Beyond my reach?

悠然と翻る赤い革コート、優雅に奏でられる靴音、緩やかに靡く柔らかそうな赤髪。
神羅ビル、49階、ソルジャーフロア。
建物の内装も、行き交う社員やソルジャー達も、その殆んどが地味で落ち着いた色合いで。だから、嫌でもその鮮やかな赤は目に飛込んできた。
自分達の居るロビーの横を過ぎ、ゆっくりとブリーフィングルームの方向へ向かって行くその姿を、見えなくなるまでただ茫然と見送っていると行き成り後頭部を叩かれた。躾のなってない子犬を叱るが如く。
「って〜なぁ、アンジール」
「人の話も聞かずにぼけっとしてるからだ」
「だってさ、今、すっごい、すっごい……」
── まさか、あれが好みなのか?」
「うん、そう、ソレ! すっごい好み!」
見えない尻尾を勢い良く振りながら、嬉しそうにはしゃぐ2ndを見て、彼の指導者でもある1stは痛そうに頭を手で抑えながら、深い深い溜め息を吐いた。
「アレは、高嶺の花だぞ……やめとけ」
えぇーと不満の声を上げる2ndに、更に追い討ちを掛ける。
── 付き合ってる奴もいるようだし、な」

Beyond my reach?

とにかく諦めろと、その後アンジールからは散々諭された。1st昇格の試験も近いのに、余計な事にうつつを抜かすな、とも。
── 付き合っている奴がいる
その情報は、一目惚れした自分の身には少し痛かった。確かにあんな美人、周りが放っておかないだろう。だが、美しすぎるが故にその恋人がどんな相手なのか逆に想像も付かなかった。
それがなんとなく気になって、ソルジャーフロアなんかで嫌でも目立つあの人を見掛ける度に、遠くから見ていた。

ソルジャー・クラス1st、ジェネシス。

名前は、聞かなくても一方的にカンセルに教えられた。長期遠征に行っている事が多い為、あまり神羅ビル内部では見掛けないのだという。
たまに見掛けるジェネシスを観察していると、彼に話し掛けているのはせいぜい同じ1stのセフィロスとアンジールくらいだった。
という事は、もしやジェネシスの相手というのは、あの二人のどちらか── なのか?
どちらもすごく親しげと言った風情では無い。が、強いて言うならば……アンジール。
もしかして、ジェネシスの恋人というのは、まさかアンジール── !? 今までの言動は自分の恋人に、ザックスを近付けまいと発したものなのか?
ソルジャーフロアのロビーにあるソファに座り込み俯いて、そんな事ばかりを悶々と考えていたら、ふと対面のソファに誰かが座っている事に気が付いた。
赤い革のコートが目の端に入り、びっくりして面を上げる。
ジェネシスが、居た。しかも、顎を片手で支えるように頬杖をついて、こちらを見ている。
「あ、あの……」
緊張で声が上擦る。
なんで、俺を見てるんだ?
「ああ……すまない。お前の百面相が面白くて、つい見てた──
無愛想な表情で言ってから、思い出したように追加した。
「自己紹介がまだだったな。俺は、ジェネシス──
そう言いながら立ち上がると、背中を向けて立ち去ろうとする。その背中に、慌てて声を掛ける。
「ジェ、ジェネシス! あの……俺は──
すると、ジェネシスは優雅に振り返り。
「知ってる。── 子犬のザックス」
柔らかな微笑を湛えてみせると、再び背中を向けて去って行った。
ザックスは、自分だけに向けられたその美しい笑みにすっかり釘付けになって、暫くその場から動けなかった。

◇◆◇

── ヤバイ! 俺……本格的に惚れちまった……かも……」
子犬は、縋るような目でアンジールを見上げる。
「何にだ── ?」
「いや、だから、例の……」
「まさか、まだアレを追っかけてたのか!? ── アレはやめとけと言っただろう」
「だって……」
ザックスは、上目遣いでアンジールを睨んで。
「やっぱり、アンジールがジェネシスの、こ……恋人なのか!?」
言い終わるかどうかというタイミングでアンジールの拳がザックスの頭に振り下ろされた。
「下らん事ばっかり考えてないで、集中しろ! ザックス」
照れている訳でもなく、真剣に怒っている様子のアンジールに、どうやら自分の憶測は違ったらしいと判断する。アンジールではない── としたら、セフィロスなのか?

訓練に身が入ってないと怒られて、自主訓練を更に言い渡されたザックスは、一人トレーニングルームで鍛練を続けていた。
そろそろ切り上げようとした時に、シュンッと空気音を立ててドアが開き、入ってきた者がいた。その人物は、ザックスの姿を認めると一瞬困惑したようだった。
── 使用中……だったか」
「ジェネ……シス?」
身を翻して立ち去ろうとするのを、慌てて引き止める。
「いや、待って! 俺、もうやめるところだったから……!」
「しかし……」
躊躇うジェネシスを後目にザックスはバタバタと後片付けを始める。
「お待たせ!」
人懐っこい笑顔で寄って来る彼を見て、成程、確かに子犬だ……と、幼馴染みの言葉を思い出してジェネシスの顔に無意識に笑みが零れる。その笑顔に、引き寄せられるようにフラフラとザックスはジェネシスに近付いて、間近で見つめる。
「あのさ、ジェネシスの付き合ってる人って、誰?」
突然の質問に、ジェネシスは面食らって。
「な……何で、そんな事をお前に教える必要がある!?」
「だって、知りたいからっ!」
「お前には……関係ないだろう?」
間髪入れずに食い付いてくるザックスに、ジェネシスはたじろいで思わず後退る。
「関係なくない。俺、あんたの事が好きだから!」
ジェネシスはあまりの展開に眩暈を覚え、頭を片手で抑え残りの手で壁を付き身体を支えた。確か、コイツとは二言、三言、言葉を交しただけではなかったか? それが何故こんな飛躍を遂げているのか、理解出来ない。

── 付き合いきれない……

そう判断したジェネシスは再び身を翻し、今度はザックスの制止の声にも耳を貸さずトレーニングルームを後にした。
出て行って、直ぐの廊下でセフィロスとかち合った。
「どうしたんだ、ジェネシス? トレーニングルームで待ってるんじゃなかったのか?」
「……いや、その……先客が、居た」
場所を変えよう、と言ってセフィロスを引っ張って行くジェネシスの頬は僅かに朱を帯びて。その様子を見てとって、セフィロスは逆にジェネシスを近くのブリーフィングルームに連れ込む。
「何があった?」
無理矢理、壁に押し付けて詰問する。
ジェネシスは、言おうか言うまいか悩んだ末、少しセフィロスの反応が見てみたくなった。
「……トレーニングルームに子犬が居たんだ」
「アンジールが飼ってるヤツか?」
「ああ……。アイツに……その……なんて言うか……」
── 言い寄られたか?」
土壇場で言い淀んでいると、逆にセフィロスに正答を弾き出される。ジェネシスが俯き沈黙で以って肯定すると、セフィロスは悠然とジェネシスの顎を捉えて口付けた。
「ん……セフィ──
舌を絡め取るように吸われうっとりとするジェネシスを抱き寄せて、耳元で囁く。
「たかが子犬の一匹や二匹、少しぐらい相手をしてやれ……」
「なっ── !」
ジェネシスは呆れて、一瞬言葉に詰まる。
「あ……あんたは、妬いたりとかしないのか!?」
「お前は、俺以外の誰かのところに行けるのか?」
セフィロスは口角を上げ質問に対して質問で返す。だが、ジェネシスにはそれに対して更に返してやる言葉が無かった。

◇◆◇

「ア〜ン〜ジ〜ル〜〜
どんよりとした空気を背後に背負い、悲痛そうな声を上げてやってきた子犬に流石に鬱陶しいものを感じて、応えてやるのも嫌だったのだがこれも飼い主の義務かと諦めて一応聞いてやる事にする。
「何があったんだ?」
── 告白したら、逃げられた……」
既に涙目である。
自分の再三の忠告を全く聞く気がないらしい子犬に、なんと叱ってやれば良いのかと深い溜め息を吐きながら思案していると、全くの別方向から思わぬアドバイスが飛んできた。

「断られた訳じゃないなら、押してみれば良い」

「セフィロス!」
アンジールとザックスはほぼ同時に名を呼ぶ。
「こういうのは、押しの一手が効くんだ」
更なる英雄の言葉に「そうだよな!」などと、一人嬉しそうに納得するザックスを放置して、アンジールはセフィロスをザックスから遠ざけるように引っ張って行く。ザックスに聞こえない位置にまで移動すると、殊更声を潜めて言った。
「あのな、ザックスの片想いの相手っていうのは、ジェネシスなんだぞ?」
「だから?」
「お前が後押しして、どうする!?」
「そうだな……。俺が振られたら、その時はお前が慰めてくれ」
言葉の内容とは裏腹に自信たっぷりと、腕を組み口角を上げながら答えるセフィロスに、アンジールは脱力してそれ以上何か言う気が失せた。
ザックスのところに戻って、もっと現実を見ろ、と説教をする。
「いつもは、夢を見ろって言う癖に……」
「それとこれとは、話が別だ! ── とにかく、告白して相手にされなかったんなら、キッパリ諦めろ! 昇格試験が近いのを忘れたのか!?」

結局、今日もザックスは自主訓練を言い渡されてトレーニングルームに残る羽目になった。
すると、今日もまたジェネシスがトレーニングルームに入ってきたのである。
── また、お前か……」
ジェネシスは明らかに嫌悪に満ちた声音を発したつもりだったのだが、ザックスには全く伝わらなかったらしく嬉しそうに見えない尻尾を振っている。
「ジェネシス、此所でまたこうして偶然会うなんて運命とか感じない?」
「感じるか!」
偶然ではない。ジェネシスは、目的があって此所に来ているのだ。心の裡で嘆息しながら、逢い引き場所を変えようかと思案する。
一方、ザックスは英雄からの余計な後押しのおかげで全く引く気がない。直ぐに踵を返しトレーニングルームから出て行こうとするジェネシスを、引き止めようと声を掛ける。
「待てよ、ジェネシス!」
「なんだ? 訓練の相手でもしろと言うなら、ごめんだぞ」
「そうじゃなくて……。俺── やっぱり、あんたの事が好きだ」
この間は、逃げられちゃったけど……と、小さく呟く。しょんぼりと見えない耳と尻尾を垂らして、こちらを見つめるザックスにジェネシスは溜め息をひとつ吐いて。少し歩を進めて歩み寄る。
「全く── 俺なんかのどこが気に入ったんだか。殆んど、話した事も無いのに……。第一、俺には……」
「一目惚れなんだ。仕方ないだろ。あんたに恋人がいる事だって分かってる。── だけど」
もし、ジェネシスの相手がセフィロスだったりしたら本当に敵わないと思うけど──
「俺、絶対、幸せにするから── !!」
恐ろしく真剣な表情で、セフィロスには永遠に言って貰えそうにない口説き文句を捧げられ、ジェネシスは思わず声を上げて笑った。
「クッ、ハハッ、そこまで想われているとはな……面白い」
ジェネシスは顎に手を遣り、思考を巡らせる。
「そうだな。今みたいに、たまに口説かれるのは、悪くない……かもな」
心の裡で、決してセフィロスに言われたから子犬の相手をしてやっている訳ではないのだと言い訳して。
「本当── !?」
「ああ、良く出来た子犬にはご褒美くらいくれてやる」
くすくすと軽い笑みを零しながら答えるジェネシスは、ザックスが『ご褒美』という言葉に異常に食い付くとは思わなかったのだ。

「じゃあ、キス、しても良い?」

ジェネシスがその唐突な言葉の意味を言語野で捉えて分析を済ませる前に、ザックスはジェネシスへの距離を一気に縮めて更に近寄って来たので、咄嗟に対処が出来ずに後退しようとするつもりが失敗してよろけてしまう。
慌ててザックスが駆け寄って支えようとするが、近寄ろうとしていたところに更に加速したものだからブレーキが効かず、勢い余って結局二人とも一緒に転倒した。── つまり、ジェネシスはザックスに押し倒された様な格好になってしまった。
驚くほど顔が近くて、本当にキスされそうで、心の中でセフィロスに助けを呼び掛けたその刹那── ドアがシュンッと空気音を立てて開かれる。
「セフィ……」
入って来た人物を見て、ジェネシスは懇願に近い呟きを洩らす。この状況を見たら流石にセフィロスだって、黙ってはいないだろう。
だが、英雄の行動はジェネシスの予想の斜め上を行った。
「これは……すまない。邪魔をしたな── ごゆっくり」
言って軽く口角を上げると、易々と踵を返しトレーニングルームから出て行ったのだ。

── ア、アイツ……殺ス!!

ジェネシスが脳内で英雄抹殺計画を立てている一方で、ザックスは今のセフィロスの行動からセフィロスをジェネシスの恋人候補リストからあっさり外した。一番の難敵がライバルではなかったと分かって、ザックスは晴れ晴れとした表情で、ザックスとは対称的に呆然として力の抜けたジェネシスの唇に己れのそれを近付けた。

◇◆◇

「良いだろう? 別に、キスのひとつ位減るもんじゃなし……」
「そういう問題じゃない!!」
セフィロスは優雅にソファに腰掛け、ジェネシスはイライラと室内を歩き廻っている。
「大体、お前はよく平気でいられる」
「そんな事はない。俺だってショックだったさ。まさか1stが2ndに押し倒されるなんて、同意の上の事だと思うだろう?」
セフィロスは平然とした口調で言ってのけると、ジェネシスに手を伸ばし引き寄せ自分の隣に座るように誘導した。少し横向きになって腰掛けたジェネシスの背中に腕を廻して、身体ごと引き寄せるとキスを交わす。
「口直し── だ。これで、機嫌を直せ」
ジェネシスが何か反論しようと口を開きかけたところを、セフィロスは再びキスをして唇を塞いだ。

◇◆◇

珍しくソルジャーフロアのロビーの、そのソファの一角で。ジェネシスがどんよりとした空気を背負って座り込んでいた。
結局、あの後は碌にセフィロスに文句も言えず、キスやらそれ以上の事やらで適当に誤魔化されたようで腑に落ちない。無意識に何度も溜め息が洩れる。
「あっ、ジェネシス!」
たまたま通り掛ったザックスが、嬉しそうに寄って来るとちゃっかりジェネシスの隣に腰掛ける。
セフィロスがジェネシスの恋人じゃなかったとすると、一体誰なのか? 自分の知る限り、そこまで親しい感じの人物は他にいないし、もしかして社外の人間なのだろうか。兎に角、どちらにせよ殆んどジェネシスと逢っていないのではないか?
「あのさ……ジェネシスの恋人って、その……薄情じゃねぇ?」
グッサリとその言葉が胸に突き刺さって、一段と深い溜め息が零れる。
「確かに、な……」
「だろ? やっぱり──
ザックスは、我が意を得たとばかりに弾んだ声で続けた。
「だからさ、そんな薄情なヤツは捨てて、俺にしろよ?」
暫し間があって。
── 検討してやる……」
かなりの本気の度合いを込めて、ジェネシスは答えていた。

end
2008/12/22