禁句

ジェネシスがミッションを終わらせ神羅ビルに帰還すると、ブリーフィングルームで幼馴染みのアンジールとかち合った。
「惜しかったな」
「何がだ?」
幼馴染みの行き成りの第一声に、ジェネシスは軽く不快感を覚える。
「いや、たった今、セフィロスが出たところでな……」
不快さが伝わってしまったのだろう。アンジールの声音は宥めるような色を含んでいた。
「別に約束とかしていた訳じゃない、良くある事だ」
ジェネシスは少しの呆れと諦めが混じった息を吐き出す。

ジェネシスは部屋へ戻ると着替えもせず、うつ伏せにベッドへ身を投げ出した。
別に約束していた訳じゃない。期待していた訳でもない。
ただ、今日もセフィロスに逢えなかった。それだけの事だ。
それなのに、どうしてこんなに気持ちが沈むのか。
ふと、ベッドサイドに設置されているテーブルが目に入る。その上に鎮座しているのは二週間以上も前に購入し、まだ封も切ってないコンドームだった。
ジェネシスは徐にその無粋な箱を形が歪む程に握ると、思い切り壁に向かって投げ付けた。
思うように逢えないのは仕方がない。セフィロスは英雄で、自分だって一応は彼と肩を並べるソルジャー・クラス1stなのだ。苛々しても詮無い事だと解ってはいる。
「クッ……」
自嘲めいた嗤いが無意識に洩れる。
自分は、浅ましくも女子供のように、ずっと一緒に居たいなどと馬鹿げた望みを抱えてしまっているのだろうか。

「相変わらずセフィロスと会えてないのか?」
数日後、ブリーフィングルームで顔を合わせた幼馴染みに問われる。
ムッとして睨み付けると、「お前は、態度に出るから直ぐに解る」と指摘を受けた。
「セフィロスに会えないから、苛ついているんだろう?」
「……」
幼馴染みの言は紛れもなく正答だったのだが、認めたくなかったジェネシスは無言で顔を逸らす。まるで自分がセフィロスに振り回されているかのような物言いも不快だった。
「いい加減、意地を張ってないで、電話とかメールでもしたらどうだ?」
「嫌だ!」
意地になっているとか、拗ねているとか、そういう単純な問題ではなくて、ジェネシスはセフィロスに電話とかメールとかいった通信手段を用いるのが嫌だった。
特に今は、自分の中でいつの間にか禁句となっていた言葉をうっかり吐いてしまいそうで、自戒していた。
そうして、アンジールと会話になってないような会話を交わしているうちに、俄にソルジャーフロアが賑々にぎにぎしくざわついて、心配性なアンジールは何事かあったのかと慌てて廊下へ出て行こうとする。
その、アンジールが外に出ようとドアを開けた瞬間。信じ難い言葉が、部屋の中にまで聞こえてきた。
「セフィロスが、怪我をしたって!!」
部屋を出掛けたアンジールと、思わず顔を見合わす。と、ジェネシスも直ぐさまアンジールに追従して廊下へ出た。
他のソルジャーが集まっているロビーまで行くと、其所には相変わらず銀の長い髪を優雅に靡かせて英雄が立っていた。
「セフィロス!」
無意識に大声で名前を呼ぶ。いつもなら、こんな大勢の前では絶対にしない事だ。
俺も相当焦っているな、と内心苦笑すると同時に、ジェネシスは自分の声で振り返ったセフィロスの顔を見て唖然とする。
「なっ、か、かすり傷じゃないか!」
皆が騒いでいるからてっきり大怪我でもしたのかと思いきや、右頬に擦ったような跡があるだけだ。ケアルを掛けるまでもなく放置しているのだろう。
「ああ、爆風で破片が飛んできてな。全部は避けられなかった」
「英雄がかすり傷でも怪我をしたのが珍しくて、皆騒いでいたみたいだな」
いつの間にかジェネシスの隣に立っていたアンジールが補足する。
ジェネシスにとっても、例えかすり傷とはいえセフィロスが怪我を負ったという事が多少ならずともショックだったらしく、次の行動が起こせずその場に突っ立っていた。
そんな彼等の脇を通り抜けブリーフィングルームへ向かおうとするセフィロスは、途中さり気にジェネシスの手を軽く掴んだ。それは、ほんの一瞬の出来事だったが、その僅かな挙動に英雄の意図を十二分に汲み取ったジェネシスは、踵を返しセフィロスの後を追う。
一呼吸遅れてブリーフィングルームに入室すると、英雄は奥のコンソールに向かってミッションのコンプリートを入力しているところだった。久方ぶりに対面する恋人の背中を複雑な胸中で見詰めながら、ゆっくりと歩を近付ける。と、不意にセフィロスが振り返り、思わぬ至近距離で対峙する。
すっと真っ直ぐに伸びた美しい鼻梁びりょう。顔に陰影を落とす程の長い睫毛。ただの碧色ではない天然のマテリアの色を写し取ったかのような仄明るい翡翠の瞳。
セフィロスが英雄と呼ばれるのは、剣術などの技巧的なものや、他を圧倒する力だとか、ソルジャーとしての強さだけに因るものではないのだと、改めて本人の間近に立って実感する。
彼は生まれ付いての英雄で、カリスマであった。その英雄たる部分に自分はこんなにも惹かれるのだ。
今まで長らく逢えなかった反動なのか、この僅かな邂逅でセフィロスへの想いがいっぱいに募って、ジェネシスは無意識にセフィロスの胸元にその身を埋ずめていた。
「逢いたかった……」
グラスいっぱいにまで注がれた水が僅かな振動で均衡を失ない溢れ出すように、自然に言葉が零れる。
このままセフィロスの身体に身を寄せて、縋っていれば恋人らしい甘やかな雰囲気に浸れるのかも知れない。
だが、ジェネシスは放ってしまった自分の言動を無かった事にせんばかりの勢いで、セフィロスから慌てて身を離す。
どんなに深く想っていても、自由に逢う事もままならない。
逢いたい。でも、逢えない。
何時しか、ジェネシスにとって「逢いたい」という言葉自体が禁句となっていた。
言ってもセフィロスを困らせるだけだと分かっている。ソルジャーを続ける限りは、お互いにわきまえ、割り切るしかない。だから、ずっと自分の心の奥底に鍵を掛けて閉じ込めていた言葉。
久しぶりに出会った故の免罪符としても帳消ししがたく、無意識とはいえ、その言葉を口にしてしまった己れを恥じた。
もう、まともにセフィロスの顔を見る事も出来ずに俯いて更に身を引こうとする。
一方セフィロスは、離れようとするジェネシスを逆に引き留め、捉え、引き寄せる。
久しぶりの再会の為だろう。今日のジェネシスは珍しく素直だ。そして、素直になってしまった自分に自分で戸惑いを感じているようだった。だが、敢えて指摘するような事はせず、ただ黙って抱きしめてやった。柄にもなく照れているようだったが、勿論セフィロスは気にしない。
久しぶりのセフィロスの腕の中。セフィロスの体温の中で少し落ち着きを取り戻したのか、ジェネシスは僅かに赤黒い痣が残るセフィロスの右頬にそっと手を触れて、「本当は、避けれたんだろう?」と少し呆れた口調で揶揄からかった。
「避ければ、こちらが不利になる状況だった。敢えて受け止めた方が良い局面もある」
「そういう状況でも、いつもは避けるだろう。お前は──
親友ならではの鋭い指摘に、「それは……」と、セフィロスは珍しく言い淀んでから。
「俺も、お前に逢いたかったからだ」と付け加えた。
つまり戦闘を早く終わらせる為に、いつもなら選ばない選択をしたという事だ。
逢いたくて、逢えなくて、身体は離れていても、心はこんなにも近い。
それが、嬉しいと同時に、英雄が自分の為に英雄らしくない行動を取ったという事実に、ジェネシスは再び身を引いてしまう。自分の所為で英雄の英雄たる部分が失われるのが嫌で、遠慮するジェネシス。しかし、それさえも英雄であるセフィロスには些少な事だ。
お構いなしにセフィロスは、柔らかくジェネシスを自らに抱き寄せ、唇を寄せる。触れあう唇の熱さが、場の硬くなった雰囲気も、ジェネシスの頑なな心も、緩やかに融解していく。
何時しかジェネシスも、自らセフィロスの背中や首筋に手を廻し。想いと熱とを確認し合う為のキスは、触れ合うだけではなく、舐め合い、吸い合い、絡ませ合うような貪欲なキスへと発展していった。

当人達よりも状況を正しく理解し、把握し、予測していたアンジールは、ブリーフィングルームの前に陣取って他のソルジャー達が室内に入りたがるのを、適当な理由で以って片っ端から追い返していた事を、幸か不幸か当事者である二人が知る事はなかった。

end
2009/08/26