背中

いつも見慣れた大きな背中。
見ているだけで、安心する。
見ているだけで、駆り立てられる。
追い越したい。
いつまでも見ていたい。
独占、したい。
特別な── 背中。

お互いにミッションのスケジュールを調節し合って、今日は二人きりの休日。
ジェネシスは未だにセフィロスが自室を訪れるのが、自分のテリトリーを脅かされるようで落ち着かなく。結局、今回もセフィロスの自室に転がり込んだ。
普段、一人で居る時は自室の方が落ち着くのに、二人で過ごす時はセフィロスの部屋の方が寛げる。なんとも不思議だ。
セフィロスの部屋の方が、よりセフィロスの存在を深く確かに感じられるからなのかも知れない。
ソファに身を沈めつつ、ジェネシスはそこまで考えてから、己の思考を否定するかのようにかぶりを振った。
すると、セフィロスがキッチンの奥から出てきてソファの前のローテーブルに、二人分のカップを丁重に置く。英雄は、こういう何気ない日常的な所作でも、実に絵になる。改めて、カリスマはほんの些細な動作や挙動にすら滲み出るものなのだ、と痛感させられる。
セフィロスはセフィロスで、他人に自室のキッチンや戸棚などをあれこれいじられるのが不快らしく、自ら積極的に動いてもてなしてくれる。
他人に任せるのが億劫だから、自ら動く。普段の彼の行動原理に則している為、意外と違和感はない。
二人きりだから、見せる姿。
二人きりだから、見られる姿。
神羅の英雄たるセフィロスの、任務中からは想像付かない一面を見られるのが嬉しくて、ジェネシスの表情は無意識に綻んだ。
天下に轟く神羅の英雄に給仕して貰う優雅で贅沢な午後。特別なティータイム。
配膳を終えたセフィロスは、どっしりとジェネシスの隣に腰掛ける。距離が近くなって、セフィロスの長い髪から彼のお気に入りのシャンプーの香りがジェネシスの方にまで漂ってくる。
セフィロスの匂いだ。
この匂いを嗅ぐと、それだけで酷い安心感に包まれる。
最早シャンプーの香りというより、セフィロス本人の匂いであるという認識がジェネシスの脳内では為されていた。
ますます緩む自分の表情を誤魔化すよう、ジェネシスはテーブルに置かれたカップを手に取り口元まで運んだ。
以前、セフィロスは寧ろコーヒーの方を好んで飲んでいたような気がするのだが、近頃は紅茶ばかりだ。ジェネシスの好みに合わせてくれているのか、元々特段コーヒーが好きという訳ではなかったのか。
付き合いが長くなっても、分からないままの事が意外と多い。
温かい湯気に包まれて、一層の安心感を覚えると同時に言い知れぬ虚しさが胸の奥に去来する。
今回はどうにか休暇を合わせる事が出来た。とはいえ、セフィロスはやはりソルジャー1stの中でもトップの位に立つ神羅の誇る英雄。白銀のソルジャー。
彼には、早くも次のミッションが決まっている。一緒に居られるのは僅かに一日。明日の朝がタイムリミットだ。
今はこうして一緒の時間を共用し、幸せを享受していても、明日の朝には失われる。
そう思うと、ジェネシスは想い人と一緒に過ごしているにも係わらず、一抹の寂寥感を覚えずにはいられなかった。
ふとジェネシスが隣を見遣ると、セフィロスは自分で淹れた紅茶を飲みながら、神羅カンパニー発行の雑誌を読んでいた。それが、たまたまセフィロスの興味を引く内容だったのか、仕事の関係で仕方なく目を通しているのか。
それさえ分からなくて、ジェネシスはますます距離を感じた。
すぐ目の前に居るのに、すぐ触れられる場所に居るのに、こんなに近いのに果てしなく遠く感じる。
距離を感じた分、縮めたくなる。
もっと、近くに居たい。
もっと、セフィロスを感じたい。
もっと……触れ合いたい。
殆ど無意識に、ジェネシスはセフィロスの身体に己の身を寄せていた。正確には、彼の背中を流れ落ちる細やかな白銀の糸束に、顔をうずめるようにして寄り掛かっていた。
衣服と髪越しに僅かに伝わってくる体温に、ジェネシスは感じ入るかのように瞼を伏せる。二人分の体温が合わさったが故だろうか。背中に触れ合う面は、更に熱を持ち上昇する。ジェネシスもセフィロスの体温を感じているが、セフィロスもまた背中にジェネシスの体温を感じている事だろう。
ジェネシスは甘えるように、尚も体重を掛けてセフィロスに寄り掛かる。
明日の朝まで、というタイムリミットがいつもよりジェネシスの素直さを引き出しているようだ。
べったりと自分の背中に張り付くジェネシスに、さすがにセフィロスも彼が珍しく甘えモードになっている事を見抜いた。
滅多に見られないジェネシスの姿。想い人の素顔。
愛おしい人が自分への想いを露出させている。その姿を、その表情を、しかとこの目で見たいと思うのは、好奇心などといった陳腐で安易な感情ではない。
それもまたセフィロスの隠された一面。人間セフィロスの切なる願い。素直な感情の発露だ。
ほんの刹那で良いから、いまジェネシスがどんな顔で自分の背中に縋り付いているのか、見てみたい。
セフィロスは慎重に自分の身体をずらして、背後に居るジェネシスの表情を僅かにでも窺おうと身を捩った。
すると、背中にしどけなく寄り掛かり寛いでいた筈の赤い柔らかな髪が、途端にふわりと逃げる。
反射的にセフィロスは僅かに眉をひそめた。
「何故、逃げる?」
「あんたこそ、何をする気だ!?」
「お前の顔が見たい。それだけだ──
「だったら、あとで幾らでも見せてやる。今は── 駄目だ」
拒否の意を示すジェネシスを、無視するかのようにセフィロスは更に己の身を捩った。
「やめろと言って……!」
最早、声音に嫌悪すら滲ませるジェネシスの言葉を制するようにセフィロスは言葉を被せてくる。
「今の── お前の顔が見たいんだ」
セフィロスの背中に身を寄せて、明らかに甘えている、今のジェネシスの顔が──
「嫌だ! あんたに見られたくないから、こうしてるのに……」
自分の顔を覗き込もうとするセフィロスの背中を精一杯押しやって防御の体勢に入りながらも、決してその背中からは離れようとしない。必死にしがみついてくる。そんなジェネシスが可愛くて可笑しくて愛おしくて。
「ククッ」
思わずセフィロスは俯き、苦笑を洩らす。
さぞかし照れて頬を微かに朱に染めているだろうジェネシスの表情を、是非とも見てやりたい。
無理矢理にでも振り向いて、引き倒し顎を捉えてこちらに向かせてやれば、それは易いだろう。
恐らく羞恥と屈辱が混じった目線をくれるであろう事は、想像に難くない。だが。
見たいのは、飽くまで先程までのジェネシスの表情かお
背中に伝わるジェネシスの重みが僅かに震える。新たに警戒が加味された表情では無く。
安心しきってセフィロスの背に全体重を預けていた時のジェネシスの表情が見たい。
以前のセフィロスであれば、細かい機微など気にせずに、強引にジェネシスの顔を見てやった事だろう。だが今は、無理矢理暴くだけでは得られぬものもあると解っている。
セフィロスは捩った身を戻して元の体勢に直した。
すると、一旦、背中に掛かる体重が消え、それから再び重みが加わる。
それは、易くは得難い心地の好い重み。心地の好い温もり。
セフィロスは先刻眺めていた雑誌をもう一度手に取ると、まるで何事も無かったかのように膝の上に広げた。

end
2010/11/14