Shining Star
神羅ビルのソルジャーフロアで帰還直後の英雄とたまたま出くわしたので、そのまま一緒に食事でも行こうという事になって、珍しく二人で出掛けた。その道すがら。
どちらからという訳でもなく、会社近くの白い大きなツリーの前で足を止めた。いつも、このツリーを見てようやっとクリスマスが間近である事に気が付く。
「そうか。もう、そんな時期……か」
見上げながら何気なく呟くジェネシスの吐く息は白く口許付近にわだかまり、視覚で確認出来る。
「何が、欲しい?」
ツリーを見詰めるジェネシスの端正な横顔に向かって、セフィロスが唐突に問うた。
「── どうしたんだ、突然?」
驚いたような困惑混じりの顔をセフィロスに向けながら、質問に質問で返す。
「いや、いつも……貰ってばかりだと、思って── 」
語尾が、自信なさ気に白い息と共に空中に消滅する。いつものセフィロスからは、到底考えられない。どこか弱々しい声音。
「何を── だ?」
飽くまでジェネシスは、普段通りに対応する。
「クリスマスプレゼント……」
申し訳なさそうに答えるセフィロスの声は、再度語尾に連れて消え入りそうに小さくなってゆく。
確かに、プレゼントをあげるのはここ何年かジェネシスの側からばかりになっていた。セフィロスは英雄なのだから常に忙しく、クリスマスプレゼントを吟味する余裕など無い。故に、ジェネシスもその事自体全く気にしていなかったのだが。しかし、意外にも英雄の方が気にしていたらしい。
ジェネシス自身が気にも留めていなかった事をセフィロスが気に掛けてくれていた。そんな些細な事実が嬉しい。
人目のある所で直接触れるのは、避けたかったのだろう。ジェネシスは、そっと隠すようにセフィロスのコートの一部を摘んだ。
心持ちセフィロスを支えるように、心持ちセフィロスに甘えるように。
「そうだな。じゃあ、あれが……欲しい」
一度、目を伏せ俯いてから再びツリーを見上げると、片腕を上げ朗々とした声で宣した。
残った方の腕で、指差して示したのはクリスマスツリー。その頂点部分。
「あの空のてっぺんで、煌々と輝く銀の星が欲しい。あそこでいっとう輝いている星を── 」
そう云ってセフィロスの方を向きながら見上げてくる。強請るようにセフィロスの顔を見詰めるジェネシスの笑顔は子供のように無邪気でいたずらっぽく、それでいて謎掛けのような深淵を漂わす。
いつもの不敵な笑みとは違い、純粋さを滲ませたその笑顔が可愛らしくて、胸に痛いほど切なく、セフィロスの心の奥深くにしかと刻み込まれた。
常日頃から我侭ばかり云っているような印象のあるジェネシスであるが、その実、具体的に欲しい物を示し要求する── という行為は非常に珍しい。否、アンジールに対しては、その手の我侭も発揮しているであろう。だが、セフィロス自身に対しては今回が初めてだった。
しかも、決して高価な品物でも大仰な代物でもなく、自社ビルで設置しているクリスマスツリーのオーナメント。
未だセフィロスのコートの端を摘んだままのジェネシスの手を、周囲から見えないよう軽く握り返しながら、セフィロスは彼の願いを何としても叶えてやりたい── と思った。
これといった根拠は無いが、彼がこのような我侭を自分に対して発するのは、これが最初で最後になるような気がしたのだ。英雄ならではの直感か、或いは恋人として感じた違和感か。
◇◆◇
たかがクリスマスツリーのオーナメントひとつ、しかも神羅カンパニー所有のツリーだ。
無論、セフィロスは容易く手に入るもの、と思っていた。
クリスマスツリーを管理しているのは総務部だと聞き、直接担当者の下まで出向くとストレートに掛け合った。英雄の流儀であれば、いつもこれで通る。
しかし、今回ばかりはその流儀が通用しなかった。あっさり、セフィロスの申し出は却下されてしまったのだ。
「あのクリスマスツリーのオーナメントは、全て特注品で特に頂上に飾り付けてある星はひとつしか無いのです。クリスマスが終わった後でしたら、お渡し出来ると思いますが…」
担当者は丁重に、且つきっぱりと断った。クリスマスの後ではクリスマス当日には当然間に合わないし、それでは遅すぎて意味が無い。
「全く同じ物は難しいでしょうが、似たような物ならオーナメントを卸している業者から直接入手出来ると思いますよ」
親切心からだろう。担当者は更にそう付け加えてくれたが、ジェネシスに紛い物をプレゼントするというのは例えジェネシス本人が気付かなかったとしても、セフィロス自身が納得いかなかった。
もし、代替物をプレゼントするならば、もっとジェネシスもセフィロスも両者が納得出来るような、それなりにきちんとした物でなくてはならないだろう。その代替物が、ただのツリーのオーナメントというのだけは絶対に有り得ない。
セフィロスは一人、クリスマスツリーが飾られた八番街の広場に立つ。
英雄らしくもなく、溜め息を吐きながらツリーを見上げる。目を眇め眩しいものでも見詰めるように暫し佇んだのち、不意に目を逸らす。
実際、手に入らないものなど無いと思っていたセフィロスにとって、あの天上に輝くたかが作り物の銀星がまともに直視出来ない程に眩しく遠い存在だった。
珍しく自分に対して向けられた恋人の我侭ひとつ叶えてやれないとは── 。いっそ、このツリーを愛刀・正宗で叩き切り、銀の星を手に入れてしまえば……等という不穏当な考えさえ脳裏を掠める。
顔を上げ、もう一度ツリーの方に目を向けると、淡い溜め息を洩らす。セフィロスは長い時間一頻りツリーを眺めると、踵を返し再び神羅ビルへと戻って行った。
クリスマス当日。
幸いにして、今年はお互いミッションの予定も入らず、二人は逢う約束を取り付けていた。
待ち合わせ場所は、セフィロスの方からクリスマスツリーの前で── と指定してきた。明らかに目立つ場所での逢い引きの指定にジェネシスは難色を示したが、異議を申し立てたところで聞き入れてくれるような英雄ではない。クリスマスぐらいはセフィロスの希望に合わせてやってもいいだろう、という諦念でもってジェネシスは己れを納得させる。
八番街のメインストリートから少し外れた、クリスマスツリーが飾られた広場にジェネシスが足を踏み入れた時。其所には既に英雄が居た。流石、長身に長い銀の髪、黒革のコートという出で立ちだけあって遠くからでも直ぐに分かる。
どんなに遠くからでも、たちまちセフィロスの姿を発見してしまうのは彼が目立つ風貌をしているからであって、決して自分がセフィロスを発見する能力に長けている訳ではない。ただ、彼が目立ちすぎるのだ。と、ジェネシスは胸中で言い訳しながらセフィロスに近付く。
クリスマス当日の夜だから、ツリーの周りももっと賑わっているのかと思いきや、意外に人は少ない。今宵は特に冷えるようだ。恐らく、多くの恋人達はもっと暖かい場所で、ゆったりとしたひと時を過ごしているのだろう。
静かに、セフィロスの表情が判る程に傍に近付いて、声を掛けるタイミングを見計らう。だが、その表情を見た途端ジェネシスは声を発する事さえ躊躇ってしまった。と、同時に英雄に浮かない顔をさせてしまっているのは、明らかに自分の所為なのだという直感が脳幹を電撃のように走る。
気が付くと、ジェネシスは無言でセフィロスの肩に手を添えていた。掛ける言葉も無く、見て見ぬ振りも出来ず。
肩に手を置かれたセフィロスは、流石にジェネシスの存在に気が付く。そして、静かに呟いた。
「すまない」── と。
僅かにセフィロスの身体が揺れる。それに釣られて銀の髪がさらさらと流れて、ちらつく雪を受け止めた。銀の髪に銀の雪が融ける。
ジェネシスは、何が── ?と、問う事も出来ず、固唾を飲んだ。
同じクラス・1stとなり親しくなってみると意外にセフィロスはイイ奴で、アンジールの説教の成果もあったのだろうが自分に非があると認めれば素直に謝りもする。が、しかし、ジェネシスの方が未だに英雄であるセフィロスから謝られる事に慣れていないのだ。
戸惑うジェネシスを尻目にセフィロスはバツが悪そうに続ける。そこは英雄らしいマイペースさを維持していた。
「クリスマスプレゼント、なんだが── 今日には間に合わせられなかった」
「そう……か」
呆けたように力無く呟いた後、ジェネシスはククと笑った。
きっと、がっかりさせてしまう、と。沈んだ表情をジェネシスが顕すのを想像していたセフィロスは、驚いてジェネシスの顔を見返した。
それにジェネシスも気が付いたのだろう。応えるように言葉を続ける。
「いや、英雄のあんたでも手に入れられないものが有るんだな……と思ったら、つい……」
弁明しながら、ジェネシスは努めて表情から笑みを消す。
「手には入る。だが、今日中には間に合わないだけだ。明日── クリスマスが終わった後でなら」
ジェネシスの言が多少なりとも気に障ったのだろう。幾分向きになって応えるセフィロス。が、先程迄の浮かない表情は既に無い。
こうして何気ない会話を交わしているだけで、重く沈んでいた筈の気分が緩やかに上昇していく。まるで、魔法のようだ。
「それで── ? あんたが手に入れられなかったプレゼントっていうのは、いったい何なんだ?」
興味津々といった風に、大袈裟に身体を動かし碧い瞳を輝かせて訊いてくるジェネシスにセフィロスは唖然とする。
「何って……お前が、あの星が欲しいと言ったんじゃないか!?」
ツリーの先端を指差し慌てふためく様子のセフィロスに構わず、ジェネシスはツリーの先端よりもずっとその先。天空を指さした。
「俺は、天上で一番輝ける銀の星が欲しいと言ったんだ。つまり……」
腕を降ろし一瞬睫毛を伏せる。それから、ゆっくり面を上げると優雅に見得を切った。
「あんたを── 」
時間が止まったような錯覚。じっとセフィロスを見詰める粉雪に紛れそうなアイスブルーの双眸がいつの間にか近付いて、軽く唇と唇が触れる。
人前で親しい様を見せるのさえ嫌っている節のあるジェネシスの意外な行動に、流石の英雄も暫し固まった。戸惑いを乗せた声音が反射的に洩れる。
「こんな、所で── 」
「クク……周りをよく見ろ。冷え込む上に、この雪だ。皆ツリー見学などとっくに引き上げて、暖かい部屋の中でサンタの到来を待ち侘びているさ」
成る程。云われてみれば僅かに有ったツリー周辺の人影は既に無く、セフィロスとジェネシスの二人だけしか場には残っていなかった。ジェネシスは、普段は積極的に行動するタイプではないが、二人きりの時は驚くほど大胆な一面を見せる。
こちらから掴まえようとすると、するりと抜け出す癖に、油断すると獲物を狙う肉食獣のように柔軟に飛び掛かってくるのだ。そこが、セフィロスがジェネシスに惹かれ続ける理由の一端とも云えよう。
「では、俺達も暖かい宿舎へ引き上げるとするか?」
「ここで、まだお前とこうしているのも良い」
常識的なセフィロスの提案に簡単には乗らず、ジェネシスはセフィロスの左腕に自らの腕を絡めてきた。普段、決して二人きりにはなれない公共の場所で堂々と腕を組めるのが嬉しいのか、ジェネシスの口許は綻んでいる。
「クッ、いいのか?── 俺が欲しいんだろう?」
ぞっとするほど低い声で、わざとジェネシスの耳元近くで囁く。脊髄反射的にジェネシスの身体がびくんと震えた。先程の不意打ちのキスの仕返しだ。勿論、この程度で許してやる気は毛頭ない。
まだまだ、クリスマスの夜は始まったばかり。
ゆるりと長い時間を掛けて聖なる夜は更けゆく。しんしんと降り積もる白い雪のように静かに、そして深く、重く、秘やかに── 。
end
2010/12/27