白い月

残酷な夜はそれでもいつか明けて、
眩い朝日が明日を連れて来る。

◇◇◇

白い月が煌煌と夜の世界を照らし、幾千もの星が静かに瞬いている。
「別れよう」
唐突に告げられて、赤い革のコートを纏った身を壁に押し付け抑え付けていた。
「俺に何か不満でもあるのか?」
問い質しても返事は無くて。噛み付くように口付けて、その淡く澄んだ碧を湛えた双眸を見つめる。僅かに潤むのを見逃さずに。
「何もかもが不満だ── 全部!」
吐き棄てるように言って背ける顔を、無理矢理上向かせて。目の端の涙をこれ見よがしに拭ってやる。
「俺が聞きたいのは……お前の本心だ、ジェネシス」
その涙の訳を──
再び、口を噤んで瞼を閉じて、何かに堪えるように微かに震えながら溜め息を洩らす。
「俺の本心は── お前と別れたい……ただ、それだけだ」
「何か問題があるなら、直す……だから」
「もう、やり直せないんだ! セフィロス」
宥めるように掛けた言葉も叩き返されて。
── お前に、問題があるんじゃない……俺が……」
続けて言って、半顔を左手で覆う。重くて冷たい空気が満ちる。
白い月の光が差して、より場の凍度を増す。
目の前の愛しい人が抱える絶望をどうにも出来ない悔しさに歯噛みして。
「あの時の怪我が関係あるのか?」
思えば、ジェネシスの様子がおかしいと感じるようになったのは、あのトレーニングルームの一件以来で。問うと観念したかのように言葉を紡ぐ。
「疵が──
淡々とぎこちなく。
「お前には、見せてない……見せられない疵が、ある」
悪魔に爪を立てられた様な疵が――。
ジェネシスは、自分を抑え付けるセフィロスの手を退かして、数歩移動し月の光が差し込む窓を背景に立つ。
ばさりと音がして、白い月の光に嘘のように映し出される黒い片翼。
暫し、訪れる沈黙。

「俺は── モンスターだ」
温度も湿度も感じられない声音が響く。

英雄とモンスター。相容れない存在。もう、一緒には居られないのだと無言のままジェネシスの瞳が語る。
白い月に照らされた空間は酷く色褪せて見えて。
ジェネシスの姿さえもどこか色褪せて。
「俺を、殺せ。── セフィロス」
英雄として、ソルジャーとして、モンスターなどいつも躊躇いなく殺してきた。
だが……。
「俺には、お前を殺せない……ジェネシス」
「くっ、英雄の言葉とは思えないな。── 後悔、するぞ?」
ジェネシスは、広げた翼を折り畳んでしまうと、部屋を出て行こうとドアに向かった。だが、ドアに辿り着く前に再びセフィロスに捕まって抑え付けられる。何か言ってやろうにも、そのまま唇を塞がれて抗議も出来ない。
長い長いキスだった。
「愛してる……お前が、モンスターであっても……」
嘘でも嬉しかった。だが、長い長いキスの果てに紡がれた言葉。嘘ではないと、解っていた。
白い月の光に照らされて、美しく浮かび上がる銀の髪が、翡翠の瞳が、ジェネシスの瞳に映るその高潔なる姿が、涙で滲んでいく。
優しく抱き締められて、セフィロスの両手がジェネシスの髪や肩や背中や腰を愛おしそうに撫でる。ジェネシスは、無意識にセフィロスの背中に両腕を廻し、黒い革のコートに皺を作る程に必死にしがみついていた。

白い月が見守る中、ベッドの上で行われる儀式。
それは何よりも尊く気高く掛け替えのない愛しい行為であった。


眩しい朝日に照らされて、ベッドの中で目を覚ましゆるゆると半身を起こす。未だ、寝息を立てるセフィロスを愛おしげに見つめる。もう、こんな朝は迎えられないと思っていた。
ジェネシスは、そっとベッドを抜け出すと静かに身支度を整える。
本当は、死ぬつもりだった。セフィロスになら殺されても良かった。それが本望だった。
だが、殺せないと言われた。今の自分でも愛していると言ってくれた。ならば、生きる道を模索するしかない。その為には、もう此処には居られない。

── 愛してる」

ジェネシスは、未だ眠りの中にいるセフィロスにそれだけを告げると、躊躇いもなくドアを開け潔く鮮やかに立ち去った。

end
2008/5/25