月齢 (3)

時折、舌を絡ませている為に起こる水音とジェネシスの甘い吐息が洩れてきて、離れた場所から見ているアンジールにも二人の間で交わされているキスが濃密なものである事が嫌でも伝わってくる。
しかも、ジェネシスはセフィロスの背中や首に腕を廻し、更に深いキスを強請っている。セフィロスの手も慣れた様子でジェネシスの身体を這い回り、そのバスローブごとまさぐる。自然と乱れていくバスローブの隙間から、ちらちらと覗く白い肢体がアンジールを無性に苛立たせた。
ジェネシスはセフィロスに縋り付きながらも、ソファへと誘導する。ソファの上でも尚、口付けを続行し、更にセフィロスのコートに手を掛けゆっくりと脱がし始めるジェネシス。まるで、今このまま、この場所で行為に及ぶ勢いにセフィロスも些か戸惑う。
「ベッドに行かなくても良いのか?」
まだ数える程しかジェネシスと情事を重ねた事が無いセフィロスでも、彼がベッド以外での行為をあまり好まない事は承知していた。
「あんたを、俺の寝室にまで入れてやる気は無い」
「クッ、相変わらずガードが固いな」
相手をばっさり切り捨てるようなジェネシスの冷たい物言いさえ、今は嬉しい。其所が例え好まない場所であってもセフィロスを受け入れようという積極さを感じられて、セフィロスの気分も一気に高揚する。
一方、寝室から二人の行為を覗き見ているアンジールには、眼前で繰り広げられる、ある意味屈辱的とも言える光景に少なからずショックを受けた。ソファ上での行為が嫌いなはずのジェネシスが、よりにもよってソファの上でセフィロスを受け入れようとしているのだ。ジェネシスの事を良く知っているからこそ、アンジールにとっては有り得ない、信じ難い光景だった。
セフィロスは今一度、味わうようにじっくりと舌を絡ませてから、ジェネシスのシャープな白い首筋に舌先を走らせる。と、びくりと身体が跳ねて幾分乱れたバスローブが更にはだけていく。舌先の移動と共に少しずつ露になっていく均整の取れた筋肉を備えた白磁の肌は、僅かに熱を携えており何とも煽情的であった。
バスローブが乱れていけばいく程、それに伴うようにジェネシスの息も乱れていく。セフィロスの愛撫は何時になく丁寧で、指先や足先などの末端にまで及び、ジェネシスは全身にあまねく微細な快感を享受した。ひとつひとつは微細な感覚でも積み重ねれば大きなうねりとなる。ジェネシスの身体が十二分な愛撫により、白磁の肌がうっすらと朱を帯びるほどに高められた事を確認したセフィロスは、ようやく彼の核心に迫った。
戦闘に於いては一切駆け引きなどせず、その圧倒的な力差でもって一方的に敵を凌駕し殲滅せしめるセフィロスにとって、ジェネシスと交わす行為はある種戦闘よりもスリリングなものである。常に相手の状態や心境などを鑑み推測しながら慎重に手順を進めていく必要のあるジェネシスとのセックスは、戦場で得られるものとは違うカタルシスをセフィロスに与えた。
強固な砦を内と外から手を尽くして籠城に追い込み、あらゆる補給と逃亡の手段を断ち切り、完膚無きまでに陥落させる。そんなセオリー通りの戦術が却って縁遠い神羅の英雄に、戦場では得難い達成感をもたらす。
セフィロスの指先が、砦の一部が崩落した事を確かめるように後孔に差し入れられる。一本、二本と増やされていくそれにびくりと身体を震わせ、素直に反応を示すジェネシスは最早セフィロスの手中に墜ちたも同然。
「クッ、今日はどうした。俺が欲しくて待っていたのか? 簡単に入っていくぞ」
先程、短い時間ではあったが既に一度アンジールを受け入れているのだ。セフィロスの指など容易く呑み込んでしまう。
質問に答えられず、ソファに力なく身体を預けているジェネシスの息が一段と上がる。セフィロスも答えを求めていないのか、その顔を無理矢理に上向かせると吐息ごと呑み込むように口付けを施した。
息が乱れているところへ強引に唇を塞がれて、ジェネシスは軽い呼吸困難に陥る。その為、更に息が乱れ、頬が上気した。
朱に染まった頬に慈しむような触れるだけの口付けが落とされる。それはまるで、愛おしい恋人に対して為される行為のようであった。
「あっ、ああっ、セフィロス……」
三本目の指を入れられて、ついに観念しきれなくなったのかジェネシスは常にない大胆な艶声を洩らす。普段なら、余程深く行為に没頭している状態ではない限り、滅多に出す事のない大きな声。
「今日は、随分と過敏なようだな」
揶揄う様に低い声で囁くセフィロスは、それがアンジールに聞かせる為に発せられているものだとは気が付いていない。
「ん、もう……セフィ、ロス──
強請る様にセフィロスの首に腕を廻し、ジェネシスの方からも積極的にキスを求めてくるのを受けて、セフィロスは意地悪く質問を投げ掛ける。
「俺が欲しいか? ジェネシス」
「俺は── 焦らされるのは、嫌い、だ!」
突如、ジェネシスの眼光がぎらりと煌めく。その蒼天の瞳に映るセフィロスの顔は満足気に口端を吊り上げた。ジェネシスの腰をしっかりと捉えると、セフィロスは己れのモノをジェネシスの後孔にあてがい徐々に突き入れ侵蝕する。
「あっ、あっ、ん、はぁ……セフィロス。セフィ、ロス……」
セフィロスを受け入れて何度も名前を呼びながら必死にしがみつくその姿が、アンジールにはこの間のジェネシスの姿とだぶって見えた。
あの時もジェネシスは、何度もアンジールの名を呼びしがみついてきた。情事の後も決して離れようとはしない程に、自分を強く求めてくれた。それがアンジールには、幼馴染みであるという枠を超えるほどに嬉しかったというのに、目の前に繰り広げられる残酷な光景はあの時感じたアンジールのジェネシスへ対する情愛を否定された様で、苦しい様な腹立たしい様な複雑な寂寥感に覆い包まれる。
目を瞑り、耳を塞ぎ、何も知らない振りが出来たらどんなにか良いだろう。だが、負の感情よりも、ジェネシスがセフィロス相手にどんなセックスを── どんな表情を、どんな声を、どんな姿を曝け出すのかが気になって、目を逸らす事が出来なかった。
これは好奇心とでも謂うべき感情なのだろうか? そして、これが好奇心故の興味だと言うのならば、自分がジェネシスに抱いている感情は、飽くまでも友情や幼馴染みの域を越えていないのではないか、とも思う。
アンジールがジェネシスに対して抱いている感情は一体何なのか。自分の感情を、自分の想いを見極める為にも、意を決してアンジールは最後まで二人の行為を見守る事にした。
セフィロスとジェネシスが身体を繋げた後は、それまでとは打って変わってしんとした静寂が場を支配している。
時折、ジェネシスの荒い息遣いとセフィロスの呻く様な声が微かに洩れてくるだけだ。
静寂のあまり、先程までは聞こえてこなかった口付けや結合部が擦れる度に発生する微かな水気を含んだ音までが淫猥にリビング内に広がる。それが、却ってセフィロスとジェネシスが二人きりの世界に浸りきっている事を顕しているようで、アンジールは言い知れぬ疎外感を感じた。
今まで、ジェネシス絡みの事に関しては幼馴染みで親友であったが故に、自分で感じる事など無かった、周りに感じさせる一方であった疎外感。それを、こんな形で自身が味わされるとは、思いも寄らなかった。
何故ジェネシスは、自分とセフィロスとの関係を、こんな方法でアンジールに知らしめようとしたのか。
「はあ……セフィ、ロス……ん」
うっとりと瞳を閉じて、セフィロスから与えられる快感を堪能しているジェネシスの姿に、アンジールは半ば諦めにも似た感情さえ抱く。
ジェネシスが自分を求めてきたのは、飽くまでも周期の満ち欠けに合わせたもの。最初から、自分だけを必要としていてくれていた訳ではないのだ。他にもっと良い相手がいれば、幾らでも代えが利く。自分はその程度の存在だったのだと、改めて思い知らされる。
しかし、アンジールにとってもジェネシスの存在は同程度の── 求められたから応じていた、その程度の関係だった筈だ。それが、いざ、こうしてジェネシスが他の男に抱かれている現状を目の当たりにすると、何故こんなにも不快なのか。
苛々と無意識に歯軋りをしながら、尚もアンジールは二人の行為を見詰め続けた。
ソファの背凭れにその身を預けながら、ジェネシスはその奥深いところまでセフィロス自身を受け入れている。と、セフィロスに不意に頭髪ごと頭部を掴まれて無理矢理下方を向かせられた。
今まさに、セフィロスを呑み込んでいる結合部分がジェネシスからも視認出来て、現在進行形で行われている行為の淫虐さを認識させられる。あまりの卑猥さに理性が飛び、且つ、その淫らな行為をアンジールに見られているのだと思うと一段と体内の奥が熱く滾った。
「あ、ぁあっ、セフィ── !」
突如ジェネシスの身体ががくがくと震え、セフィロスの肩口を捉えていた左手がその肌に跡が付くほど深く爪を喰い込ませる。
吐き出された白濁が、二人の腹部と着乱れたバスローブと革張りのソファとを汚した。
脱力したジェネシスはソファに凭れ掛かり、瞼を伏せ、息を荒げる。
その姿を── 他の男の手によってジェネシスが絶頂たらしめられる、その様を見て、アンジールの心奥に初めて湧き起こった感情があった。
醜く、浅ましく、愚かで唾棄すべき見苦しい感情── 嫉妬。
今まで如何な理由でも、如何な相手にも抱いた事など無かった。胸が焼け付くような、という比喩を己が身をもって体感する。自分の裡にこんな感情が潜んでいたとは、知りたくなかった。
それに伴う、幼馴染みに対して過剰な想いなど抱いている筈が無いという矜持の失墜。それは、ある意味呆れるほど潔癖なアンジールにとって、セフィロスとジェネシスの関係を知る事以上に自身のアイデンティティを根幹から揺るがし崩壊させる、認めたくない事象であった。
もうこれ以上、二人の行為を見続ける事は出来ない。アンジールは到頭、両目を閉じリビングから顔を背けた。

ジェネシスを一度絶頂に導いたくらいでは満足しないのが、英雄セフィロスである。ジェネシスに付けられた爪痕も気にせぬ様子で、再び彼を追い立て始める。過度の、時折苦痛すら混じる快楽に、ジェネシスは自身の身体を支え続ける事さえ困難になってソファの上でもがく。何時しか背凭れに寄り掛るだけの力も失なったジェネシスは、ソファの座面に横たえられていた。
「は……あっ、セフィ……ロス」
名を呼ぶ声も最早力無く。目の焦点も定まらず、虚ろになる。
先程、達した時までは、ジェネシスの脳内にはまだアンジールの存在があった。寧ろ、アンジールに見せる為に行為を行っていた側面があった。だが、今はジェネシスの中でアンジールの存在が急速に薄れていく。
目の前の、長い銀糸とその合間から覗く翡翠。蛇の様な縦長の瞳孔。その瞳に映る、恍惚とした自分自身。その姿にセフィロスが満足を得ている事さえ解る。お互いに夢中になり、周りの風景すら朧になっていった。
再び、下半身から這い上がってくる震撼。享楽。焦燥。甘美。
程なくしてジェネシスは、二度目の絶頂を迎えた。同時にセフィロスも達したらしい。呻き声を洩らし、身体を震わせている。
ジェネシスは恍惚と忘我と、愉悦と脱力とが入り交じった表情で天井を見上げた。
彼の先端からは、未だ名残惜しそうに白濁が滲み出ている。実のところ、セックスでこんなにも深い官能を得たのは初めてだった。
茫然自失となったジェネシスを、セフィロスはその心ごと捉えようとするが如く、強く掻き抱く。
「ジェネシス、お前が欲しい。お前を俺だけのものにしたい」
訴える様に懇願し、ジェネシスの朱髪を梳きながら頭を掴むと、顔を自分に向けさせる。その瞬間、遂にジェネシスの心もセフィロスの方へと向いた。いや、正確にはセフィロスの想いに気が付いたのだ。
正直、ジェネシスの心はずっとアンジールに在った。セフィロスと関係を持ったのも、決して親友や幼馴染み以上の感情を自分に抱いてくれないアンジールへの反発と彼の気持ちに変化をもたらしたいという策謀が主軸だった。英雄に対する純粋な興味があったのも確かだが、それだけならば、恐らく一度切りの関係で終わっていた事だろう。
セフィロスに対して情がない事に関する罪悪感は無かった。何故なら、セフィロス自身もジェネシスに抱いているのは単なる好奇心、一時的な興味の範疇を出ないと思い込んでいたからだ。英雄が本気で自分に関心があるとは思っていなかった。

シャワーを浴びにセフィロスがバスルームに入った隙を見て、ジェネシスはアンジールが潜んでいる筈の寝室へと入っていった。
しんとした静けさのみが漂う寝室。ジェネシスはくつくつと苦笑を洩らしながら壁に寄り掛かり、片手で額を押さえる。
「逃げられた……か」
ベランダが僅かに開いており、そこから冷たい夜風が吹き込んでくる。
アンジールの部屋は隣室だ。恐らくベランダから自室へと戻ったのだろう。
隣室とは云え、お互いの部屋に付属するベランダとベランダの間には、それなりの距離がある。一般人コモンならば下手をすれば落ちる危険を伴うほどの距離だ。だが、当然ながらソルジャーには容易に跳躍可能な距離であった。
ジェネシスは壁に背を凭れたまま、そのままずるずるとへたり込み未だバスローブを半端に纏った身体で、冷えた床面に座る。
窓越しに月を見遣る。
満月に限りなく近い白い月。
満月と云って相違無い。
その月を眺めながらジェネシスは深い深い溜め息を吐き、両膝を抱え込む様にして蹲った。

何事もなかったかのように月は満ち、再び欠けてゆく。
そして、猫の爪のように細くなった頃。
ペントハウスのインターホンが鳴り響き、セフィロスは訝しく思いながらも躊躇いなくドアを開けた。どうせ、1st専用宿舎に入れる人間など限られているし、賊などが侵入する心配はない。
ただ、こんな夜半に何の連絡も無く英雄の部屋を訪れる者というのも、また心当たりがなかった。
── ジェネシス」
反射的にドアの前に立つ人物の名を呼ぶ。が、その次の行動をセフィロスは起こす事が出来なかった。
あまりにも意外な光景だったからだ。今まで、自発的にジェネシスの方からセフィロスの部屋を訪ねてくれた事など、一度も無い。突然の来訪の意図が見えなかった。
「さっさと中に入れてくれないか? 迷惑だと言うんなら、帰るが……」
固まるセフィロスの耳に冷めた声が飛び込んでくる。と、同時に本当に踵を返し帰り掛けようとするジェネシスを、セフィロスは慌てて引き止め室内へと招き入れた。
何をしに来たのかと問う事さえ躊躇われ、黙ってリビングに導く。そんなセフィロスの杞憂を吹き飛ばすかのように、ジェネシスはソファに辿り着く前にセフィロスに背後から抱き付き自分からキスを仕掛けてきた。
セフィロスの首に両腕を廻すと、顔を自分の方に無理矢理向かせて、強引に引き寄せる。まるで、いつもと立場が逆転したかのようだ。
かつてはセフィロスの方から幾度となく誘い、どうにか自室に招き入れたとしてもセックスに応じてくれるとは限らなかったジェネシス。だが、今日のジェネシスは明らかにセックスを目的として、自らの意志でセフィロスの下を訪れ、自らの意思で誘っているのだ。
そう思うと否が応でも、セフィロスの熱は昂ぶり鼓動が逸った。
キスを求めるジェネシスをきつく抱き返して、更なる深いキスを返す。その場で床の上に押し倒してしまいたい衝動を辛うじて抑え付け、どうにか寝室まで誘導するとそのままベッドの上に絡み合うようにして縺れ込んだ。
ジェネシスが欲しい── そう想っていた事は、確かな事だ。だが、それが恋愛感情を伴うものであったかというと肯定出来ない。
しかし、今、ジェネシスと熱いキスを交わしながら互いの身体をまさぐり合い求め合う状況下で、セフィロスはジェネシスに対して「愛しい」という感情を抱いていた。
畢竟ひっきょう、セフィロスは初めて求められる喜びを感じていたのだ。
英雄としてではなく、一個人として求められる喜びを──
淡いシェードランプの下に曝される白皙の肌。艶めいた微笑み。ジェネシスがセフィロスを見詰める、その瞳は喜悦に満ち、真にセフィロスだけを映している。
「クッ、どんな心境の変化だ?」
セフィロスの質問にジェネシスは直ぐに答えず。セフィロスの身体の上に跨り、固く屹立したものを自身の奥へと導き沈めていく。全てを呑み込み、幾度かの抽挿を繰り返すと忽ち結合部が馴染んで一体感が増す。
身体と身体がひとつになる融合感にジェネシスは艶めいた溜め息を洩らし、恍惚の表情を露わにした。
「んぅ……はぁ、あっ、セフィ……ロス」
ジェネシスは慈しむようにセフィロスの頬をゆっくりと撫でる。彼はもう、既にセフィロスの恋人なのではないかと錯覚してしまいそうな程だ。
「お前は、俺を欲しいと言っただろう? 俺も……だ」
器用にも腰を動かしながら、ジェネシスは上半身を傾けて絡み付くようなキスを交わす。
「俺もあんたが欲しい、セフィロス」
陶然とした朱を帯びた表情、心酔しきったアクアブルーの瞳、熱の籠もった告白。
それは、セフィロスの理性を奪うに充分過ぎる材料だった。
無理矢理に体勢を入れ替え、逆にジェネシスを組み敷いて、どれ程に穿ち享楽を与え、追い詰め切迫させ奪ったのか。最早セフィロス自身にさえ、解らない。
ただ何もかもが、あの晩月光の下で見たアンジールとジェネシスの情交のように幻惑的で、妖しく、危うく、美しく。
あの時は別次元のように感じた空間に、我が身を囚われる感覚。次いで襲い来る、抜け出せない、抜け出したくないと云う焦燥。それらに言い知れぬ快楽を覚えている自身への戸惑い。自分ではどうする事も出来ない、絶望という名の麻薬。
気が付いた時には、ジェネシスはセフィロスの腕の中で小さく震え、それでも喜色ばんだ表情を湛えながらセフィロスに縋っていた。
それからは、セフィロスが熱心に誘い掛けるまでもなく、時折ジェネシスの方からふらりとセフィロスの居室を訪ねてくるようになった。
気紛れなのは相変わらずで、どういったタイミングで、どう気が向いた時にやってくるのかセフィロスには皆目見当が付かなかったが、ジェネシスなりの周期があるように感じた。

ある日、アンジールは宿舎の自室に戻り掛けた時、上階から到着したエレベーターから降りるジェネシスを目撃した。
自分達の居室のあるフロアよりも上階には、当然セフィロスの部屋しかない。つまり、ジェネシスがセフィロスの処へ行っていたのは明白。
アンジールは、セフィロスとジェネシスの関係をまざまざと目の前で見せつけられて以来、どう幼馴染みと接していいのか分からず、何となく避けてしまっていた。
恐らく、それはジェネシス本人も充分に察していたのであろう。彼の方からも、特にアンジールに接触してくる事は無かった。
その時も、エレベーターから降りてきたジェネシスを無視しても良かった。そのまま自室へ入ってしまって構わなかった。だが、身体がその場から動かせなかった。
部屋が隣同士だから当然なのだが、自室の前に立ち尽くすアンジールに向かってジェネシスは近付いてくる。嫌でも目と目が合った。アンジールをじっと見て、それから黙って自室のドアを開けようとするジェネシス。その肩に、アンジールは無意識の内に手を掛け、引き止めていた。
「どうした?」
久しぶりに間近で聞く幼馴染みの声は、やけに低く耳に響いた。
「……少し、話がしたい」
どうにかそれだけを腹の底から絞り出したアンジールは、ジェネシスに自室のドアを開けるよう促され、安堵に近い溜め息を吐く。

以前は幾度となく訪れていたアンジールの部屋に、久しぶりに存在するジェネシスはどこか部屋に馴染まず浮いているように見えた。まるで、自分達の関係の危うさを象徴しているかのような儚さと脆さを想起させる。
「もう、お前には飽きられたのかと思った」
どさりと、身を投げ出すようにソファに腰掛けながら、ジェネシスは言い放つ。その冷め切った口調に、「飽きたのは、お前の方じゃないのか?」とアンジールは心の中で毒突く。
取り敢えず、アンジールはジェネシスの隣に腰掛けた。いつもなら、どちらかが飲み物でも用意するのだが、到底そんな穏やかな雰囲気ではなく、かといって、お互い何か話す訳でもなく。ただ、黙って座っている無為な時間が過ぎる。
話がしたいと言って引き止めた手前、アンジールは何か言葉を発さなければ……と思うのだが、口を開くと迂闊な事を言ってしまいそうで慎重に言葉を選ぼうと必死に推敲していた。
「話があるんじゃなかったのか?」
突如、ジェネシスの方から口火を切られ、自分からは決して言い出すまいと今まで我慢していた言葉が、ぽろりとアンジールの口から衝いて出てしまった。
「もう、セフィロスの処に行くのはやめてくれないか」
流石にジェネシスも、そんなストレートな要求がアンジールから為されるとは思いもかけず。
意外そうに目を丸くして、改めてアンジールの顔を見た。アンジールも思わず吐露してしまった自身に困惑を覚えたが、既に空気中に放ってしまった言葉は回収出来ない。アンジールは覚悟を決めて、言葉を続けた。
「恋人でもないのに、こういう事を頼むのは理不尽だというのなら、恋人になってくれ」
アンジールは隣に腰掛けるジェネシスの腕を掴み、引き寄せるようにして自分の方に向けさせる。お互いに蒼玉の瞳を見詰め合い、僅かに息を呑む。
「お前が── 好きなんだ、ジェネシス」
瞬間、張り詰める空気。見開かれる透明度の高いアクアブルー。
それは、初めての告白であった。親友以上だろうと、幼馴染み以上だろうと、肉体関係があろうと、具体的な想いを相手に伝えた事など一度も無かった。
まさしく、ジェネシスがセフィロスに言っていた通り『ベタベタした、甘い関係では無かった』のだ。
何よりも、アンジールはセフィロスとジェネシスの関係を見せ付けられるまで、嫉妬すら覚えた事が無かった。初めて自分の裡に湧き起こった嫉妬という未知の感情により、ついに自分の想いに気が付いたのだ。
「アンジール……」
甘い関係では無かったからこそ続いていた自分達の関係。告白などしてしまえば、今まで築き上げた関係は薄氷を踏むように容易く崩壊してしまうだろう。ジェネシスにだって、何を今更と、一笑に付されてもおかしくはない。
アンジールの胸中は、殆ど諦めの感情のみで支配されていた。
だが、彼の名を呼ぶジェネシスの表情は安堵したような、もっと都合良く解釈すれば嬉しそうな仄かな笑みを湛えていた。
実際、ジェネシスは嬉しそうにアンジールの身体に己れの身を擦り寄せてきた。その頬が上気しているようにさえ見えるのは、気の所為だろうか。
「やっと、言ってくれたな」
ジェネシスは吐息と共に甘い声音で吐き出す。微かに潤んだアクアブルーの瞳でアンジールを見詰めた。
「お前から、ずっとその言葉を引き出したかった。俺も、お前が── 好きだ、アンジール」
親友故に、幼馴染み故に、アンジールはジェネシスの言葉の真意を瞬時に理解してしまった。
反射的にアンジールは、ジェネシスの顎を右手で鷲掴む。
「お前は、その為にセフィロスと関係を持ったのか? だから、あの晩、俺にあんな光景を見せ付けたのか?」
アンジールの詰問に、ジェネシスは黙して、ただ艶笑を浮かべる事で応えてみせた。
敗北感に満ちた低い声がアンジールから吐き出される。
「お前は、本当に── 悪魔、だな」
「ククッ、アンジールが俺を本気で見てくれるなら、俺は何だって……悪魔にだってなってみせる」
呆れた様子のアンジールを、ジェネシスはお構い無しに自分の方に引き寄せ、互いの感触を確かめるようなキスを交わした。
「ずっと好きだった、アンジール。お前が、俺を、親友や幼馴染みとしてしか見てくれないのが、つらかった」
キスの合間に、囁くように続けられる告白。アンジールはその告白に応えるように、更に深い口付けを返してやる。
ジェネシスの永年の想いの丈が籠められた告白に、どうして欲情を覚えずにいられようか。
アンジールの身体の奥は一気に熱くなり、ソファの上である事も忘れてジェネシスをその場に押し倒す。自分の腹の下で、柔らかな笑みを湛え続けるジェネシスは、月の女神かと見紛みまごう程に美しかった。
だが、アンジールがその細く白い首筋に舌を這わせ、着衣を脱がし掛けながら、その身体をまさぐった時。ジェネシスの手は、やんわりとアンジールの腕を捕らえ、拒否の意を示した。
「あ、ああ。……悪かった。ベッドに行こう」
「そうじゃない、アンジール」
ジェネシスはソファから起き上がりながら、更にアンジールの言葉さえも否定する。
優雅に朱髪を掻き上げ、淡青色の瞳を妖しく揺らめかせ、意味ありげな微笑を浮かべるジェネシスの美しさは壮絶を極め、アンジールは改めてぞっとした。
「悪いが、今はそういう気分じゃないんだ」
そう言われて、アンジールは先程ジェネシスがエレベーターで上階から降りてきたのだという事を思い出す。つまり、今日はもう、セフィロスに抱かれたから、これ以上セックスをする気はないという事なのか。
しかし、互いに告白して、想いを確かめ合った。この状況下で、身体の関係を拒否されるという事態にアンジールは本能的に違和感を覚えた。
確かに、ジェネシスが自分を求めるには一定の周期がある。だが、今がその求める時期だというならば、それこそ何度でも貪欲に求めてくる筈だ。そう、いつか、情事が終わった後さえも身体を離すのを嫌がった時があるように。
暫く顔を合わせないようにしていた為、アンジールには今のジェネシスの周期を正確に計りかねていた。それと同時に、告白を受けながら拒否の意を示されるという矛盾に、動揺と困惑の表情を隠す事が出来ない。
そんなアンジールに、次にジェネシスから発せられた言葉は、まるで冷や水でも浴びせられたかのように彼を凍り付かせた。
「俺は、今、セフィロスに夢中なんだ」
「何……を──
アンジールの背中を嫌な汗が滴り落ちる。幼い頃から、どんな奇抜な事を言おうと何だって理解してやる自信のあった幼馴染みの言が、今は何を言っているのか理解出来ない。
結局のところ、ジェネシスはとっくにアンジールに飽きてしまっているという事なのか。ならば、先程の告白は何だったのか。
「安心しろ。お前の事を好きだと言ったのは嘘じゃない」
アンジールの心中の疑問に答えるように返ってくるジェネシスの言葉。
「ただ、今はセフィロスに夢中なんだ── 解るだろう?」
口端を鋭角的に上げ、諭すように語りかけてくるジェネシス。そして、実際にその言葉の意味を理解し掛けてアンジールは、何とも言い難い戦慄を感じていた。
ジェネシスの月の満ち欠けのような周期に、新たな要素が加わったのだ。
「今は、セフィロスの周期だ。でも、そのうち、またアンジールが欲しくなる。お前が一番、良く知っている筈だ」
アンジールに向かって身を乗り出し、ジェネシスは言い聞かせるように彼の頬をゆっくり指先でなぞる。
「その時は、ちゃんとお前に抱かれにくるさ」
宥めるように与えられたキスの味は、非道く甘美でアンジールは思わず瞼を伏せた。
「それまでは、俺がセフィロスに抱かれているところでも想像して、マスでも掻いてろ!」
一転して、嘲るように罵声を浴びせられ、一気に身を引き離される。
ジェネシスは勢いよくソファから立ち上がり、アンジールを幼馴染みとは思えぬ醒めた視線で一瞥すると、何の未練も感じさせぬ背中で颯爽と部屋を出て行った。

end
2009/12/17-31
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