パラドックスの罠
好きになったから、その人の事を知りたくなるのか。
その人を知りたいと思った時が恋の始まりなのか。
恋のパラドックスに陥った時には、既に囚われているのだ。
パラドックスの罠
そういえばセフィロスの誕生日を知らない。
気が付かなければ永遠に気にせずにいられたのに、迂闊にも気が付いてしまった。
直にセフィロスと面識を持つ前は── ただの憧れの英雄だった時分には、誕生日は何らかの理由があって公表していないのだろうと勝手に推測していた。その当時は、夢のまた夢の出来事だったけれど、神羅カンパニーに入って同じソルジャー・クラス1stになれば自然と知ることになるのであろうと軽く考えていた。しかし、友人いや親友と呼べるほど親しくなり、それどころか想定以上に親密な関係、親友以上、つまり恋人となってもセフィロスの誕生日を知る日は来なかった。
その些細な事実に、とうとう気が付いてしまったのである。
ジェネシスは己れの自室で、まるで自分の部屋のようにソファでゆったり寛ぐセフィロスに淹れ立ての紅茶を給仕しつつ、その隣にさりげなく腰掛ける。
湯気が立ち昇り紅茶のほんのりと甘い香りに包まれていく、この僅かな時間が好きだ。その香りの中で想い人に身を寄せるのが── 。
この時間だけは、いつもより少し素直になれる。魔法の時間。
魔法の香りに包まれて、ジェネシスは心のままに素直に尋ねた。
「聞いてもいいか?」
「なんだ── ?」
セフィロスは温かい湯気が立つカップを口元に寄せながら、警戒心のない返事を返す。
「お前の誕生日……付き合って一年以上も経つのに、未だ聞いた事がない」
口元の手前でカップの動きを止め、怪訝な表情を顕すセフィロスに構わず語気を強めて問い詰める。
「いい加減、教えてくれたっていいだろう?」
「聞いてどうする?」
素っ気ない答え。誕生日の話題は禁句だったのだろうか。ジェネシスは不安に駆られながらも続けた。
「俺だって、あんたの誕生日を祝ってやりたい。友人としても、その……恋人としても── 」
最後は消え入りそうな声でもって紡ぎ、俯いた。恐らく紅潮しているであろう顔をセフィロスに見られたくなかったからだ。未だジェネシスにとってセフィロスは恋人であると同時に、特別な「憧れの英雄」なのだ。
その憧れの人に対して、自分が恋人なのだと自ら主張するなど考えただけでも頬が朱に染まる。それを今まさに実行しているのだから羞恥心はかなりのものだ。それでも、最後に「恋人」というワードを訴えに紛れ込ませたのはジェネシスなりの策略である。恋人である事を主張すればセフィロスも観念して教えてくれるだろうと、そう期待した。
「悪いが、教えられない」
恥ずかしい思いをしてまで聞いたのに、返ってきたのはやはり素っ気ない返事。意気消沈したジェネシスは無意識に視線を落とし小さく溜め息をついた。
「教えられないというか── 俺も知らないんだ」
悄気た様子のジェネシスを見て、慌ててフォローするように言葉を付け足す。
「知らない── !?」
「ああ、実は……誕生日を祝うという習慣が世間にあるという事すら、大人になるまで知らなかった」
翻っては、セフィロスは子供時代に誕生日を祝って貰った事自体が全く無かったのだということまで推測出来た。そもそも誕生日がいつなのかを本人が知らないのだから、大人になった後も祝って貰った事は皆無だろう。
そして、その事実を認識した途端ジェネシスの中にある閃きが生まれた。
セフィロスは幼い頃から神羅カンパニーの中で育っている割りには、クリスマスだのバレンタインだのといったイベント事に対して強い拘りを示しているように感じていた。
神羅の英雄であるセフィロスは、ただでさえ行事関連には何かと会社に引っ張り出されて良いように宣伝に使われ、広告塔扱いをされている。だから、イベント事などは煩わしいと嫌がるかと思いきや、意外にも積極的にイベント絡みのデートはしたがるしプレゼントも何か適当な物でも良いから欲しいと強請るし、やらないと拗ねる。
恋人のジェネシスに対してだけそういった態度を見せているのだろうと思っていたが、自分だけが無条件に周囲から祝福して貰える誕生日という特別なイベントを体験したことがない故に、却って他のイベント事への執着が強いのかも知れない。
何でも満たされている筈の英雄が、実はそうでもなかった。そう考えると、急に憐憫の情が湧いてきてジェネシスはつい口を滑らせてしまう。
「そういえば、もうすぐバレンタインだな。だが、あんたはチョコレートだの甘味の類いはあまり好きじゃないんだろう? 代わりに、あんたの言うことを……あんたの願いを何でもひとつ叶えてやるっていうのはどうだ? 誕生日が祝えない分、バレンタインにまとめて祝ってやる!」
英雄からの要望となると、ジェネシスには想像もつかないような困難なものが出てくる可能性も危惧される。だから、ジェネシスは慌てて予防線を張った。
「あっ! 断っておくが、勿論俺が出来る範囲に限るからな」
どうせバレンタインだって、なにがしかプレゼントなりデートなりセフィロスの相手をしてやらなくてはいけないのだ。ついでに要望のひとつくらい増えたところで、どうということはない。一般人の感覚から逸脱している英雄は多少我侭なところもあるが、ジェネシスが出来る範囲で── と予め忠告しておけば無謀な要求もしないだろう。
セフィロスもジェネシスの提案に対してまんざらでもない様子で、鷹揚に頷いてから「では、楽しみにしておこう」と口角を上げる。
準備もあるから要望は早めに教えて欲しいとジェネシスは更に注文を付け加えたが、難しい事を頼む気は無いから内容は当日明かすと言われた。事前に教えて貰えない事に関する不安は募ったが、難しい事ではないなら大丈夫だろうとジェネシスも了承した。
◇◆◇
そして迎えたバレンタイン当日。
アウトドアなデートよりは部屋でゆっくり過ごしたいと言われて、ジェネシスはセフィロスの部屋を訪れた。
相変わらず生活感の無い部屋だ。たまにしか帰って来ない部屋だから仕方ないのかも知れないが、隣室のアンジールの部屋とは違い過ぎて僅かに苦笑が洩れる。
アンジールの部屋を真似しろとまでは言わないが、観葉植物のひとつくらい有っても良いだろう。調度品がシンプルでシルバーと黒を基調としたデザインというのもあり、セフィロスの部屋は硬質的で冷ややかな雰囲気さえ漂っている。如何にも「セフィロスの部屋」といった感じがしてこれはこれで良いとも思えるが。
どちらにせよ、直にセフィロスに対して部屋のインテリア等へのアドバイスを送るつもりは無い。それこそ無用、いや無粋と言えるだろう。
心の裡にいろいろと秘めたままジェネシスは黙ってセフィロスの腰掛けるソファに近付き、彼の隣に腰掛ける。
今日はただのバレンタインデートではない。勝手ながら、セフィロスの誕生日祝いを兼ねている。それもあって、ジェネシスは普段よりだいぶセフィロスへの警戒心を解き、心を預けるような気持ちでもって彼の肩に頭を乗せ寄り掛かった。しな垂れかかるジェネシスを、セフィロスもまた自然な所作で更に自分の方へと引き寄せる。
近付く顔と顔。見詰めあって暫し間をおいてから重ねられる唇。
バレンタインという特別感も加わってジェネシス自身もその場の雰囲気に酔い、いつもより長いキスに応じた。
セフィロスの片手がジェネシスのうなじに掛かる。そのまま背中に手を廻し抱き寄せると、口付けを交わしながらゆっくりとソファに横たえた。ジェネシスの着衣の内側に手を忍ばせ、まさぐる。
「セフィ……ロス」
さすがにジェネシスも事があまりに性急過ぎるのではないかと戸惑った。まだろくに会話も交わしてない。求められる事自体は想定していたが、何か飲んだり軽い食事でも摂ってから、と何となく思っていた。
ここは一旦上手くかわして自然にセフィロスを引き離そう。そう思った時、セフィロスの方が自主的に身を起こしてからジェネシスの片腕を掴み、そのまま引き上げた。セフィロスも今はただキスがしたかっただけなのだろうと納得して、安心しかけた矢先。思いもよらぬ言葉が耳に飛び込んでくる。
「ベッドに行こう」
唐突過ぎて、唖然として思わずセフィロスを見詰めてしまう。いや、英雄に関わる以上これくらいで一々驚いてはいけないのだが。
即座に反応出来ず、黙っていると更に促される。
「どうした? 今日は俺の願い事を叶えてくれるんじゃなかったのか」
口端を上げて尋ねてくるセフィロスに否とは言えず、何より自分から言い出した事もあってジェネシスは大人しくベッドへと誘導された。
ベッドの上に軽く押し倒される。何か言葉を発する間もなく再びキスでもって柔らかく唇を塞がれる。優しくも隙が無い。このまま、されるがままに受け入れて良いのだろうか、という躊躇いとセフィロスの望むところが分からないが故の不安に覆われ、キスに応じながらもジェネシスの胸中は複雑だった。
「セフィロス── これが、お前の望み……なのか?」
長い口付けの合間に、息継ぎをしながら尋ねる。
セフィロスは不敵な笑みを一瞬浮かべたのち唇を離すと、ジェネシスの両手首を押さえつつ真剣な表情へと面持ちを変え、答えた。
「いや、俺の望みはもっと深い。ジェネシス……お前の事を知りたい」
息を呑む音が静かに響く。
「俺が知らないお前を── 」
更に強く低い声で云い切る。その時のセフィロスはまるで戦場の真ん中で敵軍を殲滅し一人佇んでいる時のように鋭い眼光と残酷で冷涼な空気を纏っていた。
ぞくりと震える。身じろぎすら出来ないでいると、セフィロスの顔がジェネシスの方に下りてきて再度唇を重ね合わせる。
「ん……ふっ」
濃厚に舌を絡まされ、息継ぎさえ上手く出来ない。その合間にセフィロスは押さえた両手首を頭上の方に移動させていく。今はあまりセフィロスを刺激するべきではないと感じ取ったジェネシスは大人しく従っていた。
ふと、かちゃり、という硬い金属音と共に冷たい感触が手首に触れる。いつの間に取り出したのだろう。気が付くとジェネシスの両手首には金属製の輪が嵌められていた。
驚いて両腕を動かそうとすると、がちゃんと金属音が響き、嵌められた手錠が何らかの方法でジェネシスの頭の上付近に固定されている事が分かった。どうやらベッドヘッドの辺りに予めロープが張られており、手錠の鎖部分がそこに通されているようだった。
「セフィ、ロス── !?」
キスを中断させて碧玉の瞳で訴える。
「外したかったら、外せば良い」
上半身を起こし、見下す体勢で言い放つ。
確かに、嵌められた手錠は極々一般的な物で特別な素材で造られたりはしていない。固定用に張られたロープもまたしかり。
実際ソルジャー・クラス1stの腕力ならば、ある程度の力を加えるだけで容易に外せるだろう。いや、ソルジャーであれば1st程の力量さえ必要無い。
だが、外して良いと云われて安易に外せるものか。
ジェネシスには、これがセフィロスの望みの一部分を担うのだと解っていた。解りすぎるほど解っていた。故に、自ら手錠を外すなど── セフィロスの望みを拒否する事など出来ない。寧ろ、下手に力を入れてしまわないように腕の力を適度に抜く必要さえあった。
大人しくしているジェネシスに、セフィロスは意外そうに声を掛ける。
「どうした。外さないのか?」
その口許からはくつくつと小さな笑いが洩れる。完全に英雄の思惑通りだ。悔しくてジェネシスは僅かに下唇を噛み、セフィロスから目を逸らす。
「その態度は、俺の好きなようにしていい── という事だな。俺の望みの為に……クク、実に楽しみだ」
拘束され、あまり身動きの取れないジェネシスにセフィロスは自身の身体を覆いかぶせるよう重ねてくる。
突然の負荷。全身に掛かる身体の重みに眉をひそめながらも、両手首に嵌められた金属の枷の為、満足に身動きも出来ない。結果、セフィロスの体重を他に逃がす事も出来なくて、全身で彼の体重を受け止めた。
完全に身体の自由が利かなくなったところで、改めて口付けを施される。一方的に与えられる強引なキス。だが、そのキスは意外にも傲慢ではなく寧ろ甘さを多分に含んでいた。緩く食むような優しい味のキスにジェネシスも陶然となる。
「んん……ふっ」
唇の隙間から自然と甘い声が洩れてしまう。叶うならセフィロスの背に両腕を廻し抱きついて、もっと深い口付けを強請りたい程に酔っているというのに、残念ながら両手首を拘束する銀環が邪魔をしてそれを許さない。
片やセフィロスの方はというと、ジェネシスが拘束具に阻まれ満足に動けないのを良いことに、細身で有りながら彼の均整の取れた適度に筋肉質な身体への侵攻を着々と進めている。
丁寧に衣服を剥ぎ取り、その白皙たる素肌を露わにすると、既に立ち上がり掛けている乳首をこれまた丹念に指で摘み上げ、ジェネシスが身震いする程度に反応したところで更に口中に含む。ゆっくり舌で転がして、ますますジェネシスを身悶えさせる。
いつもなら決してしないような優しい愛撫を、わざとらしい程に丁寧に何度も繰り返していく。
耐え切れなくなったジェネシスが激しく身を捻った為に、頭上辺りに固定された手錠の鎖が、がちゃんと大きな音を立てた。
あまり手錠に負荷を掛けると外れてしまうかも知れない。焦ったジェネシスは腕に力を入れすぎないよう慌てて力を抜こうとするが、それにより弛緩した身体は与えられる刺激に対して一気に無防備となる。つまり、より一層の快楽がジェネシスを襲い駆り立てるのだ。
「あっ……ああっ!!」
セフィロスの舌と手指は徐々にジェネシスの身体を下降しながら愛撫を施し続けていく。
舌は乳首や胸筋辺りを嬲り、手指は腹筋や腰のラインをなぞるようにじわじわと辿っていく。
拘束されて身動き出来ないから── というのもあるのだろう。ジェネシスの顔は一方的に与えられる愉悦と裡から沸き上がる熱い滾りによって、見事に紅潮している。
裡からじりじりと沸き上がる苛烈極まりない衝動により変化したのは顔色だけではない。タイトなレザーパンツの上からでも、ジェネシスのモノが屹立しているのは容易に見て取れた。
窮屈そうなそれを解放してやるが如く、セフィロスはレザーパンツのボタンを外しジッパーを下ろしていく。既に怒張したそれは狭い場所から解放された途端に、強い自己主張を始めた。天に向かって勢いよく聳り立ち、今にもはち切れんばかりだ。
外界に晒され自由となり、ほんの僅かな刺激を与えただけでも噴出しそうな昂ぶりにセフィロスは躊躇いなく己の口許を近付ける。すると、まるでそうする事が事前に決められていたかのような自然さで、ジェネシスの雄を一気に銜え込んだ。
「あっ! ああっ!! セフィ……ロス」
甲高い嬌声とは裏腹に名を呼ぶ声は消え入るようにか細い。セフィロスに── いや、かの英雄に口淫を施されている。その受け入れ難い現実と抗い難い快楽にジェネシスはメビウスの如き異界へと迷い込んだ。
「ああ! いや、だ……セフィロス。はぁ……ん、もっと」
明らかに混迷に陥っている。恐らく、彼は自分でも何を言っているのか把握出来ていない。ただ、矛盾を孕んだ拒否と哀願の言葉を譫言のように繰り返すのみ。
拘束されているが故に思うように拒否することも出来ず、その上与えられるのは極上の悦楽。飽くまでも優しく丁寧に英雄はジェネシスの陰茎を舐め上げていき、否が応でも迷宮の奥へと誘い込まれていく。
両腕が拘束されている。ただ、それだけで、今まで感じた事のないような愉悦が襲う。しかも、今はまだ手指や口舌による愛撫しか受けていない。この状態で、これ以上の刺激を、これ以上の情動を与えられたら、一体自分はどうなってしまうのだろう。期待と畏れと渇望と不安とがジェネシスの身を一段と震わせる。
だが、英雄はジェネシスの狂おしい程の葛藤など我関せずとばかりに、彼の後孔へ屹立したモノをあてがってきた。
「あっ、ああっ!!」
最早、ジェネシスの口からは意味のある言葉など紡がれない。言葉というよりはただの音だ。嬌声と称する事しか出来ない喘ぎが、断続的に洩れるばかり。
セフィロスの雄が完全にジェネシスの体内に収まった頃には、ジェネシスはぐったりと両目を閉じ、額には脂汗を滲ませていた。
すぐに律動を開始しないセフィロスに、ジェネシスは恐る恐る双眸を開け彼の方を見遣る。すると、セフィロスは繋がった体勢のままジェネシスに顔を近付けた。
その容色には疾うに余裕など失われているが、と同時に英雄への畏怖は未だ残存しているようだ。淡青色の瞳には僅かに畏敬の念が垣間見える。
セフィロスは優しい手付きでジェネシスの頬を撫でると、おもむろに律動を開始した。時には深く、時には浅く、時には速く、時にはゆっくりと── 。
手を変え品を変え、いろいろなパターンで抽送を繰り返してやると、それぞれに対して違う反応を示す。その僅かな機微を見逃さず、一番手応えの良いパターンを多めに交えながらより深く、より確かな手応えを求め更なる侵攻を推し進める。
「くっ! はあ……あっ」
徐々に深く攻め入られ、遂には最奥まで侵入を果たされる。ダイレクトに核心へと迫られるのは負荷が大きくて、どうにか別方向に力を逸らそうと身を捩ろうとするも、両腕が拘束されているため上手く力を逃せない。下手に力を入れると、拘束具そのものを壊してしまいそうで受け入れざるを得ない。結局逃れられず、今までのセックスでは立ち入られたことの無い領域まで深入りされた。
「はっ……ああっ!!」
奥深く敏感な場所へ鋭く突き立てられ、逃げ場もなく。強すぎる程の享楽を強制的に与えられて、ジェネシスは表面上僅かに残っていたなけなしの理性まで奪われた。英雄に見られたくなくて顔面を両手で覆おうとするも、それすら両腕の拘束に阻まれる。
自分の意思とは裏腹に、後孔に銜え込んだセフィロスの雄を腸壁の襞が勝手に締め上げるのが憎らしい。逃れられない状態で、こんな風に強い愉悦を与えられ未知の扉が開いてしまいそうだ。戸惑いと更なる官能を享受したいという誘惑とがジェネシスの裡で鬩ぎ合う。
葛藤の合間にも休み無く律動は繰り返され、今まで体験したことのないような強い衝動が身体の奥深くから沸き起こってくる。もう抑えは利かない。
「セフィロス……っ!」
限界が近付いて、セフィロスに訴えるよう切なげな視線を送る。いつもなら達する時はセフィロスの背に両腕を廻し、縋り付く。だが、今は手を伸ばす事すら叶わない。もどかしくて、強すぎる官能に耐え切れずジェネシスの碧い光を湛えた双眸からは、眼球内に留どまり切れなかった水分が頬を伝い落ちていく。
「ああっ!! もう……だ……め」
ジェネシスが諦めたかのように目蓋を伏せ、長い睫毛を震わせる。その時になって不意にセフィロスの手が頭の方に伸びてきて、かちゃりという金属音と共に手首の拘束が緩んだ。
「セフィロス── ?」
呆気に取られて、茫然とセフィロスを見詰める。
「俺の知らなかったお前の表情は充分に堪能させてもらった」
疑問符に満ちた顔をしていたのだろう。応えるよう理由を述べながらセフィロスは銀環をひとつずつ丁寧に手首から外していく。
「お前のもっともっと乱れた姿も興味があるが……それは、またの愉しみにとっておく事にしよう」
口端を上げ、官能の余韻で火照るジェネシスの身体を一瞥してから、自由になったジェネシスの手首を掴むと口許に寄せる。ジェネシスの手首は金属による拘束の為、赤い筋となった痣がついてしまっている。その痣をいたわるようにセフィロスは舌でなぞった。
過度の悦楽により、すっかり過敏になっていたジェネシスはその手首への軽い愛撫にすら反応して紅潮してしまい、悔しくて顔を逸らせる。
「今は、お前の手を背中に感じたい。いつものように── 」
そんなジェネシスの態度などお構いなしにセフィロスは改めてジェネシスを抱き寄せ、そのさらりとした赤髪を撫でつけ自分の方を向くよう促した。
顔を逸らしつつも、誘導されるままセフィロスの背中に手を廻す。銀の長い髪が腕に触れ、いつもと同じ感触に安堵を覚え自然と力が緩む。次いで気も緩む。今までは拘束の為、セフィロスに自分から触れられなかった。その反動もあって、縋り付くようにセフィロスの背に廻した手で必死に彼の背中をまさぐった。
もう離したくないと謂わんばかりの様子に、セフィロスは宥めるよう優しく丁重に彼の頭髪を手櫛で梳いてやる。
ジェネシスが幾らか落ち着きを取り戻してきたところで、再び律動を開始した。既に十二分に高められているジェネシスには、ゆっくりとした律動でも堪え切れず激しく身を捩る。そうして、ジェネシスはますますしっかりとセフィロスの背にしがみついた。
いつもはお高く止まっているジェネシスの必死な様子は、セフィロスの征服欲を余すところ無く充たす。
満足したところで、おもむろに律動を速め、お互いほぼ同時に吐精した。
達した後も暫くの間ジェネシスは睫毛を伏せ、色を含む吐息を洩らす。まだ余韻が残っているのだろう。気怠げに身を捩りながらも、さり気なくセフィロスに身を寄せてくる。終わった後、こんな風に甘えてくるのは珍しい。
未だ陶然としているようで、セフィロスの身体に手を這わせたりセフィロスの頬に口付けたり。どうやら最中に手放してしまった理性が戻ってきていないようだ。このような珍しい態度を取られるとセフィロスもついついちょっかいを掛けたくなるのだが、迂闊にこちらからアクションを仕掛けると恐らく我に返って逃げられてしまう。下手をしたらベッドから起き上がり部屋を出て行ってしまう可能性もある為、そこはぐっと我慢した。
あまりジェネシスを刺激しない程度に、ゆるゆると赤髪を撫でてやるにとどめる。すると、ジェネシスも落ち着いてきたのか、少しセフィロスから身を離して横たわった。相変わらず瞳は閉じたままで、大人しく髪を撫でられている。このままだと眠ってしまうかも知れない。
「何か食べるか?」
セフィロスが問い掛けると、ようやくジェネシスはその碧い瞳を見せた。
「ああ、そうだな」
掠れた声で応えながら、やっと己れの空腹に気が付く。あれだけ嬌声を上げたのだから、水分も補給しないと喉がカラカラだ。
「でも、もう少し……」
もう少しだけ、このままで居たい。
そう思ってジェネシスは、改めてセフィロスに寄り添う。セフィロスも口角を上げ頷いて、ジェネシスにシーツを掛けてやった。
幾ばくかの時間をゆったりとベッドで過ごして、甘い時間を反芻し終えたのち。どちらからともなくリビングへと移動した。
二人はテーブルに付いて、デリバリーサービスで頼んだ食事を摂っていた。何か簡単な物でも作ろうかと当初は考えていたのだが、身体が疲労している上に殆ど何も口にしていなかったので、自力で作るよりも手っ取り早い方法を選んだのだ。神羅カンパニー傘下のデリバリーサービスは、兎角迅速である。しかも、客がかの英雄ともなると最優先で注文の品を届けてくれる。店も宿舎に近い。
斯くして、ようやっと食事と飲み物にありつけた訳だが、空腹が満たされ満腹感へと変わってくると次第に冷静になってくる。
セフィロスはいつも通り、美味いのか美味くないのか分からない表情で黙々と食事を摂っているが、冷静さを取り戻してきたジェネシスは段々と俯きがちになっていった。
最中にいつも以上に乱れてしまった事もだが、事後にあれ程までセフィロスに心を許し甘えてしまった事が今更ながら恥ずかしくなってきたのだ。そしてまた、そんな自分が不甲斐無くもあった。
これというのも全てセフィロスの所為だ。
セフィロスが悪い。
全ての責任をセフィロスに転嫁し、微かに頬を染めた顔でこっそり睨みつける。しかし、英雄に擦り付けたところで起きてしまった事実は変わらない。無かった事には出来ないのだ。食事を摂りながらもついついアンニュイな気持ちになり、無意識に溜め息をつく。
「どうした?」
飽くまでマイペースな英雄は、ジェネシスの煩悶など気付く筈もなく暢気に問い掛ける。
「……何でもない」
そう素っ気なく応えるジェネシスはとても何でもないようには見えない。まさか、今日のセックスが不満だったのだろうか。
否、先程までのジェネシスの様子からしてセックスに不満があったとは思えない。だが、やはり強引に拘束を強いたのが不服だった可能性はある。望みを叶えると約束した手前、ジェネシスは渋々応じてくれたが、本心ではああいったプレイは好まないのかも知れない。
「嫌── だったか?」
その問いには、ジェネシスはふるふると首を横に振った。
「本当に嫌なら、例えあんたの望みでも断ったさ」
言い捨てるとジェネシスは食事を終わらせ、テーブルから離れてリビングのソファへと移った。終始、セフィロスと極力顔を合わせないようにしているのが解る。
セフィロスもジェネシスの後を追ってソファへと移動した。隣に腰掛けて、ふと目についたジェネシスの左腕を手に取って持ち上げる。
「こんな痣が残るような真似をして、悪かった……」
「別に、こんなものはすぐに消える!」
申し訳なさそうに長い睫毛を伏せるセフィロスを振り切るように、掴んだ腕を振り払う。また、いつものジェネシスに戻ったようで、セフィロスは緩く微笑んだ。
ジェネシスはセフィロスに背を向け、見られないように手首に残った痣をさする。無論、嫌だった訳では無い。ただ、ジェネシスとしても想定外過ぎたのだ。拘束された事が── ではなく、それによって引き出された見知らぬ自分自身が。
セフィロスの事を知りたいと、未だ知らぬセフィロスの事を知りたいと、そう思って提案したアイディアだったのに、逆にあんな自分を曝け出す羽目になるとは── 思い出しただけでも、頬が染まり身体が熱くなる。
しかし、と思う。
あの時、セフィロスはジェネシスを追い詰めるだけ追い詰めておいて、途中で拘束を解いた。もし、あのまま── 拘束を解かれないまま更に追い込まれていたら、自分は一体どうなってしまったのだろう。考えただけで身体が反射的にぞくりと震えた。
ジェネシスは顔だけで振り返り、そっとセフィロスの方を窺う。その碧い瞳には仄かにセフィロスへの畏れの念が宿っている。セフィロスがジェネシスの裡から払拭したかった筈の英雄への畏怖は、こうして再び彼の深奥へと刻まれるのだ。
end
2012/2/27