同時に恐ろしくもある。ただでさえ今日は長期遠征明けなのだ。万全とは言い難い体調。身体が持たないのは目に見えている。
「んん……ふ」
ジェネシスの身体のあちらこちらをまさぐりながら、セフィロスの何時に無く丁寧で柔らかい口付けが続く。怯えて無意識に硬くなっていたジェネシスの身体から次第に力が抜けていき、ジェネシスの方からセフィロスの背中に腕を廻す余裕も出てきた。
このまま、キスだけが続けば── と願ってしまう程に、凍えかけた心を溶かす程の高い熱量を持ったキスだった。
ついに口許からセフィロスの唇が離れて、それだけで切なげな目線を送ってしまう。もっと甘い時間を過ごしたくて、淋しくなる。ジェネシス自身、久しぶりの逢瀬で思った以上に感傷的になっているようだ。
首筋を頸動脈を辿るように舌を這わされて、びくりと震え長い睫毛を伏せる。ただ英雄を見詰める事さえも許されないのだろうか。
目蓋を閉じて、自ら追い込んだ暗闇の中で舌や指先で首筋や胸筋や脇腹をなぞるよう軽く辿られると、より深い官能に囚われてしまう。身の危険を感じる程の愉悦に、本能的に反抗したくなる。
「あっ! んん……セフィロス!!」
反射的にセフィロスの胸元を押しやり、突き放そうとするジェネシス。嫌がると、ますますセフィロスを煽り散々な目に合わせられるのは経験則として知っているのだが、幾ら親友で恋人とはいえ根底に英雄への畏怖があるのだろう。逃れられるものなら逃れたいと、無駄な抵抗と承知しながらも抗ってしまう。
しかし、僅かな抵抗の先にあるのは一方的な蹂躙。出来るだけ現実を見たくなくて、ジェネシスは固く目を瞑った。
だが、身を硬くするジェネシスに与えられたのは、柔らかな暖かみのある抱擁だった。
セフィロスの大きな身体に優しく包まれながらも、セフィロスはジェネシスの感じるところを確認するように触れていき、着衣を奪っていく。
「ああっ……んン。はぁ……セフィロス……」
怯えていた筈のジェネシスからは最早、甘い……いや甘えたような声しか出てこない。
翻弄されているうちに、セフィロスはジェネシスの身体を暴き、深淵に入り込む。内側から浸蝕されるという行為は、何時まで経っても慣れない。いつも歓喜と絶望の淵に立たされる。
受け入れざるを得ない恐怖。
受け入れているという愉悦。
「あ、ああっ……くっ!」
眉間に皺を寄せ、身を捩らせる。
何度かの抽挿が繰り返されるうち、荒かったジェネシスの息も落ち着き眉間の皺も解けていく。
やがて、ジェネシスは不思議そうにセフィロスの顔を見た。セフィロスの腰の動きは飽くまでゆっくりで、無理矢理ジェネシスを追い立てるのではなく、緩やかに頂点へと導くものだった。
「ン……ああ、セフィロス」
名を呼びながら、確かめるように彼の輪郭を指でなぞる。
「どうした?」
会話の最中もセフィロスの動きは止まる事が無く、じわりじわりとジェネシスの裡で感じる感覚を苦痛から快楽へと変換していく。いつになくゆっくりとした動きで、ジェネシスの感じるところを掠めていく。一気に追い立てられる事に慣れてしまったジェネシスには、却ってもどかしくて焦れったくて、強請るようにセフィロスの背中に手を廻す。
周囲の外堀を埋めて慎重に確実に近付き、徐々に核心へと迫られる感覚。最早一寸の逃げ場も無い。
「も……もっと!! はぁ……っ」
彼の腰にも脚を絡めさせ、無意識に懇願するジェネシスの目許には何時しか涙が滲む。
だが、ジェネシスの涙にさえ英雄は心を動かさず。最後の最後まで、ゆっくりと彼を追い詰めた。
遠回りでもするかのように長い時間を掛けて、結果かつてない程に深く深く追い込まれる。
「うっ……あっ、ああっ!!」
ようやく頂点に辿り着いた時には、今まで経験した事のない高みが待ち受けており、ジェネシスは果てると同時に意識を手放してしまった。意識を失う寸前、英雄がいつも立つ高みは、この場所だったのかと朦朧とした意識で感じていた。
セックスが終わった後の、気怠くゆったりとした雰囲気が好きだ。二人で身を寄せながら微睡んでいるうちに、次第に遠くなっていたジェネシスの意識もはっきりとしてくる。
常にセフィロスが立つ高みを擬似的にでも経験するという思わぬプレゼントを受け取ったジェネシスはいつになく素直で、甘えるようセフィロスの身体に自分の身を擦り寄せる。まだセックスの余韻に浸っていたい。このまま、世界で二人だけの空間に隔離されていたい。
高揚感に囚われていたジェネシスは暫くひたすらセフィロスに甘えていたのだが、時間の経過と共に幾らか落ち着きを取り戻すと、やや不思議そうな面持ちでセフィロスの顔を見詰めた。セックスの最中にも見せた顔だ。セフィロスもその時と同じ言葉を発する。
「どうした?」
「いや、もっと……その、酷くされるかと思ったから」
今日のセフィロスは何時になく優しかった。それでなくとも久しぶりだったから、覚悟はしていたのに。
セフィロスはやんわりとジェネシスの朱髪を撫でてやってから。
「俺だってお前に優しくしてやりたいんだ」
と、軽く笑んでみせた。
セフィロスの言葉に胸の裡が一気に熱くなって、ジェネシスは柄にもなく照れてしまう。表情を見られないように、セフィロスの胸元に強引に顔を埋ずめた。
── 無理してでも、何かプレゼントを用意してやれば良かったかな?
僅かな後悔を胸に秘し。頬を朱に染めたままもう一度顔を上げると英雄の右頬にキスを捧げた。
end
2011/1/22