代償-quid pro quo- (前編)

── 何かを手に入れれば、何かを失なう。

「ジェネシスの容態はどうなんだ?」
ジェネシスがトレーニングルームで受けた傷が、一向に快癒の兆しが無く、経過も思わしくない事から、科学部門のホランダーが医務室での入院治療を課してから数日。
その後の経過など、全く伝わって来ない事に痺れを切らしたアンジールとセフィロスは、共にホランダーのもとを訪ねた。
「あまり、芳しくはないな」
俯き加減に軽く首を横に振ってから続ける。
「輸血が必要だろう……だが」
ならば、俺が── と、アンジールとセフィロス、それぞれが同時に申し出た。ホランダーは、迷わずアンジールを選ぶ。
「君では、駄目なんだ」
申し訳なさそうにホランダーはセフィロスに告げる。誰の血液でもいい訳ではない。現時点では、アンジールの血液が適切なのだと。
恋人だというのに禄に会う事も出来ない。力になってやる事も出来ない現状に、セフィロスは気落ちした。
だが、アンジールからの輸血の効果があったのか、数日後、ジェネシスは医務室を出られる程に回復して経過も順調だった。何の問題も無かった。── あの日までは……。

医務室で定期検診を受けるというジェネシスに、セフィロスは付き添った。勿論ジェネシスは迷惑そうな顔を露にしたが、恋人としてこれぐらいの我が儘は許される筈だ。
科学部門のスタッフも流石に英雄には意見出来ないらしく、セフィロスの立ち会いを認めてくれた。
検査用の簡易なパジャマに着替え、椅子に腰掛けるジェネシス。そこから、少し離れた場所でセフィロスは様子を見ていた。
体温を測り、血圧を測定する。
血圧は随分と低いようだったが、いつも低いんだと、ジェネシスは苦笑した。
体温や血圧の測定は他の検査を受ける為の事前の準備であり、詳しい検査はまた別室で行うという。残念ながら、セフィロスはそちらの検査までは立ち会いを許されなかった。
別室での検査の為、ジェネシスが立ち上がる。
その時、不意に彼の身体がぐらついた。セフィロスが慌てて駆け寄るが、ジェネシスはその救いの手さえ振り解どくと苦しそうに蹲る。
めきり……と、軋むような音がした。
蹲るジェネシスの背中を突き破るように、めきめきと音を立てて黒くて大きな翼が生えてきて、狭い医務室内を占領する。
黒い翼は突き破ったジェネシス自身の血によって、赤黒く塗みれ滴っていた。
ジェネシスの顔は苦痛に歪み、幾筋もの汗が額に滲む。
セフィロスは漸くジェネシスに近付くと、身体を抱き起こして支えてやった。
辺りには漆黒の羽根が暗雲のように舞い散り、背中や翼から滴った血が医務室の床やジェネシスを抱えるセフィロスのコートを汚した。
腕の中のジェネシスは申し訳なさそうな顔でセフィロスを仰ぎ見て、片手だけでセフィロスの身体に縋る。
「俺は……モンスターなんだ」
辛うじて吐き出した告白に、セフィロスは直ぐに理解を示せなかった。
「何を── ?」
「お前とは、もう……同じ世界に住めない……」
絶望をその声音に乗せるように呟くと、ジェネシスは長い睫毛を伏せそのまま気を失なってしまった。

その後、科学部門のスタッフに別室に担架で運ばれたジェネシスは、そのままサンプルルームの一室に幽閉された。
非情にもソルジャー・クラス1stとしてのジェネシスの名はあっさりとソルジャーリストから抹消され、モンスターとして隔離される事となったのだ。
神羅ビル67階に存在する、冷たく暗いサンプルルーム。この場所に拘禁されるという事は、即ち実験体として観測され分析され、時には非道な実験の対象物にされる── という事。
ジェネシスに黒い片翼が生えた事により、彼が神羅の科学部門、もっと言えばホランダーのチームによる非人道的な実験の結果、産み出されたモンスターであるという事実が発覚し公となってしまった。
ホランダーとしても、勿論ジェネシスが自ら指揮した実験によって造られたモンスターだと云う事実を公に晒す気など全く無かった。ただ、最悪な事に現場にたまたま英雄が居た。
あの場にいた者は、ジェネシス本人を含めて皆ジェネシスがモンスターである事を認識していた。知らなかったのは英雄セフィロスのみ。
社秘を守る為なら全てを葬り去る事も厭わないタークスといえども神羅の英雄に口封じは出来ない。科学部門の中でも権力の弱いホランダーには、尚更の事。
隠そうにも、隠しようがなかったのだ。

サンプルルームの一角に幽閉されたジェネシスに、それでもセフィロスは会いに行った。
最初は、やはり、飽くまでもジェネシスはモンスターである── という事で、面会の許可が降りなかった。だが、セフィロスは最終手段に打って出た。ジェネシスに会わせないのならば、全ての任務を命令拒否すると言って、無理矢理面会の許可を取り付けたのだ。
これは勿論、英雄故に許された我が儘であり、ジェネシスとは幼馴染みで親友であるアンジールは面会を許可されなかった。


ジェネシスが幽閉されているサンプルルームは酷く簡素で、申し訳程度に簡易ベッドが設置されているだけだった。
元々人間ではなくモンスターを収監する為の施設だ。そもそも人が住む事を前提に造られていない。粗末な独房となんら変わりは無かった。
こんな人間としての尊厳も保てないような部屋に無造作に閉じ込められて、会いに行く度に表情に翳りが加わり、やつれていくのが目に見えて分かる。
セフィロスは、この牢獄のような部屋から一刻も早くジェネシスを出してやりたかったが、例え英雄の要求であっても流石にそれは通らなかった。

「お前がこうして会いに来てくれるだけでも、嬉しい」
ジェネシスは、穏やかな、だがどこか哀しみを添えた笑みを湛えて言った。
セフィロスには決して明かさないが、モンスターとして日々耐え難い実験やテスト、細胞の採取などを行われて、苦い屈辱を味わっているのだろう。
短いながらも全てを忘れる事が出来る恋人との逢瀬。ジェネシスはセフィロスが訪れた時だけ僅かに笑みを見せた。
人間扱いされない辛さは、セフィロスにも良く分かっている。セフィロス自身も幼い頃から、科学部門に実験動物のように扱われ続けた。実際、今迄にセフィロスを英雄として遠ざける事もなく、人間として付き合い親友として接してくれたのはアンジールとジェネシスだけである。それでなくとも科学部門の連中は、普段から露骨であからさまなのだ。
恐らく、今、ジェネシスの事を全うな人間として接しているのはセフィロスだけだろう。

セフィロスは傍らに立ったまま、ベッドを椅子代わりに腰掛け哀しげな笑みを浮かべるジェネシスの、白皙の頬にそっと手を延ばして触れる。指に伝わる体温は、ひんやりと冷たい。
「冷たい……だろう?」
ジェネシスの方から自嘲気味に口を開く。
「俺は、モンスターとしては『失敗作』らしい。劣化現象が起きている」
飽くまでも落ち着いて淡々と話すジェネシスを見ていられず、その隣に腰掛けると身体を引き寄せそのかいなに抱く。
ゆっくりと後頭部に手を廻し顔を上向かせ、見詰め合うと唇と唇が触れ合いそうな距離になった。
「見ら……」
一瞬、身を竦め離れようとするジェネシスの言葉を遮るかのように、セフィロスはそのまま口付け唇を塞いだ。

1st二人分の体重に耐えきれず、簡易ベッドが歪んだ悲鳴を上げる。
久しぶりの行為の所為だろうか。ジェネシスの身体は酷く敏感で、感じ易くなっていた。
セフィロスのしなやかな指先が優しくジェネシスの淡い栗毛を梳く。髪の毛さえも触れられて感じているかのように、ジェネシスはふるりと身を振るわせた。
「ん……セフィ……ロス」
珍しく甘えたような声を出して縋りついてくる。やはり、こんな過酷な環境に身を置き不自由な生活を強いられ、心が弱くなっているのだろう。
セフィロスは努めて優しく、そっと壊れ物を扱うように慎重にジェネシスの着衣を脱がせていく。
体温を失なっている所為か、元々白磁のような肌がより一層白く感じられる。
朱の刻印をあちらこちらに刻み付けながら、時に首筋や鎖骨や腹筋の辺りを舐め上げてやると、身体をびくりと震わせながら遠慮がちに艶声を洩らす。
「あ……はぁ、セフィロ……ス」
ジェネシスの息は上がり、その淡い碧を備えた瞳は恍惚に色めく。
愛撫の手を徐々に下半身の方へと移動させると、下着ごとジェネシスのボトムも脱がして下半身を露にする。
現在いまのジェネシスに無理を強いたくないセフィロスは、飽くまで慎重にジェネシスの立ち上がり掛けた熱を口中に含み、ゆるく吸い上げてやると、ジェネシスの腰を持ち上げて秘所を晒す。
そこにも、丹念に舌を這わせ、指を添えて丁寧に解してやる。
その場所に舌で愛撫を施された事のなかったジェネシスは、反射的に身を捩って逃れようとしたがセフィロスの両手がしっかりとジェネシスの腰を支えて許さなかった。
「ぁ……セフィロ……駄目だ、そんな……」
ジェネシスの抗議も聞かずにセフィロスは、更に後孔に指を突き立て差し込んでいく。
指で充分に後孔を解ぐし終わった時には、既にジェネシスはぐったりと放心していた。
セフィロスは、まだ尚ジェネシスの全身に唇で、指先で、愛撫を施していきながらも、同時に自身の熱をジェネシスの体内に沈めていく。体温を失ないつつあっても、ジェネシスの身体の裡は未だ十分な熱を保有していた。
身体を繋いで、お互いの熱を、体温を感じる。たったそれだけの事が、この上なく幸福で涙が溢れそうになる。
「ずっと、こうしていたい。ずっと、ひとつに──
ジェネシスは、セフィロスに縋るように懇願していた。ジェネシスの不安な心が切々と狂おしい程に伝わってきて、出来るだけ優しく抱こうと誓う。
ジェネシスの希望に応える為、セフィロスは極力ゆっくりとした律動を心がけたが、それでも久しぶりの行為はセフィロスさえも容易く追い詰め、無意識に速く深くジェネシスを求めてしまう。
「あっ……ああぁ……!」
追い立てられたジェネシスは、耐えるように眉根を寄せながらも、遂には陥落して果てた。ほぼ同時にセフィロスもジェネシスの裡に熱を吐き出す。
至高の充実感と満足感が二人を包んで、果てた後も暫く二人は身を離せなかった。
甘く蜜のような官能のひと時。
本当に離れたくなかった。
ずっと身をひとつにして繋がっていたかった。
だが、限りある面会時間が、それを許さなかった。


限られた時間の逢瀬ではあったが、セフィロスは出来得る限りジェネシスの面会に訪れ、時にはジェネシスを抱いた。
英雄として、ソルジャーとして、人として、モンスターであるジェネシスと身体の関係を持つ事は許されない行為かも知れなかったが、やめる気はなかった。この事によって非難されると言うのならば、英雄の名を捨てても構わない。

ある時、長期任務が入ってしまいセフィロスは長くミッドガルを離れた。
暫くぶりに神羅ビルに戻ると、ジェネシスが居た筈のサンプルルームは空になっていた。
「どういう事だ!?」
即座にセフィロスは科学部門のスタッフルームに乗り込んで、問い詰めた。
すると、奥の方からふらりと宝条が現れ、いつもと変わらぬ淡々とした口調で言った。
「アレなら、医務室に移送されたぞ」
「何── ?」
「君が居ない間に劣化が進んでな……クク、実に興味深い──
宝条は眼鏡の縁を押さえながら、気味の悪い笑みを浮かべる。
唇を噛み締め宝条を睨むと、何も言わず黙って出て行こうとするセフィロスの背中に向かって、更に宝条は呟いた。
「失敗作に随分と御執心のようだな── 英雄ともあろうものが……」
失敗作── それも、科学部門の主権争いに破れたホランダーのモンスター。
そんな下劣なものに執着し、うつつを抜かすセフィロスを宝条は冷めた目で見ていた。

医務室を訪れると、ベッドの上に横たわるジェネシスよりも先にベッドの傍らに静かに佇むアンジールの姿が目に入った。
いつも落ち着いた印象の親友が纏う空気は、普段より一段と重く澱んでいる。それ程までにジェネシスの容態は悪いのだろうか?
眉をひそめ沈痛な面持ちでジェネシスを見詰めていたアンジールは、それでもセフィロスの入室に気が付くと翳りのある笑みを見せた。
「どうなんだ── ジェネシスの容態は?」
「今は、落ち着いている……そんなに悪い訳じゃないんだ」
ベッドの上のジェネシスは安らかな寝息を立てている。だが、落ち着いた様子とは裏腹に、外見からも明らかに見て取れる程はっきりと、劣化の兆候がその身体には現れていた。
光で透かすとオレンジレッドに輝く美しかった髪は潤いを無くし、ぱさついて一部色素を失って褪せてしまっている。
白皙の肌も血色を失ない青白く、以前のような滑らかさを欠いている。
セフィロスは自分の知らぬ間に変貌を遂げてしまった恋人の、久しぶりに見る顔を複雑な胸中で見詰めた。
「ジェネシスを頼む、セフィロス」
不意に隣に立つ黒髪の親友が、切実な声音で訴えた。
「何だというんだ、急に── ?」
「俺も隔離される事になった」
セフィロスの当然の疑問に、アンジールは極めて簡潔に答える。
アンジールが背中にくっと力を入れると、背中の右側から大きな白い翼が生えた。その心のように純潔で儚く白い羽根が辺りに哀しく散らばる。
「ふっ、俺もコイツと同じ、神羅に造られたモンスターだった── という訳だ」
幼馴染みを見詰めながら苦笑混じりに、珍しく皮肉を洩らす。
「同じモンスターだったんだ。俺の血で劣化が止められる筈がない」
アンジールは溜め息と共に俯くと、固く握った左拳を複雑な表情で見詰めながら、ゆっくりと手を開く。
「この俺自身、劣化しているというのに、な……」
一体この手の、この指の隙間から、どれ程の夢が、どれ程の希望が、どれ程の誇りがこぼれ落ちたのか……。
アンジールはまたひとつ嘆息を洩らすと天井を見上げ、再び懇願した。
「頼む、セフィロス。ジェネシスの傍に付いていてやって欲しい。お前にしか、頼めないんだ。俺は、もう── コイツの傍に居てやれない……」
突然の事にセフィロスは親友に掛けてやる言葉が見付からず、黙ってアンジールの肩に手を掛けてやった。
そうこうしているうちに、科学部門のスタッフが医務室にまで乗り込んできた。
彼等は抵抗の素振りさえ見せていないアンジールを、まるで凶悪犯罪者を収監するかのような厳重な体勢で以って拘束すると、嵐のような勢いで連れ去って行った。
── う……ん」
アンジールが連行されて行く際にかなり周囲が騒がしかった所為か、それまで大人しく眠っていたジェネシスが寝返りを打ち、薄目を開ける。
「セフィ……ロス?」
傍らに立つ久しぶりに再会する恋人の姿に気付き、喜色と困惑が混じった表情を見せる。
「あ……」
何か言おうとするのだが、上手く言葉が纏まらない様子のジェネシスにセフィロスは無理を強いる事はせず、ただ軽く髪を梳いて撫でてやった。
「何も言わなくていい。色々……あったんだろう?」
ジェネシスは軽く睫毛を伏せて、視線をセフィロスから外すとベッドの上にさ迷わせる。そこに、白い羽根を見付けて手を伸ばし掴み取ると、苦しそうに幼馴染みの名を呟いた。
「……アンジール」
穢れのない白い羽根を、唇を噛み締め、生気を欠いた手で握り締める。アンジールの身に起きた事象をジェネシスは知っているのだろう。幼馴染みが辿る運命を、そして自分とは恐らく二度と会えないであろう事を理解しているようで、その目元には僅かに涙が滲む。
一旦瞼を伏せると、重く深く溜め息をひとつ吐いて、何かを決意したかのように再び双眸を見開き毅然と申し立てた。
「もう、俺に逢いに来ないでくれ── セフィロス」
懇願するようにセフィロスを見詰めるジェネシス。
同日に、親友二人に相反する要求を請われるとは皮肉としか言いようがない。
「何故、そんな事を言うんだ!?」
ジェネシスは握り締めた手を顔に近付け白い羽根を見詰めると、悲しげに眉をひそめる。
「俺の手を……身体を、見ろ。髪の毛だって、色素が抜けて……こんな──
片手で頭を抱えるようにして一呼吸置くと、少し声を震わせながらも一気に吐き出すように続けた。
「こんな醜い俺の姿を……この先もっと醜くなる俺を、お前には見られたくないんだ」
セフィロスはベッドに横たわるジェネシスの顔の両脇に両の手を付いて覆い被さるように見下ろすと、厳格な口調でジェネシスの言を却下した。さらりと長い銀の髪がベッドの上に落ちる。
「無理だな。俺は、アンジールに『お前を頼む』と言われたんだぞ!?」
その声音には激昂と言っても過言ではない程に、怒気が籠もっていた。アンジールの名前を出されて、ジェネシスの心も揺らぐ。
「俺に、最後かも知れない親友の頼みを聞くなと言うのか?」
流石にジェネシスは言葉を失ない、溢れる涙を隠す様に片手で半顔を覆う。それでも、やはりジェネシスの心は頑なだった。
「俺の事だけじゃない── セフィロス。俺のような出来損ないのモンスターにかまけていたら、お前の立場だって危うくなる」
涙を拭って力強い瞳で訴える。
「お前には、ずっと……神羅の誇れる英雄でいて欲しいんだ!」
「ククッ……俺の評判は、既にそんなに悪いか?」
セフィロスは身を起こしてベッドから離れると、額を指先で支え哄笑を洩らす。任務で忙しく飛び回っているセフィロスと違って、隔離され科学部門のスタッフと接する機会の多いジェネシスには、最近の英雄に対する口さがない意見が嫌でも耳に入ってくるのだろう。
セフィロスは再びジェネシスの顔を上から覗き込み、悲哀に満ちた表情で告白した。
「愛してる── ジェネシス」
恋人ではあったが、それは初めて聞かされる言葉であった。一生言われる事もないと思っていた言葉。期待すらした事のない言葉にジェネシスは瞠目する。
「誰になんと言われようと構わない。俺は── 神羅を捨ててもいい」
セフィロスは英雄であると同時に、幼い頃から忠節を誓っているかのような神羅の従順たるソルジャーだ。だが、今、ジェネシスの為ならば神羅を捨てると、そう言っているのだ。
それは幼い頃から英雄に憧れ続け、英雄の事を良く知っているジェネシスにとっても、俄かには信じ難い事。喜ぶべき事か悲しむべき事かさえ分からない。
しかし、何があろうとジェネシスの傍に付いていてやる事、それは親友アンジールの願いでもあり、セフィロス自身の願いでもあった。
セフィロスはベッドの上のジェネシスに覆い被さってキスを交わす。
何週間ぶりの口付けだろう。それは、とても甘美で、狂おしい程に切ない。砂漠のように渇いた心を潤す潤沢なオアシスであり、目前で儚く消え去る蜃気楼のようでもあった。
セフィロスの唇が、顎から白い首筋を辿り、鎖骨へと向かう。
「駄目……だ、セフィロス」
身を震わせながら、軽い抵抗を示すジェネシスの淡青色の瞳は僅かに潤んだ。
セフィロスの両手はジェネシスの両手首を捉えると容易くベッドへと縫い付け、抵抗を許さない。
「愛してる──
再び吐かれる、ジェネシスの心を、身体を、惑わせ呪縛する言霊。
「許して……くれ。俺には、もう── お前の名を貶める様な真似は……!」
そこまで言って声を詰まらせる。モンスターであるという事実が公に発覚した後は、セフィロスに抱かれる事自体が肉体よりも精神に多大な負担を掛けた。
ジェネシスだって言葉にした事はなくとも、セフィロスを愛してる。
その貴き愛する人が、崇高なる英雄が、不完全なモンスターである自分を抱く事により、卑下され非難される事は甚だ許し難い事であり、ジェネシスにとって苦痛でしかなかった。
苦しげな表情を浮かべるジェネシス。それでも構わずセフィロスはシーツを引き剥がし、ジェネシスの着衣を奪っていく。その様は、寧ろ冷淡といっても良かった。
「嫌……だ」
必死に洩れる嘆願の声も聞こえていないかのように、セフィロスはジェネシスの身体を無理矢理に暴き貫く。
ジェネシスの身体は恐怖で震えた。セフィロスが恐ろしかったのではない。この自分と交わす行為によって、英雄の名声を地に堕としてしまう事が怖かった。
憧れの英雄を自らの手で穢してしまう事が、この上もなく不遜な行為に思えて恐ろしかった。
坑おうにも劣化により弱っているジェネシスには、普段通りの体力も腕力も無い。結局、抵抗は虚しいものに終わり体内に精を吐き出される。体内で受け止め切れず溢れた精液が、シーツを汚す感触が肌に伝わる。
この汚したシーツも、ベッドメイキングの際に見られてしまうのか。そう思うと、ジェネシスはいたたまれなくなった。

数日後。
セフィロスが医務室を訪れると、面会の取り次ぎを断られた。苛々して医務室の隣に居室を構えるホランダーの下を訪ね、説明を求める。
「申し訳ないが、ジェネシス本人の希望なんだ」
「ジェネシスの── ?」
「私は寧ろ、ジェネシスには君との面会が必要だと感じているくらいなんだよ」
ホランダーにしては何時になく真剣な面持ちで、俯いて溜め息を吐く。
「どうにも、彼は頑固だな……。特に今は、意固地になってしまっているようだ」
ジェネシスの素直じゃない、一筋縄ではいかない性格は、セフィロスにも良く分かっている。完全に理解しているとは言い難いが、自分の事を嫌いになったとか、そんな単純な理由ではないのだという程度の事くらいは理解出来る。
「幼馴染みのアンジールの事も、今はまだ辛いんだろう。── もう少し、ジェネシスに時間を……。もう少し、彼が落ち着くまで待ってやってくれないか、セフィロス」
例え劣化により姿形が変わったとしても、愛しい恋人に逢いたいという気持ちは決して変わらない。
だが、ジェネシスの周囲には、ここ最近の間に本当に様々な事が起こった。
今はホランダーの言う通り待っていてやるべき時なのかも知れない。
セフィロスは中にいる恋人の姿を想いながら医務室のドアを暫く見詰めた後、その場を立ち去り新しい任務へと向かって行った。


許されざる事。
モンスターの身で神羅の英雄と身体を繋ぐなどと云う事は、やはり元々恋人同士だったという前提を差し引いても許容できるものではない。
自分の事を最後まで心配してくれた、今でも冷たいサンプルルームに幽閉されながら心配してくれているであろうアンジールには悪いが、ジェネシスはどうしてもこれ以上セフィロスとの逢瀬を重ねる気には成れなかった。

ある日、セフィロスはホランダーに呼び出された。
あの我が儘な恋人が、ようやく自分に逢う気になってくれたのかと思い、セフィロスは逸る気持ちを抑えつつホランダーの下を訪れた。
科学部門の研究室と比べると非常に狭く質素な部屋ではあったが、個人に与えられた研究室としては妥当と思われる広さの部屋の一角で、ホランダーは神妙な面持ちでセフィロスを待ち構えていた。
自身も簡素な椅子に腰掛け、セフィロスにも対面にあるシンプルではあるが肘掛け付きの客用らしきソファを勧めた。
「実は、ジェネシスの容態があまり良くない」
徐に本題から入る。残念ながら、ホランダーからの報告は期待していたような喜ばしいものでは無かった。
「劣化が大分進行している」
ホランダーは肩を落とし、それまで見た事の無いような深刻な表情で更に続ける。察するに相当状態が悪いのであろう。
「今日、君に来てもらったのは、どうしても君に頼みたい事があったからだ」
如何にも訳ありといった感じで切り出される。
「それは、ジェネシスの劣化に関する事なのか?」
セフィロスは無意識に身構えつつも、身を乗り出す。
「勿論だ。── 君にしか、頼めない。君にしか出来ない事だ」
そう訴える瞳には、力強い光が宿っている。
セフィロスはホランダーに限らず、基本的に科学部門の連中は全て信用出来ないと思っている。
だが、真摯な瞳と表情に、こちらも真剣に受け止めようと考えを改めた。恐らくホランダーは他の科学部門の連中とは違い、ジェネシスの事を真剣に考えてくれている。ただの実験対象としてではなく、ジェネシスの劣化について真面目に向き合って対処を考えてくれている。少なくともジェネシスに関する事だけは信頼に足る気がした。
「何でも言ってくれ。協力する」
ジェネシスの劣化を止める事が、ジェネシスとアンジール、二人の親友を本当の意味で救ってやる事が出来るのなら、何でもしてやろう。
「君の血液を提供して欲しい」
それはセフィロスにとって全く予想だにしない申し出だった。
「君の血をジェネシスに輸血したいんだ。出来れば、アンジールにも……」
「それで、劣化が止まる── と? 俺の血では駄目なんじゃなかったのか?」
以前セフィロスが輸血を申し出た時、そうはっきりと断られた。何故、俺の血では駄目なのか── と、真剣に悩んだ程だ。
「あの頃は、そう判断してしまった。だが、実際は違ったんだ」
ホランダーは申し訳なさそうな顔から、確信に満ちた顔へと表情を変える。
「君の血をジェネシスに輸血する事は、非常に有効だと今は判断している。現に結果も出ている」
「結果が出ている? 今までに、俺の血を提供した事は無かったはずだが……」
聞き逃すまいと、慌ててホランダーの言った言葉尻りを捉える。
身に覚えのない、矛盾を孕んだ説明に、結局この男も他の科学部門の連中と同じかとセフィロスは失望し掛けた。
だが、軽くかぶりを振り肘掛けに乗せた腕に力を込めソファを立ち上がり掛けたセフィロスに、飽くまでも冷静かつ落ち着いた様子で、ホランダーは当然のような口調で続ける。
「最後まで聞いてくれ、セフィロス。難しく考えなくても分かる事だ。今までのジェネシスの劣化の経過を思い返せば、簡単に……」
パラパラと過去のジェネシスのカルテを繰りながら、ホランダーは淡々と語り始めた。

to be continued
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