Diablo (2)

許されるはずだ。例え英雄であっても。
誰かを求めること。貴く思うこと。愛しく感じること。
いや、許されなければいけない。

夕暮れて、灯りの点けられる事のない部屋は次第に薄暗さを増していく。その薄闇の中で、衣擦れの音と荒い呼吸音、肉と肉がぶつかり合う音と水音とが淫猥な交響曲を奏でている。
硬い床の上で重なり合う二人の身体。逼迫して視野狭窄に陥ったセフィロスには、ベッドなどという上等な選択肢は思い浮かばなかった。場所を移動するという発想すらなく、移動する時間さえ惜しく、その場に押し倒したのだ。
「ぅん、は……ぁ、ああっ!」
頬を上気させ目許に水分を溜めながら、艶のある嬌声を洩らすジェネシス。最初は遠慮がちだった声は次第に大きくなり、その瞳は虚ろで自分を組み敷いている相手を見ているかどうかさえ定かではない。
「ああ……はぁ、ジェネシス」
僅かにでも注意を引きたくて名前を呼ぶ。呼べば視線は動く。一応こちらを見てくれる。潤んだ碧玉で見詰められると一段と腹の奥底が熱くなるのを感じた。
ジェネシスが欲しい。
今も、こうして現在進行形でジェネシスを穿ち貪っているというのに、もっともっと欲しくなる。
あまりにも彼とのセックスが、すぎるのだ。こんな快楽は経験した事がない。
お互いがお互いを求め合い呼び合って、全ての細胞が目覚めそうだ。細胞が感応しあって響き合い、頭の天辺から脚の爪先まで、身体の隅から隅にまで官能をもたらす。余裕など全くなく、体位を変える事すら出来ない。ただ平易で単調な律動を繰り返すのみ。それだけで全身が震えるほどに感じている。
「はぁ、ああっ……ぅ、ん!」
時折ジェネシスの口許から放たれる艶声が、更に心をざわつかせる。居ても立ってもいられぬ程に掻き立てられ、煽られ、いっそうセフィロスの欲を引き出す。いや、引き出すというよりは絞り出される勢いで、熱い肉壁が咀嚼するかのように蠢き纏わり付いてくる。もはや我慢の限界に近い。否が応でも高まりを増していく自分の裡の熱を抑え切れない。剥き出しになった欲望が自分の意思とは無関係に、迸り溢れていく。
「ああっ、ジェネシ、ス── !!」
ついには、どくりどくりと脈打つものがジェネシスの体内に注ぎ込まれた。呆気なく果ててしまった事にセフィロスは暫し茫然としてしまう。
もっと長く繋がっていたかったのに──
もっと深く交わりたかったのに──
尽きる事のない欲望がまるでドラッグのように中枢神経を侵す。
まだ、やめたくない。もっと己れの欲望を彼に突き立てたい。
過度に分泌されたエンドルフィンが容赦なく理性を奪っていく。吐精を果たした直後だというのに襲い掛かる焦燥感。駆り立てられ眩暈を覚えるほどの飢餓感。戦場ですら涼しい顔を崩さないセフィロスの額には汗が滴っていた。
離れる事が出来なくて、身体は繋がったまま。物足りなさがあるためだろう、雄も萎えてはいない。衰えることを知らぬようなしっかりとした硬度を保ち、ジェネシスに突き刺さっている。おもむろにセフィロスはジェネシスに覆い被さるようにすると、口付けを強要した。視線を彷徨わせ未だ意識がはっきりしていない様子のジェネシスの口内に舌先を捻り込み、強引に絡ませ合う。
「んんっ……ふ!」
口付けで多少意識が覚醒したのか、ジェネシスは強い呻き声を洩らす。セフィロスが頬に手のひらを添え確認すると、碧い眼球が先程より強い光を帯びている。いつしか陽は完全に落ち、薄闇の空間を月の光が仄かに照らしていた。
「まだ、足りない」そう告げて、強引に腰を進めると、「あっ」とジェネシスも小さな叫び声をあげた。その刹那。
隣室から、不意にがたりと大きな音が響いてくる。ドアが開いた音のようだ。間もなく威勢のいい靴音が続く。隣室を持たないセフィロスは、思いの外大きく響いてくる音に些か驚きはしたが眼前に横たわるジェネシスという名の甘美の前には瑣末事でしかなく、それ以上の関心は湧かなかった。状況を見極める気さえ起きない。
構わず腰を動かそうとすると、ジェネシスの手がセフィロスの身体に伸びてきて、その動きを制するように押さえた。相手が今まさに自分が夢中になっている人物であろうが関係なく、ただセフィロスは自分の行動を邪魔しようとする行為に腹が立った。
「ジェネシス……!」
抗議をしようと声を荒げたところで、ジェネシスが人差し指を一本立てセフィロスの唇に当てる。そうしてセフィロスを黙らせると、ジェネシスはセフィロス自身をゆっくりと身体から引き抜き、セフィロスの身体の下からするりと抜け出すと億劫そうに身を起こした。
身体の奥から沸いてくる煮えたぎった欲望が抑えきれないセフィロスは、不服そうにジェネシスを睨む。
怠そうに身体を壁に寄り掛からせて、荒い息を整えるように深呼吸を幾度か繰り返した後。ジェネシスは隣室とを隔てる壁を指しながら、苦笑交じりに諭した。
「アンジールが帰ってきた。こうして普通に会話をする分には大丈夫だが、さっきみたいな大声を出していたら、さすがに筒抜けだ」
行為の最中はジェネシスのみならず、セフィロスもかなり声を荒げていた。しかし、なんと云われようとも昂ぶりきってしまったこの欲情を収めることは出来ない。セフィロスは自分から少し離れたところに身を置いたジェネシスに利き腕を伸ばす。
「では、声を出さなければいい」
壁により掛かるジェネシスの肩に左手を廻して引き寄せると、悪戯っ子のように耳許に囁く。革のコートはまだ羽織ってはいたもののセフィロスがインナーを引き破いたため、ジェネシスの格好は殆ど裸に近い。辛うじて纏わり付いたインナーの隙間から露わになった白皙がちらほらと覗き、却って欲情を誘う。どうしても再度ジェネシスを抱きたくて仕方がない。ところどころ素肌が剥き出しになった身体にセフィロスは右腕を伸ばし、未練たらしく手のひらを這わせようとする。
「駄目だ」
きっぱりと断られて、伸ばした腕も遮られてしまう。しかし、ジェネシスの表情は嫌悪ではなく。口角を上げ笑みを形作っていた。
「お前とのセックスは善すぎる。声を抑えられない」
柔らかくも色めいた、艶然たる笑みは美しく。吐息と共に為される告白は魅惑的だった。
この部屋に入ってきてから、いま初めてジェネシスの笑顔を見た気がする。彼とのセックスで、感じすぎるほどに感じ、今までにない官能を得ていたのは自分だけではなかったのだ。
だったら尚更のこと、もう一度深く繋がりたい。お互いに求めていると分かっていて、なんの遠慮がいるものか。
セフィロスは衝動を抑えきれずに、ジェネシスの背中に両腕を廻すと抱き竦めた。そっと顔を近づけて、キスを仕掛けようとする。
その時。突如、ジェネシスが寄り掛かっていた壁の向こうから、どんどんと壁を叩く音が響いてくる。これには、さすがのセフィロスも動きが固まった。
「ジェネシス! これから、晩飯の用意をするが、お前も一緒に食べるか?」
くぐもってはいるが、はっきりと伝わってくるアンジールの声。恐らく、こうした遣り取りは二人の間では日常茶飯事なのだろう。全く動じた様子もなく、それに応えて「ああ、頼む!」と叫ぶとジェネシスは、平然とセフィロスの方に向き直り。
「そういう訳だから、あんたはもう帰った方がいい」
先程とは打って変わって、冷淡とも思える微笑で告げられた。冷たい笑顔もぞくりとするほど美しい。
大いに後ろ髪を引かれながらも、やむを得ずセフィロスはジェネシスの私室から退散した。しかし、自室に戻ったあともジェネシスのことで頭がいっぱいだった。英雄として思うがままに生きていたセフィロスを、こんなにはっきりと拒絶した者など今まで存在しなかった。そもそも、最初は受け入れてくれたというのに一体何故、どうして。
確かに隣室に誰かがいたのでは落ち着かないかも知れないが、場所を変えることだって出来たはずだ。第一ジェネシス自身も愉しんでいたのではなかったのか。あれは、ただのポーズだったのか。英雄だから仕方なく受け入れてくれただけで、口実さえあれば本当は逃げ出したかったのか。ことにジェネシスのこととなると、らしくなくネガティブな思考に取り付かれ悶々としてしまう。今夜は眠れそうにない。

独りぼっちの英雄を嘲笑うかのように、シャワーを浴び私服に着替えたジェネシスはアンジールの部屋で彼の手料理を堪能していた。二人だけで食卓を囲む穏やかな夕餉。
「よく俺がいることが分かったな」
水の入ったグラスにひとくち口を付けてからジェネシスは切り出す。アンジールはジェネシスが在室であることに気が付いて、夕食に誘ってくれた。だが、ジェネシスの部屋は灯りを点けていなかった。室内は月明かりのため思ったよりも明るかったが、外から見たら真っ暗だったはずだ。
「ああ、最初は俺もいないのかと思ったが……。何か、話し声のようなものが聞こえてきたから、どうせまたテレビを点けっぱなしにしたまま、ソファでうたた寝でもしてるのかと思って、な。一応、声を掛けてみたんだ」
「ふむ。その推測は概ね正解だな」
ジェネシスは鷹揚に頷いて、口端を上げる。
「概ね正解── ということは、どこらへんが違ったんだ?」
「床で寝てた。お陰で身体が痛い……」
ククと笑みを零しながら、労るように自分の肩を撫でさする。ジェネシスは心配させるようなことをわざと云っては、眉をひそめる幼馴染みの姿を確認して安堵するようなところがあった。当然これは幼馴染みにだけ見せる態度で、決して本人に悪気はない。
「全くお前は……!」
呆れたように嘆息混じりの声を出すアンジールを、やはりジェネシスはにこやかに見詰めている。その嬉しそうな笑顔にアンジールは幼馴染みながら、不覚にもどきりとした。
先程まで繰り広げられていたセフィロスとの濃厚な痴態が、ジェネシスに今までにない壮絶な色気を与えていたのだ。無論そんな経緯いきさつをアンジールは知る由もなかったが、過度に纏い付いたフェロモンは幼馴染みでさえも魅了する。
全ての細胞が目覚めたかのように、全身から匂い立つ艶めかしい香気。
その尋常ではない色香に、よもやセフィロスと何かあったのではないか── と邪推してしまった。何故そこで唐突にセフィロスの名が浮かんでくるのかというと、単純に幼馴染みであるが故の勘でしかないのだが。
懲罰房の一件もあって、やはり二人の仲を勘繰ってしまう。結局、あの件に関する詳細をアンジールは知ることが出来なかったが、周囲の雰囲気から何か色事めいたことがあったのではないかと推測していたのだ。
しかし、仮にその推測が正解であるとすれば口を出すのも却って野暮であろうと思い直して、それ以上の追求はしなかった。相手が困っているのならともかく、順調に過ごしているのであればお互いに深く干渉しない。そんな不文律が幼馴染み二人の間には出来上がっていた。

そうして、一夜が明け。
昨日は渋々と促されるままに退散を余儀なくされたが、セフィロスがジェネシスを欲する気持ちはいや増す一方である。例え拒絶されてもいい。もう一度ジェネシスをこの腕に抱き、このどうしようもない渇きを癒やしたい。この絶えることのない飢えを満たしたい。
一晩置いても一向に熱は冷めず、セフィロスは翌日すぐにジェネシスの下を訪れ、再び身体を求めた。今度はセフィロスの懸念を払拭するように拒絶されることはなく、ジェネシスはあっさりと彼の求めに応じてくれた。その次の日も、またその次の日も。
幾日も飽きずにセフィロスはジェネシスの下に通い詰め、求め続けた。任務で忙しい時でさえ、合間を縫って三日に一度はジェネシスとの逢瀬の時間を作った。最初の内こそ、宝条その他周囲の目を気にして逢瀬の場所はソルジャー宿舎内に限っていたが、次第にどうでも良くなっていった。それ程までにジェネシスのことしか眼中になかった。

「んっ……ふ」
神羅ビル49階。ソルジャーフロアの一角で甘ったるい声が洩れる。
「あ……駄目だ、セフィロス。ここじゃ……」
どうにか口付けを中断させようと相手を押し遣るジェネシスと、容易には彼を自由にしないセフィロス。
「では、場所を変えるか?」
耳許で囁かれ、ふるりと震えるジェネシスの腕を強引に掴むと歩き出す。そうして、手を引かれて連れて来られた場所は一見ただの壁だった。だが、よくよく目を凝らすとドアが設置されているのが分かる。最初からそこにドアがあると知らなければ分からない程に目立たないドア。神羅ビル内部には迷路のようにトリッキーな仕掛けがあちらこちらに施されているのだが、この隠し扉の存在はジェネシスも今まで気が付かなかった。
そのドアのロックにセフィロスが自分のカードキーを認証させるとピッと音がして静かにドアが開かれる。小さな部屋で中には階段しかなかった。
この49階に階段があった事にジェネシスはまず驚く。神羅ビルは49階にソルジャーフロア、51階にソルジャー司令室がありエレベーターに50階行きのボタンは無い。構造的には、大きな空間を使うトレーニングルームが3階ぶち抜きの吹き抜けとなっており、実質50階や51階にあたる部分も面積の大部分をトレーニングルームに占められている。51階のフロアが他のフロアより狭くソルジャー司令室しか存在しないのはその為だ。そして、50階部分のソルジャー司令室にあたる場所は図面上パイプスペースや機械室となっており、せいぜい警備用のロボットやメンテナンス用のロボットが定期的に巡回する程度で、実際に人間が入っていけるようなスペースは存在しないはずであった。
だが、その階段は幻の50階へと続いていた。神羅ビル内部にはタークスの執務室など幾つか関係者ですら知らない隠し部屋があるのは周知の事実であった。だが、このような身近な場所に、しかもフロアごと隠されている場所があるとは露知らず。さすがにジェネシスも驚嘆の色を隠せなかった。
階段を昇ったその先。50階にはひとつの部屋があった。セフィロスに導かれるまま入っていくと意外に広く、そこでまた一驚を喫する。
中には簡易なキッチンと大きめのベッド。そして、ドアの正面にはミッドガルの街全体を見渡せるような大きな窓があった。上は天井から下は床上ぎりぎりまで、壁一面全体が窓となっている。まるで59階にあるスカイフロアのようだ。
恐らく眼前に大きく広がるパノラマによって、実際よりも部屋が広く感じるような錯覚を起こすのだろう。フロアの構造を考えるとソルジャー司令室と同等かそれ以下の大きさしかないはずだ。早速ジェネシスはその窓に取り付いて外の景色を眺めていた。
「ここは、俺だけのフロアだ」
背後からセフィロスの説明が聞こえてくる。曰く、神羅のソルジャー達には専用の宿舎が与えられているが、神羅ビル内、主にソルジャーフロアでの待機命令を発令されることもままある。そういった場合、セフィロスがソルジャーフロアで待機していると他のソルジャーは緊張してしまって落ち着かないらしい。セフィロスもまた然り。その結果、この50階にセフィロス専用の待機室が秘密裡に造られたという。そう云われてみれば、確かに待機中のセフィロスをソルジャーフロアで見掛けたことがない。
昼間でもあちらこちらに魔晄の光が灯り蒸気が立ちのぼる機械質でありながらも幻想的なミッドガル市街。大きめの窓から円盤状の街を見詰めるジェネシスの背後にセフィロスはそっと忍び寄り、革コートの上から彼の身体をまさぐり始めた。腕や腰、背中、太腿まで満遍なく。
「あっ! あぁ……はぁ、はぁ」
触り始めてすぐに、びくりと身を震わせ、もどかしそうに身を捩らせる。着衣の上から撫でるように触っているだけなのに、早くも息を切らし始めている。
「クク……随分と敏感になったものだな」
セフィロスはジェネシスの身体にゆっくり手を這わせながら、彼の右耳近くで低く囁く。その囁き声にさえ瞬時に反応して頬を染める。
「はっ……ん。お、前の……所為だ、ろ!?」
頬を上気させ息も絶え絶えで訴えるジェネシスを尻目に、飽くまで優しく彼の身体を指先や手のひらでなぞっていく。
「ああっ! はぁ……はぁ、あっ」
この段階で既に声を抑えることが出来ないようだ。悩ましい艶声が延々と洩れてくる。
ここ数週間、ジェネシスはセフィロスに身体を求められれば全て応じていた。その為、すっかりセフィロスの指遣いに慣らされてしまったらしい。やがてセフィロスはゆっくりと革のコートを脱がしに掛かる。肩部分からコートを外すと、ノースリーブから白い二の腕が露わになり、そこに口付けを落としてやる。するとまた、びくりと身体が跳ねる。時間を掛けて腕部分を全て抜き取り、コートを近くに放る。今度はインナーの上から身体を撫で回す。
「んんっ……はぁっ!」
辛うじて窓に両手をついて身体を支えている状態のジェネシスに追撃の手が止むことは無い。セフィロスの手はついにインナーの下にまで忍んでくる。片手はレザーパンツの上から腰や脚を、残りの手は直接腹筋や脇腹をまさぐっていく。
そうやってインナーの下にまで愛撫の手が及ぶと、ジェネシスは耐え切れないように身体をびくびくと痙攣させた。
初めて彼を抱いた時はもう少し落ち着いていたと思ったのだが、あれは我慢していたのだろうか。あるいは本当にセフィロスの所為でこんな淫らな身体に堕ちてしまったのだろうか。官能だけではなく羞恥がまた一段とジェネシスの頬を朱く染め上げる。
インナーを背中からたくし上げ、首筋近くでとどめつつ。晒された背中をつつと舌で舐め上げてやる。ジェネシスはこの背中が性感帯らしく、特に肩胛骨付近に舌を這わせるとひときわイイ声で鳴いた。着々と衣服を剥ぎ取られ、新たに露わとなった箇所を指や舌で触れられる度にびくりと身を震わす。
抱かれれば抱かれるほどに敏感になっていく身体。
全ての細胞が目覚めたかのように活性化し、躍り出す。
触れられているだけでもざわついて、声が抑えきれない。絶えることのない攻め手が確実に身体を曝き、解き放っていく。摩天楼から放射状に広がる鋼鉄の街を見下ろしながら、ジェネシスは絶頂に導かれつつあった。
既にノースリーブもレザーパンツも剥ぎ取られ、背後から貫かれている。まるで天空から下界を見下ろしているようだ。背中から翼が生えて空を飛んでいるかのような錯覚。目許が潤んで視界が朧ろになる。下界が遠い。セフィロスが更にジェネシスの意識を一段上の高みへと持ち上げたのだ。
「まだ、イくなよ」
耳元近くで低く囁き釘を刺してやると、大人しくこくりと頷いた。もう彼にはまともに会話をする余裕もないのだろう。先程からジェネシスは変則的な喘ぎ声を洩らすばかりで、意味を成す言葉を紡ぐなどという高等な所業は到底出来そうにない。
早く達してしまいたい。恐らくは、そう考えているであろうジェネシスの先端を握り込んで、無理矢理堰き止めているのだ。前面の冷たいガラスに縋りながら、背後から襲いくるセフィロスの熱がますます彼を追い詰める。
「ああっ! ん……はぁ、くっ」
窓に爪を立て掻き毟るような仕草でもがきながら、時折窓を叩いて背中を撓らせる。そうやって快感に耐えているのだろう。その艶めかしい媚態を眺めているだけでも、下腹部に血が集まり熱くなっていく。この燃え上がる程の滾りをどうしてやろうかと思いながら、ジェネシスの後ろ髪を鷲掴みにして無理矢理おもてを上げさせる。
「うっ、く、ああっ……!」
ジェネシスはもうとっくの昔に限界に達しており、酷くもどかしそうだ。額や背中に脂汗が伝い流れ落ちる。
背後に顔を向けさせ、強引にキスを交わしてから握り込んだジェネシスの先端を解放してやると、堪えきれないようにぶるぶると身体を震わせてから、絶叫に近い喘ぎ声を室内に響かせた。
追ってセフィロスも熱い迸りを存分に注ぎ込んでやる。
だが、一度や二度で、この昂ぶりが収まる訳がない。吐き出した直後でも沸点にまで達した熱は冷めそうになかった。
セフィロスは窓辺に張り付きながらくずおれるジェネシスの腰を掴んで立たせると、もう一度背後から穿ってやった。
絶叫が、再び摩天楼に木魂こだまする。
既に朦朧となりつつあったジェネシスの意識は更に曖昧になっていく。眼前の摩天楼に縋るように窓を掻き毟るが、その風景さえ蒸気で包まれたように儚く霞んでいく。不安と焦燥に掻き立てられた瞬間。ふと目の前が暗くなり、周囲の風景が消えていった。何も見えない暗闇の世界。過度の快楽と苦痛と絶頂の果て、ついに意識を失ったのだ。
気が付いた時には陽も翳り、外はネオンで輝く世界へと変貌していた。
「あまり、感じすぎるのも問題だな」
一頻ひとしきりジェネシスを嬲り満足したセフィロスが、ぐったりとベッドに沈み込む彼を揶揄する。
ベッドに俯せで突っ伏していたジェネシスは薄目を開け、反論したそうに口を半分だけ開くが声を出すことが出来ないらしく。無言でセフィロスを睨めつけ不服そうな表情を顕わにした。
一方的に責められる事に理不尽さを感じているのかも知れない。だが、二度目の行為で、一度吐き出しているにも係わらずジェネシスは早々に果ててしまったのだ。もっと長く愉しみたかったセフィロスとしては多少不満が残る。皮肉のひとつも云いたくなるというものだ。
神羅の英雄として時には慕われ、時には畏れられているセフィロス。幼い頃からニュースや記事などで見知った存在であるが故に、出会う以前から固定のイメージがジェネシスの裡では出来上がっていた。
しかし、実際に本人に対面して接するようになってみると、頭の中に思い描いていたイメージとは随分掛け離れていた。思っていたよりも気さくで落ち着いた物腰、それでいて仲間と一緒に馬鹿をやったりするような協調性も持ち合わせている。
だが、その一方。戦場やベッドの上など本能が剥き出しになるような場所だと、さらりと残酷な面を覗かせるのだ。そういった一面を見せられるにつけ、ああ、やはり彼は幼い頃から憧れ慕い続けていたあの英雄なのだと改めて実感する。
だから、理不尽な思いをすることがあっても不愉快ではなかった。寧ろ、もっと深い部分にまで共に堕ちてセフィロスの本質と向き合ってみたいとさえ望んだ。英雄の英雄たる部分にもっと直に触れたかった。
如何に危険であってもこの関係を続けていたい。もし、以前のように発覚すれば英雄の威厳を落とさない為にも、再び自分が泥をかぶる結果となるだろう。その覚悟をも込みで、ジェネシスの英雄に対する心酔はいっそう深みを増しつつあった。

互いに惹かれ合い求め合いながらも、迷いはあった。決して自分達は理想的な関係を築いているとは云えない。
その頃には既にジェネシスのある意味、生真面目とも云える気性の強さをセフィロスも充分に把握していた。以前、セフィロスを庇い立てるかのように懲罰房行きを受け入れた事が不思議なくらいだ。その変な生真面目さは幼馴染みのアンジールに通ずるものがある。あの二人が正反対なようでいて意外と気が合い、仲良くやっている理由の一端なのだろう。
だが、セフィロスの求めを全く拒まないというのも生真面目で説明のつく問題なのだろうか。ジェネシスはセフィロスの求めに対して、「是」としか反応を示さない。あの気の強いジェネシスが、度が過ぎた無茶な要求でも決して拒む事はなくて、セフィロスは却って不安になる。
いや、以前は是とも非とも反応を示してくれなかったのだから、寧ろお互いの距離が縮まったと考えるべきか。それとも、一番最初に嫌なら嫌だと云えと強要した所為で、今さら嫌だと云えずにいるのか。あるいは、嫌だと告げる事が、すなわち関係性の拒絶と見做されるのが本意ではなく我慢しているのか。
悩みながらも、セフィロスは飽きることなくジェネシスを求め続けた。時には宿舎のセフィロスの部屋で、時には神羅ビルの50階にある隠しフロアで、時にはミッションの任地でさえ構わずに彼をベッドに連れ込み組み敷き、そうして犯した。
これが合意の上での行為なのか、或いはレイプにあたるのか。それすら、感覚が麻痺して解らなくなっていた。それ程までに、どんな状況でもジェネシスはセフィロスを肯定し無条件で受け入れてくれたのだ。
ジェネシスの真意は分からない。だが、拒否はされないため溺れていく一方、不安は尽きることなく付きまとう。
秘めたるジェネシスとの関係はまさにドラッグそのものであった。
恍惚と興奮。覚醒とトリップ。
中毒性が高く、他人に知られれば破滅が待っているにも係わらずやめられない。
加えて、いつ何時なんどきともバッドトリップに陥る危険性を孕んでいる。決して良いことばかりではない。寧ろ悪行の可能性さえあると自覚してなお、手放すことが出来ない。
先日、任地で強行に及んだ時には、いたく興奮したものだ。人目の多い場所で、人目を憚る悪事を行うのは、何故あれ程の愉悦と昂揚感をもたらすのだろう。
部屋は別々とはいえ複数の同行者を伴い、しかも与えられた宿舎は辺鄙な田舎の安宿だった。
強引に同室になるようセッティングしたものの、最中の声が抑えられないジェネシスは明らかに困惑していた。以前にも、隣室のアンジールが帰宅した時に同様の理由で断られた経緯がある。だから、ジェネシスをベッドに組み敷き両腕を縫い止めつつ、拒否される覚悟も出来ていた。
だが、ジェネシスは必死にシーツや枕に噛み付きながらも、セフィロスを受け入れてくれた。そうして深い官能に浸ると共に、涙を流しながら懸命に嬌声を堪えるジェネシスを見て、この行為のどこがレイプと違うのかが解らなくなった。
それでも、やめられない。
自制心がまるで利かないのだ。
溺れると分かっていて、息継ぎが出来ない。
ずっと前から、彼と肉体関係を結ぶ以前からジェネシスに抱き続けた特別な感情。その感情の末路が、行き着く先が、この結果だというのか。
では、この感情の名前は──
結論が導かれる前に、セフィロスはかぶりを振った。安っぽい名前など付けて、この感情をそこらにあるような有り触れたものにしたくなかった。
ドラッグに似ていながら、それは気高く崇高で貴い。妙なる音楽。神々の黄昏─ラグナロク─。
セフィロスは自身の破滅を予見しながら、世界の終焉さえも見据えていた。
そして、その重要な鍵は── やはりジェネシスだった。

ある日、いつものようにジェネシスを神羅ビル50階にある個人フロアに誘う。50階に向かう時は、出来るだけ人目を避けるよう心掛けていた。万が一、50階への階段室へ入るところを目撃されたとしても、そのドアはセフィロスのカードキーでしか開けられない。だから、後を付けられたりする心配などは全く不要なのだが、少しでも周囲に隙を見せたくはなかった。
そして、50階のフロアに上がるとセフィロスの私室ではなく非常口へと向かった。非常口の外には1階から続く長い長い鉄階段が有り、60階まで続いている。だが、ミッドガル市内随一の高層建築である神羅ビルをエレベーターも使わず階段だけで昇降しようなどという強者が滅多にいる筈もなく、余程の緊急時でもなければ非常階段に出る者さえいない。
しかも、この非常階段は神羅ビルの外部と見做されているのか警備ロボットすら巡回に来ないのだ。ある種、神羅ビルのセキュリティーホールとなっていたのだが、それをわざわざ上層部に進言する気はさらさら無かった。どうせ、適当に流されまともに検討もされないのがオチだ。それ程までに、神羅カンパニーは自社ビル内部のセキュリティーに自信を持っている。
つまり、この非常階段は神羅ビルに設置されていながら、全く内部からの干渉も監視も受けていない稀少な場所だった。
さすがに50階程の高所となると風が強く外気温も冷たかったが、神羅ビル内部の雑然とした喧騒が嘘のように静かでもあった。カツンと小気味の良い靴音を立てて、鉄階段の踊り場へとジェネシスを伴って出る。風が二人のコートを翻すが、邪魔なほど強風ではない。幾らか肌寒いので長居は出来ないだろうが、もとより些少の気分転換のつもりだ。
部屋からの眺めよりもずっと広大なパノラマにジェネシスも満足そうな笑みを見せている。『LOVELESS』なり何らかの書物を朗読している時はやや演技がかっているジェネシスだが、普段の表情はどちらかというと乏しい。幼馴染みの前では意外と表情が豊からしいのだが、付き合いの短い英雄にはそこまで心を許していないのだろう。だからこそ、ほんの少し、僅かな表情の変化が見られるだけでもセフィロスは嬉しかった。

to be continued
2013/11/22-12/15
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