生の選択を──

── 知らなかった。
教えられていなかった、と言った方が正しいか。

異形の身は、自分だけなのだと思っていた。
アンジールも同じだとは知らなかった。
あの神羅ビルで働く沢山の人々の中で、あのミッドガルに住まう沢山の人々の中で、
自分だけが異端な存在なのだという絶望故に、全てを棄て去る決意をしたというのに。
幼馴染みのアンジールも同じく造られた存在なのだと、失踪した後に教えられてついホランダーに斬り掛った。他にもまだ隠している事があるようだったが、追及するのも面倒臭くなってレイピアを鞘に収めた。

バノーラに在る工場で、月の光を浴びながらぼんやりと空を眺める。背中には、黒い片翼。

英雄になるんだと息巻いて、挙句怪我を負って、その日のうちに自分は異形の造られた産物なのだと聞かされた。あまりの滑稽さに眩暈さえ覚えて、嘆息する。

── 身体が痛い。

心は、痛くない。
もう全て棄ててしまったから、あの日全部置いてきてしまったから、心は痛くない。
軋むように身体が痛い。
あの日、あの晩、翼が生えてきてからずっと痛い。
あの日、あの晩、セフィロスに深く穿たれてからずっと痛い。
何かが生えてきているのは解っていた。怖くて背中を確認してみる事すら出来なかったが、何かが背中の裡で蠢き突き破らんとしている事は解っていた。
あの晩、セフィロスに身体を見られたくなかったのは、傷痕を見られたくなかったのもあったが、何より背中を見られたくなかった。

月明かりの中、ぎこちない手付きで黒い携帯端末を操る。
失踪した日から、幼馴染みからの着信やメールが大量に入っている。が、セフィロスからのものは一件も無かった。
流石に嫌われただろうか。
嫌われていると良い。

セフィロスには、完全無欠な英雄でいて欲しかった。

俺なんかを好きになるな──

その時、ジェネシスは未だプロジェクト・Sの存在を知らずにいた。

その時、ジェネシスは現実がどれ程残酷であるかを、知らずにいた──


生の選択を──


完璧な英雄でいて欲しかった彼の人は、完璧なモンスターだった。

劣化を止めるには、セフィロスの細胞が必要だと、セフィロスがジェノバ・プロジェクト・Sによって産み出された完璧なるモンスターなのだと聞かされて、到頭ホランダーを殺し掛けた。
自らにG細胞を使って死を免れたようだったが、そんな事はどうだっていい。

自分とは真逆の場所に立っていると思っていた貴い人が、自分と同じ側に立っていたなんて。

── なんという絶望。
── なんという……。

最早ホランダーは当てに成らず、自力でジェノバ・プロジェクトの事、セフィロスの事を調べ上げた。
セフィロスは、ジェノバというのは母の名だと聞かされて、信じていたらしい。可哀想に。会った事もない癖に──
セフィロスの事を調べれば調べる程、知れば知る程、愛おしさが増す。
もう、この身は星に捧げてもいい。
逢いたい──
深く、そう想う。

ニブルの山の頂上に翼をはためかせて降り立つ。鼓動が逸る。劣化が進み、とても生きているとは言い難いこの身体をセフィロスの前に晒すのは躊躇われたが、逢いたい気持ちの方がまさった。多分、俺の死は近い。最期に一目でも良いから。

── お前の細胞をわけてくれ。

差し出した手をあっさり振り払われ、呪咀の言葉を吐かれる。
予想外の反応が、俺はこんなにも嬉しい。
そうだ。それで良い。俺になんか目もくれるな。さすがは完璧なるモンスター。同じモンスターでも、俺とは違う。
それでこそ、俺の── 俺の全て。俺の永遠の人。


まさか、俺より先に逝ってしまうなんて── 。俺は、お前の最期に逢いに行ったんじゃない。


星を巡り渡る遥かなる水面── ライフストリーム。

お前もアンジールも其処にいるのか?


相も変わらず死を見詰めながら、生を足掻く。

俺は、この星が愛おしい。
俺を、セフィロスを産み出し育て、引き逢わせてくれた、この星が愛おしい。

異形のこの身を呪った事もあったが、セフィロスも同じく造られた産物なのだと知って、心が震えた。歓喜した。
セフィロスは成功作で俺は失敗作だったが、そんな事は既に瑣末だ。ただ、セフィロスと自分が近しい存在で或る事が嬉しかった。同じ細胞から造られた産物で或る事が──

アンジールも死にセフィロスも逝ってしまった今、俺が生きてこの星を護らなければ── と、思う。

ライフストリームに己の身も委ねんと錯誤し、模索し、試行し、しているうちに、ライフストリームには受け入れられなかったが、いつの間にか俺の劣化は止まっていた。
三人の中で、一番死に近かった筈の俺が皮肉にもただひとり生き永らえて。

セフィロス──

お前の意志がライフストリームと共にこの星を巡っているのならば、俺はこの星を護るが為に生きよう。
この身を星に捧げよう──

お前と俺を産み出し育て、引き逢わせてくれたこの星を、感謝の念を持って護り続けよう。

だから、今は眠らせてくれ。揺れる水面の中で。

ただ、ひたすらに……──

ただ、密やかに……──


ただ……──

end
2008/3/16