月齢 (2)
長期遠征を終え神羅ビルへと帰投してきたアンジールは、ミッション完遂の報告を済ませると宿舎へと戻った。
常ならば任務から帰った後は、熱いシャワーを浴びラフな格好に着替え、寛いだ落ち着いた時間をゆったりと過ごす。だが、今回限りは違った。落ち着かない様子で、苛々と部屋のリビングを行ったり来たりしている。
彼を良く知る者からしてみれば、珍しい行動であった。彼を苛つかせている、その理由は唯ひとつ。
ジェネシスが来ないのだ。ジェネシスのスケジュールや行動パターンを鑑みるに、恐らく自室にいるであろう事は間違いない。だが、来ない。
特に約束など交わしている訳ではないが、いつもならアンジールの帰りを見計らったように彼の部屋をタイミング良く訪れ、「アンジールの淹れてくれる紅茶が好きなんだ」と、幼馴染みがミッションから帰還したばかりだろうと遠慮なく強請る癖に── 。
大体、ジェネシスの周期を考えると、この長期遠征中にとうに過ぎている筈。過剰に求められる事も困惑してしまうが、このように無視されるのも面白くはなかった。何故なら、周期が過ぎているにも係わらずジェネシスが来ないという事は、この長期遠征中にセフィロスの処に行った可能性が高いからだ。
何時までもこうして部屋をうろついていても何も始まらない。
アンジールは軽くジャケットを羽織ると、自分の方から隣室のジェネシスの部屋を訪ねた。
これまで大概ジェネシスの方がアンジールの部屋に押し掛けてくるのが慣例となっていたから、アンジールの方から約束も無いのにジェネシスの部屋を訪れるのは、本当に久方ぶりの事だった。
アンジールの推測通り、やはりジェネシスは自室に居た。ジェネシスは思いも掛けない幼馴染みからの訪問に、戸惑いを交えたような笑顔を見せはしたが、快く迎え入れてくれた。
久しぶりに見た所為だろうか。或いは、他の理由があるのか。見慣れている筈のジェネシスの顔が、どこか非道く艶めいて見えた。
普段とは反対に、今日はジェネシスの方が紅茶を淹れてくれた。いつもとは違うベルガモットの香り。
「最近、アールグレイに凝っているんだ」
ティーカップを置きながら、そう語るジェネシスの顔は気の所為か妙によそよそしい。アンジールが観察するように何時までもリビング入り口で突っ立ったままジェネシスを見詰めていると、「いい加減、座ったらどうだ?」と問われ、ようやくソファに腰掛ける。
ソファに腰掛けた後も、何を喋ったらいいのか分からず、時々アールグレイを口許に運びながら無言でテーブルを見詰めていた。
アンジールが訊きたい事は勿論、自分が遠征で不在だった間の事。ずばり、ジェネシスがセフィロスの処に行ったのかどうかという事なのだが、恋人という訳でもないのにそんな事を訊くのはあまりにも立ち入った質問に思えて、躊躇われた。
結局、今のアンジールの立場では、ジェネシスが幾らセフィロスの処を訪れようと黙認するしかない。
ふっと、いつの間にか隣に腰掛けていたジェネシスが、柔らかくアンジールの顔に手を添え自分の方に向かせる。
「何か、考え事か? 難しそうな顔して……」
アンジールにだけ見せる、警戒心の無い無垢な微笑。子供の頃から変わらない。本当にアンジールを心配しているのが伝わる。その笑顔だけで、全てを許したくなる。
アンジールは反射的にジェネシスを抱き寄せ、貪るように口付けていた。 ジェネシスの頬に両手を添え、固定した上で口腔内を舌で荒らす。アンジールらしくない情熱的なキスにジェネシスは困惑しつつも受け入れているようだった。
更にアンジールはジェネシスの身体をまさぐり、その勢いのままにソファの上に押し倒す。
「アンジール。帰ってきたばかりで、疲れてるだろう? 無理しなくても……」
片腕を伸ばしてアンジールの頬に手を滑らせながら、やんわりと宥めるように拒否の意を示すジェネシス。その態度が余計にアンジールを煽った。普段ならアンジールへの気遣いなど微塵も見せずに求めてくる癖に、このようにさり気なくでも拒絶されると、やはりセフィロスとの関係を疑ってしまう。
もしかしたら、セフィロスとは気紛れな遊びのような関係ではなく、既に本気になっているのではないか。ジェネシスがずっとセフィロスに憧れていた事を考えると、そうなっていてもおかしくはない。アンジールの苦悩はますます深くなり抑制が利かなくなった。
制止しようとするジェネシスを無視してジェネシスの身体をソファの上に押し付けると、その白い首筋に舌を這わせ、その着衣を乱し始める。
「やだっ! 待っ── !」
今度は露骨に拒絶の言葉を発し逃れようと身を捩るジェネシスに、アンジールは一段といきり立つ。無理矢理衣服を奪い取ろうとするアンジールの腕をジェネシスは引き止めるように必死に掴んだ。
「此所じゃ……嫌だ」
絞り出された懇願に、ようやくアンジールは少し冷静さを取り戻す。ジェネシスはソファでの、というよりはリビングでの行為はあまり好まないのだ。
「悪かった。ベッドに行くか?」
極力自分を落ち着かせて優しい声音で以って尋ねると、ジェネシスは甘えるようにアンジールの首に両腕を廻し、しっかりとしがみつく。そして、「お前が連れて行ってくれ」と糖度を多分に含んだ声で強請った。
幾らアンジールの方が体格が良いとは言え、ジェネシスも決して小柄ではない。もし、一般男性であればアンジールと同じ体格であってもジェネシスを抱え上げる事は困難だろう。だが、アンジールは屈強なソルジャー・クラス1stだ。しかも、常に大剣バスターソードを装備し振り回す程の豪腕の持ち主。ジェネシスを横抱きに抱え上げる事など造作もない事であった。
アンジールに抱きかかえられベッドまで運ばれている間も、ずっとジェネシスは甘えるようにアンジールの厚い胸板に顔を埋ずめていた。
改めてベッドの上に横たえると、ジェネシスはアンジールの首に両腕を廻したまま自分から何度も口付けてくる。何度も名を呼びながら口付け縋り付き、アンジールを離そうとしないジェネシスは幼馴染みとはいえ何とも可愛らしい。
「……逢いたかった」
長い睫毛を伏せ遠慮がちに小さく呟く姿に、アンジールは申し訳なさと愛おしさで一杯になった。
こんな素直な態度を見せるジェネシスは珍しい。自分の考えは全くの杞憂で、本当にジェネシスはアンジールを気遣って遠慮して部屋に来なかっただけではないのか。求めたいのを我慢してくれていただけではないのかと、思い直す。
ソファでは危うく乱暴にしかけたが、今度はゆっくりと一枚一枚丁寧に着衣を脱がしてやる。敢えて寝室の照明は点けていなかった為、ジェネシスの白い肢体が窓から差し込む月明かりに照らされて壮絶に美しい。幼馴染みである事を重々承知しながらも、惑わされそうになる。
離れたくないという意思の表れだろうか。交わり合いひとつになっても尚、ジェネシスはアンジールの背中に両手を廻し終始しがみついていた。律動を繰り返しアンジール自身、限界に近付いてきた頃、その背中に廻された指先に突如力が入り、跡が付く程に強く爪を立てられる。
絶頂に達したのだ。呼応するようにアンジールもジェネシスの裡に白い熱を吐き出す。
果てた後もジェネシスは力の入らない身体で懸命にアンジールにしがみつき身を離すのを嫌がった為、お互いに達した後も暫く繋がったままでいた。ここまで執拗に求められて、アンジールは一時でもセフィロスとの関係を疑った自分に罪悪感を覚えた。
もしかしたら、以前「セフィロスの処に行く」と言ったのもアンジールを自分の方に向かせる為の方便であって、本気ではなかったのかも知れない。最近、周期に妙な間隔が空いていたのも、単にジェネシスがアンジールに遠慮していたのか。或いは、アンジールを焦らせて煽る為の策略だったのか。
後者だとしたら、その策略は見事に成功したと言わざるを得ない。現に、近頃はアンジールの方からジェネシスを誘うようになっていた。今も、ジェネシスの事が以前よりも一層愛おしく感じている。
やがてアンジールの陰茎が張りを無くし、繋がっていたままの身体が自然と離れてしまう。その後も、アンジールはジェネシスの身体を抱き寄せ、身体を密着し寄り添わせてやった。すると、安心したかのようにジェネシスは瞼を伏せアンジールの胸元を枕に、うとうとと微睡む。その眠りに落ちる寸前、僅かにジェネシスの唇が「好き」という言葉を形作るように動いて見えた。
元々、幼馴染み以上、親友以上に想ってはいた。だが、それ以上の関係に発展させる気はアンジールには無かった。ジェネシスも同じ想いでいると思っていたし、ジェネシスが求めてくるからアンジールも応えていただけであって、アンジール自身はそこまで強くジェネシスを求めているとは言い難かった。
しかし、ジェネシスがそれ程までに熱烈な想いを自分に対して抱いてくれているのだとしたら、いっそ恋人にまで関係を昇格させてやっても良いという方向にアンジールの心境は変化しつつあった。
ジェネシスとセフィロスの密会は、常にセフィロスの自室、1st専用宿舎の最上階にある英雄の為に特別に用意された他の1stの個室よりも格段に広いペントハウスで行われた。ジェネシスが自分の部屋を使用する事を嫌がったからだ。
アンジールがミッションに就いておらず待機中の時などは、まだ理解出来る。何かの拍子に二人の関係が発覚するとも限らない。アンジールとは甘い関係ではないのだとジェネシスは言っていたが、二人の関係がアンジールに露見しないように細心の注意を払う程度にはアンジールに対して情があるらしい。だが、アンジールが任務で完全に不在の時も決してジェネシスの部屋を使わせてはくれなかった。
きっと、自分の部屋で行為を行う相手はアンジールだけだと決めているのだろう。そう思うと、セフィロスは余計に何時かジェネシスの部屋で事に及んでみたいと切望するようになった。
ジェネシスを自分だけのものにしたい。ジェネシスを手に入れたい。その為には、先ずジェネシスにアンジールの存在を忘れさせる程の事を、つまりはジェネシス自身の部屋で行為に没頭し溺れさせる程の事をしなければ叶わないだろう。
しかし、焦りは禁物だ。
二度目のセックスに漕ぎ着けるのだって、相当の時間を要したのだ。今も何度かこちらから誘って、ようやく三度に一度くらいの割合で了承を得られる程度に過ぎない。しかも、ジェネシスが了承してくれるのは、やはりアンジールが不在の時が多かった。
セフィロスは、なかなか手に入らないというもどかしさを感じる一方、僅かにでもジェネシスが自分の方に靡きつつあるという手応えも同時に感じていた。
「アンジールとは、恋人という訳じゃないんだろう?」
「それがどうした?」
ベッドの上で絡み合いながら、まるで睦言とは思えないような抑揚のない乾いた調子で会話を交わす。
「だったら、俺を恋人にする気はないか?」
言いながら、セフィロスは一気に腰を進める。先程までのジェネシスの無愛想な顔が一瞬にして苦痛と快楽が入り交じったような複雑な表情に変わる。更に、ゆっくりと腰を前後に動かしてやると、たちまちジェネシスの息は荒くなりシーツを握る手に力が入る。既に絶頂が近いのだ。
「こんなにゆっくりでも、感じるのか?」
意地悪く囁かれる低い声。
最早、先程からのセフィロスの連続した質問にも答える余裕は無いらしく、返ってくるのは艶めかしい喘ぎ声ばかりだ。
「あっ! く……はぁ、もう……セフィ、ロス」
縋るようにセフィロスの肩に両手を掛けるジェネシスに、畳み掛けるように更なる律動を与えてやる。と、驚くほど呆気なくジェネシスは精を吐き出し果ててしまった。
どうやらセフィロスにとって幸いな事に、セックスの相性はアンジールよりもセフィロスの方が上らしい。なんだかんだ言いながら、ジェネシスが自分との関係を続けてくれる理由もその辺にあるようだった。
肩で息をするジェネシスに再度問いかける。
「俺が恋人じゃ、不服か? セックスには満足しているようだが……」
「ハッ、セックスの相性が良いだけで、恋人になれるとでも── ?」
冗談じゃないと言わんばかりの、蔑むような表情で睨め付けられる。だが、今更その程度で怯むセフィロスではない。
ジェネシスの淡い朱色の髪を後頭部側から掴み、無理矢理上向かせると強引に唇を奪った。
今はまだ、ジェネシスの中でアンジールのウエイトの方が圧倒的に大きいとしても、ジェネシスにより大きな快楽を与えられるのは自分の方だという確信と自負がセフィロスにはあった。
ジェネシスを快楽の虜にしてでも、手に入れたい。心は後からでも構わない。
ジェネシスは達してしまったが未だ達してなかったセフィロスは、到達した後で更に過敏になってしまったジェネシスの身体を追い詰めるように、容赦なく律動を再開した。
ある日。
ブリーフィングルームで、次回のミッションに関する軽いミーティングがあった。
当然、短時間でミーティングは終わり、他のソルジャーが引き上げるのを待ってからジェネシスも部屋を出ようとした。その時、ジェネシスの進路を妨害するようにドア近くで同じミーティングに参加していた英雄が立ちはだかる。
「邪魔だ。どけ!」
言っても聞く相手ではないと解ってはいるが、一応抗議だけはしてみる。が、やはり、聞く耳を持ってくれてはいないようで、誘うようにセフィロスの左手がすっと伸びてきてジェネシスの頬に添えられた。そのまま、軽く上向かせられて口付けを迫られる。
「ん……!」
さり気なくセフィロスの胸元に両手を当て向こうへ押し遣ろうとするのだが、甲斐もなく容易に唇を塞がれる。仕方がないので、暫しセフィロスが飽きるまでキスの相手をしてやった。キスの合間に身体も幾らか好き勝手にまさぐられたが、それも我慢してやる。
「全く……俺は、何時でも何処でもオッケーじゃないと言っただろう? 見境もなく場所を選ばないようなのは、嫌いなんだ」
キスが終わり次第、セフィロスの身体を改めて向こうに押し遣り、あからさまに不機嫌顔を露わにして再度抗議してやる。
「だが、アンジールとは堂々と野外でヤっていただろう?」
今更、セフィロスに行為を見られた晩の話を持ち出されて、ジェネシスは不快さに眉をひそめる。
「アンジールがお相手なら、何処でもオッケーなのか?」
「あんたに、俺とアンジールの間でしか分からない事を教える気はない」
皮肉に満ちた質問に、返ってきたのは石のように冷たい返事だった。
「相変わらず、意地が悪いな……」
セフィロスは残念そうに口端を上げながら左手の指先で白皙の頬をなぞると、再度ジェネシスの唇を奪う。憎らしい程に的確なセフィロスの舌の動きに危うく翻弄されそうになるが、流石に今度は最後まで付き合わず、途中で無理矢理引き剥がしてキスを終了させた。
その時、次のミーティングの準備の為だろう。不意にアンジールがブリーフィングルームの中へと入ってきた。ドア近くでジェネシスとセフィロスが向かい合って立つ姿に、アンジールは若干戸惑いの表情を見せる。
「セフィロス、いい加減退散しないと、俺達は邪魔なようだぞ?」
いかにも鹿爪らしい顔でジェネシスは少し困ったように首を傾げ、さらりとした柔らかい朱髪を掻き上げた。
その日の夜。
アンジールは思案の末、ジェネシスの部屋を訪ねた。
昼間、ブリーフィングルームで偶然鉢合わせたジェネシスはセフィロスと一緒だった。別に、それだけならどうという事は無い。直前に行われたミーティングに二人が参加していた事は重々承知していた。だが。
あの時のジェネシスの唇は、濡れたような艶を帯びていた。あの場の空気もどこか熱気が籠っていた。
そう、まるで直前まで密なる睦み合いでも行われていたのではないかと勘繰りたくなる程に。あの時、あの空間は独特の気怠い雰囲気に満ちていた。
ジェネシスとセフィロスの関係を一度は疑ったものの、その後のジェネシスの様子を見て自分の考え過ぎだったのではないかと一旦は否定し掛けた。だが、今日の昼間の様子を見るにつけ二人が唯ならぬ関係であるのは間違いないのではないかという確信に近い疑問が再び頭をもたげてくる。
ジェネシスの部屋の前で、僅かに躊躇った後、思い切ってインターホンを鳴らす。が、暫く待っても反応が無かった。今日のジェネシスのスケジュールは細かく把握してない。どうやら、昼間の事で随分と動揺し焦っているらしい。慎重な彼にしては珍しく、在室かどうかも分からず訪問してしまったのだ。
諦めてドアに背を向けたところで、唐突にドアノブがかちゃりと鳴る。
「悪い、シャワーを浴びていたんだ。ちょっと、待っててくれ」
いつもと変わらぬ調子のジェネシスの声が聞こえ、再びドアが閉められる。
それから間もなく、バスローブを纏っただけの姿でジェネシスはアンジールを部屋に招き入れてくれた。
昼間の事など、まるで無かったかのように振る舞うジェネシスに、やはり杞憂に過ぎなかったのではないかとアンジールは自分の心配性な性格を責めたくなる。だが、出来れば曖昧なままではなく、はっきりとこの嫉妬じみた滑稽な懊悩を払拭してしまいたかった。
ソファに腰掛け、大きめのバスタオルで濡れた髪をくしゃくしゃと掻き回して、水分を取る。ジェネシスの髪質は細くて軽く量も少ない為、タオルだけで充分乾く。ドライヤーを使用すると、却って髪がぱさついてしまうのだ。
「何か、飲むか? 俺はシャワーを浴びたばかりだから、出来れば冷たい物が良いんだが……」
向かいのソファに座るアンジールは、ジェネシスの簡単な質問にも答えず黙り込んでいる。
その様子を見てようやくジェネシスは、アンジールの訪問理由は深刻なものだと理解したらしい。一旦、自分の腰掛けたソファから立ち上がると向かいのソファに移動して、アンジールの隣に改めて座す。
「どうした? 何かトラブルでもあったのか」
「トラブル……と言えば、トラブルなのかもな」
アンジールは口角を上げ、苦笑とも自嘲とも付かない笑みを洩らした。トラブル── とは言っても、アンジールだけがそう感じている一方的なものに過ぎない。だが、今の自分にとってはその言葉が一番しっくりするのも確かだ。
「何か、あったんなら言ってくれ。今までだって、そうしてきただろう? 相棒」
最後の単語に特に重きを置いて、ジェネシスはアンジールに続きを促した。
「── お前と、セフィロスの関係について……知りたい」
アンジールは両腕を組み、ジェネシスを横目で一瞥してから深刻そうな声音で切り出す。促され、どうにか捻り出した質問に、ジェネシスから返ってきた返事は非道く素っ気ないものだった。
「何故、そんな事が気になる? 俺は何時、お前の恋人になったんだ?」
ジェネシスは長い脚を組み替えながら、醒めた目線をアンジールに向ける。
今まで、セフィロスとジェネシスの関係をはっきりと確認する事が出来なかったのは、自分達が恋人同士ではなかったからだ。だから、ジェネシスの言は尤もだと言える。だが、関係ないと切り捨てられて納得出来ないほどにアンジールは追い詰められていた。
一体、いつの間に、この幼馴染みにこれ程まで自分は囚われてしまったのか。今、目の前にいるこの美しい生き物は、幼馴染みの仮面を被った悪魔なのではないのかとさえ思えてくる。
「じゃあ、せめて、今日ブリーフィングルームであいつと何をしてたのか、教えてくれ」
組んでいた腕をほどいて、ジェネシスの方へと向き直る。
「世間話……とでも言えば、信じるのか?」
「ジェネシス!」
アンジールが精一杯の譲歩を見せたつもりの嘆願にも、真面目に答えてくれようとしないジェネシスについ声を荒げてしまう。
すると、ジェネシスは口端を上げ嬉しそうにも見える笑みをその顔に顕すと、アンジールの懐に入るように一気に身を寄せる。そして、そのまま抱き付き柔らかく口付けてきた。
最初は、ゆっくりだった舌の動きは、徐々に濃厚なものへと変化する。キスで誤魔化すつもりなのかと、アンジールは僅かながらも不快感を覚えた。だが、いつもの習性でキスに応じているうちに次第に夢中になっていく。
その濃厚なキスは、純粋にジェネシスからアンジールへの親愛のキスなのか、或いはセフィロスとの関係を暗に示唆するものなのか。
官能的なジェネシスとの甘い口付けに忽ち引き込まれたアンジールには、最早どちらとも判別出来なかった。いや、正直な事を言えば既にどちらでも良くなってしまっていた。難しい事を考えるよりも、ただ今は与えられる甘美な喜びに素直に心酔したい。
長いキスを終え、アンジールを見詰めるジェネシスの顔は何時になく艶めいて、幼少の頃から彼の顔を見慣れている筈のアンジールでさえ一瞬どきりとした。バスローブの合間からちらりと覗く白皙の肌が、また嫌になるほど悩ましい。
うっかりとアンジールがジェネシスに見惚れていると、ジェネシスの両手がアンジールの下半身に伸びてきてその着衣を脱がし始める。ジェネシスが何かしてやる必要もなく、既に硬くなり屹立した雄を認めてジェネシスは満足そうな笑みを浮かべると、アンジールの膝の上に跨るように乗っ掛かり、その固いモノを自分の裡へと導こうと手を添える。
バスを使った後で幾分身体が解れている所為だろうか、それともまだ陰部周辺に水分が残っている為か。ゆっくりではあるが、アンジールの陰茎は思いの外容易くジェネシスの体内に呑み込まれていく。
ソファで行為に及ぶのを好まない筈のジェネシスが、珍しくもソファの上で自ら積極的にアンジールを受け入れようとしている。
それ程までに自分を想ってくれているのかと思うと、アンジールの中心も更に熱を帯び硬くなっていく。完全にアンジールを内包して愉悦に満ちた表情を顕したジェネシスは、アンジールの身体にしがみつくとその身を密着させる。
「アンジール、俺は……」
蕩けるような熱い視線でもってジェネシスが何事かを言い掛けたその瞬間、場の雰囲気を打ち破るかの如く無粋なインターホンの音が部屋に鳴り響いた。
不意に水を差され行為を続行する気が失せたのだろう。ジェネシスは仕方なさそうに渋々二人の身を離すと、少し待ってくれるようにアンジールに告げてドア口へと向かう。そして、インターホン越しに一言二言誰かと話してから、踵を返し慌てたような様子でアンジールの処に戻ってきた。
「どうしよう、アンジール。丁度、その……セフィロスが来た」
セフィロスの突然の来訪に、アンジールよりも寧ろジェネシスの方が困惑しているようだった。
アンジールが思っている程、二人は親しい関係ではないのか。先程も二人の関係を訝しんだ自分に対して怒る訳でもなく、それどころか身体を繋げようとしてくれた。
困ったように辺りを見渡してから、ジェネシスは徐にアンジールの服を掴み立ち上がらせる。
「どうしたんだ?」
「こっちに来てくれ」
事態が良く呑み込めないアンジールは、戸惑いながらもジェネシスに導かれるまま服を引っ張られて寝室へと移動させられた。
寝室に辿り着いたジェネシスは、一旦下を向いてから顔を上げる。その表情には、先程までの動揺らしきものは欠片も見えず、意味ありげな笑みさえ浮かべられていた。
「アンジール、俺とセフィロスの関係を知りたいと言ったな? 丁度良い。今、教えてやる」
薄暗い寝室で、淡い碧眼が月齢14.2の月の光を反射して妖しく揺らめく。
月の光は、人を狂わせるという。
アンジールにとっては、ジェネシス自身が月の女神、月そのものであった。幼い頃から傍にいて彼の光を浴び続けたアンジールは既に抜け出す事の出来ない、狂気という名の底無しの淵に足を踏み入れてしまっているのかも知れない。
どんな聖人君子でさえも惑わされてしまいそうな、妖艶で且つあどけないとさえ思えるほど邪気のない笑みを湛えたジェネシスは、ほんの少し触れるばかりのキスをアンジールに与えてから、彼の身体を軽く突き飛ばす。
「黙って、此所で見ていろ」
そう言うと、ジェネシスは寝室のドアを完全には閉めずわざと少し開け残したまま、リビングへと戻っていった。
玄関のドアを開け、セフィロスを招き入れるジェネシスの姿が、アンジールの位置からでもはっきりと確認出来る。
「どうしたんだ、突然?」
リビングに入ってきたセフィロスに、ジェネシスは間髪入れず口許に片手を添え不審げに尋ねる。
二人の密会の場所は、いつもセフィロスの私室と決まっていた。セフィロスがジェネシスの部屋を訪れる事自体が、二人の間では不文律のタブーとなっていた。
「昼間、邪魔が入ったからな。それに、たまには俺の方から来てやるのも悪くないだろう?」
「わざわざ、英雄殿に御足労いただくとはな。俺も偉くなったもんだ」
ジェネシスの痛烈な皮肉も全く気に留めていないらしく、セフィロスは顔色ひとつ変えず続ける。
「今日は気分を変えて、お前の部屋で……と、思ったんだが。駄目か?」
「フン、いつもならお断りだが、今は気分が良いんだ。特別に相手をしてやる」
普段、セックスの最中でさえセフィロスにはあまり見せないような喜色に満ちた笑顔。どうやら、本当にご機嫌であるらしい。そもそも、バスローブ姿などという砕けた無防備な格好で出迎えてくれるという事自体がいつものジェネシスからは考えられない。
表面上セフィロスは平静を装っていたが、突如ジェネシスの部屋に押し掛けるなどというのは無謀な行為に他ならない。これは一か八かの賭であった。通常であれば、ジェネシスの気分を害するであろう事は必至だったからだ。
そこを、敢えて押し掛けたセフィロスにとって、すんなり部屋まで入れて貰えた事がそもそも驚嘆に値すべき事項であった。それどころか、いつもなら引き出す事さえ困難な了承の言葉が、いともあっさりと吐き出される。玉砕覚悟の上で無理矢理押し掛けたセフィロスには、このジェネシスの言葉はまさに思いも掛けぬ祝砲であった。
意外すぎて逆に素直に受け止めて良いのかと躊躇するほどであったが、このままベッドまでジェネシスを導く事が出来れば、ジェネシスの部屋で行為に及ぶというセフィロスの念願がついに叶うのだ。
このチャンスを逃す訳にはいかない。
寝室からアンジールが覗いているなど露程にも思っていないセフィロスは、ゆっくりとジェネシスの背中に利き腕を廻し引き寄せると、いつものように有無を言わさぬ勢いで強引に唇を奪った。
to be continued
2009/11/17-26
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