ブランチ

 うららかな春の朝。
 未だベッドの中でジェネシスはゆったりと微睡みつつ、だらだらとした時間を満喫するという贅沢を享受していた。
 せっかくのオフ日だ。このまま惰眠を貪るか、あるいは何処かに出掛けようかと眠たい頭で思考を巡らす。
 そう云えば、八番街で上演中のLOVELESSは最近になって監督やキャストが変わったはずだ。前から好きだった監督に、前から気になっていた新しい役者陣。久しく舞台のLOVELESSを観に行っていないのも相俟って、猛烈に観劇欲が湧いてきた。
 ベッドの上で布団にくるまりつつもベッドサイドの携帯端末に手を伸ばして、もぞもぞと操作する。どうやらまだチケットは買えそうだ。昼公演なら空きがある。時間も間に合いそうだ。ポチポチとそのまま操作を続けて、とりあえずはチケットを確保する。
 再び瞑目して思考を巡らせる。
 外に出掛けるなら、ついでに晩飯も外で済ませようか? いや、出来れば食事は自室でゆっくりと味わいたい。演劇鑑賞はともかくとして、あまり人の多いところには行きたくない気分だった。
 ふと、アンジールが近くに美味いピザ屋が出来たと喜んでいたことを思い出す。ピザ屋なら恐らくテイクアウトもやっているだろう。アンジールのお勧めなら味も保証されている。テイクアウトのピザ、悪くない。
 演劇を見終わったあとに、ピザ屋に寄って出来ればワイン等も買って自室で優雅に食べる。ピザ自体はあまり優雅とは言えないかもしれないが、どうせ一人の食事だ。シンプルなくらいでちょうどいい。急な思いつきにしてはなかなか完璧な休日プランに思えた。
 ようやく起き出す気になったジェネシスは、改めて目を開けると携帯端末で時計を確認する。時刻は10時過ぎだった。軽くブランチでも済ませてから出掛ければちょうどいい時間だ。
一度思い立つと行動は早い。いそいそとジェネシスはベッドから抜け出して、キッチンへと向かう。
 とりあえずポットで湯を沸かして、トーストでも焼こうと食パンを取り出す。簡素だが軽く食べたい気分だったので他に付け合わせ等は用意せず、トーストのみで済ませようと思った。
 スムーズな手付きで食パンをトースターにセットした矢先。
 不意にインターホンが部屋に鳴り響く。
 せっかく完璧なプランが出来上がっているのだから、あとはサクサクと遂行するだけだというのに、早速邪魔が入ってしまった。
 しぶしぶとドアに向かい、誰とも確認せずにドアを開ける。宿舎は警備上誰でも入れる訳ではないし、そもそもジェネシスの部屋を訪ねる人間など限られているのだ。
 それでも不意の来客に驚くこともある。
「セフィロス!? まだ任務中じゃなかったのか?」
 ドアの前に佇むのは、長い銀の髪を優雅に靡かせて立つ神羅の英雄であった。
「早く終わらせて帰ってきた」
 英雄はこともなげに言う。が、ソルジャーに与えられるミッションは、基本的に期日に余裕がないものがほとんどである。むしろ緊急性の高いミッションが多い。スケジュールはいつだってギリギリだ。よって早く終わらせて帰るなんて芸当は普通なら出来ない。こんな真似が出来るのは、正に英雄だけの特権と云えよう。
 さて、今まさに焼く寸前のパンは一人前だ。
「ちょうど今、トーストを焼くところだったんだ。お前も食べるか?」
 任務から帰ってきたばかりなら通常は腹を空かせていると思うのだが、こと英雄の腹具合については容易く推測出来ない。だから、本人に聞いてみるのが一番確実だ。それだけの理由だった。
「俺の分も焼いてくれるのか?」
 返事を質問で返すセフィロスは心持ち嬉しそうだ。そうなると、やはりセフィロスの分も用意してやるしかなくなる。既にジェネシスが思い描いていた本日のプランには亀裂が入り始めていた。
 仕方なくもう一枚トースターに追加のパンをセットする。自分が食べるだけならトーストのみで構わないと考えていたが、帰投したばかりのセフィロスは空腹に決まっている。 トーストだけでは物足りないだろう。
 急遽冷蔵庫を漁る。幸いベーコンと卵があった。パンを焼くのと同時に、ベーコンエッグも作ることにした。
「座って待っててくれ」
 セフィロスにリビングに行くように促す。
サッとフライパンを熱してからベーコンを敷き、その上から卵を割り入れる。トーストとベーコンエッグの組み合わせはジェネシスも好きなのだが、自分一人分の為にわざわざ作るのが少し面倒だったのだ。だが、セフィロスの分も作るのなら面倒臭さが幾分やわらぐ。むしろ、どうせなら作ってやろうという気分になる。

 コーヒーを淹れつつ、皿やカップを用意する。やがてトーストが焼き上がり、ベーコンエッグもちょうど半熟程度の仕上がりになった。皿の上にトーストを置き、その上にベーコンエッグを乗せる。こればかりはジェネシスの好みだ。どうせセフィロスも文句は言わない。適当に塩こしょうを振ると、リビングで待つセフィロスのもとへと運んだ。焼き立てのトーストとコーヒーの匂いが鼻孔を心地よく刺激する。
 英雄はコーヒーをひとくち啜ってから、おもむろにトーストに齧りつく。「ありがとう」も「いただきます」の言葉もない。余程、腹を空かせていたとみえる。ある程度食べ進めてから、ぽつりと「うまい」と言った。
 ジェネシスもその言葉に安堵して自らも食べ始める。食べながらも、ちらりと時計を確認する。食事は簡単にすませて直ぐに出掛けるつもりだったから、既に予定していた時刻よりも遅れている。それでも、今すぐに出掛ければ間に合うだろう。だが──。
「セフィロス。悪いが、俺はこれから用事があって出掛けるところだったんだ」
 セフィロスは追加で焼いてやったトーストを咥えたままジェネシスを見る。
「演劇を……LOVELESSを観るために劇場に行く予定なんだ。その、良かったら一緒に行くか?」
 これはジェネシスの勝手な憶測であるのだが、恐らくセフィロスが突如LOVELESSを鑑賞したいと云えば、劇場側は急遽席を用意するだろう。彼は少なくともミッドガルでは超VIPだ。ジェネシスにしたって、セフィロスと一緒にLOVELESSが鑑賞出来るのであれば一石二鳥である。
「──演劇、か」
 ぽつりと呟いてから、その後セフィロスは黙々とパンを咀嚼し続け、最後まで食べ切った。
「悪いが疲れているんだ。このまま休みたい」
 およそ想定通りの答えが返ってきた。残念なことではあるが帰投直後なのだ。仕方ない。ジェネシスは一人で出掛けることに決めて、テーブルの上を片付ける。
 と、ソファに座ったままセフィロスが来い来いとジェスチャーで手招きをする。
 要請に応じて渋々ソファの隣に腰掛けながらも、ジェネシスは困惑気味に告げる。
「どうした? もう出掛けないと開演時間に間に合わないんだ。手短にしてくれ」
 言い終わるかどうかというタイミングで、セフィロスはジェネシスの背中に腕をまわし抱きすくめた。
「セフィロス……?」
「しばらく、こうしていたい」
 背中に廻された両腕に力が入る。
心地良い。久しぶりの感触。体温。懐かしい匂い。不覚にも離れたくないと思ってしまう。反射的にジェネシスもセフィロスの背中に両腕を廻し抱き合う形となる。無意識だった。そして、一度抱き合ってしまうと心地よくて余計に離れがたくなる。ただずっと、こうしてお互いの体温を感じ合っていたい。
 無為に時間が過ぎ去ることが分かってはいたが、ジェネシスはセフィロスを振りほどくことが出来なかった。久しぶりの恋人との再会。会えない時間が長いことなど慣れているつもりだった。当たり前だと諦めていた。今になって、思ってた以上に自分は飢えていたことに気付く。
「お前とこうしたくて早く終わらせてきたんだ」
 抱き合いながら、低い声で熱く囁かれてジェネシスの頬は朱に染まる。自分だけではない。セフィロスもまた飢えていたのだ。
 お互いの体温を充分に感じ合ったのち。
 セフィロスは背中に廻した腕の力を少しゆるめて、左手でジェネシスの頬に触れる。流れるような自然な所作で顎先に指を滑らせる。そうして当たり前のように口唇を啄む。戯れるように舌先が唇をなぞり、歯と歯の隙間に入り込んでくる。慎重かつ大胆にじわじわと侵蝕は進む。浅い口付けから深い口付けへと変化するのに、そう時間は掛からなかった。
 セフィロスに侵蝕される感覚はいつも期待と畏れが入り混じる。この感覚に襲われると、もう駄目だ。舞台だとかピザやワインなど先程まで考えていた予定が全てどうでも良くなってしまう。いや、どうでもいい訳ではない。未練はある。だが、それ以上に抗えないのだ。どうしても。
「セフィロス──」
 思わず名前を呼ぶ。求めてしまっている。いや、実際に欲しくて欲しくて堪らないのだ。
 ジェネシスの想いを見透かすように口付けは首筋から鎖骨へと移動していく。自身の心はこの英雄には筒抜けなのではないかと思う。それが恐ろしくもあり嬉しくもある。気持ちが通じ合っているのだと思い上がってもいいのだろうか。
 もはや演劇のことなどひと欠片も脳裏には残っていなかった。自明の理だ。目の前の英雄に勝るものなどジェネシスにはない。ただ、セフィロスに徐々に侵蝕されていく心地よさに身を任せるばかり。強いセフィロスに憧れているはずなのに、肝心のセフィロスの前だとどうしてこんなにも弱くなってしまうのか。戸惑いと焦りをたやすく快楽が凌駕していく。セフィロスの指が脇腹や背中を滑り、ボタンを外し裾をたくし上げ、襟元をひろげる。そんなセフィロスの所作ひとつひとつがジェネシスの理性を薄氷を踏むがごとく崩していく。これ以上、神羅の英雄は何を奪おうというのだろう。憐れな信奉者に過ぎないジェネシスには推し量ることすら許されなかった。
 気が付いた時には、既に胸元は露わにされ、ボトムも膝下あたりまで引き下げられていた。しかも下着ごと脱がされている。無防備な姿をさらけ出している自覚とともに芽生えたのは、羞恥ではなく期待だった。
 一旦こうなるとジェネシスは腹を括るのが早い。だが、反してセフィロスの愛撫は慎重だ。鎖骨よりも下の胸元に舌を這わせ舐めあげ、時に吸いつく。
「あっ──んっ」
 ジェネシスは舐められ吸い付かれる度に小さく嬌声を漏らしてしまう。乳首を吸われ、腹筋に舌を這わされ、下腹部の核心に近いところまでセフィロスの唇は移動していく。
「ああ──っ」
 覚悟が間に合わないまま、セフィロスはジェネシス自身を口に含んだ。
「や、嫌──だ……!」
 過剰な快楽に戸惑い、拒絶の言葉が口をつく。当然、セフィロスは気にせぬ様子で陰茎を舐めあげ舌先で刺激していく。細かな快楽の積み重ねが大きな愉悦へと成長し、ジェネシスはさらに大きな嬌声を上げた。
「あぁ──もう……っ」
 応えるようにセフィロスはジェネシスの後孔に指を差し入れた。ローションを使って、ぐずぐずに後孔を解されたジェネシスは、もはや言葉でも身体でも抵抗する様子はない。むしろ、力を抜いて英雄を受け入れる体勢となっているようだ。ようやくセフィロスもジェネシスの望みを叶える気になったらしく、一度身体を離してジェネシスの膝下に腕を入れ抱え上げた。
 ひくつく後孔にセフィロスの雄が押し当てられる。慎重にゆっくりと侵入していく。この瞬間はいつも緊張する。きっと永遠に慣れることはないのだろう。
「セフィ、ロス──早くっ」
 最奥まで満たして欲しくて、催促してしまう。早く、一刻も早くこの渇望を、その圧倒的な質量で満たして欲しい。深く深く穿って欲しい。そうして、やはり自分はこの英雄には敵わないのだと思い知らせて欲しい。
 ジェネシスの業が深く歪んだ欲望をセフィロスも、そしてジェネシス自身も知ることはない。自覚の無いまま誘って誘われて、最後にはどちらが望んだ行為かも分からなくなる。
「──ジェネシス!」
 ジェネシスに煽られて、セフィロスは一気に挿入を進める。それでなくても英雄とて久方ぶりの逢瀬である。飢えを抑えることなど難しい。欲望のまま押し進めて、ついに最奥まで達する。
「はぁっ──ううっ!」
 ジェネシスの抑え切れなかった喘ぎが余計にセフィロスを煽る。久しぶりなのだから優しくしてやらなければ──等というなけなしの配慮はあっという間に頭の片隅に追いやられてしまう。
 目蓋を伏せ、汗ばんだ顔をさらすジェネシスをなお追い詰めるように律動を繰り返し抽挿を深くする。ジェネシスの表情に苦痛と快楽が混じる。
「ンんっ──はぁ……」
 お互いにより深い繋がりを、より強い快楽を、より重い欲望を求めずにはいられなかった。

 思う存分、欲望をぶつけ合って快楽に溺れて精を吐き出し合って暫し。ジェネシスは気怠い身体を起こして、寝室からブランケットを持ってきた。
 まだ裸で触れ合っていたい。肌を合わせて相手の熱を感じたい。まだ足りてない二人はソファの上でブランケットに包まりながら、余韻に浸っていた。もうとっくに今日のジェネシスが立てたプランなど立て直しようもないほどに、時が過ぎていた。だが、もうどうでもいい。今はただこうしてセフィロスと一緒にいたい。この空間を、この時間を共有していたい。
「どうしてお前には勝てないんだろうな……」
 不意にジェネシスは独りごちた。恐らく、その理由を誰よりも知っているのが、ジェネシス本人なのだが。ゆえに思わず宙に放ってしまった疑問に答える者はおらず。セフィロスはブランケットの中でジェネシスに寄りかかりながらも、いつしか寝息を立てていた。
 ジェネシスのプランを、思惑をぼろぼろになるほど崩せるのはこの世にセフィロスだけ。そして、困ったことにジェネシスにはそれを嫌だと感じることが出来ないのだ。
 肩に英雄の重みを感じ、ジェネシスは口角を上げる。この時間が一刻も長く続けばいいと願いながら──。

end

2025/3/24