バレンタインの日

昨年のバレンタインは、まだ付き合い始めてひと月も経ってなかったし、俺自身1stに成り立てで日々の任務に追われるのに精一杯で、バレン タインをどうこうしようと考える余裕自体が無かった。
せめて今年は、ささやかにでも何かプレゼントを贈ろうと思う。
英雄はバレンタインになど興味無いかも知れないが構わない。俺が勝手に何かを渡したいのだ。

セフィロスは多分それほど甘い物が好きという訳ではないと思うから、あからさまなチョコレートよりは少し趣向を変えた菓子の方が良いだろう。
ジェネシスが用意したのはmorimotoの『ハスカップジュエリー』。
薄いパイ生地にハスカップジャムと生クリームがサンドされ、周りをミルクチョコレートでコーティングしてある。あまり甘くないし上品な味だから贈り物にも良い。
食べた瞬間、ハスカップの甘酸っぱい刺激が口中に広がると同時に生クリームのまろやかさとほんのりとしたチョコレートの甘みが舌を優しく覆う。人気の菓子だ。
きっと英雄も気に入るであろう。

バレンタインだから……という事は殊更に伝えずに、さりげなく当日の約束を取り付けた。
宿舎の自室でジェネシスが身支度を整えていると、不意にインターホンが鳴り響く。
玄関に出向くと英雄が立っていた。
「なんだ? こっちから行ったのに……」
驚きと照れが入り混じった曖昧な顔で応対すると、ドアが開いた状態の玄関先で立ったままキスをされた。
ジェネシスは、セフィロスのコートの前立てを掴むと慌てて玄関内に引き入れる。
セフィロスは幼い頃から英雄として『神羅の広告塔』をやっている所為か、あまり人目を気にしないところがある。誰かに見付かったら……等とは考えもしない。ジェネシスも付き合い始めた頃は多少苦言を漏らしたが、今はもう諦めた。
こういう時は、何も言わずにさっさと人気の無い所に誘導した方が、手っ取り早いと気付いたからだ。どうせ言っても英雄は聞きもしない。

室内に上がり込んで、改めてリビングのソファで寛ぐ。
ジェネシスは、何時、どうやってプレゼントを渡そうか思案し、タイミングを計りつつ、口を開いた。
「約束の時間より大分早いじゃないか?」
壁に掛った時計を見て、疑問を呈す。
「早く、渡したい物があってな」
言いながらセフィロスは、ローテーブルの上に15センチ四方程の大きさの箱を置いた。
「今日は、バレンタイン── だろう?」
ジェネシスは、どきりとして僅かに喉を鳴らす。
「昨年はお前も忙しそうだったから、俺も特に考えてなかったが……今年は何か渡したい、と思った」
「ククッ」
俯き睫毛を伏せたジェネシスからは思わず笑いが洩れる。
── 本当に、コイツとは同じ事ばかり考えて……
「奇遇だな。俺も、お前に渡したい物がある」
言ってから、ジェネシスは予め用意してあった贈り物を取り出してきて、同じくローテーブルの上に置く。
同時にジェネシスは、セフィロスからのプレゼントに手を掛け、品物を確認する。
ロイズの『カルヴァドス』── ロイズが扱う生チョコの中でも、滅多に手に入らない限定商品だ。
「林檎のブランデーのチョコレートだと聞いてな。お前の気に入ると、思った」
無意識にジェネシスの頬が緩む。プレゼントそのものよりも、セフィロスが自分が林檎を好きだと言うことを認識してくれていた── そんな何気無い事が、嬉しい。
「じゃあ、紅茶でも煎れるから二人で食べないか?」
言って、ジェネシスはキッチンに立つと慣れた手付きで紅茶を煎れる。その顔には、嬉しそうな微笑を湛えている。
やがて、テーブルの上に置かれる二人分のティーカップ。
ジェネシスの取って置きのマリアージュの『ボレロ』が、辺りに柔らかい甘い香りを漂わせる。
室内に広がるほのかに甘いフレーバー・ティーの香り。ほのかに甘い菓子。カルヴァドスが使われた大人の味のほのかに甘いチョコレート。
ほのかな甘さに包まれて過ごす二人きりの時間は、濃密で充実感に満ち溢れ、ゆっくりと静かに経過していく。
── こういうのを、『幸せ』というのだろうか?
暖かな落ち着いた空間。
口中に優しく溶けて広がる、ほのかに甘い林檎のブランデーが練り込まれたチョコレート。ジェネシスはカルヴァドスを口に運びながら、ソファの上で甘えるようにセフィロスに寄り掛り、この上なく甘い雰囲気に陶酔しその身を委ねた。

end
2009/2/14