漆黒の森 (2)

最後の良心のように淡く輝いていた仄かな月明かりさえ暗雲の向こうに隠され、辺り一帯は漆黒に支配された暗夜となる。まさに、一寸先も見えない『闇』だ。
背後にアンジールとセフィロスが居る。その気配は感じられる。だが、背後に立つ気配のどちらがアンジールでどちらがセフィロスなのか。正直なところ、ジェネシスにはよく分からなかった。酔っていたからというのもある。だが、それ以上に周囲の闇が深かったのだ。
「あっ! はぁ……」
引き続き後孔の入口辺りをなぞられて思わず声を上げる。恐らく、この指の主はアンジール。指先を突き立てて、中への侵入を試みているようだが今ひとつ上手くいかないようだ。
少し間があって、再度後孔へと武骨な指先があてがわれる。憶測ではあるが、カメラ用のオイルでも潤滑剤代わりに使用したのだろう。ぬるりとした感触と共に節くれ立った指が後孔に触れ、今度はすんなりと潜り込んでいく。
「くっ……ああっ!」
支えとしてしがみついている木の幹に、ジェネシスは指の先を食い込ませた。潤滑油のお陰で意外なほど抵抗なく、アンジールの指はどんどん奥に入り込み、腸内の襞を探ってくる。これだけでも充分に強い刺激がジェネシスを襲っていたのだが、更に別な手が一本、二本と加わってジェネシスの上半身に伸びてきた。脇腹を撫で上げ、胸の突起を摘み、果ては腹筋の方に移動しジェネシスのすっかり勃ち上がった陰茎近くまで魔手を伸ばしてくる。
姿が見えないから、息遣いや肌に触れる感触で推測するしかないのだが、二人とも体格が似ている上に上半身裸となっている為、即座に判別が付きにくい。上半身をまさぐっているのはセフィロスなのだろう。が、確信は持てなかった。何より、過度に与えられる愉悦により冷静な思考が維持できない。息が上がって、ますます身体中に酔いが廻る。
「あっ! ああっ── ぅ……んっ」
次々と与えられる違う手による違う快楽の前では、嬌声を抑える事など到底出来ず。その嬌声に気を良くしたのか、二人の攻め手はますますエスカレートしていく。容赦なく襲い掛かってくる四本の腕。時には入れ違いに、時には同時に──
普段手合わせなどを頻繁に行っている所為か、やたらと息が合っているところがまた憎らしい。途切れなく続く二人の手管に翻弄され、じりじりと追い詰められていくジェネシスの額や上半身にはところどころ汗が滲み、伝い落ちる。目の前の大木に縋るしかないジェネシスには、疾うに選択肢も逃げ場も無かった。
「あっ! ひっ……」
逃れる術もないジェネシスを更に嗜虐しぎゃくするよう後孔へ二本目の指が入り込んでくる。最初はアンジールが指を増やしたのだと思った。だが、後から入り込んだ指は、アンジールの指とは全く違う動きで全く違う方向へと腸内を掻き乱す。
「あっ、ああっ……! んっ!」
ジェネシスの内部を二本の指が、それぞれ別の意志を持って縦横無尽に蠢く。触れられたくない部分を、踏み込まれたくない部分を蹂躙されたような気分になって羞恥に体温が上昇する。
享受する官能が増大すると共に被虐的な倒錯さえ覚えて、おかしくなりそうだった。いや、こんな異常な状況を受け入れている時点で既におかしくなっているのかも知れない。
「はぁ……はぁ、アンジール、セフィロス、やめ……あっ、ぅん」
艶めいた声で喘ぎながら懇願すると、二本の指による凌辱は止まったが、無論それで冥夜の宴が終わった訳ではない。色を帯びた声音での懇願など煽ったも同然だ。引き抜かれた指の代わりに、今度は屹立した男茎を押し当てられる。
── っ!!」
声にならない叫び。否も応もなく是も非もなく、充分解された後孔内にあっという間にそれは呑み込まれていった。
アンジールとセフィロスのどちらが……などという事は、全くジェネシスには分からなかった。背後をちらりと窺っても、そこにあるのは漆黒の闇だけ。
突き立てている方の両手は、しっかりと支えるように腰に添えられている。酔っている所為だろうか。挿入したばかりだというのに、加減を忘れたかのような激しい律動。追い討ちを掛けるように、残ったもうひとりの手がジェネシス自身の陰茎に添えられた。扱かれる── 瞬間そう思った。
既に先端からは抑え切れない先走りが滴り落ち、扱かれたら瞬く間に吐精してしまうだろう。だが、添えられた手は陰茎を握り込み親指でもって先端を塞いだ。そして、残りの手で背中や脇腹を撫でてくる。
後孔を貫かれるのは初めての経験にも係わらず、愉楽の大きさにすぐにでも達してしまいそうだ。このまま、イってしまいたい。楽になりたい。だが、塞ぎ止められ達することも出来ず身悶えする。
「あ……アンジール、セフィロス……くっ」
最早、嬌声すら上手く発する事が出来ない。吐き出せない苦しみ。限界まで高められる愉絶。現実から意識が乖離して宙を漂っているような朦朧とした状態に陥った頃。体内に熱い迸りが染み込んできて、曖昧だった意識が初めての感覚に半覚醒する。しかし、ジェネシス自身は達する事が許されず、もどかしい想いでいるところに今度はもうひとりが入れ違いに侵入してきた。
休む間もなく再び貫かれて、木の幹にしがみつき身体を支えるのが精一杯。木の皮をむしる勢いで指先を突き立ててしまう。入れ替わりと同時に陰茎を握り締めていた手も離れたので、いまや吐き出すのになんの障害もない。すぐにでも達してしまいそうだ。だが非情にも、もう一度別の手が忍び寄ってきて再度陰茎を握り込まれてしまった。
「ああっ!」
戸惑いと焦燥と絶望とで思わず悲鳴を上げ、目蓋を伏せる。しかし、今度は塞ぎ止められる事はなく逆に吐精を促すよう扱かれた。今の今まで到達を遮られ、否応なしに高められた状態に過度な刺激を加えられ、我慢など出来るはずもなく。あっという間にジェネシスはその握り込んできた手の裡に精を吐きだしてしまった。肩で息をし、力が入らず崩れ落ちそうな下半身をかろうじて両腕で支える。どうにか体勢を保つジェネシスに容赦なく背後から激しい律動が襲う。
「ひっ……くぅ、はあ……っ」
嬌声にもならない苦鳴が洩れる。一方で陰茎を握り込んだ手はぬるりとした精液を纏ったまま、更に腕を上下させ扱いてくる。恐ろしいほど静寂な森の中。陰茎に纏わり付いた精液と腸内に流し込まれた精液による水音が辺りにいやらしく響き、酷く淫猥な雰囲気を醸す。同時に施される陰茎と内壁への刺激が、瞬く間にジェネシスを限界まで追い込んでいく。
「も……駄目、い、やだ……セフィロス、アンジール……無」
最後の言葉を紡ぐ間もなく、ジェネシスは再び吐精した。ほぼ同時に、ジェネシスを貫いていた者も果てたようだった。後方からの支えも失って、ジェネシスはとうとうその場に崩れるよう膝を付きへたり込んでしまう。重い身体をどうにか動かすと、木の幹に上半身を預けるように背中で寄り掛かり、なんとか地面に倒れ込むのは避けた。
ようやく雲間から月が覗いて、月明かりが差し込んでくる。陶然として木に寄り掛かったまま動けないでいるジェネシスに、僅かながらの光を頼りにアンジールなりセフィロスなりが近付いた。友人達の姿が見えて安心したのか、或いは先程までの情交による余韻を引き摺っているのか。ジェネシスは縋り付くようにそれぞれを引き寄せると、キスを求めた。代わる代わるに口付けを交わして── 。恐らく酩酊状態で月明かりが差している現状でも、どちらがどちらであるかジェネシスには区別がついていないのかも知れない。
落ち着いてきた頃に、アンジールがジェネシスを無理矢理起こして立たせてやってから、脱がせた着衣も着せてやる。とても一人で歩けるような状態ではなく、アンジールとセフィロスが二人掛かりで両脇から支え、担いでやって連れ帰るしかなかった。しかし、その辺りの詳しい記憶はジェネシスには残っておらず、彼がテントの中で目覚めた時には既に朝を迎えていた。テントの隙間から差し込む朝日が眩しくて、酔いの残る頭に痛い。
酔った上での行為とはいえ、にわかに昨夜の事が現実だと信じられず。或いは、あれはただの夢だったのではないかとさえ思った。アンジールに対しても、セフィロスに対しても、昨夜の事について語るのが憚られて、彼等が起きてきても任務に関する事務的な会話以外は殆ど交わさなかった。お互い必要以上に触れるのも避けた。アンジール達も敢えてジェネシスとの接触を避けていたように思う。
そうして、ミッションに専念した1st三人は数日で残りの任務を終了させ、ミッドガルへ帰投したのであった。

◇◆◇

幾日かの休暇ののち、1st三人はそれぞれ別のミッションに配置され、ソルジャーとしては普通の日常へと戻っていった。
任務に追われる忙しい日々の中、顔を合わせる機会も少なくて、いつしかあの晩から数週間が経過しようとしていた頃。
比較的軽いミッションを終え、ジェネシスは数日ぶりに宿舎の自室に戻った。忙しいのは確かだが、あのミッション以降それほど難しい任務には就いていない。それは他の二人も同様だろう。余程の事がない限り、長期のミッションを続けてスケジュールされる事はない。
それでも他の二人とあまり遭遇しないのは、積極的に連絡を取り合ったり会う約束を付けなかったりしているからだ。意図的に会おうとしなければ、同じ宿舎に住んでいても尚なかなか会う機会に恵まれない。それぐらいソルジャー、特にクラス1stのスケジューリングはばらばらなのだ。つまり、ジェネシスは意図的に二人に会わないようにしていた。あの晩以来、未だに彼等と上手く話す事が出来ないでいたのだ。意識すればするほど、余計にどうすれば良いのか分からなくなる。いっそ何もなかった事にして忘れてしまえば良いのかも知れないが、それは出来なかった。
夜も更けて、パジャマに着替えると電灯を消し一人ベッドに潜り込む。カーテンの隙間から月明かりが差し込んでくるが、ジェネシスはカーテンを閉じに行く事はしなかった。必要以上に自室の闇を増やしたくない。それでなくても暗い空間に居ると、条件反射のようにあの森での出来事が脳裏に浮かび上がってしまう。自然と体温が上昇し、身体の奥が疼く。ふとジェネシスは目蓋を伏せた。
「ん……アンジール」
僅かな月明かりだけが差す闇の中。ジェネシスはそっとシーツの下に自分の手を滑り込ませる。
あの晩の事をなかった事にはしたくない。あの時、アンジールがくれた口付けの意味をちゃんと理解っているから、憶えているから、なかった事には出来ない。あれは確実に友人以上の意味を持ったキスだった。いや、それだけではない。自分達はあのキスを交わした時に、お互いの気持ちも確認し合ったのだ。
だがあの晩、成り行きとは云えアンジールだけではなくセフィロスとも情を交わしてしまった。アンジールなら、あれは不可抗力だったと受け止めてくれるかも知れないが、自分にも落ち度があった事は否めない。どうにも後ろめたい気持ちが払拭できなくてアンジールとは隣室であるにも係わらず、顔を合わせる事にさえ躊躇いがあった。会っても、どんな顔をすればいいのか分からない。答えが出ない命題を前に、ジェネシスはひとり葛藤を抱える。
会いたいのに、会えない──
でも、本心では会いたくて、強くアンジールを欲していた。会えない期間が長くなれば長くなるほどに、一刻も早く会いたいという想いも募る一方だ。
「アンジール……はぁ……」
ジェネシスはあの晩の事を思い出しながら、シーツの下で自分の陰茎を自ら手で扱いていた。アンジールを求めて疼く身体を鎮めるには、こうするしかなかったのだ。静かな夜の宿舎の一室に荒い息遣いが響く。
あの日、あの時、あの場にセフィロスがいなければ……考えても詮ない『もしも』が、どうしても頭をよぎる。その時。
突然、誰も居ないはずの隣室から音が聞こえてきた。
安普請なソルジャー宿舎は静かな深夜ともなると特に隣室の音が聞こえやすい。ドアを開ける音。堅いブーツが床面を鳴らす音。どうやらアンジールがミッションを終え、帰ってきたらしい。
勃ち上がり掛けた陰茎を握り締めながら、今この瞬間、隣室にいるアンジールに想いを馳せる。会うのを避けてきた分、余計に会いたい気持ちが募り胸がいっぱいになる。どうしても、会いたい。これ以上、我慢できない。
ますます強くなる思慕の念を抑え切れなくなって、とうとうジェネシスは自慰を中断するとベッドから起き上がり、ふらついた足取りで隣室に向かう。
廊下に出てアンジールの部屋のドアをノックすると、来客が誰か確認することもなく容易にドアは開かれた。
「ジェネシス、まだ起きていたのか?」
その低い声は、ジェネシスを気遣うようにどこまでも優しい。躊躇いながらの訪問であったが、優しくされると甘えてしまいたくなる。何も言わず、ただジェネシスの赤髪を柔らかく撫でてくれる。そんな些細な事が嬉しくて、気が付くとアンジールの懐に飛び込んでいた。アンジールは黙したまま、ジェネシスを包み込むように抱き締めてくれる。ジェネシスは胸の奥がじんと熱くなり、アンジールの胸板に顔をうずめた。
久しぶりに感じる幼馴染みの体温。暖かくて、ほっとした時間が過ぎる。
ジェネシスはアンジールの着衣を一部握り締めながら、
「会いたかった──
そう、無意識に告げていた。俯いたままアンジールにしがみつくジェネシスは、心なしか震えているようだ。
アンジールはジェネシスの頬にそっと両手を添え、上向かせると口付けを交わす。
あの晩以来の、数週間ぶりのキスの味は蕩けそうなほど甘くて激しくて切なくて、ジェネシスの身体の疼きをよりいっそう深く駆り立てた。
いくら深夜とはいえ、いつまでもドア口で抱き合っている訳にはいかない。
アンジールはジェネシスを自室に招き入れるとリビングのソファに座らせた。自分はキッチンに移動して二人分のアップルティーを淹れる。ジェネシスがリビングで待っていると、暫くして湯気を立てた二組のカップを持ったアンジールが現れた。帰ってきたばかりで疲れているだろうに、文句も云わず給仕してくれる。
「そういえば、アンジール。お前、晩飯は済ませたのか?」
ひとがいい幼馴染みに、ふと心配になって声を掛ける。すると、軽く何か摘まむさ、と云って再びキッチンに戻っていった。ジェネシスはアンジールが淹れてくれた紅茶をゆっくりと口許に運ぶ。ふわりと鼻孔をくすぐるブランデーの香り。一口啜ると、予めグラニュー糖を溶かし込んであったらしく仄かな甘味が口中に広がる。普段はブラックで飲んでいるのだが、強制的に糖分を摂取させるため了承を得ずに入れたのだろう。幼馴染みらしいお節介にジェネシスの口許が自然とほころぶ。
もう一度キッチンから戻ってきたアンジールの手元には、皿に乗ったサンドウィッチがあった。適当な厚さに切ったバケットに無造作にベーコンやレタス、チーズを挟んだだけのアンジールとしては手抜きと言えるレベルの簡素なものだ。アンジールもソファに腰掛けて、皿をテーブルの上に載せる。
「お前も食べるか?」と問われて、ジェネシスは首を左右に振った。恐らく、その反応まで予測済みだったのだろう。アンジールはそれ以上ジェネシスに勧める事はせずに、一人でサンドウィッチにかぶり付いた。
隣に座る幼馴染みと温かくて甘いブランデー入りの紅茶。これらは、ジェネシスの心中に落ち着きを取り戻すのに充分な効果があった。
紅茶を飲み終えるとすっと目蓋を伏せ、アンジールに寄り掛かる。だが、自分から何か言葉を発する事は出来ずにいた。否、発したくなかった。今はただアンジールの温もりを感じていたい。それだけでいい。
ジェネシスはパジャマのままで隣室に来てしまったので、幾分身体が冷えてきたようだ。少し身震いをすると、隣から腕が伸びてきて優しく引き寄せられる。
「アンジール……俺は──
本当は、もっとあからさまに甘えてキスを強請って、全身でアンジールへの想いを表現したい。自分からアンジールに抱きつきたい。でも──
実際、アンジールはセフィロスの事をどう思っているのだろう。どう感じているのだろう。ジェネシスがあの晩、アンジールのみならずセフィロスとも身体の関係を持ってしまったことを。
もし本当に不愉快であったのなら、あの場で止めた筈だ。お互い酔っていたとはいえ、制止しなかったということは黙認したことになる。だが、あの時はあの場の独特の雰囲気に飲み込まれてしまい流されただけの可能性も高い。ジェネシス自身、あの時拒否するべきだったのかどうか、未だ思い悩むぐらいだ。アンジールはあの晩の事を少しも後悔していないのだろうか。
いっそ自分からストレートに尋ねてしまった方がすっきりするのではないかと思うのだが、情けない事になかなか肝心の質問を投げ掛けることが出来ない。万が一、全く気にしていないと云われても、それはそれで寂しい。寧ろ、幾らか気にしていて欲しいと云う気持ちが少なからずあるが為に、アンジールに確認しにくいのかも知れない。
逡巡するジェネシスに構わず、アンジールは彼の肩に廻した腕に力を入れると更にぐっと引き寄せた。
「アンジール?」
戸惑いと躊躇いに顔を曇らせながら顔を上げるとすぐ近くにアンジールの顔があった。次の瞬間、あっと思う間もなく唇を塞がれる。
アンジールからの強いキスの要求に、ジェネシスの後ろめたい気持ちもどんどん薄らいでいく。急激に上昇する体温。次第に速くなる胸の高鳴りは、まるで早鐘のよう。
熱い口付けが、ジェネシスの戸惑いも躊躇いも理性も、何もかも奪っていく。心の障壁が瓦解したあとは、お互い貪るように求め合うばかり。相手の背中に両腕を廻して、より深く密着して、甘く陶酔する。
「ん……アンジール、好……」
愛の囁きも言い終わらぬうちに、皮張りのソファの上に押し倒される。
もう一度、今度はアンジールとだけ交わる事が出来るのかと思うと否応でも動悸が逸り、身体が一段と熱く火照っていく。でも、アンジールになら知られても良い。この胸の高鳴りも身体の火照りも、この抑え切れない身体の疼きも──
もう、一刻でも早く互いの衣服を剥ぎ取り、脱がせあって交わりたい。身体を繋ぎたい。ジェネシスの逸る想いとは裏腹に、アンジールは飽くまで慎重で、丁寧で、落ち着いた手付きで優しくジェネシスの赤毛を梳いている。髪を梳いていた手がいつしか降下し、頬や顎をさすり撫でていく。首筋に指先が這う。胸元を掠め、脇腹を辿る。
性急に求められるのではなく、穏やかに緩やかに侵食されていく。
粛粛と慈しむように、じわじわと蝕むように。細胞の一片さえ余さず取り込もうとしているかのようだ。
全身をアンジール色で染め上げられそうで、ぞくりとした快感がジェネシスの中心を走り抜ける。
まだ直接的には肌の表面を軽くなぶられる程度の愛撫しか受けていないのに、早くもその頬は朱に染まり、アンジールを見詰める瞳はアイスブルーでありながらも蕩けそうなほどの熱を帯びていた。
まるで初めてのように、ひとつひとつ手順を踏んで、確かめるように慎重に段階を進める。それが、じれったくも嬉しくて、ますますアンジールへの想いが募る。深くなる。
触れるアンジールの指先が熱い。その指先の熱さに、手の動きひとつひとつに自分への執着を感じて、ジェネシスは陶然と酔う。やはり、一時的にでもジェネシスをセフィロスの手に明け渡してしまったことを悔いているのだろうか。それ故の執着なのか。少しは妬いてくれているのだろうか。
早く……早く── いっそう気持ちが逸る。
パジャマの内側へと忍び込んでくる武骨な指先にびくりと身を震わせつつ、自らパジャマを脱ぎ取ろうとするジェネシス。だが、アンジールは自分の手で脱がせたい── という拘りでもあるのかジェネシスの手を制すると、パジャマのボタンをひとつずつゆっくりと外し始めた。
自分で脱ごうとするより、相手に脱がされる方が何故羞恥心が増すのだろう。
早く脱がして欲しい。
早く触って欲しい。
早く── 犯して欲しい。
そうして、確かめたい。暴きたい。
あの漆黒の森で過ごしたあの日から、あの夜から、この身体の奥底で疼き続ける貪欲な淫魔の正体を──

翌朝、といっても既に昼近かったが── ジェネシスが目覚めた場所はソファではなくベッドの上だった。
散々焦らされた挙げ句、ソファからベッドへと場所を移してようやくアンジールはジェネシスの内部に侵入したのだ。
待ち焦がれたアンジールとのセックス。顔を合わせること自体が久しぶりだったので触れ合いお互いの体温を確かめ合うだけで安堵と昂揚感でいっぱいになった。
ベッドの上で目を覚まし、隣を見るとアンジールがそこにいる。たったそれだけの事が子供のように嬉しくて、暖かな安心感に包まれた。
「おはよう、アンジール」
先に目覚めてジェネシスの方を見詰めているアンジールに朝の挨拶を掛ける。そして、おはようのキスを交わす。こんな何気ないひと時、触れ合いひとつひとつに小さな幸せを感じた。
その日一日はアンジールと恋人同士のように過ごして、次の日からはまたミッションの日々に戻る。名残惜しいが、それが仕事だ。仕方がない。
日々忙しくミッションをこなし、宿舎の自室へと戻ると、あのアンジールと過ごした幸福に満ち足りた一日に想いを馳せる。逢えなくとも、心に思い描くだけで溢れ出す幸福感と安心感。
ああ、だけど── 何故?
満ち足りた幸福感の中に、ぽつりと落ちる黒い染み。漆黒がじわじわと拡がってゆく。
あれほど待ち焦がれたアンジールとのセックス。アンジールは呆れるほど丁寧にジェネシスを求め、身体を繋げた。何の不満も問題も無い。
無い── 筈だった。
それなのに……何故?
どうして──
今尚ジェネシスの心の隅に翳りを落とす『空虚』に、何よりジェネシス自身が戸惑いを覚えていた。
自分はずっとアンジールとの逢瀬を待ち望んでいた筈だ。どんな顔をして会えば良いのか分からなかったから、避けてしまっていたが再度の情事を夢想して自慰にすら耽っていた。
なのに── 何かが違う。何かが、自分の求めていたものではなかった。
解消されると思っていた身体の疼きも、未だぶすぶすと奥の方で燻り続けている。
ふと脳裏に過ぎる漆黒の森での出来事。あの晩の淫蕩な秘事。
ほんの少し想いを巡らせただけで、一気に身体の中枢を熱いものが駆け巡る。電撃のように走る鋭い熱に、諦めたようにジェネシスは色めいた溜め息を零した。
何かが……足りない。
アンジールと心身ともに結ばれれば満たされると思っていた。だが、何かが足りないのだ。漆黒の森での、あの狂気めいた一夜。あの夜と比べて足りないもの──
考えないようにはしていたが、あの晩の事を思い起こすとどうしてもセフィロスの存在がジェネシスの頭の片隅で自己主張を強くする。敢えて遠ざけていたセフィロスの存在が、否が応でもジェネシスの中で大きく膨らんで瞬く間に脳内を制圧していく。
あの晩の事があってから避け続けた、避け続けてしまったセフィロス。しかし、今ジェネシスはセフィロスを渇望している。ジェネシスの心ではなく、身体が── 身体の奥底から込み上げる抑えがたい疼きが、本能的にセフィロスを欲していた。

セフィロスが足りない──
セフィロスが欲しい──

自らの意思とは関係なく、剥き出しの欲望が脳内を占拠する。自分の気持ちとは裏腹に、意識がセフィロスにばかり集中してしまう。
そのお陰で、久しぶりに顔を合わせたミーティングでついついセフィロスの方ばかり見てしまっていた。いや、寧ろ凝視していたと云った方が正確だろう。
つい最近まで、あからさまに避けていた様子のジェネシスが、突如自分に熱い視線を注いでいるのが気に掛かったのであろう。ミーティングが終わり、他のソルジャー達がブリーフィングルームを退室した後もセフィロスは部屋に残っていた。
セフィロスを見詰めたまま、動けなくなっていたジェネシスもまた然り。結果、ブリーフィングルームに居るのはセフィロスとジェネシスの二人きりとなった。
どちらかと云うと人間関係に疎いセフィロスでも、ジェネシスが自分になにがしかの用事があるのだろうという事は推察出来た。だが、ジェネシスはブリーフィングルームの奥にとどまったまま動かない。近頃ずっとジェネシスには避けられている自覚があったが、思い切ってセフィロスの方からジェネシスに近付いていく。理由も判然とせず避けられている状況に、セフィロス自身いささか痺れを切らしていたのだ。
あの、漆黒の森で一夜を共に過ごして、てっきり二人の── いや、三人かも知れないが── ともかく彼等との距離が縮まったと思ったのに、却って遠くなってしまったようで憤懣やるかたない気持ちでいっぱいだった。仮にジェネシス側になにも用事が無かったとしても、一言物申したくなったのだ。
「……セフィロス」
距離が詰まった瞬間、不意に宙に浮く声。意外にもジェネシスの方から声を投げ掛けてきた。セフィロスはジェネシスの眼前で立ち止まり、彼の次の言葉を待つ。
「セフィロス──
もう一度、名を呼んで、左手を上げるとセフィロスの頬に這わせる。その声音は酷く切なげで儚く、それでいて甘く色めいて熱っぽい。ジェネシスは少し踵を持ち上げると、首筋を伸ばしセフィロスに顔を寄せる。微かに触れる唇と唇。僅かに震える唇と吐息。刹那、部屋の温度が上がった気がした。
自分でもどうかしていると思う。
ジェネシスは心の裡で自虐した。あれほど避けて回っていた英雄。あの晩以降もアンジールへの後ろめたさに苛まれ、軽はずみな行為を何度悔いたか知れないというのに、本当にどうかしている。だが、今現在、ジェネシスの身体は狂おしいほどにセフィロスを求め、昂ぶっていた。こうして、目前に立っただけで身体が火照り疼き始める。抑えが── 利かない。
アンジールと改めて結ばれ想いの丈を交わし合った。その矢先に、この始末だ。まるで誰にでも股を開く娼婦のような……いや、金銭が絡まないぶん娼婦よりもタチが悪い。
数日前迄は、あんなにもアンジールに恋い焦がれていたというのに、この体たらく。例え、この淫乱が── と罵られたとしても返す言葉すら無い。それでも……そこまでの自覚があってさえ尚、ジェネシスはセフィロスから視線を逸らす事が出来なかった。
熱を帯びた艶っぽい瞳。甘い吐息を漏らす濡れた唇。焦らされ続けたセフィロスを煽るには充分過ぎる材料だった。
絡まり続ける視線は再び近付いて、今度はより濃厚なキスへと発展していく。最早、交わす言葉も要らない程に、深く緩く、慎重であり大胆であり、激しくも優美だった。
奈落に、どこまでも堕ちていくような背徳的なキスの味。
蕩けるように甘く、脳髄が痺れるほどに苦しくて、呼吸さえも忘れて貪り合った。
つい先程までセフィロスは、何故、どうして……と、自分を避け続けてきた理由をジェネシスに問い詰めたくて仕方がなかった。詰問して非難したかった。だが、もうそんな些事はどこかへ吹き飛んでしまっている。今はもう、この腕の中にいるジェネシスを手放したくない。ただ、それだけ。
こんなブリーフィングルームの片隅では、どんなに強く抱き締めていても逃げられてしまうかも知れない。セフィロスは、ジェネシスと濃密なキスを交わしながらも、如何に彼を自室に連れ込もうか必死に考えを巡らせていた。

to be continued
2012/7/31‐2013/9/5
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