Platinum (1)

一時ウータイ軍の侵攻が深刻となり、急遽多くのソルジャー達に収集が掛けられた。
普段はあまり顔を合わせる事のない1st達が揃う大規模なミッション。もともとコンビを組む機会が多いジェネシス、アンジールのみならず英雄セフィロスまでもが参加メンバーにその名を連ねていた。
国境の程近く。緊迫した戦況、飛び交う怒号、炸裂する砲音。
戦場の真っ只中、少しひらけた森の一角にジェネシスは立っていた。懐から大事そうに取り出した紫色のマテリアをしっかりとレイピアに填め込み、呪文の詠唱を始める。
ジェネシスの身体が青いオーラに包まれ、淡い光の衣を纏う。更に周辺には小さな光のたまが蛍のように無数に飛び交い、幻想的な光景を創り出す。

『凍て付く大地、凍り付く空気。
震える銀の静寂しじま、輝ける白亜の天空。
冷気の波動と共に輝けるオーロラ、広がる虹色のカーテンの向こう。
この冷たき玉座に君臨せよ、氷の女王!』

たちまちジェネシスの立つ周辺は凍える程の冷気に包まれ、一気に冷え上がる。
天上から神々しいまでの光が差し込み目が眩む。悠然と光のカーテンの合間からアイスブルーの妖しく艶めかしい美姫が舞い降りてくると、周囲に細かい氷の粒が吹き荒れた。
祝詞のりとを唱え、ジェネシスは氷の召喚獣シヴァを降ろしたのだ。
ソルジャーは召喚マテリアそのものは使えない。補助系のマテリアによって召喚し易くする事は出来るが、召喚術の成否は飽くまでDMWのリールが揃うかどうかに掛かっており、実際に召喚出来るかどうかは運の要素が大きくなる。
そこで行われるのが呪文の詠唱である。祝詞を唱える事によって、術者の魔力や技術、キャパシティ等に多少は左右されるが、より確実に召喚を実行する事が出来る。
そして、呪文の詠唱によって為された召喚獣はDMWのみによって喚び出された時よりも、遥かに威力が大きく攻撃範囲も広いのだ。
確実に召喚し、且つ増大した威力を発揮する。無論、それだけ術者の高い能力が必要とされ、また魔力の消耗など体力・精神面共に負担も大きい。
当然ながら誰でも為し得る技術ではなく。ソルジャーでもクラス1stで、しかもある程度魔力が強くなくては実質行使できない特別な召喚方法なのだ。
そのクラス1stの中でも、特にジェネシスは呪文の詠唱を用いた召喚術に長けていた。
圧倒的な威力を持つ氷の女神シヴァの召喚により、膠着状態だった戦局が一気に変化する。形勢逆転のチャンスだ。
一旦息を入れて、ジェネシスはレイピアに装着したマテリアをフレアのマテリアに交換する。それから改めてレイピアを構え直すと大きく振りかざし、特に攻勢が激しい場所を狙って一気に跳躍した。

ようやく戦況も終盤に差し掛かり、残すところは敗残兵狩りというところまで落ち着く。
だが、同僚のアンジールはあまりこの敗残兵狩りを好まないたちであることを、幼馴染みでもあるジェネシスは百も承知でいたので、深追いはせず適当なところで切り上げるつもりだった。
どうせ残った敵残兵には既に反撃する気力さえない。逃亡するだけで精一杯であろう。
『敵は全て完膚無きまでに一掃する』という神羅のポリシーに反する事は分かっていたが、アンジールもジェネシスも過剰な追撃を実行する気にはなれなかった。
全ての敵兵は討伐したか逃げられたと上に報告する事にして、二人が適当に切り上げようとしていた頃、ぽつりとジェネシスが疑問を呈す。
「セフィロスは? 先程から姿が見えないが……」
「奴は、まだ敗残兵を追っているのかもな」
アンジールは落ち着いた口調で答える。
「しかし、少し遅すぎないか? あいつがそんなに手間取るとは思えない」
ジェネシスは、不安と疑問が入り交じった表情でセフィロスが向かったエリアを見詰める。
「心配なら見てきたらどうだ? そろそろ、俺達も引き上げなきゃならんからな。呼んできてくれ」
「ああ、そうする」
素っ気なく返事をすると、ジェネシスはセフィロスが担当していたエリア周辺の森の奥へと入っていった。
時は既に夕刻。
森の中を吹き抜ける風も冷たくなってきた。日が差さない分、外気温の低下も早い。ジェネシスは、コートの襟元を無意識に締める。
少し進んだところで、累々と並ぶ敵兵の無惨な死体を従え立ち尽くすセフィロスの姿を発見した。
その姿は恐ろしいまでに整っており完成された美術彫刻の如く美しく、まるで他者を一切拒絶するかのような近寄り難い雰囲気を醸していた。まるで荒野に突如現れた厳かなオブジェのように神々しく聳え立つ。現にジェネシスは直ぐに近付くことは叶わず、暫し遠くから眺めるのみ。
長い銀の髪が、他者の進入を阻むプラチナのカーテンのように靡き、英雄の身体に纏い付いていた。こんな佇まいひとつ取っても英雄の英雄たる所以を実感させられる。
俄に、嫉妬とも憧れとも付かない複雑で厄介な感情がジェネシスの胸中に渦巻いた。そんな心の奥底をおくびにも出さず、何でもない素振りでジェネシスはセフィロスとの距離を縮める。
「セフィロス、捜したぞ? そろそろ引き上げよう」
声を掛けられて、初めてジェネシスがそこに居る事を認識したかのように振り返るセフィロス。英雄ならば近付いてきた時点でジェネシスの気配に気が付いていそうなものを、白々しい態度を取るものだとジェネシスは内心やや呆れていた。
辺りには死臭が漂う。
周囲一面、敵兵の無惨な姿が幾つも折り重なっているのだから、当然と云えば当然だ。ゆらりと身体を動かしセフィロスがジェネシスの方に近付くと、死臭は一段と濃さを増す。
死臭を漂わせながらも、自らは決して死の匂いを感じさせない。不変不落の英雄。この英雄が死ぬ事などジェネシスには到底想像出来なかった。
セフィロスが一歩、また一歩とジェネシスに近付くごとに、ジェネシスは無意識に後退る。だが、やがて背後にあった立木に背中が触れてしまう。それ以上の後退を諦めたジェネシスは、セフィロスの顔を見上げながら彼が近付くのを黙って待ちうけるしかない。
とうとう触れ合えるほどに近付いたセフィロスは、すっと黒い革手袋が嵌められた左手を伸ばすとジェネシスの頬に振れた。
血に塗みれたセフィロスの左手に触れられ、ジェネシスの頬には朱が入れられたかのように紅い筋が走る。
まるで、お前もこの血によって汚れているのだと、遠回しに非難されているようだった。ジェネシスは固唾を呑み、セフィロスの次の行動を待つ。
と、意外にもセフィロスは、ジェネシスの身体を愛しいものでも抱くように、しかと抱き締めたのだ。
憧れの英雄に抱き締められて、流石のジェネシスも自然と頬が紅潮する。どくりと心臓が鳴って、セフィロスにまで鼓動が聞こえてしまいそうだ。
「セフィ……ロス」
戸惑いを隠せないジェネシスは、やんわりとセフィロスを己れの身から離そうとする。だが、逃れようと身じろぎしてみせても、それを上回る力で抱き竦められた。
何をするでもない。
ただ、抱き締められている。だから、尚更抵抗の意を示しにくい。
包み込み捕えるような無味乾燥な抱擁により、無慈悲な英雄の温もりが伝わってくる。
心臓の音が近い。つられて自分の鼓動も駆り立てられるように速くなる。鼓動の音が人に安らぎを与えるというのは真実であろうか。だとしたら、この血生臭い戦場の真ん中で、今二人は安らぎを感じているのだろうか。
その二人だけの時間が、体感時間としては長かったのか短かったのかはよく分からない。果てしもなく長かったような気もするし、ほんのひとときのようにも感じられた。
緊張と安堵と抱擁の暖かさ、反して周りに広がる陰惨な光景とのギャップにジェネシスは戸惑うばかりで時間の感覚が曖昧になった。
英雄はというと自分達と周囲の状況などまるで眼中にない様子で、ジェネシスの体温を全て吸収するかのようにしっかりと、ただ黙って彼の身体を抱き締め続けていた。

セフィロスを捜しに行ったまま一向に戻ってこない幼馴染みを心配して、アンジールも彼の後を追い森の奥へと向かう。
すると、丁度向こうからセフィロスを連れたジェネシスがやってきた。
「随分、遅かったな?」
「あ……ああ」
返答がどこか歯切れが悪い。ちゃんとセフィロスを連れ帰ってきたのだから文句は云えないが、何事かがあったのではないかと勘繰りたくなる。
「何か、あったのか?」
「何も── 。ただ、あいつを連れ帰るのに少し手間取っただけだ」
敢えてストレートに問い掛けてみたが、ジェネシスは首を左右に振り素っ気なく告げると、そっぽを向いてそれ以上の答えはくれなかった。
アンジールは幼馴染みの事を熟知している。知らない部分の方が少ないくらいだ。気難し屋のジェネシスの事を一番理解しているのは自分である── と自負してさえいる。
しかし、恐らくこの頃からアンジールはジェネシスの思考や行動を把握し切れなくなっていったのだろう。
つまり、この頃からジェネシスは全てをアンジールに明かさなくなった。秘密を抱えるようになったのだ。
そして、それは勿論セフィロスに関わることであった。
もっと実状に近く云えば、あの死体の山の中心に佇むセフィロスに関してジェネシスは一切語る事が出来なかった。否、あの時のセフィロスを表現するべき言葉が自分の中に見付けられなかったのである。
あの、未だ解釈に関する様々な議論が飛び交う難解な叙事詩を吟ずる事を好み、自らその研究に携わり、時には自ら詩をしたためることもあるジェネシスが、だ。
もっともジェネシス自身の心の奥底を探ってみれば「語れない」のではなく「語りたくない」というのが本音だったのかもしれないが。
ともかく、その戦場での一件があって以来、三人の親友達の間には── もっと端的に云えば、アンジールとジェネシス、そして特にジェネシスとセフィロスの関係に微妙な変化が起きつつあった。
ソルジャーの任務に於いて切っても切り離せない事象がある。
特に1stともなると、嫌でも『死』というものを身近に感じざるを得なくなる。三人の関係が変わりつつあった時── 即ち、それは『死』という事象が彼らの内面そのものにまで影響を及ぼす、彼等自身にとっても過渡期に差し掛かっていたのかも知れない。
但し、セフィロスだけはジェネシスやアンジールよりももっと早くに── まだ幼いと云える歳の頃からソルジャー・クラス1stであり、しかも当時既に『神羅の英雄』として名を馳せていたのだから、また事情が違ってくる。つまりは、とうの昔に、かの英雄にとって『死』は身近なものであり馴染み深いものであった。
だが、セフィロスの周囲に『死』が当たり前の存在になっていた頃、彼には寧ろ『親友』と云える存在が居なかった。


大規模なミッションが明けて数日後。ジェネシスが次のミッションをチェックしようとブリーフィングルームに足を踏み入れた、その瞬間。
まさしく死の匂いを感じた。
戦場と離れた場所に於いても、敏感に死の匂いを嗅ぎ取ってしまう。ある種、1stならではの能力と云えるだろうか。歓迎すべき能力かどうかは不明だが、恐らく1stとして必要で且つ重要な能力だ。
ふと見遣るとブリーフィングルーム奥にあるコンソールの前には、英雄セフィロスが立っていた。どうやらミッションのコンプリートを入力していたらしい。多忙な英雄には立て続けにミッションが入っていたようだ。手袋を嵌めたままでは入力が煩わしかったのか、いつも着けている黒い革手袋は外していた。
この狭いブリーフィングルームの前室内に漂う死臭は、英雄が戦場から持ち帰ったものなのだろう。
入力を終えたらしいセフィロスは、おもむろに踵を返すとジェネシスの近くに寄ってきた。ジェネシスがドア付近に立っていたから、単純に出口へ向かおうとしたのだろう。ジェネシスは、そう思って英雄に道を譲るようにドア付近から退いた。
だが、意に反してセフィロスはジェネシスのいる方に体を向ける。軽い驚きと共にジェネシスはセフィロスの顔を見詰めるが、その意図を彼の表情から読み取ることは出来なかった。
あの、森の中での出来事のように、すっと左手が伸びてきてジェネシスの頬に触れる。
手袋越しではない、直の肌で触れられるのは、ジェネシスとセフィロスの決して長いとは云えない付き合いの中ではこれが初めての事だった。
冷たい手が、ジェネシスの頬を冷やす。
その冷たさに反射的に身を引く。が、セフィロスに道を譲ろうとして部屋の隅に寄っていたジェネシスの背後は直ぐ壁となっており、殆ど後退は出来なかった。
不思議と手の冷たさも彼の周囲に纏わり付く死臭も不快ではなくて、ジェネシスは大人しく受け入れながらも再度セフィロスを見詰める。
感情の見えない英雄の表情、行動、所作、視線。
英雄に思慕の念を抱いているジェネシスは、不気味さや恐怖、警戒心と云ったものよりも、セフィロスが今、何を思い、何を考え、どんな行動を仕掛けようとしているのか、という事の方が気になった。見詰める碧い眸の奥に期待と好奇心が入り交じる。
だから、英雄の左手がジェネシスの顎を動かないように固定し、セフィロスの顔が近付いてきても、微動だにせず立っていた。
セフィロスの、やはり冷たい唇が己れの唇に触れて、初めて僅かに身じろぎをする。
「冷たい──
ジェネシスは、反射的に愚痴でも零すかのように呟く。
だが、触れられるのは嫌ではなかった。同性と口付けを交わすなど不快な事象でしかないと思っていたが、存外そうでもない。相手が英雄セフィロスだからなのだろうか。
セフィロスは口付けを交わすだけに止どまらず、ジェネシスの頬や首筋、腕、腰などを確かめるようにまさぐっていく。
まるで、言葉には依らないコミュニケーションを求めているかのようだった。
触れ合う事。
そんな単純な事が、暖かくて心地好くて、ジェネシスの方からもセフィロスに触れてみる。両腕を伸ばし、黒い革コート越しに背中を探る。指先に触れるさらりとした銀髪。コートの下に隠される鍛え上げられた逞しい筋肉。英雄ならではの触り心地に心身ともに心酔する。何時しか二人は抱き合うような格好になっていた。
ふっと、一旦セフィロスの身体が離れて、ジェネシスも彼の背中に廻した手を下ろす。セフィロスの左手がジェネシスの朱髪を梳きながら掻き上げ、その時に触れたピアスがちりりと清涼な音を奏でる。それが魔法のようにジェネシスの自由を奪う。刹那の深閑。
飽くまでも自然な所作で、朱髪の隙間から覗いた白い首筋にセフィロスは顔を埋ずめて、唇を寄せた。
「あ……っ」
思わず自分の声とは思えないような声が出て、反射的にジェネシスは自身の口許を片手で押さえる。
羞恥に震えるジェネシスを無視して、セフィロスは尚も彼の首筋に舌を這わせていく。同時に、コート越しにジェネシスの腰や腹筋辺りを更にまさぐってきた。
セフィロスの唇は、頸動脈沿いに首筋から耳元にまで移動を果たし。ピアスごと軽く耳たぶを食む。
その瞬間、不覚にもジェネシスの雄が屹立してしまった。
── っ!!」
自分の反応に自分で驚いて、思わずセフィロスから離れようと彼の胸元を押し遣る。
予想外の生理的反応に呆然とするジェネシスのアクアマリンを、透かさずジェイドの双眸が捉え、射竦めた。
たったそれだけのことで身動き出来ない。恐らくジェネシスの身体の変化も気取られているのだろう。根拠は無いが、何もかも見透かされているような強迫観念に襲われ、ジェネシスは知らず震えていた。
セフィロスの身体が傾いて、再びジェネシスの耳元に顔が触れそうなほど近付く。
「俺の部屋に来い」
耳元に囁かれる低く誘う声に、ジェネシスが断りの言葉を返せなかったのも必定であろう。完全なる不可抗力だ。
そうしてジェネシスは誘われるままに神羅ビル内部に在る英雄の部屋を訪れた。
親友とは云え、幼馴染みと違ってお互いの部屋を頻繁に訪ねるような間柄ではなく。ちゃんと室内にまで入ったのは、この時が初めてだったように思う。

翌日。
目が覚めたジェネシスは、まだ眠っている様子のセフィロスを起こさないように、そっとベッドから身を起こした。空調は効いているが、裸身のまま眠ってしまったので少し肌寒く、自身を抱き締めるようにして軽く身震いをする。
何気なく窓の外を見ると雨が降っていた。室内からは雨音さえ遠くて聞こえないが、雨が降っているという視覚的効果が更に彼の体感温度を下げる。
ジェネシスはベッド付近から辛うじてバスローブを発見すると、それを拾い上げ身に纏った。それから朧気な頭でベッドを降り、やや覚束ない足取りで窓に近付いていく。
雨が視界を濁し見下ろす街並みも朧気になって霞む。不明瞭な境界線。今、自分が置かれている状況と相俟って外界から途絶されたような感覚に陥っていく。ひとりではないのに、まるで孤独だ。
恐る恐るベッドの方に視線を戻し、横たわるセフィロスを改めて確認する。自身で目の当たりにしていてさえ尚、英雄と一夜を共にした事が未だに信じられない。
ただ、身体の中心で疼くように感じる鈍い痛みと、シーツに残る僅かな血の痕跡が事実であった事を肯定していた。
多くの人々が神羅の英雄たるセフィロスを求めているのは理解出来る。ジェネシスとて英雄が求めてくれるなら幾らでも応えたい。だが、英雄が自分を求めた理由は何か。
恐らくその疑問に対する納得のいく解答が自身の裡に見付けられず、昨夜の出来事をジェネシスにとって稀薄で曖昧模糊としたものに感じさせているのだ。
唐突に言い知れぬ不安がジェネシスの胸中に沸き起こる。もしセフィロスが目を覚ましたらどうしよう、どう対応したらいいのだろう。そう思うと居ても立ってもいられなくなってくる。昨夜、ベッドの中でどんな会話を交わしたかさえ漠然としてよく覚えていない。
セフィロスと何を話したらいいのか、どんな態度を取ればいいのか。身体の関係を持ったという事実を差し引いても途端にどうすればいいのか分からなくなった。普段、彼とどんな風に接していたのかさえ上手く思い出せない。
軽いパニックに陥ったジェネシスは、セフィロスを起こさないように極力静かに且つ素早く身支度を済ませると、慌ててセフィロスの部屋を後にした。
その後、ジェネシスはセフィロスとの接触をあからさまに避けてしまっていた。意識的に、と云うよりほぼ無意識に近い。
自分と英雄の関係がどう変わったのか。或いは、何も変わっていないのか。セフィロスと対峙する事によって明確にしてしまうのが怖かったのだ。

ある日、いつものようにセフィロスを避けて、トレーニングルームで何処かの田園風景をひとりで楽しんでいた時。
トレーニングルームに居る事は誰にも、無論アンジールにも伝えてはいなかった。そして、セフィロスは一人でトレーニングルームを訪れた事など今まで一度たりとも無かった。何しろ彼は英雄なのだ。そもそもトレーニングルームで訓練する必要が無い。
が、しかし、何故かセフィロスはその必要無いはずのトレーニングルームに突如現れたのだ。
虚構の草原の上でのんびり寝転んで爽やかな天色あまいろの空を眺めていたジェネシスは吃驚して上半身を起こす。
驚きのあまり声も出せず、じっとセフィロスを見詰めるだけのジェネシスに彼はさらりと告げた。
「捜したぞ」
つまりは、ジェネシスを求めて自身には全く必要の無いトレーニングルームにまで、セフィロスはわざわざ自らの足で赴いたのだ。信じがたい事であったが。
実のところジェネシスがセフィロスを避けてしまっていた理由は、至極単純且つ明快なものだった。セフィロスが何故ジェネシスを欲したのか。単に身体の関係が目当てだったのか、真にジェネシス自身を必要として求めてきてくれたのか。それが皆目解らなかったからだ。
だが、こうしてわざわざ自分を捜して、手掛かりも無いのに普段足を運ばない場所まで歩いて回ったのかと思うと、理由は解らずともセフィロスがジェネシス自身を必要としてくれているのは間違いないのではないか、と云う淡い期待が芽生えてくる。
心奥しんおうにぱっと光が灯って胸中に拡がると同時に、ジェネシスは自分の頬が朱に染まっているのではないかと、俯き加減に顔を伏せた。
ジェネシスが腰を下ろしている付近に、倣ってセフィロスも腰を落とし顔を寄せてくる。すぐ目の前にセフィロスの顔があるかと思うだけでジェネシスの動悸は逸るのに、セフィロスの顔は容赦なく更に近付いてきて、片手でジェネシスの顔を上向かせると軽く唇を触れ合わせた。
それだけで心臓は早鐘を打つように騒ぎ出し、一気に気分が高揚する。ジェネシスも思わずセフィロスに縋り付いてしまう。この昂ぶりの行き場を求めるように無我夢中となる。既に理性は名ばかりのものへと成り果てていた。
触れるだけだった口付けは、次第に舌を絡ませ合うような濃厚なものへと変化していく。
キスを交わしながらジェネシスの身体をまさぐるセフィロスの手が、不意にジェネシスの核心に触れる。それはレザーパンツの上からでも分かる程、硬くそそり立っていた。
戸惑うジェネシスの目端からは今にも涙が溢れ出しそうだ。
「俺の部屋に来るか?」
衣服の上からとはいえ執拗に撫でられて、ジェネシスは無言でこくこくと頷くしかなかった。

セフィロスの私室に入ると即座に入口近くの壁面に背中を押し付けるよう固定され、キスを強要される。
「んん……ッ」
出すつもりのない甘い声が洩れて、ついセフィロスの背中に腕を廻してしまう。
セフィロスを相手にすると、自分がとんだ尻軽に堕とされたような、惨めで自虐的な気分に陥る。
「はっ……あ、待っ── !」
セフィロスからの愛撫はキスだけにとどまらず、左右の手が思い思いにジェネシスの身体をまさぐり、唇はゆっくりと首筋から鎖骨方面へと辿りゆく。暫くは震えながらも受け入れていたが、やがて堪え切れなくなり俯いて無様に懇願の声を上げた。
「さ、先に、シャワーを……」
両手でセフィロスの胸を押し遣って、辛うじて身を離す。恐らく今の自分は確認するのも恥ずかしい程に顔を朱に染めているのではないかと思うと、おもてを上げる事すら出来ない。
すると、身を固くするジェネシスの手を取って、唐突にセフィロスは歩き出した。到着地点は何の事はない、バスルームである。好きに使えと云わんばかりに、内部を顎で指し示すとセフィロスはリビングの方へと戻って行った。
意外にすんなりとバスルームにまで導かれて安堵したのも束の間。着衣を脱ぎバスルームに入り、シャワーヘッドに手を掛けたところで、突如バスルームのガラス製のドアが開かれてリビングに戻ったはずのセフィロスが侵入してきた。
完全に油断していたのもあって、ジェネシスは離れるように一歩身を退いてしまう。一度ベッドを共にした仲であるのは確かな事実だ。しかし一方で、あれは英雄の一時の気紛れに過ぎなかったのではないか、という疑念がどうしても拭いきれない。
だから、こうして再びセフィロスの私室に招かれ、恐らく肉体関係を求められている── という状況そのものが現実として上手く受け止められなかった。バスルームに躊躇いなく侵入してくるセフィロスに対しても、どう対応するべきかが分からない。
ジェネシスが逡巡している間にもセフィロスは彼に迷いなく近付いてくる。
「シャワーを浴びたいんじゃなかったのか?」
セフィロスに問い掛けられて、シャワーヘッドを握り締めたままだったジェネシスは、慌ててシャワーコックをひねった。
温かい湯を全身に浴びて、ジェネシスの緊張も少し和らぐ。改めてシャワーヘッドを壁に掛け直し一息つく。と、ようやくセフィロスの顔を窺う余裕が出て来た。ゆっくりと視線を動かし彼の顔を見上げると、応えるように抱き竦められた。
湯の雨が降りしきる中、二人は無言で抱き合い、時折キスを交わす。まるで、ながの恋人であったかのように愛おしそうに甘く深く緩やかに──
キスをしながらお互いの身体を洗い合って、途中でふざけてボディソープの泡を飛ばしたり相手の顔に付けたりしているうちにジェネシスの緊張もだいぶ和らいできた。
バスルームから出て、ベッドルームに向かう頃には、ジェネシスにもこれから行われるであろう睦事に期待で胸を膨らませる余裕が生まれていた。胸の高鳴りを、鼓動の逸りを抑え切れない。二人共バスローブを身に纏っただけの状態でベッドの上で縺れ合い身を絡ませる。この時になって初めてジェネシスは、セフィロスと身体の関係を持つ事を前向きに且つ積極的に受け止める事が出来たのだった。


to be continued
2012/12/31-2013/1/8
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