ポートレート
ミッドガルから遠く離れた任地で、セフィロスは僅かな空き時間、一人になった時を見計らって黒い携帯端末を開いて、その縦長の画面を見詰める。
顔が見たい。
顔を突き合わせても、何を話すという訳でもないのだけれど。
姿が見えないと淋しい。
あと、もう一歩。いや半歩でいい。
お前に近付きたい。
体温を感じられる距離じゃなくていいから……存在を感じたい── 。
セフィロスは神羅カンパニーが世に誇る英雄だ。
どんなに逢えない日々が続いたとしても、テレヴィのスイッチを入れれば彼の本日の戦果を知らせるニュースが流れるし、ニュースペーパーを広げれば大したニュースは無くとも彼の近影が紙面のどこかを飾っている。
リモコンを翳し、ジェネシスはテレヴィのスイッチを切りながら考える。自室のソファで、行儀悪く足を座面の上に乗せ、膝を抱えて子供のように丸くなったまま。
会えない時でも、自分がセフィロスの存在を感じることは簡単だ。
英雄の存在は、神羅ビル内部のあちらこちらで、ミッドガルの端々で、嫌でも感じる事が出来る。
では、セフィロスの方は── ?
セフィロスは会えない間、どうやってジェネシスを感じているのだろう。
だが、しかし……と、更に考える。
そもそも英雄にとって自分はそれほど大きな存在だろうか、と。
会えない間も意識してもらえるような、存在を忘れないでいてもらえるような、果してそんな重要な位置を占めているのだろうか。
神羅の英雄たるセフィロスの心の一角を常に占有しているなど、有り得るのだろうか。
ジェネシスとセフィロスは、確かに恋人同士だ。かといって、セフィロスがどんな状況に在っても、例え困難なミッションの最中に在っても(尤も、英雄にとって困難なミッションなど存在し得ないであろうが)、常に自分の存在を気に留めてくれているなどとはジェネシスには到底考えられなかった。
ある日、セフィロスがミッションを完遂して帰還するなり、真っ直ぐにジェネシスの部屋を訪れた事があった。
珍しいのと、相変わらず長くて細い銀の髪が空調の作り出す僅かな気流にも反応して、さらさらと流れるのが綺麗で、ジェネシスは不覚にも暫し見蕩れてしまう。
そんなジェネシスの様子にはお構い無しに、おもむろにセフィロスは切り出した。
「写真の撮り方を教えて欲しい」
突然の依頼に、ジェネシスは反射的に苦笑で返す。
「どうした、突然? カメラの事ならアンジールに訊けばいいだろう?」
確か今回のミッションにはアンジールも同行していた筈だ。至極真っ当な返答をしたつもりのジェネシスに、セフィロスは眉根を寄せ小さく首を左右に振った。
「アンジールは風景写真専門だから、人物は撮らないと云われた」
頑固なアンジールらしい回答にジェネシスも納得して、「なるほど」と鷹揚に頷く。
真剣にカメラを構えてみれば直ぐに分かる事なのだが、実際風景を写真に収める行為と人物を写真に収める行為ではその性質も方向性も違い過ぎるのだ。
静の瞬間をその場にとどめようとする行為と、動の瞬間をその場から切り取る行為。
最適なシャッタースピードも露出も光量も、構図の取り方もフィルターもフィルムの感度も間の取り方も。何もかもが違う。
そのため、例え趣味であっても風景写真を専門としている者の中には、人物写真は一切撮らないという者もいる。つまりはアンジールもその一人なのだ。
しかし、セフィロスが撮りたいという写真は恐らくそれ程本格的なものではないだろう。実はアンジールの影響でジェネシスも多少ながら、カメラの心得はある。
「どんな写真が撮りたいんだ?」
「どんな……?」
「人物写真が撮りたいんだろう? つまり、どんな被写体が撮りたいんだ? 何かスポーツをしているような動きのある写真なのか、それとも記念写真みたいな簡単なもので良いのか?」
セフィロスは暫し考えてから答えた。
「ふむ……強いて云えば記念写真のようなものだが、簡単ではないな」
やや理解し難い注文に、ジェネシスも難色を示す。
「そこまで云うなら、撮りたいものも決まっているんだろうな? 具体的に教えろ。でなきゃ、分からん」
つっけんどんな態度で、突き放して問い掛けるジェネシスに、セフィロスは今まで見たことが無いような真摯な光を翡翠の双眸に宿らせ、きっぱりと断言した。
「お前が撮りたい……ジェネシス」
ジェネシスは思わず、長々とセフィロスを見詰めてしまった。何か言葉を発しようとしたものの、驚きのあまり言葉が出ない。
先ずはティーカップを口元に寄せ、紅茶をひと啜りして自分を落ち着かせる。
「その……撮るのは構わんが、記念写真にしかならないぞ?」
間髪入れず、真剣な面持ちでセフィロスが訴える。
「だが、記念写真みたいなものを撮りたい訳じゃないんだ。カメラに向かって、じっと大人しくしているようなお前じゃなくて、いつもの……日常のお前を撮りたい」
時には拗ねて、時には微笑って、時には甘えて、時には怒って、かと思えば思慮深い横顔を浮かべ資料や書物に没頭する。
そんな日常のジェネシスを撮りたい。
「なんだって、そんな……」
「お前の存在をいつでも感じていたい」
馬鹿馬鹿しいと一笑に付してしまいたいジェネシスの勢いを削ぐほどに、セフィロスは真剣な面持ちで訴えた。
「お前の素顔を撮らせてくれ」
一瞬、息を呑み、その後微かに口端を上げ柔らかい笑みを湛えるとジェネシスは「分かった」と云って、両手を耳元のピアスに添えた。
セフィロスは、黒い携帯端末を開いて、その画面を見詰める。
その縦長の画面に表示されるのは、一組の銀のピアス。
ジェネシスは耳元に両手を添えるとピアスを外した。ひとつひとつ丁寧に外し終えると、テーブルの上にピアスを転がす。
「これを、撮れ」
セフィロスが顔をジェネシスに向けると、そこにはピアスを外した本当の素顔のジェネシスが居た。
携帯画面に表示される銀のピアスを見詰めると、同時に脳裏に浮かび上がるジェネシスの素顔。
ジェネシスのピアスを携帯端末のカメラに収めたセフィロスに、ジェネシスはそっと身を寄せると彼の胸元に顔を埋ずめ呟いた。
── 気持ちだけは、ずっと傍にいるから……
遠くミッドガルから離れたこの地でも、ジェネシスの声が聞こえたような気がして、白銀の英雄は黙して携帯端末を閉じた。
end
2010/11/22