新月 (1)
そこに確かにあるのに、見えないモノ
── 新月── 想い人── 自分自身──
人の気持ちは、新月の様に見えなくて、時折ひどく不安になる……
◇◆◇
最初は酔った勢いとか、そんな感じだった。だから、俺はそれっきり、一回限りの関係だと割り切っていた。── だが、セフィロスには違ったらしい。以来、たまにではあるがセフィロスの方から俺を求めてくるようになった。
セフィロスは、かつては憧れの人で、今は親友でライバルだ。俺は、ソルジャーになる前も、なった後も、ひたすらセフィロスを目標に追い求めてきた。
だから、逆にセフィロスの方から求められる、というのも正直嬉しかった。断る理由もなかったし、求められた時はそれに応じた。
ただ、お互い『好き』だとか、それに類する言葉を遣り取りする訳ではなく、飽くまで身体の関係もある友人── といった関係だった。少なくとも、俺はそう認識していた。
◇◆◇
いつものように、2ndや3rdがいない頃を見計らってソルジャーフロアにあるトレーニングルームに忍び込み、1st三人で遊びに興じた後。誰もいない廊下をエレベーターホールへと向かう途中の出来事だった。
「ジェネシス、ちょっといいか?」
セフィロスに不意に呼び止められて振り返る。
もう一人の親友で幼馴染みは『先に行ってるぞ』と、目で合図して行ってしまった。
「どうした?」
ジェネシスの問いに返ってきたのは、言葉ではなく口付けだった。
「!? ── お前、こんな所で……!」
「俺達の他には誰もいない。問題ないだろう?」
「── っ! だからって……」
無意識に振り返り廊下の先に顔を向けたジェネシスの視界の端に、一瞬幼馴染みの姿が写った。
(── アンジール!)
多分、恐らくではあるが、先程の行為はアンジールに見られた。
(不味い……)
絶対に誤解された。見られた事自体、気が付かなかった振りをする事も出来るが、幼馴染み相手に変に気を遣うのも、遣われるのも真っ平だった。
宿舎に戻り、ジェネシスは俊巡する。
アンジールの部屋はジェネシスの部屋の隣にあった。変に避けたりした方が不自然だ。
(いっそ、こちらから出向くか── )
ジェネシスは仕方なさそうに幼馴染みの部屋のドアをノックする。と、返事も待たずに中に入って行った。
「相変わらず、鬱陶しい部屋だな。ジャングルでも作る気か?」
突然入って来て観葉植物だらけの部屋に悪態を吐く親友の態度に気を悪くする事もなく、アンジールはジェネシスを招き入れた。
「どうした? 俺の顔に何か付いてるか?」
ジェネシスの睨むような視線にアンジールは思わず聞いた。ジェネシスは、ムッとしたまま無言でソファに身を沈める。アンジールは、幼馴染みが気に入りそうな林檎のフレーバーの紅茶を煎れ、ソファの前のテーブルに二人分のカップを置くと、ジェネシスの隣に自分も腰を降ろした。
「── 見た……だろう?」
「何を、だ?」
いきなりの不躾な質問にアンジールは苦笑いで返す。
「はぐらかすな! セフィロスと俺が……っ」
「……見られるようなトコでやってる方が悪い」
ぼそりと呟くアンジールにジェネシスは唇を噛んだ。
「あれは……ただの悪ふざけ、だ。セフィロスが俺をからかっただけで……」
「アレが悪ふざけだったんなら、お前はよくキレなかったな」
「……親友なら、アレくらいの事は許すさ。別に、キスくらい……」
言い訳を続けるジェネシスをアンジールは黙って聞いていた。が、不意に口を挟んだ。
「ただの悪ふざけだったんなら、何故わざわざ俺の部屋にまで来て言い訳する?」
当然の疑問をぶつけられてジェネシスは言葉に詰まった。
しかし、ジェネシスには、飽くまでもセフィロスと付き合っているという認識はない。だから、キスひとつで幼馴染みに変な誤解を与えるのが嫌だったのだ。
「そんなに必死に言い訳されると、いいように解釈したくなる……」
アンジールは、突然ジェネシスの顎を上向かせると口付けを施した。
「── ! アンジ……」
「親友ならキスしてもいいんだろう?」
驚いて離れようとするジェネシスをガッチリと抑え、再び唇を重ねてくる。
「ん……ふ……ぅ」
静かな空間にジェネシスの吐息が洩れる。それは、友達のキスと言うにはあまりに濃厚なものだった。
ようやく唇が解放されたと思ったら力強く抱き竦められ耳元で囁かれる。
「好きだ……ジェネシス」
その言葉にジェネシスの胸はずきりと震えた。脳裏に浮かぶ流れる様な銀の髪。こんな時に限って銀髪の英雄の姿が心をよぎる。あいつは絶対にこんな事言わないだろうな、と胸中で独りごちてふっと瞼を伏せた。このままアンジールの気持ちに応じてしまうのも良いかも知れない。セフィロスとアンジール、どちらも親友として等しく接してきたつもりだ。セフィロスとは肉体関係があってアンジールとは無理だと言うのなら、それなりの理由が必要であろう。そして、ジェネシスにとってそれなりの理由と言えるものは無かった。無い筈だった。
アンジールの大きな手は、肩や背中を優しく愛撫するようにジェネシスの身体を弄っている。それに対してジェネシスが抵抗を見せない為か、次第にアンジールの手の動きは大胆になり服の裾から手を忍ばせてきた。瞬間ジェネシスの身体が強ばる。
セフィロスとの時は何ともなかったのに、どうして……と、戸惑いながら思わずアンジールのそれ以上の侵蝕を拒むように、身を離す。
「すまない……俺は……」
紡ぐ言葉にも困惑の色が感じられる。どうしてアンジールを受け入れられないのか、ジェネシス自身にも分からなかった。
一方、アンジールからは、思いの外あっさりした返事が返ってきた。
「分かってる……。今のはただの『悪ふざけ』だ」
言ってアンジールは、くっと喉を鳴らし、口角を上げる。
ジェネシス自身にも分からないというのに、この幼馴染みの男には分かるというのか? 意味深な言葉を受けて、ジェネシスは訝しそうにアンジールを見やると、親友はとんでもない言葉を発した。
「── セフィロスが、好きなんだろう?」
「お、俺が── !? 冗談……っ」
ガタリと音を起てるほどに勢いよくジェネシスは立ち上がった。
「見てれば、分かる。……嫌でも、な」
一方、アンジールは落ち着いた様子で淡々と続ける。
「ふざけるな! 確かにセフィロスは親友だ。だが、同時にライバルでもある! 好きになんかなる訳ないだろう!?」
ジェネシスは、吐き棄てるように告げるとアンジールの部屋を出て行こうとする。その腕を、直前で掴んで引き止めた。
「お前、本気で自分の気持ちに気付いてないのか?」
幼馴染みの問掛けに戸惑いの表情を僅かに見せはしたが、結局ジェネシスはその質問には答えず腕を振り解いて出て行った。
◇◆◇
── セフィロスが、好き……
そんな事思ってもみなかった。が、アンジールに告白された時、確かにセフィロスの事を考えた。
もし、これが長年一緒に過ごしてきた幼馴染みの発言でなかったら、再考するまでもない事だった── が、ジェネシスはアンジールの言葉には全幅の信頼を置いている。場合によっては、アンジールの方がジェネシスに関して詳しい事もある。
(まさか、本当に俺は……)
── 好き、なのか? セフィロスが……。
ジェネシスの脳裏に嫌がおうもなく駆け巡って行き、再び刻まれる銀の影。
かの英雄の長く美しい銀髪、魔晄を帯びた独特の翡翠の瞳、自分を抱いた時にごく稀にふっと見せる笑顔……── 。
ジェネシスは、自分で自分の胸を掻き絞め、息を呑んだ。
その時、ジェネシスの部屋にノックが響き渡る。このノックの音はセフィロスのもの。いつの間にか、そんな事まで分かるようになっていた自分に苦笑しながら、中に招き入れる。震える身体に気が付かれないように慎重に……。
セフィロスは、部屋の中に入るとそっとジェネシスを抱き寄せた。言われなくても自分を抱きにきたのだと、分かる。
自分はセフィロスが好き── だ。そう自覚してしまった。ジェネシスは、自分の顔をセフィロスの肩口に埋ずめて静かに告げた。
「もう、終わりにしよう……」
好きだと自覚して、尚この関係を続ける気にはなれなかった。
終わりを告げた瞬間、セフィロスの身体が動揺で揺らいだ様な気がするが、気の所為だろう。彼が自分の事なんかで動揺する訳がない。
「── アンジールの所為か?」
英雄は、静かに口を開いた。
アンジールの所為……と言われれば、そうなのかも知れない。アンジールに指摘されなければジェネシスは自分の気持ちに気付かなかった。ジェネシスが黙っていると英雄は更に言葉を継いだ。
「アンジールの事が好きなんだろう?」
思わぬ言葉にジェネシスは息を呑んでセフィロスの顔を見つめた。
「何を……言っている?」
美しい眉根を寄せ、睨み付ける。
「俺が好きなのは── !」
言い掛けて、ハッとする。ここでセフィロスの名を出してしまうのは、何か違う気がしたからだ。ジェネシスが、俯いて目を逸らすと、セフィロスが追い打ちを掛ける。
「言い掛けて、やめるのか?」
「っ! ── とにかく、アンジールは幼馴染みだ、関係ない!」
セフィロスから身を離そうとするジェネシスを、英雄は強引に抑え顎を捉えて上向かせると、無理矢理に口付けた。
「── ん! ……やめ……セフィ、ロス」
制止の言葉を無視して、セフィロスはジェネシスをベッドに押し倒す。
「嫌だ、やめろ……!」
「だったら、もっと真面目に抵抗してみろ」
セフィロスの舌はジェネシスの首筋を這い、セフィロスの手はジェネシスの腹部を弄り、セフィロスの足はジェネシスの股間を割ってくる。セフィロスの愛撫に慣らされた身体は、素直に快感を享受してしまい抵抗もままならない。ジェネシスの目元には抑えきれなかった官能が溢れ出すかのように涙が浮かぶ。
すると唐突に、上から低い声が降ってきた。
「アンジールの匂いがする」
英雄は、嗅覚も常人とは違うらしい。怒っているのか、苦しい程に首筋を絞め上げられる。
「くっ── 。はっ、さっきまで……隣にいた、んだ。や……妬いて……る、のか?」
どうにか絞り出した言葉に英雄は暫し固まった。
「妬いてる? ……そうだな。俺は、妬いてるのかもしれない。お前がアンジールといると、疎外感を感じてイライラする……」
セフィロスは、組み敷いたままのジェネシスの顔を上からまじまじと見つめると、何か結論に達したらしく、再び口を開いた。
「好きだ、ジェネシス」
つい先程幼馴染みに言われたのと、全く同じ言葉。だが、今度は胸は痛くならない。暖かくて、満ち足りたものが込み上げてくる。この言葉を自分はずっと待っていたのだ。
「── 馬鹿。そういう事は、もっと早く言え!」
穏やかな笑みで悪態を吐くジェネシスにセフィロスは柔らかく口付けた。
「そう言うお前は、言ってくれないのか?」
「理性が飛んだら言うかもな。ふっ、言わせてみるか?」
挑戦的な口調で、ジェネシスはゆっくりセフィロスの後頭部に手を掛け、再度の口付けを誘った。
end
or
to be continued?
2008/2/16