アシンメトリーの鎧

ほんの数刻前まで行われていた戯れ合いが嘘のような静寂。吐息の音だけが室内に響いている。
セフィロスの腕の中で、つい先程まで艶のある声で啼いていた朱い金糸雀カナリアが、今や小さく寝息を立てるばかり。
ふとジェネシスの耳元に光るピアスが目に付く。いつもジェネシスの耳元を飾っているアシンメトリーのピアス。それが、その時無性に気になって、セフィロスはピアスの片方、右側の錘形の物を何気無く抓んだ。
「ん……」と、声を洩らして身を捩る。と、ジェネシスは五月蝿い虫でも追い払うかの如く、セフィロスの左手を叩き落とす。
そうして、瞼を開くと鬱陶しそうにセフィロスを睨んだ。
「何をしてる?」
低い、明らかに不機嫌な様子の声が返ってきて、セフィロスも白々しく左手を引っ込める。そのまま、ジェネシスと距離を取るようにベッドから身を起こすと、ジェネシスも軽く伸びをしてから起き上がった。
何事も無かったかのように振る舞い、背中を向けるセフィロス。その背中を覆う長い銀の髪を、ジェネシスは右手を伸ばして軽く梳く。そうして行き成り、髪の毛越しに背中に爪を立てた。
つうっ……!」
苦鳴と共にセフィロスもジェネシスを睨む。
「悪戯をした罰だ」
ジェネシスは強い口調で告げると、ククと喉を鳴らして満足そうに口角を吊り上げた。
まるで猫のような振る舞いを見せる恋人をセフィロスは憎めない。それどころか、心の大半を奪われている。
いつか犬のように従順に躾てやろうかと、密かに妄想を巡らせるだけで愉しい。無論、それが殆んど不可能事に違いないのは承知の上だ。
セフィロスとジェネシスは恋人ではあったが、過剰に深い付き合いは無かった。それは二人の逢える時間が限られていたから……と云うよりは、寧ろジェネシスの性格に起因するところが大きい。
例えば、二人の逢瀬には専らセフィロスの私室が使用されていたが、それには主にふたつの理由があった。
ひとつはジェネシスがセフィロスを自分の領域、つまりは自室に入れたがらなかったから。そして、もうひとつはジェネシスがセフィロスの部屋から引き上げさえすれば何時でもジェネシスの好きなタイミングでデートを終了させる事が出来るから、だ。加えてジェネシスは事さえ済めばさっさとセフィロスの部屋から立ち去ってしまう傾向にあった。
今日は疲れていたのか、暫しセフィロスの腕の中で眠っていたが、その時無思慮にもジェネシスのピアスに悪戯したので、次に逢う時は恐らくそんな隙は見せてくれないだろう。
相手が英雄といえども簡単には心を開いてくれない、つれない恋人。だからこそ、その全てを暴きたくなる。支配欲が刺激される。

ある日、セフィロスは珍しく自室でデスクワークに縛られていた。
先日少し大きめのミッションがあって、ラザードに各隊ごとの報告を上げるよう要請されたのだ。
ディスプレイを睨みながら、軽快にキーボードを叩きデータを打ち込んでいく。地道な単純作業にやや飽きてきた頃、インターホンも鳴らさずにジェネシスが入ってきた。彼の訪問は、いつも突然だ。
今少し手が離せないから勝手に寛いでくれと告げると、ジェネシスは作業用のデスクのところまでやってきて、セフィロスの視界に入るようにデスクの上に腰掛けた。そして、誘うように長い脚を組んでみせる。
流石にセフィロスも無視を決め込む事が出来ず彼の方を見遣る。と、憎たらしい程に艶やかな笑みを湛えて、こちらを見詰めていた。明らかに挑発している。
デスクワークに飽いていたのもあって、セフィロスは立ち上がるとおもむろにジェネシスの脇腹を捉えて捕獲した。セフィロスの行動が少し予想外だったのだろう。ジェネシスは些か驚いたようなリアクションを返す。
構わずセフィロスは次いでジェネシスの顎もその左手で捉えると、上向かせ口付けを施した。
「んっ……ぅ」
甘みを帯びた声を零して、甘えるように両腕をセフィロスの背中に廻してくる。
息抜きにほんの少し揶揄ってやるつもりだったのだが、意外に素直な反応にセフィロスも途中でやめるのが惜しくなってしまう。
脇腹に廻した手を、更にコートの内側に滑らせてインナーの上からまさぐる。そのまま少しずつインナーをたくしあげると、インナーの裡にまで手を忍ばせてやった。
「はっ、あっ……! セフィ、ロス……」
わざわざ自分の方からセフィロスの部屋に赴いて、挑発的な態度で仕掛けてきただけあって、こういう展開はまんざらでもないらしい。素直にセフィロスの身体に縋り付いてきて、その頬に唇を押し当ててくる。
勢いづいたセフィロスはもう一度ジェネシスの顎を捉えると、再度の深い口付けと共にジェネシスの身体をデスクの上に押し倒した。
インナーの下に潜り込ませた手で更にジェネシスの着衣を乱して、腹筋を辿り胸の突起を掠め、時折洩れ出る艶声を心地の好い音楽のように愉しむ。
「セフィ……ロス」
潤んだペールブルーの双眸で見詰められると、却って嗜虐心を駆り立てるだけだという事が分からないのだろうか。
優しくしてやる余裕などたちまち失われて、乱暴にベルトのバックルに手を掛けると有無を云わさず一気にレザーパンツを引き下ろした。途端にジェネシスの下半身はあられもなく晒される。
今更、はっとしたように息を呑んでも遅い。そもそも、最初に煽ってきたのはジェネシスの方なのだ。お望み通りに受けて立とう。急くようにセフィロスも自身のベルトを外し、ジッパーを下げ、既に猛々しく屹立したモノをレザーパンツの中から解放してやる。
いきなりセフィロス自身を後孔に押し当てると慌てて身じろぎの気配を見せるジェネシス。その身体を無理矢理に固定して、ろくに解ぐしもしないまま半ば強引に突き立ててやった。
「あっ! ク……キツ、い……」
息も絶え絶えに喘ぐ姿に流石に憐れみを感じて、片手を伸ばしデスクサイドの抽斗ひきだしからローションを取り出す。セフィロスは慣れた手付きで器用に片手のままローションの蓋を開け中身を手に取ると、自分自身とジェネシスの後孔辺りに丹念に塗り込めていく。
「ああっ、んっ……はぁ」
摩擦が減り滑りが良くなった為、快感が増幅したのだろう。一段と大きな嬌声が室内に響く。
過度の快楽から逃れようと苦しげに身を捩らせ、頭を左右に振る為、耳元のピアスが微かな金属音を奏でながら揺れる。
より深くジェネシスを追い詰めようと、彼の両脚を抱え上げ勢い良く腰骨を打ち付けた瞬間、反動でガタンと大きな音を立ててデスクの上にあった細身のシェードランプが倒れてしまった。かろうじて机上に残ってはいたが、下手をすれば床に落下していただろう。
すっかり夢中になって、ジェネシスを貪り喰らい尽くす勢いだったセフィロスも、少し冷静さを取り戻す。
このままデスクの上で事を続けるのは少々危険だ。倒れたのがランプだったからまだ大事おおごとには至らなかったものの、これが作業途中のPCだったらと思うとゾッとする。
最初は軽い悪ふざけのつもりだったからデスクの上でも支障無いと思ったが、予想外に本気になってしまった。デスクの上という場所は、それなりにスリリングな場所ではあるが、今はリスクの方が大きい。
止むを得ずジェネシスをデスクの上から抱き起こしてやると、寝室へと場所を移す。セフィロスの中で、デスクワークの優先順位はとっくに最下位まで転落していた。

ベッドの上に移動すると、更にジェネシスの着衣を乱して奪い取り、肌理きめ細やかな肌を余すところ無く晒し出す。その白皙に所有の証を思わせる朱の刻印を幾つも刻んでいくと、セフィロスは満足そうに口角を上げた。
背後から覆い被さるようにして肩胛骨の辺りに軽く歯形を付けながら、改めて後孔をほぐしてやる。適当な頃合で指を抜き、後背位で再度挿入を試みると反射的にきゅうと締め付けられた。場所を移動した為多少醒めてしまったのではないかと危惧したが、未だ充分な昂ぶりを保持しているようだ。
「はっ、ああっ! ン……」
先程はやや控えめな交わりであったが、場所を移してきたので今度は遠慮無く打ち付けてやる。激しさを増していく抽挿にジェネシスの嬌声が一際大きくなった。
早くも絶頂が近いのか、悩ましげに身を捩り熱の籠もった視線をセフィロスに送ってくる。繋がったままジェネシスの身体を反転させ、向かい合う。そうしてジェネシスの腰を持ち上げつつ、より深いところへと腰を進め侵入して刺激する。ジェネシスが仰け反り、脚をセフィロスの腰に絡めてくると、逆に腰を後ろに引いてやる。もっと刺激が欲しいのに、すんでのところで取り上げられてしまった。翻弄され、哀願するようなジェネシスの切なげな艶声がベッドルームに響く。
もう限界だと云わんばかりに身を起こして、強請るようにセフィロスに縋り付こうとする仕草に、もっと長く愉しみたいという想いと早くイかせてしまいたいというアンビバレンツな思考が交錯して、セフィロスは混迷に陥った。英雄の顔から余裕が消え、切羽詰まったものへと変化していく。
無意識であろうが、セフィロスに因る律動が次第に速くなり、侵蝕の割合も徐々に深くなって、益々ジェネシスを深淵へと追い込む。恐らく、とうに臨界点は超えているだろう。
「ああっ! も……う、ぁっ」
ジェネシスが言葉を全て発し終わらないうちに、彼は堪らえ切れず吐精し、崩れ落ちた。
陥落させた事に一旦セフィロスは満足を得て、自らの欲もジェネシスの裡に吐き出す。
そうして身を離して暫し事後の余韻にひたった。ジェネシスは未だ陶酔の表情を浮かべてベッドの上に身体を投げ出している。汚れた身体を拭う気力さえないようだ。
だが、セフィロスの欲望はまだ完全に尽きた訳ではなかった。先程だって、本当はもっと長く楽しみたかった。もっと焦らして追い詰めてやるつもりだったのだ。
ベッドの上に力無く倒れ込んだジェネシスを強引に起こすと、四つん這いにさせてから容赦無く臀部を割り開き、先程注ぎ込んだ精液が残ったままの後孔にもう一度自身を突き立てる。
「ああっ! 嫌……だ、セフィロス」
まだ先刻の熱が残る状態で再度穿たれて、刺激が強過ぎる故か、ジェネシスは身を捩ってなんとか逃れようとする。
しかし、追尾してくる快楽に力が抜け、抵抗するどころかされるがままだ。既に注ぎ込まれた精液が、新たな抽挿によりあぶくを立てる。粘着性の高い水音が響いて場を一層淫猥な空間へと塗り変えていく。
達したばかりの身体に与えられる過剰な追い討ち。ジェネシスは翻弄され、より高みへと一気に引き上げられる。
「はっ、あ……ああっ!」
その場に漂う淫靡な空気感がより深くジェネシスを官能の世界にいざなう。休むこと無くセフィロスの追撃を受けて、貶し込まれ引き込まれて、足掻くことも逆らうこともろくに叶わず。だが、セフィロスは今度こそ簡単に逃すつもりは無かった。ジェネシスがイきそうな気配を感じるとあえて動きを緩和させ、焦れったそうに身を捩らせると律動を速めてやった。最初は強過ぎる刺激に嫌がっている様子であったくせに、たちまち官能の渦に飲み込まれて最早溺れそうになっている。
充分に追い詰めてから、ようやく吐精を促す。しかし、一度の吐精では赦してはやらない。無理矢理に上半身を抱え上げ、身体を反らせると再度激しい律動を与えてやる。嬌声とも悲鳴ともとれる声を上げるが、セフィロスは気にする様子はない。充分に追い詰めてからの吐精により、ジェネシスの身体はなんらかのスイッチが入ってしまったかのように敏感だ。瞬く間に快感が身体を駆け上がりもう一度、二度と続けて達してしまった。
快楽もものすごいが当然ながら疲労も激しい。その後、改めて解放されたジェネシスはぐったりとシーツの底に沈み込む。
それでもまだセフィロスは飽いていなかったのか、ベッドの上で横たわるジェネシスの身体を英雄がそのしなやかな指先でなぞる。まだセックスの余韻が残る身体は、軽く触れられただけで、びくりと跳ね過剰な反応を見せた。
散々ジェネシスの身体を好きに扱って、思うがままに穿って、それでもまだどこか物足りなく感じるのは何故だろう。
左手を伸ばすと、ジェネシスの耳元に光るピアスを指先で転がす。
「いい加減にしろ! この間から、何のつもりだ?」
怠そうな身体を無理矢理起こして、セフィロスから逃げるように身を離すとジェネシスはキッと睨んだ。
「お前がピアスを外しているところを見た事が無い」
「フン、確かにあんたの前じゃ外した事はないかもな」
セフィロスの素朴な疑問に、せせら笑うように返ってくる応え。英雄に斯様な態度を取る人物は、世界広しといえどもジェネシスぐらいだろう。それで機嫌を損ねたりしないのが、英雄の英雄たるところなのだが。
ジェネシスはシーツを引き寄せ、自分の身を包むように纏う。どうやら、これ以上セフィロスに触れられたくないらしい。
だが、セフィロスもその程度の事で身を引いたりはしない。再び左手を差し出すと、ジェネシスの身体に近付けた。
「っ! しつこいぞ」
「何故、駄目なんだ?」
飽くまでも固いガードに、納得がいかない様子でセフィロスは問い掛ける。
明確な意思として抱いている訳ではないが、以前からセフィロスはジェネシスに対して支配欲を刺激されている節があった。そして、ジェネシスのピアスは、決して陥落おちる事の無い最後の砦だった。
つまりセフィロスとしては、ジェネシスからピアスをも奪って真の裸身を晒したい。何もかもを暴いて屈服させたいのだ。
ジェネシスはセフィロスの粘り強さに辟易したようなうんざりした顔を見せながら、面倒臭そうに朱髪を掻き上げる。
「幾ら、あんたが神羅の英雄だろうと、このピアスは触らせない」
「分かった。ならばもう触らない。その代わり外してくれ、俺の前で──
ジェネシスは瞼を伏せ、ククと余裕ある笑みを顕した。
「分からないのか? あんたの前じゃ外さないと言っているんだ」
双眸を見開くと、深い碧で見詰め返す。
身体を猫が伸びをするようにしなやかに伸ばして、セフィロスに寄ると意味有り気に下から覗き込んできた。まるで感情を隠すように妖しく煌めく、その瞳の深さに吸い込まれそうになる。
シーツの隙間から覗く白皙が誘っているかのように蠱惑的なのに、触れる事すら許されないような冷たい拒絶を相併あいあわせ持つ。
どうして、何故、と問いかける事さえ躊躇われて、暫し息を呑む。その束の間に、ジェネシスは一段と身を近付け揶揄うように一瞬唇を寄せた。
「あんたには、絶対全てを見せたくないから……」
低く囁かれる真意。でも決して、それ以上は窺わせてくれない。踏み込ませてはくれない。
揺るがない牙城。罅割ひびわれない鎧。
だからこそ、刺激され続ける支配欲。
背面をぞくぞくとした快感が駆けのぼり、セックスや戦闘では得られぬカタルシスを感じて陶酔を覚える。
親友であり、ライバルであり、恋人であり、かたきである。
そうして、お互いに求め合い拒絶し合う関係を、永遠に続けたい。
その想いはセフィロスの心奥しんおうに祈りにも似た結晶を形作った。

end
2010/3/11