Diablo (1) イタリア語で悪魔の意
その出会いは必然だったのか、偶然だったのか。
幸だったのか、不幸だったのか。
白銀の悪魔。
銀髪鬼。
殺戮の化身。
エクリプス。
全てを殲滅する破壊兵器。
無慈悲なる死の天使。
敵方に、悪魔のように畏れられていたセフィロスには敵兵が付けた多様な二つ名が有った。
それだけ彼が英雄として活躍し華々しい戦果を挙げていた訳だが。それと同時に本来味方である筈の同じソルジャー達にさえ、その非道な振る舞いを畏れられていた。
詰まるところ、彼は味方からも「英雄」というカテゴリーに放り込まれ「人間」というカテゴリーから放逐されていたのだ。
そんなセフィロスにも、ある頃から普通の人間として接触してくれる同僚が出来た。
彼らはセフィロスと同じソルジャー・クラス1stだった為、セフィロスを畏れず対等の立場で接してくれた。無論、同じクラス1stといえどもセフィロスは「神羅の英雄」でもあったから、全く同等という訳にはいかなかったが。
一人は持ち前の気さくで誰に対しても分け隔てなく面倒見の良い性格から、もう一人は持ち前の気の強さと英雄への対抗心から、特別扱いせず飽くまでセフィロスを同じソルジャーの一人として扱ってくれたのだ。
その頃から、徐々にセフィロスの世界は変わり始めた。
アンジールとジェネシス、のちに親友ともなる二人との出会いから── 。
三人の仲が親密になるに連れ、アンジール、ジェネシス、セフィロスの三人で行動を共にする機会が自然と増えていった。
とりわけトレーニングルームは三人にとって格好の遊び場だった。
だが、いつも三人揃って行動するというのは難しい。ソルジャー・クラス1stである彼らは、それぞれ別のミッションに配属される事が多いからだ。
そうなると、三人のうち二人だけしか都合が合わないという事態も珍しくなくなる。そのため三人揃わずとも二人だけで食事に行ったり、トレーニングルームで過ごしたりといった状況も当たり前となっていく。
アンジールとジェネシスは元々幼馴染みであるから、二人で過ごすと云っても普段と特に代わり映えはしない。だから、三人のうち二人だけで過ごす事に関してアンジールは当初、別段気にしていなかった。
ところが、ある日、偶然セフィロスとジェネシスが二人きりで過ごしている場面に遭遇して以来、違和感を覚えるようになった。
明らかにセフィロスがジェネシスを見る目が、アンジールが知っているものとは違う。
以前は、あんな鋭い眼を向け注視していなかった。最初こそは、遂にセフィロスもジェネシスをライヴァルと認め熱い視線を送っているのかと思ったのだが、どうやらそういう訳ではないらしい。
まるで、ジェネシスの一挙手一投足全てが気になっているかのような勢いで彼の行動を監視している。セフィロスは英雄ゆえ、己の行動を自重するという概念を元から持ち合わせていないようなのだが、それを踏まえてもあまりにあからさま過ぎて、アンジールも嫌でも察するしかなかった。
まるで、獲物を狙う肉食獣が如し眼光。ただでさえ心配性のアンジールは、気付かぬ振りをして黙って見過ごすという選択をどうしても取捨出来なかった。他の誰でもない、こと幼馴染みに関する事となるとアンジールも穏やかではいられない。
アンジールは、さりげなくセフィロスと二人っきりになると問い質してみた。
「ジェネシスと何かあったのか?」
「別に、何も無いが……」
「では、何故ジェネシスばかりを執拗に見詰める?」
「俺が、ジェネシスを……見ている?」
アンジールは重い口調で詰めるが、セフィロスは特段はぐらかそうという様子でもなく。全くの無自覚、無意識なる挙動であったのか、得心のいかない表情を浮かべている。
「幸い、今のところ気が付いているのは、俺一人のようだが── 」
引き続き低い声音で、慎重に切り出す。
「セフィロス、お前はジェネシスに対して、何か特別な感情を抱いているだろう?」
そこまで具体的に指摘されて、英雄は一瞬アンジールの顔を見返したが、反論や否定はしなかった。寧ろ心当たりがある、そう匂わせる表情をちらりと覗かせる。アンジールもそれ以上の訴追はしない。だが、最低限の要求は提示した。
「周りには、お前の気持ちを気付かせるなよ? セフィロス……お前は特に神羅の英雄として注目を集める立場だ。お前の不利益になるだけじゃない、俺の幼馴染みに不利益な真似もしてくれるな」
アンジールはゆっくりと右腕を上げ、英雄の方へと差し向ける。
不利益ではなく、不埒な真似と言ってやりたいのは山々だったが、さすがにアンジールである。そこは耐えてみせた。
そして、極めて落ち着いた、しかし力強い確かな口調で更にセフィロスを窘めた。
「周囲への配慮を……節度ある関係を維持出来るんなら、俺は寧ろ歓迎する。最近のお前は変わった。以前より、ずっと表情が豊かになった。ジェネシスに出会ったから……なんだろう?」
至極真剣に、強い光を宿して向けられる深青の翳りの無い何処までも広がる空のような双玉。
最早このアンジールも、特別な想いを抱いているジェネシスと同程度に、英雄にとって大事な人生の一部を共有する存在となりつつある。蔑ろには出来ない。
セフィロスは沈黙のまま頷く事で以って、アンジールの依願を全面的に引き受ける事を了承した。
◇◆◇
とある日。セフィロスとジェネシスは同じミッションに従事し、完遂させた。
夜遅くにミッションから帰還して報告を済ませ、神羅ビルの49階、ソルジャーフロアのロビーでソファに腰掛け寛いでいた時の事。
ジェネシスの隣に腰掛けていたセフィロスが突如、口火を切った。
「俺は……悪魔、か?」
表立っては国民の多くから英雄として持て囃されてはいるが、内情はそうでもない。常日頃、敵方、味方問わず悪魔と忌み嫌われ蔑まれ畏れられる事に対し、遂に疑問という形で鬱憤が表出したらしい。
「どうした? 突然……」
らしくない英雄の発言に一瞬ジェネシスは戸惑いを見せた後。
ジェネシスは消沈するセフィロスを慰めるよう、その頬にそっと手を滑らせ撫でてやる。
「あんたは、『英雄』だろう?」
「だが、俺を真に英雄だと讃える者がいったいどれだけいる!? せいぜい戦場に出たこともない一般人ぐらいだろう。多くは俺を英雄と呼び讃えながら、その陰で悪魔と、死神と蔑んでいる」
「あんたは、悪魔なんかじゃない。少なくとも、俺にとっては唯一の……」
セフィロスを宥める為か、慰める為か、ジェネシスはやんわりとセフィロスの身体に触れる。
「お前は、どう思うんだ?」
他の誰に何と思われようと、親友が自分を正しく見てくれていれば、それでいい。いや、いつしか親友以上に特別に意識している存在へと昇格したジェネシスにだけは── 。
「あんたは誰よりも人間だ。だからこそ不動の英雄でもある。そんな、あんたに俺は── 」
ジェネシスが全ての言葉を紡ぎ終わらないうちに、遮るようセフィロスはジェネシスの身体を鮮やかに手中に収め、しかと捉えるとソファの上に横たえ深く沈めた。身体ごと抱き抱えられて、驚きと躊躇いと緊張とでジェネシス自身の体温が急上昇する。このままでは、逆上せてしまいそうだ。
ジェネシスも応えるようにセフィロスを抱き返す。自分にのし掛かってくるセフィロスの重みさえ嬉しくて、抵抗も忘れた。
暫し沈黙のまま、少し身を離すと見詰め合い、慎重に唇と唇を触れ合わせる。
漂う静寂が恐ろしい。張り詰めた空気が一気に清冽を帯びる。己れの体温の上昇に反するような周囲の冷気に、ジェネシスは微かに身震いした。
ソルジャーフロアのロビーというオープンな場所。しかも、幾ら深夜遅い時間で他のソルジャーは居ないとはいえ、未だマテリアルームにはランプが点灯している。
だが、身体を押さえ付けるだけに留まらず、セフィロスは当然のように着衣にまで手を掛けてくる。ジェネシスは躊躇し遠慮がちにセフィロスの侵攻を躱そうとしたが、セフィロスはジェネシスの衣服を剥ぎ取る行為に没頭しており、中断する気配は一切無かった。
適当に着乱れた衣服の隙間からセフィロスの冷たい手が侵入する。最初は革手袋故の冷たさかと思ったが、セフィロスはいつの間にか手袋を外していた。
「っ! 冷……たい」
「クク……冷たいか? 俺は、やはり悪魔らしいな……」
「いや、あんたは── 英雄だ」
セフィロスの頬や長い銀糸を撫で付けながら、溜め息混じりに謡う。
「俺が想い続けた、唯一無二の……」
陶酔しきったようにセフィロスを見詰めるジェネシスの瞳は、神を畏敬する天使のように清らかで淡く碧く澄んでいる。
盲目的な熱く真っ直ぐな瞳を向けられて、揶揄い半分だったセフィロスの最後の理性の箍が外れる音がした。
「あっ! ん……ふ」
ジェネシスのアクアブルーに更なる水分が加算される。潤んだ瞳がますますセフィロスを煽る。僅かに残されていた薄絹のような理性が容易く引き裂かれる。歯止めが── 利かなくなる。
ジェネシスの乱れた着衣の隙間から覗く白皙の肌に顔を埋めた。刻印を刻み付けるように、征服の証をその穢れなき肌に落としていく。ひとつ、ひとつ、数が増えるにつれ却って欲情が増す。呼吸が乱れる。
セフィロスの動きはますますエスカレートして、ジェネシスの下半身の着衣まで奪いとろうと手を伸ばす。最早抵抗の素振りさえ見せないジェネシスから、完全に着衣を奪うのは難しくなかった。しかし、それは叶わなかった。
二人が二人の世界に浸りきったその瞬間、遂に邪魔が入ったのだ。いや、場所を考えると今まで入らなかったのがおかしい。
「何をしているんだ? お前達── !?」
背後から、不意に飛んでくる声。ジェネシスを組み敷く姿勢は崩さぬまま、セフィロスは顔だけを声がする方に向けた。
そこには、科学部門の宝条が立っていた。恐らくトレーニングルームかマテリアルームで未だ実験の為に残っていたのだろう。
セフィロスは如何にも面倒臭そうに眉をひそめる。もっと格下の一般研究員であったなら適当に口止め料でも握らせて追い払えば済んだというのに、よりにもよって厄介な相手に見付かったものだ。
宝条にどう上手く言い訳し誤魔化そうかと逡巡しているうちに、ソファーに横たわったままのジェネシスが先に口を開いた。
「俺が誘ったんだ── 」
透明で艶やかな声がロビーに響く。
「どういう事だね!?」
宝条は特別セフィロスに思い入れが有るらしく、彼に執着しているのは端から見ても明白であった。その執着している英雄が、ソルジャーフロアーという公の場所でおおっぴらに英雄としての格を貶めるような行為を行っていた事に憤慨しているのだろう。
ゆっくりとジェネシスはその身を起こし、当たり前のように供述する。
「だから、俺が誘ったと云ったんだ。セフィロスは── 悪くない」
左手で緩く髪を掻き上げ、口元には微笑を湛え、ぞっとするほど妖艶な雰囲気を纏う。妖しくも尊大で美しい。
中途半端に脱がされた衣服が、より一層の媚態を演出していた。
捲り上げられたハイネックの裾からは細い腰と臍が覗き、適当に肩を抜かれた赤い革のコートの下はノースリーブで、下ろされたコートとノースリーブの隙間からは、適度な筋肉が付いた二の腕が惜し気もなく曝け出されている。
「君は自分が何を云ってるのか、解っているのか?」
彼のソルジャーとは思えない程婉然で、その場の空気に溶け出し纏わり付くような、ねっとりした秋波にたじろぎながらも質問を重ねる宝条に、ジェネシスはただ優雅で柔らかな笑みでもって応えるだけだった。
その日、散々揉めに揉めた後。ジェネシスは懲罰房に放り込まれた。英雄を誘惑したという罪で。
本来なら未遂で終わった事、しかも互いに同等のクラス1st間で起こった事に関して罰を与えるというのが、そもそも有り得ない事態だったのだが、如何せん見られた相手が不味かった。せいぜい当事者への注意程度に留めるべきところが、相手が英雄という事も相俟って大袈裟な処分が下される結果となる。そうでもしないと、宝条の怒りを鎮める事が出来なかったのだ。
異例ではあるが、止むを得ない処分。ジェネシス自身が自ら非を認めた事も宝条の怒りを煽る一因となっていた。セフィロス側から一方的に仕掛けたと弁明していたなら、恐らく不問に付されたであろう。
ジェネシスの懲罰房行きが決まった後も宝条はカンカンに怒っており、永遠に閉じ込めておけと言い出しかねない勢いだった。だが、流石に周囲の者が、長期間の懲罰房行きとなると懲罰理由に関して有らぬ噂が流れる可能性がある、事を穏便に納めたいのなら、早く事態が鎮静化するよう処罰を大きくしない方が良いと必死で進言し説得したのだ。
その結果ジェネシスは僅か一日で懲罰房から解放されるのだが、それだけで事は済まなかった。
当然ながら、ジェネシスの懲罰房行きの理由は伏せられていた。どんな理由かも分からず不明瞭なまま、幼馴染み兼親友が独房に放り込まれた件について、アンジールが黙ってはいなかったのだ。
懲罰房から出てきたばかりのジェネシスに、何事があったのかと、早速疑問をぶつけてきた。だが、ジェネシスも一日で懲罰房から出された代わりに、今回の件は詳細を秘匿とするよう命じられている。
飽くまでシラを切ろうとしたジェネシスに対して、アンジールはしつこく食い下がってきた。
「セフィロスが関係しているんだろう!?」
普段、物越し柔らかい幼馴染みの、らしくない鋭い追求にジェネシスは一瞬答えに詰まった。これでは肯定したも同然である。
「それがどうした? セフィロスが関わっていようがいまいが、そんな事は関係無い。俺に非が有ったんだ!」
親友を振り払うように言葉を叩き付けると、ジェネシスはそれ以上話す事など無いと云わんばかりに足早にその場を立ち去った。
◇◆◇
英雄を穢しては為らない。
英雄を貶めては為らない。
英雄を侵しては為らない。
英雄を愛しては為らない。
懲罰房の一件から数週間が過ぎ、表面上は以前となんら変わらない日常が戻ってきたように見えた。
セフィロス自身がジェネシスに接近する事を禁じられていたのだろう。暫く音沙汰が無かったが、最近は同じミッションに就く事も増えてきた。既にほとぼりは冷めた、と周囲は判断したようだ。
1stが複数人従事するミッションとなると、やはり大規模なものとなる。この規模になるとミッションというよりは、むしろ戦争というべきか。
その戦地にて、赤い影が跳躍し何かの軌道を描く。不規則なようでいて、確実に何かを顕している疾駆は最後に真円を描いて宙に舞い上がる。
「我が描けし六芒星の軌跡から、蠢き燃え上がる灼熱の奇跡。激しく舞い狂い、悉く焼き尽くせ、地獄の業火よ! ── アポカリプス!!」
淀みない流れるような詠唱と共に何も無かった地面に赤い軌跡を描いた魔法陣が突如完成し浮かび上がる。と、一気に辺り一帯が恐ろしいほどの豪炎に包まれた。
魔法陣の中から、生きたまま焼かれる兵士達の阿鼻叫喚が聞こえ、正に地獄絵図ともいうべき無残な光景が広がる。
いつものミッションと較べると、明らかに「やり過ぎ」な様子の幼馴染みに、無意識のうちにアンジールは渋面と共に眉をひそめていた。
「少しばかり、張り切り過ぎなんじゃないか?」
遠回しに苦言を呈するが、ジェネシスは「これくらい当然だろう?」と云わんばかりに、毅然とした表情で返すのみ。やり過ぎだとは微塵も感じていないようだ。
「俺が張り切っているように見えたとしたら、原因はアレだ」
僅かに口端を上げて遥か前方を指差す。指し示したその先には、長い銀の髪を靡かせ跳躍する英雄の姿。
「セフィロス!? まさかお前はセフィロスと張り合おうと、こんな無茶苦茶を……?」
呆れと緊張感が綯い交ぜになり掠れた声を出すアンジールを落ち着かせるように、ジェネシスは彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「俺達1stだって、セフィロスと同じミッションに同行できる機会は少ない。だったら、その希少なチャンスを最大限に活かすまでさ」
薄い笑みを湛えて、悠然と嘯く。その笑顔が酷く表面的なものに見えて、ジェネシスの真意は言葉とは別のところにあるのではないかと疑う。だが、根拠もなく追求する事は出来ず。
アンジールは、ほどほどにしておけよ、と忠告するだけにとどめた。
しかし、この時感じた違和感が残滓のようにアンジールの心に翳りを作る。幼い頃からよく知っているはずの幼馴染みが変わってしまったような気さえした。
ここ最近であった思い当たる事変といえば、件の懲罰房事件である。アンジールは、やはりセフィロスに詳細を問い質すべきだと決意した。
ミッション終盤間際、戦況が落ち着いてきた頃を狙って、アンジールはセフィロスに近付く。
「少し話を……いいか?」
出来るだけさりげなく穏やかに運ぼうと思っていたのに、衝いて出たのは静かで重い口調だった。
「なんだ?」
このミッションでも既にセフィロスは数え切れないほど多くの敵兵を葬っている。その余波なのか、対するセフィロスの口調も重く冷たいものだった。
だが、構わずアンジールは本題を切り出す。
「例の懲罰房の件、お前も噛んでいるんだろう?」
「なんのことだか、分からんな」
セフィロスの方にもジェネシスと同様この件に関しては箝口令がしかれているため、なにくわぬ顔ではぐらかす。だが、今回の件でわだかまりが溜まりに溜まったアンジールは簡単に引き下がりはしなかった。
「具体的な詳細が云えないのなら、お前が関わっているのかどうかだけでも教えてくれないか」
まさか食い下がられるとは思っていなかったらしく、セフィロスは僅かに眉をひそめる。
「すまない。だが、あれからジェネシスの様子がおかしいような気がして……な。俺の思い過ごしならいいんだが」
表情に翳りを滲ませて瞑目し、溜め息まで吐き出すアンジールに、セフィロスも少し罪悪感めいたものを感じた。以前、ジェネシスを悪い方向に巻き込むなと頼まれたこともある。
「いや、ジェネシスは悪くない」
ようやっとアンジールの問いに応えてくれたセフィロスだが、端的すぎて意味が計りかねる。困った顔をするアンジールに構わずセフィロスは続けた。
「俺もジェネシスがどうして、ああいう行動をとったのかは分からない。本来罰せられるべきは……悪いのは俺の方だった。だが、あいつは俺を庇った」
「庇った!?」
「そうだ。自分に非があると言い張って……」
アンジールは一度意外そうに驚いた顔を見せたあと、緩やかに相好を崩した。
「そう── か。成る程、あいつはよっぽどお前に心酔しているらしい」
くつくつと小さく苦笑を洩らす。
「どういう意味だ?」
差し障りがない程度に掻い摘まんで話しただけで、アンジールは納得したような表情を浮かべている。セフィロスには皆目見当も付かなかったのだが、幼馴染みであるこの男にはジェネシスの考えが幾らかでも理解出来たのだろう。
「ああ……ジェネシスは簡単に他人を信用したりするような性分じゃない。寧ろ警戒心が強い方だ。ましてや誰かを庇うなんて、な。── あいつも、お前と出会って変わったらしい」
最初に話し掛けてきた時の剣呑な表情とは打って変わって、感慨深げな笑顔を見せる。
幼馴染みの変化に当初は戸惑ったが、良い方向に変わったのならば一向に構わない。寧ろ大歓迎だ。セフィロスとジェネシスが出会って、変わったのはセフィロスの方だけだとばかり思っていたが、ジェネシスもまた変わったのだろう。お互いに良い影響を与え合い、成長する。少々妬けてしまうが、友人としてはこの上なく理想的な関係をいつの間にか二人は築いていたらしい。
「心酔── というのは?」
セフィロスの再度の問い掛けに、アンジールは気まずそうに笑顔を濁した。ジェネシスにとってセフィロスは特別に思い入れの深い憧れの存在である。だが、そのことを本人はひた隠しにしている。それを勝手に伝える訳にはいかない。
「いや、すまん。これ以上は……云ったら、あいつに殺される」
「ふむ……」
気にはなったが、セフィロスも全てを話せない手前、相手にも同じ事を要求する事は出来ない。
「とにかく、ジェネシスもお前に好意を抱いている── という事だ」
不安げな表情を見せたセフィロスを元気づける為、アンジールは最低限のことだけ教えてやった。セフィロスも、本来なら話せない事情を僅かにでも明かしてくれたのだ。これぐらいのサービスは許されるだろう。
好意を持ってくれてはいる── そう思ってはいたが、確信には至らずにいた。しかし、幼馴染みの保証付きであるなら間違いないだろう。セフィロスは、理解出来ない部分が多いものの、ジェネシスが好意を抱いてくれているというアンジールの言葉に安堵して柔らかな微笑を返した。
アンジールはその笑みを確認して、再度セフィロスが変わった事を実感したのである。そして、またジェネシスも── 。
つまり端から心配する必要などなかったのだ。先程ジェネシスとの会話で感じた違和感。英雄と張り合う真の理由。それらは恐らく良い意味での彼の変化。英雄への対抗意識なのだろう。例えば、セフィロスと真のライヴァルとして周囲に認められたくて、せめて撃墜数だけでも英雄と並びたいとか……そんな、健気な理由なのかも知れない。親友としては寧ろ優しく見守り応援してやるべきなのだ。
セフィロスとアンジールは、ひょんな事から話し合う結果となったが、お陰でお互いに心の裡に潜んでいたわだかまりが消えて、それぞれ晴れやかな気分で戦地をあとにした。
◇◆◇
大掛かりなミッションも終わり、ミッドガルに帰投して、暫くは穏やかな日々が続いていた。
平穏な休日、長閑な午後。こうして落ち着いた日常を過ごすと、努めて気に掛けないようにしていた事が、ふっと頭によぎって考えまいと思っても、たちまちその事で頭がいっぱいになってしまう。
自室で寛いでいたセフィロスは、読んでいた新聞を折りたたむと憂鬱そうに溜め息を吐いた。ある程度新聞の情報も頭に入れておく必要があるのに、ちっとも入ってこないのだ。
── 心酔している。
そうアンジールに云われた言葉が、頭の中でぐるぐると渦を巻いて脳内をいつまでも占拠してしまう。
アンジールは好意を抱いているとも教えてくれたが、単純な好意なら「心酔」という言葉は出てこないだろう。もっと強い、惚れ込んでいるだとか夢中になっているだとか、単なる好意以上のものを抱いていなければ使わない言葉だと思う。
ふとソルジャーフロアのロビーであった出来事を思い出す。
あの時、常日頃から感じていた鬱憤が溜まりに溜まって、ついジェネシスに愚痴を吐き出してしまったのだ。ひとつひとつはなんてことのない小さな棘程度の苛立ちだったのだが、累積すると謂われのない謗りを受けているようで、気が付けば耐え難い苦痛へと成長していた。
他人には理解してもらえない類いの不満だと思っていたのに、ジェネシスは懸命に慰めてくれた。それが嬉しくて、ジェネシスへの想いを抑え込んでおくのが困難になった。場所も考えずに押し倒して、口付けを求めて── 。
あのまま邪魔が入らなければ、きっとジェネシスを抱いただろう。英雄と身体の関係を持つことが周囲にとって、どれほどの不敬なのかは英雄であるセフィロス自身にはよく分からない。一般的には、拒否するのがごく自然な反応であろう。宝条の態度を見るまでもない。
しかし、あの時、ジェネシスは拒否しなかった。寧ろ、自分の想いを受け止めようとしてくれた。自惚れかも知れないが、そう感じた。だが、あの時のジェネシスはセフィロスの事を「英雄」として慰めていたような気がする。
こうして冷静になって考えてみると、ジェネシスが慰めてくれたのは純粋なる英雄への同情心からであって、ジェネシスが抵抗しなかったのは英雄である自分を立ててくれただけなのではないか? そんなネガティブな方向にも思考が及んでしまう。
その一方で、心酔しているというアンジールの言葉を信じるならば、ジェネシスもセフィロスに対して特別な好意を抱いてくれていると、自分達はお互いに同じぐらい想い合っているのではないか、と。都合の良い展望を期待してしまう。
考えれば考えるほど、ちゃんとジェネシスの気持ちを確かめたいという気持ちが強くなる。
もう一度、今度は邪魔の入らないところでロビーの続きを再開したい。そうして、今なら── ミッション明けでお互い大した仕事も入っていない今ならば、セフィロスの切なる想いを果たせるのではないかと思うと止まらなくなった。
セフィロスはおもむろにソファから立ち上がると、そのまま自室を出て行く。歩調は飽くまでゆっくりとしたものであったが、気持ちは急いていた。
やがて目的地に到着すると、迷わずノックした。在室かどうかは分からないが、きっといるはずだ。いや、いてもらわなくては困る。妙な焦りがあって、再度強くノックすると、がちゃりと扉が開きようやく当人が姿を見せた。
「どうしたんだ、セフィロス」
ジェネシスは、少し戸惑っている様子だ。それもそうかも知れない。同じ宿舎に住んでいても、こうして訪ねた事など今まで一度も無かった。親友だと思っていても案外そんなものだ。
セフィロスは、ジェネシスを押し遣るようにして勝手に室内に入っていく。
「大丈夫なのか?」
ずかずかと部屋に入っていく銀と黒の背中に向かって問う。セフィロスは振り向き、何が問題なのかと云いたげな尊大な目付きでジェネシスを見遣った。
「その……二人きりは、さすがに不味いだろう」
困ったように眉をひそめるジェネシス。自室だというのに周囲を警戒している。
例の懲罰房の件以来、暫くの間はジェネシスに近付く事さえ禁止された。しかし、近頃は同じミッションに就く事もあるし、てっきり保護観察期間は終わったものだと思っていたが。もしかしたら、ジェネシスには個別に注意が継続して為されていたのかも知れない。
だが、それが宝条だろうがプレジデントであろうが従って堪るものか。
セフィロスは踵を返すと、大股で歩いて即座にジェネシスの側に寄った。そして、思わず後退さろうとするジェネシスの肩を掴むと近くの壁面に押し付け、左手を顔に添えると無理矢理上向かせる。
躊躇う様子のジェネシスにも構わず、静かに口付けると欲望のままに口内を荒らす。舌を絡ますような濃厚なキスをしてもジェネシスは嫌がらない。更にセフィロスはジェネシスの着衣を乱し、インナーの下に手を忍ばせていく。
「は……う、ん」
口付けの合間から幾らか喘ぎ声が洩れてくるに従って、セフィロスの昂揚感はますます募る。少なくとも嫌がられてはいないはずだ。そう思いながら、ジェネシスの素肌の上に手を滑らせ、まさぐっていく。
一方で、不意に冷静な視点が顔を覗かせる。先程、自室でネガティブな思考を巡らせていたためだろう。今になって、やはりジェネシスは相手が英雄であるが故、畏れ多くて拒否出来ないだけなのではないか、と。一度考え出すと、気が気でなくなる。
唾液の交換をするようなキスを交わしているというのに、不安で仕方がない。
切羽詰まったセフィロスは、たくし上げたジェネシスの着衣を半ば引き破りながらも言い募った。
「嫌なら嫌だと云ってくれ。そうすれば、すぐにでもこの手を止めて、この場を立ち去ってやる」
目を瞠りセフィロスを見上げるも、ジェネシスはその場から動こうとはしなかった。
嫌とは云わず。
しかし、否とも応とも云わず。
セフィロスは破れたハイネックの合間から覗く白皙に目を付けると、胸元に顔を寄せ朱が刻まれるまで吸い付いた。
「あっ!」と小さく悲鳴を上げ、びくりと上半身を反らすジェネシス。頬を上気させ、身を震わせている。
予想以上の反応に感触を得たセフィロスは、さらにインナーの上からジェネシスの身体をまさぐった。コートの下をくぐらせるようにして彼の背中に両腕を廻す。背中を抱き締められる感触に、ジェネシスは僅かに安堵の色を見せた。直後。
布を引き裂く音が、もう一度室内に響き渡った。
to be continued
2011/2/28-2013/10/31
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