ペナルティ (後編)
あれから幾日か経ったが、未だにジェネシスの頭の中はアンジールのことで一杯となり、ぐるぐるしていた。下手をすると任務中でさえアンジールの言動がよみがえり思い悩んでしまう。一度きりだと、もう二度としないと云われて、むしろ大きなしこりが残ってしまった。何度も何度もその理由を考え、正答を導き出そうとするが、一番納得のいく解答からは目を逸らしてしまう。
どうしてアンジールの態度にこんなにも憤りを感じているのか。強引に、なかばレイプのごとく貞操を奪われたことに対する憤懣ではなかった。残念なことに。
実際、憤りを感じているのは、あの晩のことではなくその翌日の晩のことなのだ。認めたくはないが、複雑に絡まりあった感情の糸を丹念に解いていくと自然に導き出されるひとつの結論。
ベッドになかなか入れなくて逡巡していたあの時。鼓動が逸り、身体が熱を帯びていたあの時。
ジェネシスは焦りや不安だけを感じていた訳ではない。彼は、何より期待していたのだ。
アンジールにもう二度としないと告げられ、胸中に訪れたのは安堵でも歓喜でもない。落胆であった。
そう、あの時ジェネシスは自分でも驚くぐらいにがっかりしたのだ。あの時ほどアンジールを冷たく感じたことはない。
だが、この結論に辿り着いてしまうと、自ずともうひとつの解答も導き出されてしまう。すなわち、ジェネシスはあの晩の行為に嫌悪を抱いているどころか、もう一度アンジールに抱かれたいと望んでしまっている──ということ。
アンジールのことを想うだけで動悸が逸る。体温が上昇する。アンジールが欲しい。肉体的にも精神的にも。
決して恋情ではないと思っていたのに、これでは純情な恋する乙女のようだ。
仮に、ここで素直にアンジールへの恋心を認めたとしても、それはそれでまた厄介な問題が浮上してくる。未だもってアンジールの心情がさっぱり分からないという懸案だ。
あの晩、アンジールが好意の上からジェネシスを抱いたというなら問題ない。いや、男同士ということは些か問題かも知れないが、その点を除けば二人は両想いだ。同意の上ではなかったが、アンジールがジェネシスへの恋情を募らせ思い余っての行為であったというならば構わない。だが、あの晩アンジールの態度からは到底そういった意図は見出せなかった。
アンジールは「ペナルティ」だと云った。いったい何に対するペナルティなのかというと、恐らくジェネシスの日増しにエスカレートする傲慢な態度への制裁と捉えるのが適切であろう。あの頃、アンジールが自分に対する不満を溜め込んでいたのは薄々感じてはいた。だが、ジェネシスは頑なに改めようとはしなかった。
あの晩の行為が、ついに堪忍袋の緒が切れたゆえの文字通りペナルティとして行われたものならば、アンジールがジェネシスに好意的である可能性は格段に低くなる。しかし、ペナルティだからといって、アンジールが友人を前触れもなく警告もなく犯すだろうか。普段から公私問わず、理屈の通らない行動など決して取らないアンジールなだけにふつふつと疑問が湧いてくる。
アンジールの気持ちが知りたい。そして、やはりアンジールもジェネシスのことを想ってくれているのだと確認したい。その時がくるまで、ジェネシスの胸中に安堵が訪れることはないだろう。何しろ、今をもって嵐のごとく吹き荒れているのだ。
悩みに悩み、考えに考えを重ねた結果、ジェネシスの心の中には「アンジールを好きだ」と想う気持ちと「アンジールの気持ちを知りたい」という、ごくごくシンプルなふたつの気持ちだけが残った。そして、好きだと自覚したがゆえに、あの晩のアンジールの態度を余計に恨みがましく憎らしく思ってしまうのだ。
毎日同じ部屋で暮らし、ほぼ寝食を共にしているアンジール。子供の頃から一緒に過ごしている幼馴染み。その誰よりも深く理解し、よく知っているはずのアンジールの気持ちが分からなくて、ジェネシスはずっとヤキモキしている。
同室だからこそ、親友だからこそ、幼馴染みだからこそはっきりとさせたい。はっきりさせなくては、もう同室ではいられない。親友でもいられない。
ジェネシスが決意を固めて数日。お互い任務が立て込んでいて、ゆっくり話をする機会がなかなか訪れない。1stの昇格試験も迫っている。歯がゆい日々が続いた。
ようやくお互いの任務も片付き、久方振りに二人で夕食をとった夜。ジェネシスは、この件をこれ以上先延ばしに出来ないほどに切羽詰まっていた。
「アンジール、今日は一緒に寝よう」
「そりゃあ、同室なんだから一緒に寝るだろう? 今さら、何を言ってるんだ」
「それは……そうだが」
今日こそは話をしようと焦るあまり、わざわざ宣言する必要もないことを口走ってしまう。軽くあしらいつつアンジールは少し呆れているようだ。二人きりの部屋でジェネシスだけが空回っている。自分をこんなに振り回しておいて、アンジールはどうしてこんなに落ち着き払っているのだろう。思わず溜め息が洩れる。
やがて消灯の時間が訪れて、二人ともベッドに横になった。
すっかりリラックスした様子で、ベッドいっぱいにまで身体を伸ばし欠伸を洩らすアンジールは放っておけば、直ぐにでも眠りに就いてしまいそうだ。彼が寝入ってしまう前に、何か話し掛けなければ──。不意にアンジールはごろりと寝返りをうって、ジェネシスに背を向けた。
「あ、アンジール……」
名前を呼んだだけで緊張して、ごくりと唾を飲み込む。
「どうした?」
背中を向けたままではあるが、優しい声音が返ってくる。しかし、せっかくアンジールが応えてくれているのに、肝心の続く言葉が出てこない。つくづくジェネシスは言葉でのコミュニケーションが不得手なのだ。言葉だけで想いを伝えるには距離がありすぎる。
ジェネシスは布団に潜り込むと、匍匐して無理矢理アンジール側のベッドに侵入した。そうして、アンジールの背中に密着し、甘えるように縋りつく。アンジールの体温のぶんだけアンジールのベッドの方が暖かく感じた。
子供みたいにアンジールの背中にしがみついたまま、思い切って背後から問い掛ける。
「俺のこと、嫌い……なのか?」
嫌われているとまではいかなくても、避けられているのは確かだろう。自信の無さが表れ、問い掛ける言葉はたどたどしい。
「どうして、そう思うんだ?」
「怒ってる……みたい、だから」
恐る恐るではあるが、なんとか言葉を絞り出す。身体を密着させて体温を感じている所為か妙な安心感があって、先程までの不安は薄れていた。
少しの間があって、アンジールの身体が離れる。と思う隙もなく、アンジールはごろりと寝返りを打ってジェネシスと向かい合った。それから、改めてジェネシスを引き寄せると、宥めるように赤髪をゆっくり撫でた。ふと子供の頃にあった光景が脳裏をよぎり、ジェネシスは少し照れて俯いてしまう。
幼い頃から気紛れで我が侭だったジェネシスは、よく周囲の大人達を困らせていた。当然ながら、いつも我が侭が通るはずもなく、窘められたり時には叱責を受けた。そんなジェネシスに幼馴染みのアンジールは飽くまで甘くて、落ち込むジェネシスをこうして優しく撫でながら慰めてくれたものだ。
懐かしさと気恥ずかしさに頬を染めるジェネシスを、アンジールは更に引き寄せ腕の中に収めた。それなりに体格差があるという自覚はあったが、こんなすっぽりとアンジールの腕の中に入ってしまうほど顕著だとは思わなくて軽くショックを受ける。昔と比べてアンジールは随分と逞しく成長したのだ。もう子供の頃のようにはいられない。改めて、そう感じた。現に目の前にいる黒髪の男は立派な大人の身体を有している。
「お前を嫌うはずがないだろう」
耳許近くで心地良い低い声が響く。安心を誘う慣れ親しんだ声。
簡単に信じたくなる。もっと強い言葉が欲しくなる。もっと……遠回りではないストレートな言葉が欲しい。一度水を向けられると、どんどん貪欲になる。
「俺の大事な幼馴染みだ」
飽くまで幼馴染み、友人というスタンスなのか。返ってきた落ち着いた声音に意気消沈しながら問い掛ける。
「だったら、どうしてあんな……こと」
ジェネシスは詰るように絞り出すが、実際に責めているのはアンジールの先日の行為ではなく、曖昧な言葉しかくれない今の態度だ。あんなことをしておきながら、決して幼馴染みという枠組みを逸脱しようとはしないアンジールが許せないのだ。
当初は肉体関係を結ぶことに戸惑いを覚えたジェネシスも、アンジールへの気持ちを自覚した今となっては幼馴染みの態度が却って素っ気ないものに感じてしまう。自分はこんなにもアンジールへの想いを募らせ悶々とした日々を過ごしていたというのに、何故アンジールは平気そうなのだろう。先日のことは無かったことにするつもりなのか。それは、あまりにも身勝手すぎないか。
考えれば考えるほどに途轍もない理不尽を覚えた。このままでは、やはり引き下がれない。納得がいかない。
「アンジール……」
ジェネシスはアンジールのパジャマを引っ張り、彼を自分の方に引き寄せる。一気に顔が近くなり、目と目が合った。
「……っ」
何か言おうと口を開くが、それでもやはり言葉が出てこない。ジェネシスは思い余って、言葉の代わりにアンジールに口付けていた。
気持ちを伝えようとすると、いつも言葉より先に行動が出てしまう。その癖、自分の突飛な行動が途端に恥ずかしくなるのだ。悪い癖だと思う。
ジェネシスは自分から口付けておきながら、すぐに照れ臭くなって慌てて身を離した。そうしてから、窺うような上目遣いでアンジールの表情を確認する。心臓が早鐘のごとく激しく鳴り響いてうるさい。
アンジールは困ったような、呆れたような、戸惑いの表情を見せていた。やはり幼馴染みからの恋慕など迷惑だったろうか。抱かれた時、アンジールからも情を感じたように思えたのは気の所為だったのか。
心の中に渦巻く不安を払拭するように、ジェネシスは朱に染まった顔のままキッとアンジールを睨み付けた。言葉で伝えられないなら、眼力で訴える。これで、つれなくされるようなら、所詮ジェネシスの一方的な空回りに過ぎなかったのだ。
アンジールは観念したかのようにジェネシスの身体を掻き抱き、上顎に手を掛けるとゆっくりと口付けた。
「アンジール……」
応えて貰えなかったらどうしようかと悲壮感さえ漂わせていたジェネシスを癒やすような、やんわりとした優しい口付け。胸の中がいっぱいになり思わず切ない声音を洩らしてしまう。嬉しくて、ジェネシスの方からも、再度アンジールを引き寄せ口付けていた。それはもう触れ合うだけの軽いキスではなく、口を割り開き舌を求める強くて熱いキスだった。ジェネシスを抱き締める腕にも力がこもり、じっくりと味わうようなキスが続く。
舌を深く絡ませ合って、身体を求めるように抱き合って、どんなに身体を密着させても足りなくて、今すぐにでもひとつになりたいほど焦れったい。滾るような焦燥感を募らせジェネシスはアンジールに縋り付いた。
「お前が好きだ、アンジール。例えお前が俺のことを、幼馴染みや親友としか見ていなくても……」
一度、自分の気持ちを吐露すると堰が決壊したかのように感情があふれ出す。先程までの懊悩が嘘のように、あふれる言葉を抑えられない。
「お前に抱かれたあの晩から、お前のことばかり考えてる。お前が俺を抱いたのは、俺を懲らしめるためであって、それ以上の他意はないんだと、何度も、何度も自分に言い聞かせたさ。でも……アンジール、ごめん。俺はお前が好きなんだ」
不安と共に自分の正直な気持ちを全て打ち明けてしまうと、却ってジェネシスは清々しく晴れ晴れとした気分になった。
例え友人としてしか見られていなくても構わない。本音を吐露することによって、自分の好きだという気持ちが揺らぎないことを再確認することが出来た。それだけでジェネシスは満足だった。
今は自分の気持ちを伝えたられただけで充分だ。アンジールからの返事を聞くまでもない。いや、これ以上彼に何かを求めるのは野暮というものだ。ジェネシスは背中に回された腕をほどき、すっとアンジールから身を離すと、自分のベッドへ戻ろうとして彼に背を向けた。しかし、ジェネシスの移動を阻むかのように背後から大きな身体がしっかりとジェネシスを包み込む。
「お前が……好きだ。ジェネシス、ずっと──好きだった」
背後から覆い被さるように耳元で低い声が甘く響く。一気にジェネシスの体温が上昇したのは、アンジールの告白の熱さゆえか、はたまたアンジールの体温の高さゆえか。身体の熱さと、包まれる安心感とで涙腺が緩みジェネシスのアイスブルーの瞳が潤んだ。
ずっと聞きたかった言葉。ようやく伝えられた想い。かつてないほどに今、二人は通じ合っている。
ジェネシスにもアンジールにも、それ以上欲望を抑えることが出来るほどの理性は残っていなかった。
改めて向かい合い、抱き合い、お互いの唇を確かめるように貪り合った。それでもまだ足りなくて、争うようにお互いの服を脱がせ合った。心になんの枷も縛りなく求め合えることが、心震えるほどに嬉しい。
「アンジール」
「ジェネシス」
名前を呼び合うだけでこんなにも満ち足りるのに、もっともっと欲しくなる。アンジールはジェネシスの唇と頬に軽く口付けると、そのまま下降し首筋にキスを落としていく。
「あっ……んん」
熱くなった身体は官能に対して、ひときわ過敏になる。ほんの少しの愛撫で、早くもジェネシスの唇からは嬌声が洩れてしまう。想いが通じ合った状態で与えられる愉悦は格別で、吐息すら抑えることが出来ない。
ますます熱くなっていく身体を、アンジールは慎重に曝いていった。中途半端にはだけた着衣をゆっくりと脱がし、露わになったところにはキスを落とし、手でまさぐる。触れられたところがまた熱くなって、ジェネシスはもう蕩けそうだった。
胸筋や腹筋をまさぐる逞しい手は、次第に下腹部へと移動していく。直接触れるまでもなく、ジェネシスのものは既に固く屹立しているのが分かった。下着の上からゆるゆると刺激を与えただけで、焦れったそうに身悶えしている。そのまま、下着の中に右手を忍ばせ陰茎を握り込むとジェネシスの身体はびくりと震えた。先走りで濡れそぼった先端部分をぬるぬると弄んでやると、ジェネシスの目許は朱を帯びて一段と濃い色香を纏う。
濡れた指先を、さらに奥まで滑らせると特に抵抗も無いため、あっさり後孔まで辿り着いた。最初は先走りを潤滑剤代わりに、飽くまで緩く後孔を刺激する。少し解れてくるとアンジールは一旦ジェネシスから離れ、サイドテーブルの抽斗を開けた。そこから前回も使用した潤滑油を取り出す。
潤滑油を手に取って、指に馴染ませてから再度ジェネシスの背後に右手を滑り込ませる。
「ん! はあ……」
後孔を軽く刺激してやっただけで、敏感な反応を見せるジェネシスが可愛くて、いっそう愛おしい。
前回、やや無理を強いてしまったこともあり、アンジールはより丁寧により優しく、慎重にジェネシスの後孔を解していく。指1本である程度慣れたところで、2本に増やし、また慣れてくると増やすのを繰り返す。
「んんっ……あ、はぁ……」
ジェネシスの洩らす嬌声からは次第に余裕が失われていった。
内側から徐々に暴かれていくのは、果たして気持ちが良いのだろうか。ジェネシスの表情には、愉悦が多く混じり始める。
うっすらと開いた目蓋の奥にある艶めいた熱い碧玉で見詰められると、誘っているとしか思えない。アンジールはゆっくりと指を引き抜くと、パジャマの中に収まりきらなくなった己の雄を取り出し、何かに駆り立てられるようにジェネシスの後孔へとあてがった。
「く……ぅ!」
じわじわと侵入していく熱塊に対し、苦痛をその顔に滲ませながら、ジェネシスはより受け入れ易い体勢になるよう身体を捩らせる。痛みを堪えながらも受け入れようとする、その姿がいじらしくも愛らしくアンジールの感情はますます昂ぶった。高まった熱を一刻も早くジェネシスの裡に沈めたくて、ぐっと力を入れて腰を押し進める。出来るだけ優しく──などという慎ましい心掛けは脆くも崩壊しつつあった。
それでも僅かに残った理性に縋り、半分ほど陰茎が埋まったところで、なんとか動きを押し止どめる。
もっともっと、ジェネシスの奥深いところへ到達したい。ジェネシスの中を自分自身で満たしたい。欲望と理性とがせめぎ合い、荒い息を吐くアンジールの額には大粒の汗が滴った。同じく息を荒くしたジェネシスが、アンジールの肩口に手を掛ける。
「アンジール……。──ずっと、こうして……ひとつになりたかった」
僅かな理性も消し飛ばす甘い言葉。熱と涙で蕩けそうに潤んだ瞳で見詰められて、アンジールは迷わず自分自身を一気にジェネシスの奥まで押し込んだ。
「あっ! くぅ……っ」
身悶えしながらもアンジール自身を全て呑み込んだジェネシスは目許に涙を滲ませてはいるが、非常に満足げだ。肩口に掛けた手を引き寄せて、自分の口許にまでアンジールの耳許を近付けると「もっと」と熱を帯びた声でねだる。
手加減してやろうと必死に理性を総動員させているというのに、わざとなのか天然なのか、ジェネシスはそれを崩壊させるかの如く煽ってくる。暫時アンジールは愛おしげに赤い髪を撫でつけると、ジェネシスに覆い被さるようにして耳許に唇を寄せた。
「悪い、優しくできそうにない」
言い終わるか否かといったタイミングでジェネシスの両膝の裏に腕を差し入れ持ち上げると、即座にグラインドを開始した。受け入れたばかりで心の準備も身体の準備も出来ていないジェネシスの内部を激しく突き上げる。
「あっ! くっ……ん!」
苦しげな表情を見せながらも抵抗の素振りは見せない。互いの気持ちを確かめ合った後のジェネシスは殊勝にも、アンジールの行為を全て肯定した上で受け入れる覚悟なのだ。気持ちの次は身体でお互いを理解したい。受け入れたい。そんなジェネシスの健気な想いが伝わってくるようで、アンジールは一段と彼への愛しさを募らせた。
抜き差しを繰り返すうちに、次第にアンジールも平静さを取り戻す。昂ぶる気持ちを落ち着かせ、徐々にゆっくりとした抽挿に変化させると、ジェネシスの荒い呼吸もやがて色を帯びた甘い吐息へと変わっていく。やはり、性急な動きよりは緩慢な方が得られる快楽も大きいようだ。アンジールは改めて自身の動きをセーブすることに努める。
「ああっ……ん、ふ……」
じわじわと内壁の襞へと与えられる柔らかな刺激が蓄積して、ジェネシスから洩れる嬌声にも甘みが増していく。苦しさの中から静かに湧き上がってくる快楽に、戸惑いながらも身を捩らせている。まだ苦痛のみの方が我慢できる。何故ひとたび愉悦が混じり始めると、こんなにも抗い難いのか。少しずつ大きくなる快楽がやがて苦痛を凌駕すると、たちまち中心から末端へと官能の波が広がっていく。声も押し殺せない。
「はぁ、はぁ……あ、アンジール……!」
ジェネシスはアンジールにしがみついて何とか悦楽の波から逃れようと足掻く。無意識に立てられた爪がアンジールの背中に細い傷をつけた。
身も世もなく乱れ、あられもない嬌声を上げ、アンジールに必死に縋り付いている。普段はクールなジェネシスを、こんなにも淫らに追い詰めているのが他の誰でもなく自分自身なのだと思うとアンジールはいっそう猛った。その昂ぶりをそのままジェネシスにぶつける。そうして、またジェネシスは一段と深い愉悦の底へと堕とされるのだ。永久機関のように止め処がない。
「ああっ! はぁ……アンジール、もう……」
苦しそうに、焦れったそうにジェネシスが身をくねらせる。おそらく絶頂が近いのだろう。アンジール自身も達するのが勿体なくて我慢していたが、さすがに限界だ。
「どうにか……してくれ、アンジール」
切ない声音で、懇願する姿がまた艶媚だ。最初の時もそうだったが、やはり後ろへの刺激だけでは達せないのだろう。もどかしそうにアンジールの腕を掴み、自分の陰茎へと導こうとしている。
アンジールは一度その手を振り払い、改めてジェネシスの両手首を握りしめ拘束する。快楽に侵され力の入らない腕を掴み取るのは簡単だ。あっという間にジェネシスの両腕をシーツの上に縫い止めると、アンジールは今までとは打って変わって激しい律動を開始した。腰骨を打ち付けるほどの激しさに、ジェネシスはその美しい顔を歪ませる。
「あ、ああっ……いや、だ、アンジール」
目許に浮かぶのは、苦痛ゆえの涙か、官能によるものか。
存分に穿ったところで、ようやくアンジールはジェネシスの中心を握り込み、扱いてやる。すると張り詰めた糸が切れたように呆気なく、たちまち達してしまう。長い途絶ののちにようやく迎えた絶頂の波は余程大きかったらしい。今度は長くて深い射精とその余韻に身悶えし、甘やかな嗚咽が響く。
アンジールも合わせるようにして、ジェネシスの裡へと自身の熱い迸りを注ぎ込んだ。
お互いの想いを確かめ合った上での睦事を終え、改めて甘いひと時を過ごしたいところだったが、達した後ジェネシスは未だに放心状態でぼんやりと天井を見詰めている。あれだけ追い詰めたのだから無理もない。少し虐め過ぎただろうか。
アンジールはサイドテーブルからティッシュを数枚掴み取ると、まずは白濁にまみれたジェネシスの腹を簡単に拭ってやる。それから、呆けたジェネシスを軽く自分の方に引き寄せ、優しく髪を梳いてやった。だんだん落ち着いてきたのか、ジェネシスは目蓋を伏せるとアンジールに寄り添うように顔を寄せてくる。
近付くと未だ彼の呼吸が荒いのが解った。自分との行為でここまで乱れたのだと思うと、ますますジェネシスのことが愛おしくて堪らなくなる。自分の独占欲の強さにアンジールは自虐の笑みを零した。
「あ……アンジール」
呼吸もだいぶ落ち着き、生気の戻った瞳でジェネシスはぽつりと言葉を落とす。いまやアンジールに体重を預けた状態で寄り掛かり、すっかり心を許しているようだ。
「良かっ……た」
声にも安堵の色が濃い。
「そんなに悦かったか?」
云いながらアンジールは、未だ裸身を晒しているジェネシスの身体をまさぐった。まだ赤く色付く乳首、そして少し項垂れた陰茎を順々に指でなぞっていく。露骨に性感帯を触られ、さすがにジェネシスも不快を顕わにした。
「馬鹿! そういうことじゃない」
「じゃあ、どういう意味なんだ」
相変わらず陰茎をもてあそびながら尋ねてくる幼馴染みの悪戯な手をどうにか振り払いながら、ぽつりと呟く。
「お前に……嫌われているのかと、思っていた」
ずっと彼の心の片隅を支配していた心情を、ようやくジェネシスは吐露した。云ってから、ぷいとそっぽを向いてアンジールに背中を見せたが、その耳元は朱に染まっている。
「そんなこと、ある訳ないだろう?」と宥めながらも、アンジールには幼馴染みの胸中が手に取るように分かってしまった。たとえ表情が見えなくても、いや表情を見せないようにしているのが解るからこそ察してしまったのだ。
さすがに悪いことをしたと思い、アンジールはばつが悪そうに頭を掻く。そうして、今度は自分の胸の内をぽつりぽつりと話しはじめた。
「俺は、お前がいつか……誰か他の奴に奪われるんじゃないかと、心配で、気が気じゃなかった」
思わず振り返り、きょとんとした表情でジェネシスはアンジールの横顔を仰ぐ。いったい誰が自分のような爪弾き者にちょっかいを出すというのだろう? そんな無用の心配をして気に病んでいたのだろうか。
「お前は……自分でも多少は自覚があっただろうが、かなり周囲の反感を買っていたんだぞ?」
「もちろん、分かっていたさ」
ジェネシスは堂々と嘯いてみせるが、アンジールの憂患は推測すら出来ていない。
「お前の言動を面白く思わない先輩方の中には、お前に懲罰的な戒め……つまり、リンチを執行するべきだと考えている輩もいたんだ」
「!?」
「鼻っ柱の強いお前を敢えて組み敷きたいという、たちの悪い連中も多くて……な。懲罰という大義名分のもとに、お前はいつレイプされても、おかしくなかった──」
淡々とした落ち着いた口調に、却ってジェネシスの背筋に冷たいモノが走り、文字通りぞっとして身体が震えた。自分を快く思わない者がいるのは分かっていた。だが、そこまでの深刻な事態は考えていなかった。せいぜいが厄介者扱いされたり陰口を叩かれたりする程度のことだと、高をくくっていたのだ。
「それは、つまり妬いてくれてた──ということか?」
「そう……だな。これはヤキモチだったのかも、な。だから、冷静な判断が出来なかった。例えお前が拒んでも、無理矢理に抱いてしまえば……と。いま思えば無茶苦茶だが、もう、そうするしかないと思い込んでいた」
自分がレイプされる危険性があったという深刻な話よりも、そのためにアンジールがヤキモチを焼いてくれていた──という事実の方が嬉しくて口許が緩んでしまう。
「アンジール……好き、だ──」
アンジールの傍に擦り寄り、背中に身を埋ませる。
「だから、これからはお前に心配かけないように、気を付ける」
アンジールの気持ちも自分の気持ちもはっきりして心の靄が晴れたお陰か、ジェネシスはとても素直に応えた。かといって、アンジールの不安が消える訳ではない。
「しかし、これからもお前は狙われるぞ。もちろん、俺も常に注意を払ってはいるが……」
「大丈夫だ、アンジール。もうすぐ1stへの昇格試験がある。1stに昇格してしまえば、例え先輩ソルジャーだろうと手出しは出来ないさ。そうだろう?」
殊勝にも反省したのかと思いきや、不遜な態度は相変わらずだ。だが、アンジールは幼馴染みのそんなところが頼もしくもある。それにジェネシスの云うことも尤もだ。くだらない心配などしている暇があるなら、鍛練を積みさっさと1stに昇格してしまえばいい。
「そうだな。今度の昇格試験、お互いに頑張ろう」
先程から神妙な表情となっていたアンジールがようやく笑顔を見せる。それに応じるようにジェネシスも微笑した。
お互いに抱えていたわだかまりも解消し、新たな気持ちで臨んだクラス1stへの昇格試験。しかし、あと一歩というところで二人とも合格は出来なかった。これには、アンジールはともかくとしてジェネシスはかなりの落ち込みを見せた。
合格者として自分達の名前が呼ばれずに、茫然と佇む二人のもとへ上官である1stが近付いてくる。
「今回は惜しかったな。だが、二人とも素晴らしい成績だった。次の試験の時には、俺が推薦者になってやろう」
種明かしをすると、合格者とアンジール達の成績はほんの僅差であった。だが、合格者は試験前から予め1stの推薦を受けていた者達だったのだ。推薦者が決まっていない場合、試験合格後に推薦が受けられるかどうか判定されるのだが、やはり事前に推薦者が決まっているソルジャーの方が圧倒的に有利だ。成績が僅差の場合、どうしても既に推薦が決まっている者の中から合格者が選ばれる。だからこそ、上官の申し出は非常に有り難いものだった。
特にジェネシスにとっては朗報に近かった。人当たりが良く周囲からの信頼も篤いアンジールは全く問題視されていなかったが、周囲の反感を買ってばかりのジェネシスは試験合格以上に1stの推薦を受けること自体が難しいと思われていたのだ。
だが、その一番の難題であった推薦を上官の1stが約束してくれた。不合格と知ってから落ち込み暗い影を落としていたジェネシスの表情がにわかに明るくなる。
「ありがとうございます!」
瞬時に姿勢を正し、頭を下げるアンジールを見て、ジェネシスも慌てて頭を下げ、礼を述べた。今まで反撥したり命令を無視したりで上官を困らせてばかりだったことを、今度こそジェネシスは深く反省した。こんな問題児であった自分を認めて後押ししてくれるのだ。アンジールがこの上官を尊敬している理由がようやく分かったような気がした。そうして、自分がとんでもなく子供であったことも。
試験のあと、二人は訓練施設に設置されたシャワールームで汗を流し一緒に宿舎へと戻った。
「試験は残念だったが、推薦が決まって良かったな」
これで恐らく二人とも、次の試験での昇格は間違いないだろう。
「ああ、だが……お前は当然として、どうして俺まで推薦してくれるんだろう?」
「それはもちろん、あの上官はお前のことだって以前から目を掛けてくれていたからな。だからこそ、お前はソルジャーの資格を剥奪されることもなく、こうして1stの昇格試験を受けられるところまで成果を認められているんだ」
それが一方で更に周囲からの反感を買う要因となっているのだが、こればかりは上官にもどうしようも出来ない。むしろ、今までジェネシスが無傷でいられたのは上官の采配やアンジールのフォローがあってのことだった。
上官が自分の実力をきちんと認めてくれていたのだということを、改めて実感してジェネシスは己を鼓舞した。いつまでも周囲に甘えている訳にはいかない。
「まあ、1stに昇格出来るまでは引き続き先輩方の動向には気をつけた方がいいだろう。もちろん、俺もちゃんとお前のことを守って……」
「いや、大丈夫だ、アンジール。降りかかった火の粉ぐらい自分で払えるようでなければ、1stになどなれないさ」
自信満々といった口調ではあるが、かつてのような尊大さはなかった。自省からか彼の中に責任感が芽生えたようだ。これ以上アンジールに迷惑を掛けられないと感じているのだろう。
無論、アンジールは惚れた弱みで幾らでも迷惑をこうむって構わないと考えているのだが、ジェネシスの成長を尊重して、それ以上の発言は控えた。言葉を掛ける代わりに、そっと抱き寄せて口付ける。
憎たらしく思ったこともあったが、今はただ愛おしい。いや、好きだったからこそ、憎らしくも思い、懲らしめてやりたくもなったのだ。しかし、これからは乱暴に扱うのではなく、もっと大きな心で彼を包み込んでやりたいと思う。
二人の間にふとした切っ掛けで吹き荒れた嵐。
幼馴染みの二人の関係が崩れ去ってしまうのではないかと思われるほど、二人の間を大きく掻き乱し揺れ動かした。こうしたことの積み重ねが、少年を青年へと成長させるのだろう。彼等の関係も内面も大きく変わろうとしている。
そして、大きな嵐が吹き終えたあとに訪れた凪は、どこまでも穏やかで碧く深く澄み渡っていた。
end
2015/2/23-5/31
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