死の選択を──
「ジェネシス── 君には、ウータイに遠征に行ってもらう」
ラザードは、キーボードを叩きディスプレイに様々な情報を表示させながら、淡々と続ける。
「この戦争を終わらせる── と言うのは、建前で君にはウータイで失踪してもらう」
ソルジャー統括であるラザードの指令室で行われる密談。ジェネシスは、先日ようやく医務室から解放されたばかりで、行き成りの命令であった。
「勿論、この事は一切他言無用だ。例え、君の親しい友人── アンジールやセフィロスであっても……な」
「誰にも、何も言わずに失踪しろ、と……?」
「劣化を── 止めたいんだろう?」
横に居たホランダーが、偉そうに口を挟む。
── 劣化。
それは、緩やかな死。
約束された不幸。
今、この瞬間も、朽ちつつあるこの身体。
劣化を止める方法が見付からなければ、俺は死ぬ。
ラザードは、ホランダーは、劣化を止める為に俺に全てを棄てる事を要求した。
神羅を、親友達を……。
英雄になる夢も、
ソルジャーとしての誇りも、
友情も、恋情も。
全てを、捨て去る事を── 。
それは、生きていると言えるのだろうか?
── 精神的な死。
肉体的な死── 。
どちらも、全てを奪われる。
何もかも失って、それでも生を足掻く俺は、傲慢か? 滑稽か?
死の選択を──
トレーニングルームでジェネシスが負傷して暫くの間、セフィロスはジェネシスに面会する事すら許可されなかった。
── 君ではダメなんだ
セフィロスの心に小さな棘の様に刺さる言葉。まるで、ジェネシスにとって自分では役に立たないとでも言われたようで、言い知れぬ不快感を感じた。
ようやく許された面会。医務室のベッドの上に少し身を起こして横たわるジェネシスは、酷く弱々しい。
「顔色が悪いな。まだ、あまり良くないのか?」
「いや、傷はもう大分いいんだが……」
ジェネシスの生気を奪っているのは外的な要因ではなく、ホランダーから聞かされた自分の出生の秘密と劣化という事実。勿論、セフィロスには教えられる筈もなく、言葉を濁す。
お互いソルジャー・クラス1stとして忙しい身。長い期間会えない事などザラにあった。それでも、こんなに近くに居るのに傍に居てやれない、何もしてやれない。その事が、苦しかった。
沈んだ顔のセフィロスを見て、ジェネシスは自嘲気味に笑みを見せてやる。
「俺の怪我は、自業自得、だ。お前は、気にするな」
「怪我を気にしてるんじゃない」
冷たい、とも思える言葉を吐きながらセフィロスは軽くベッドの端に身を乗り上げ、ジェネシスの頬にそっと手を添え顔を覗き込む。
「お前を気にしてるんだ……」
じっくりと目を見据えて、低い声で尚も囁く。
「お前が……好きだ」
瞠目して身を固くするジェネシスに有無を言わさず口付けると、ジェネシスの腕が拒否を示す様にセフィロスの身体を押しやった。
セフィロスの告白に心臓は早鐘の様に脈打つ。でも、今の自分には応えられない。この出来損ないの異形の身体では、劣化に蝕まれ朽ちていくだけのこの身体では── 。嬉しくて、苦しくて。
「── 迷惑……だ」
絞り出す様に心にも無い言葉を吐く。
医務室に重い空気が満ちる。
セフィロスは、すっくと立ち上がると、邪魔をした、と素っ気なく言って医務室を出て行った。
◇◆◇
ジェネシスが医務室を出られる程に回復すると、直ぐにウータイへの遠征の話が持ち上がった。
刻一刻と進みゆく劣化。
事は、急を要しているのだ。
全てを棄てる決意をして、それでも未だ棄て切れぬ想いがあった。
セフィロスとは、あれから口も利いていない。
彼を想うだけで、頬に伝う雫。
例え許されなくても、互いに傷付け合うだけだとしても、一度だけ── ただ一度だけでいい。
自分の想いを残したい。
自分の想いを委ねたい。
自分の想いを託したい。
最後にただ、一度だけ── 。
◇◆◇
ウータイへの出発は、早くも明日に迫っていた。
酷く静かな夜だった。
どんな残酷さも呑み込んで、包み隠してくれるような……── 。
ジェネシスは、セフィロスの居室を訪れ、聞こえない程に小さなノックをしてドアの横に寄り掛った。
開かないと思っていた。
開く訳がないと。
ひとつ溜め息を吐いて、立ち去ろうと身を起こし掛けたところでドアが開いた。
セフィロスの姿を認めると、胸が一杯になって言葉もなく縋りつく。
暖かい体温。穏やかな心音。
劣化していく自分の身体は、体温さえも失われているかのように冷たい。熱いモノが頬を伝って、まだ自分の裡にも暖かいモノが流れているのだと、確認する。
「ジェネシス── ?」
当然の疑問符。
俯いてセフィロスに見えないようにそっと目元を拭うと、確かめるようにセフィロスの頬に手を触れて見つめる。
── 死ぬのは怖い。
でも、何よりも怖いのは何も遺せずに逝く事。
少し踵を上げて、ぎこちなく口付けるとそのままセフィロスの肩口に顔を埋める。
「── 迷惑、なんじゃなかったのか?」
「ああ、迷惑……だ」
言いながら、両手はゆっくりとセフィロスの背中へと廻される。
「だが、お前が望むなら、全部くれてやる。俺の身体も心も気持ちも、全部── 」
ジェネシスは吐き棄てると、面を上げ挑むように見つめる。
「俺が欲しいか?」
「ああ」
「じゃあ、奪え」
奪ってみせろ、と更に挑発すると、身体ごと捉えられ強引に口付けられた。
無理矢理舌を捩じ込み乱暴に口内を荒らすと、ジェネシスの身体を引き摺ってベッドの上に放り投げる。
「手加減はしないぞ」
ジェネシスは、ベッドの上で身を起こすと髪を掻き上げ、口角を上げた。
「望むところだ」
セフィロスは、上着を脱ぎ捨てベッドの上に乗り上げると、乱暴にジェネシスの着衣を乱す。
「待っ── 」
慌てて制止の動作を示すジェネシスをセフィロスは揶揄した。
「怖じ気付いたか?」
「違う! 灯りを、消してくれ……」
ジェネシスは、後退ると乱れた衣服の襟元を押さえながら訴えた。
「── 傷痕を……見られたくない」
ジェネシスの言葉にセフィロスは素直に照明を落としてやった。
月明かりだけが二人の身体を蒼く昏く浮かび上がらせる。
初めての行為に梃子摺りながらも、どうにかジェネシスはセフィロスを受け入れた。
「……くっ……」
苦痛に顔を歪め、時折両の目から涙を零す様を見て、セフィロスは優しく髪を梳いてやる。
「ツライか?」
「っ……平気……だ」
言いながらも、片腕で顔を隠すように覆い、更に涙を零す。
「止める── か?」
「……手加減、しないんじゃなかったのか?」
目に涙を浮かべたまま、くすりと笑ってみせる。
「そうだったな……」
セフィロスも僅かに笑むと、ジェネシスの膝裏に手を掛け更に深く身体を穿つ。
身体を繋げる、という、ただそれだけの行為が、ジェネシスの空虚な心を満たし涙を溢れさせた。
全ての苦痛も快感も受け入れよう── 。
代わりに、俺の心は全て此処に置いていくから── 。
月明かりの代わりに朝日が部屋を照らす頃。
ジェネシスは、既にベッドに居なかった。辺りを見回してみたが、部屋の中にも居なかった。
ベッドの上には、黒い羽根がひとつ残されているだけ── 。
セフィロスは、神羅ビルのエントランスでアンジールを見付けて、慌てて声を掛ける。
「その……ジェネシスを、見なかったか?」
「ジェネシスなら、今日からウータイに遠征に行ってるぞ」
「ウータイ── !?」
そんな事、一言も……。口の中で呟いて、セフィロスは茫然とした。
ジェネシスが他のソルジャーを連れて失踪した── との報が入ったのは、更に数日後の事だった。
end
2008/3/13