朝の挨拶
過密スケジュールに縛られた恋人は、夜更け近くに突然俺の部屋を訪ねてくることもしばしばであった。
神羅の英雄として奉り上げられ、如何なる特権を与えられようとも結局彼は会社の命令に従うしかない。時には、1stの特権を行使して命令を退けることもあるようだが、そんなのはごく一部の例外に過ぎない。
英雄であるセフィロスを見込んで、或いはセフィロスが英雄であるからこそ舞い込んできたミッションを英雄個人の思惑でキャンセルするのは実質不可能なのだ。
セフィロスも諦めているのだろう。殊にプレジデントからの要請は他の任務に関わっている時でさえ、断ることは出来ないようだ。
それでも、その忙しいスケジュールの合間を縫って、どうにか時間が取れると人目を忍んで会いに来てくれる。ほんの僅かな時間、短い逢瀬と分かっていて尚、俺との時間を捻り出してくれるのだ。
お互いに忙しい任務の合間で、一緒のベッドで過ごせる時間はいつだって貴重だ。
その所為なのか、俺はついつい過剰に彼に甘えてしまうようだ。セフィロスは、いつもは見られない俺の表情や反応に満足しているようだが、俺は少し気恥ずかしい。それ以上に、貴重な時間を一刻も無駄にしたくなくて結局は切羽詰まったように彼に縋り付き、求め、貪ってしまうのだが。
もっとセフィロスとの時間が取れれば、こんな醜態など晒さずに済むのに……と思うと些か理不尽に感じる。
だって、あまりにも俺はセフィロスに飢えすぎているのだ。
セフィロスと過ごした翌日の朝。
俺はいつも無意識にベッドの隣を手で探ってしまう。
大抵は虚しく空を切る。忙しいセフィロスには既に任務が詰まっていて、朝早くには再び任地に向かっているのだ。
稀に空振りせずに、まだ眠っているセフィロスを捉えられることもある。
そんな時、俺はセフィロスを起こさないようにそっと忍び寄り、極力気が付かれないよう、僅かに触れるだけのキスをする。
しかし、どんなに俺が慎重に細心の注意を払おうとも、ほんの触れるだけのキスにも係わらずセフィロスは目を覚ましてしまう。
セフィロスの目が覚めたら逢瀬も終わりだ。彼は新たな任務に旅立ってしまう。だから、出来るだけ眠っていて欲しいのに、まるで野生の獣のように敏感に察知してしまうのだ。憎らしい。
「もう少し、寝ていてもいいんだぞ? あまり寝ていないんだろう」
さりげなく引き留めようと優しい言葉を掛けてやっても、英雄には効き目がない。
「移動時間に寝るから、問題ない」
返ってくるのはなんとも素気ない返事。こちらの心配などお構いなしだ。
先程まで、セフィロスの唇と触れ合っていた自分の唇をゆっくりと指でなぞる。
出来るだけセフィロスに眠っていて欲しいのなら、朝のキスを控えればいい。分かってはいるのだ。だが。
恋人であるセフィロスは英雄でもあるが故に、滅多に隙を見せない。それは恋人である俺に対してさえも例外ではなかった。それが、例え甘い逢瀬の時間であろうとも……。
キスは特に顕著であった。たまに俺が自分からキスを仕掛けようとしても、いつも先手を取られてしまう。セフィロス自身も恐らく無意識なのだろう。こちらがキスを仕掛けようとすると、敏感にその気配を察して俺の顎を捉え上向かせるのだ。英雄として、常に自分が一歩先じていないと気が済まないのだろう。
だから、セフィロスが眠っている間に仕掛けるキスは、俺のささやかな楽しみなのだ。
唇が触れ合えばさすがに目を覚ますが、キスをしようと顔を近付けただけでは決して目を覚まさない。
つまり英雄は眠っている間さえも鋭敏に神経を尖らせているが、俺が近付く気配は許容してくれているということ。俺の気配は安全だと無意識レベルで認識してくれているという証だった。
そんな些細な証を確認したくて、俺は貴重な逢瀬を割いても朝の挨拶をやめられないのだ。
セフィロスには絶対に教えてやらない、俺の密やかな楽しみ。
それはセフィロスとの逢瀬の時間以上に貴重な甘い蜜の味だった。
end
2014/4/25