漆黒の森 (3)

眩暈がするほど長いキスが一段落したところで、セフィロスはジェネシスの身体を抱き竦め、完全に腕の中に収める。そうして身体の自由を奪ってから、その耳元に唇を寄せた。
「俺の部屋に……来ないか?」
一瞬びくりと身体を震わせると、ジェネシスはやんわりとセフィロスから身を離し、少し困ったような表情を浮かべた。暫しの間があってから、こくりと小さく頷く。迷っていたようだが、結局はセフィロスの提案を了承したようだ。
尤も、セフィロスを見上げる潤んだ碧い瞳、上気しほんのり朱に染まる頬を見て、セフィロスは確信していた。ジェネシスもまた、自分を求めているのだ── と。

部屋にまで連れ込めば、ベッドまで導くのは簡単だった。
いや、少々強引だったかも知れないが、ジェネシスだって覚悟の上で部屋まで付いてきたのだろう。多少の抵抗は気にせず、どうにかベッドに沈めキスの続きを再開すると次第に抵抗は薄れ、やがて甘い声が洩れてくる。相変わらず素直じゃない。普段からライバル視しているのもあって、セフィロスに対しては余計に頑ななのかも知れない。だが、一度折れてしまえば、あとは容易い。もともと貪欲な性格もあってか、寧ろ積極的に求めてくる。
ベッドの中で、お互い裸身となって身体を絡ませ合い、刺激し合い、求め合う行為は最高だった。久方振りの肌の触れ合いにセフィロスも一段と胸が高まる。しかも、今宵は完全に二人きり。途中で邪魔が入る事も、行為を中断する必要もない。何よりも、ジェネシスが他の男に抱かれる姿を見せ付けられる心配がない。思う存分、彼を独り占め出来る。
今まで特定の物事や人物に執着することなど無かったセフィロスが、ジェネシスに対しては殊の外強い独占欲を覚えていた。一体、いつからなのだろう?
あの晩、漆黒の森でアンジールとジェネシスの二人が親密な雰囲気を漂わせながら口付けを交わす様子を見せ付けられた。思えば、あの時から顕著になったような気がする。
あの瞬間、もうあの二人の間には立ち入る隙など無いのではないかと、軽く絶望さえ覚えた。だからこそ、余計に黙って見ている事が出来なかったのである。強引にでも二人の間に割って入りたくなった。
アンジールとジェネシスの絆がどれほど濃密で深遠なものであるのか、幼馴染みのいないセフィロスには窺い知ることも出来ない。だが、今ジェネシスの瞳には自分だけが映っている。少なくとも、こうしてベッドにいる間、夜が明ける迄はジェネシスを独占出来るのだ。そう考えると一層ジェネシスへの想いが強くなる。
うんと優しくして身体のすみずみまで感じさせたい。溺れさせ陶酔させたい。
うんと目茶苦茶にして声が嗄れるまで喘がせたい。泣く程によがらせたい。
考えれば考えるほど、自分がどうしたいのか分からなくなる。
傷付けたくはないと思っているのに、彼が許しを請うまで追い詰めたい。犯したい。泣かせたい。
だが、そんな無体をすれば、せっかく近付いた距離がまた離れてしまう可能性がある。彼に嫌われたい訳ではないのだ。
「あぁっ……は、ぅん」
抑え気味の控えめな喘ぎ声がジェネシスの口許から洩れる。既に彼は充分感じているようだ。さらに責め立てるのは得策ではない。
彼の裡に己の欲望をこうして突き立てるのは、あの晩以来の行為となるのに、まるで慣れた行為のようにセフィロスの抽挿に対してジェネシスは細かく敏感な反応を見せる。
乱暴に突き上げたくなる衝動を必死に抑えながら、セフィロスは最後まで紳士的にベッドで振る舞った。彼の機嫌を損ねるような真似はしたくなかった。どうしても、ジェネシスとの関係をこれっきりで終わらせたくなかったのだ。
事後も穏やかなものだった。お互い吐き出し満足した後も、肌を触れ合わせ抱き合い、時には軽く口付けを交わした。いつしか寝入ってしまうまで、そうして触れ合っていたような気がする。
朝方になって起き出すと、午後からミッションが入っているというジェネシスを部屋まで送ってやった。
部屋の前で名残惜しげに別れのキスを交わした頃には、すっかり恋人にでもなったかのような気分だった。何より、紛れもなく純粋に二人っきりで一夜を過ごせた事がセフィロスにこの上ない充足感をもたらしていた。

部屋の前で別れのキスを交わし、ぱたりと静かにドアを閉じる。と、同時にジェネシスはその場にひざまづいた。
思いがけずセフィロスと過ごした一夜はとても充実したものだった。だが部屋に戻り冷静になった途端に襲いくる後悔の嵐は、それ以上に凄まじかった。リビングへと続く廊下の途中でうずくまったまま、動けなくなる。その口許からは重い溜め息が零れた。
セフィロスが悪い訳ではない。セフィロスにも言えない、アンジールにも言えない。こんなのは自分勝手なただの我侭だ。
アンジールに対する申し訳なさと後ろめたさへの呵責が、さざなみのように絶え間無く押し寄せてくる。
何故、自分はアンジールだけで満足出来ないのか。どうして、セフィロスも求めてしまったのだろう。
あの漆黒の森で、淫魔という名の狂気に捉えられ、囚われてしまったのか。それが間違った事だという自覚が有りながら、逃れる事が出来ない。
セフィロスに抱かれている間は、アンジールに抱かれている時と比しても同じくらい幸せで離れがたかった。改めて触れ合ったセフィロスの体温は熱くて、溶かされてしまいそうだった。もっと、ずっと長く触れていたかった。心地よくて、更なる快感にジェネシスを駆り立てる高い熱量。だが、朝になって目が覚めると同時に強い後悔の念が襲ってきて、それ以上一緒の時間を過ごす気にはなれなかった。
もう二度と、セフィロスと二人きりで逢うべきではない。どんなに求めていても、どんなに求められていても、これ以上は傷付け合うだけだ。
ジェネシスが、その結論に達するまで、それ程時間は掛からなかった。
あの漆黒の森が特異だったのだ。異質だったのだ。あの時のことを引き摺っている限り以前の日常には戻れない。繰り返し、必死で自身に言い聞かせる。
ようやく立ち上がり、廊下からリビングを通り寝室へと向かう途中。隣室から物音が聞こえて、アンジールが在室なのだと気が付いた。当然、逢いたい……そう思ったが、とても今は顔を合わせる気分になれない。
セフィロスとの関係を続けてしまえば、こういった状況には何度も陥るだろう。しかし、こんな後ろめたい気持ちを抱えながらアンジールに会うのも、逢いたい気持ちを抑えて我慢するのも、どちらもジェネシスには耐えがたい苦痛であった。

セフィロスと二人で過ごした一夜から幾日か経ち、ジェネシスは再びセフィロスを避けるようになっていた。
結局、自分を苛んでいたどうしようもない身体の疼きが、セフィロスによって充たされたのかどうかさえ判然としない。セフィロスとのセックスも無論悪くはなかったが、相手がセフィロスであるという緊張感とアンジールに対する罪悪感もあって、心から官能を享受出来たとは云いにくい。
アンジールへの思慕の念も勿論あるが、こんな中途半端な心情でセフィロスとこれ以上深く関わるのは不可能だった。何しろジェネシスはセフィロスに対しても強い憧憬の念を抱いているのだ。どちらも大事な、大切な存在。だからこそ、耐え切れない。今の状態ではどちらに対しても不誠実が過ぎる。
ジェネシスがセフィロスを避けている事に、いずれセフィロスも勘付くだろう。決してセフィロスが嫌な訳でも不満がある訳でもない。寧ろセフィロスを想う気持ちがあるからこそ、彼と接するのが辛いのだ。しかし、彼を避けている理由を問い詰められたら、過不足なく自分の気持ちを上手く伝えられるだろうか。
無意識に自分で自分を追い詰め、不安になる。
不安な心は拠り所を求めた。
ふと、隣室から人の気配が漂う。アンジールが戻っているのだ。自然にジェネシスの足取りは隣室へと向かっていた。
室内に入ると、アンジールは既にシャワーを浴びた後なのかバスローブだけの寛いだ格好だった。
「なんだ、お前も帰っていたのか? ジェネシス」
明るく迎えられ、思わずしがみつく。僅かに水分が残る胸元に頭部を沈めると、静かに伝わってくる暖かい心音。セフィロスと過ごした一夜に罪悪感を感じない訳ではないが、やはりアンジールの傍が一番落ち着く。安心する。改めて、そう思った。
踵を持ち上げてキスをねだると、優しく返ってくる唇。
バスローブのはだけた衿元から覗く厚い胸板。自分よりも背が高くて、体格も良い。アンジールが半裸の状態だった所為もあるかも知れない。
優しく抱擁され、柔らかく唇を啄まれる。後頭部を支えるアンジールの手が赤髪に差し込まれる。その刹那ジェネシスの脳裏に突如セフィロスの影が過ぎった。
今まで似ていると思ったことなど無いし、そのように意識したことも無かったが二人は背格好や体格が似ているのだ。少なくともあの漆黒の森で、行為の途中から二人のどちらがどちらなのか判別が付かなくなってしまう程度には──
アンジールに抱かれキスを交わす、その最中さなかたちまちジェネシスの頭の中はセフィロスの事でいっぱいになってしまった。一度意識してしまうと、なかなか振り払えない。
途端にジェネシスの身体は熱く火照りだし、疼き始める。
身体の裡、奥底から急激に湧き出してくる激しい疼き。あの淫夜以来、ジェネシスの身体を昂ぶらせ悩ませてきた執拗な疼きが再び彼を支配する。
「あっ……!」
思わず洩れる小さな悲鳴。
ジェネシスの昂ぶりをアンジールも感じ取ったのか、よりしっかりと彼を抱き留め情熱的なキスを続ける。
「ぅん……はあ、待っ……て」
無理矢理に唇を外し制止の言葉を掛けると、ジェネシスはやんわりとアンジールを押し退けた。
「どう……した?」
名残惜しそうに唇を離すアンジール。目の前の幼馴染みは、やや暗い室内でも、そうと分かる程に頬を朱に染めている。自分とのキスで感じていたことは間違いない。だがその一方、潤んだ碧玉は困惑したように揺れていた。
「ジェネシス?」
「あ、その……。ごめん、アンジール」
済まなそうに俯くと、ジェネシスは慌てた様子でアンジールに背を向け、振り返りもせずに早足でアンジールの部屋を出て行った。久しぶりの逢瀬に期待していたアンジールは肩すかしを食らったものの、気まぐれな幼馴染みを見送って肩を竦めるにとどめた。後日、また改めて自分から訪問した方がいいだろう。彼に振り回されるのは今に始まったことではない。こういう時は下手に追いかけるべきではないと経験上、学習していた。
自室に戻ったジェネシスは、ソファの上で蹲って頭を抱える。自分でも困ってしまうほど混乱していた。一体どうして、何故── と。
先程のアンジールとのキスが、数日前のセフィロスと交わした別れのキスと重なって、セフィロスの姿を思い浮かべてしまった。
それだけなら未だしも、二人の背格好が似ているから……で片付けられるのだが、問題はそのあと。セフィロスの姿を思い描いた瞬間、何故あんなにも自分の身体は昂揚し舞い上がってしまったのか。どうして、あの執拗な身体の疼きが蘇ってしまったのか。
これでは、まるで──
自分の気持ちはアンジールにあると確信していたのに、それが一気に揺らいでしまった。
無論、今までもセフィロスに対して好意がなかった訳ではない。憧憬の念が強すぎて、素直に好意を示すことが出来なかっただけで── 。だが、それは親愛の情などとは全く性質が異なる。ましてや、恋愛感情など抱いている筈がないと、そう思っていたのに──
「俺は……セフィロスが── ?」
簡単には認めたくなくて、深い溜め息が洩れる。
アンジール、セフィロス。二人の姿を交互に思い浮かべても、惑うばかりで答えは出そうにもない。考え過ぎて頭痛さえ覚えた。
アンジールのことだけを思っていた時は、こんなに悩むことなど無かったのに── 。漆黒の森でアンジールとキスを交わした時は、本当に深い幸せを感じたのだ。間違いなく。
「セフィロス──
それがどうして、今こんなにも英雄に心を掻き乱されるのか。やはり、一夜とはいえベッドを共にしたのが過ちだったのか。英雄の体温の高さなど知らなければ良かった。
いつしかジェネシスの中で、セフィロスはただの英雄であると── 英雄として憧れているだけなのだと、切り捨てることが出来なくなっていた。セフィロスの体温を感じてしまったから。彼がただの英雄ではなく一人の熱い血潮の通った人間なのだと知ってしまったから。
傷付けたくなくて、傷付きたくなくて、避けて……避け続けてしまったセフィロス。だが、もうこれ以上自分を騙し続けることは出来ないのかも知れない。改めて彼と── 英雄と対峙する決断をジェネシスは迫られていた。

きっと、この自分の曖昧な気持ちはセフィロスと直に対峙しなければ、正体を明らかにすることは出来ないだろう。
セフィロスに会ってはっきりさせたいという探究心と、会ってはっきりさせてしまうのが怖いという恐れ。この期に及んで迷いが生じているのは確かだ。
しかし、このままでは、アンジールともセフィロスとも親友として上手くやっていけず、行き詰まるのが結果として目に見えている。どちらか片方だけならまだしも、両方とも気まずくなるのは今後ソルジャーとして勤務する上でも支障が出るだろう。
少しだけ。ほんの二言、三言、会話を交わして切り上げる前提であれば、何とか対面出来るかも知れない。会ってどうこうしようなどと高度なことは考えず、なにか適当に会話だけ済ませてしまうのだ。そう、例えばミッションの事で確認したいことがあるとか、予め口実を用意しておけば良い。
二人きりになるのは出来れば避けたかったので、神羅ビルの内部で声を掛けてみることにした。まだ夕刻前。今の時間ならば、恐らくソルジャーフロアにいるはずだ。ビル内部に入ると、エレベーターで49階へと向かう。ソルジャーフロアに到着し少し歩くと、ロビーで佇むセフィロスの姿が目に入った。
ソルジャーフロアは思いの外閑散として戸惑ったが、人が全くいない訳ではないので静かにセフィロスに近付く。ここまでは思惑通りだ。
「セフィロス」
下界の景色を眺めていたのだろうか。ロビーの奥の方、窓際に立っていたセフィロスは声を掛けるとすぐに気が付いて、ジェネシスがいる方へと振り返る。ジェネシスは出来る限り平静を努めた。
「今度のミッションで、二、三、確認したいことがあるんだが……」
赤い髪を掻き上げて、なるべく英雄を直視してしまわないようにさり気なく視線を逸らす。目を合わせると見透かされてしまいそうで嫌だった。ジェネシスは更に言葉を続けようと、再び口を開きかける。と、何か云う間もなくセフィロスが目の前まで近寄ってきた。合わせるつもりのなかった目と目が合って、暫し口を開けたまま呆けてしまう。
目の前に立ちはだかるセフィロスは、悠然とジェネシスを見下ろすとおもむろに唇を寄せてきた。何か一言でもジェネシスに言葉を掛けるでもなく、唐突に──
ジェネシスは驚いたのもあって、その場がソルジャーフロアのロビーであることも忘れ、英雄の口付けをおとなしく受け止めてしまう。位置的に周囲からは死角となっているし、フロアには殆ど人が居ないようだったから見られてはいないだろう……多分。
久しぶりのセフィロスとの口付け。やはり、自分はセフィロスを求めているのだろうか。不快感はなく、もっと深いキスを求めるように気が付くとセフィロスの背中に両腕を廻していた。
「ん……ふ、はぁ」
情熱的な口付けに陶酔の声が洩れる。夢中になったジェネシスは、その身体付きや筋肉を確かめるようにセフィロスの背中をまさぐった。そうして、気が付く。
やはり、似ている── と。
よく知るアンジールの背格好、体格。ほぼ同じだ。肩幅も近い。しかも筋肉の付き方まで似ているようだ。これはソルジャーとして、鍛え方自体が似ている所為なのだろうか。不覚にもジェネシスはセフィロスのキスを受けながら、アンジールのことばかりに思いを馳せてしまった。
これでは、まるで先日とは真逆。そのことに気が付いたジェネシスは、慌ててキスを制止するとセフィロスに背中を向け黙って立ち去ろうとする。
「どこに行く? 俺に用事があったんじゃないのか」
── やっぱり、いい」
投げ捨てるように吐き出すと、ジェネシスは本当にセフィロスの前から、いやソルジャーフロアからも立ち去ってしまった。

結局、セフィロスと何か話す作戦は良い結果をもたらさなかった。それどころか、一方的にキスまでされてしまった。あれは全くの予想外。不覚だった。敢えて人目のある場所で会った甲斐がない。だが、あのキスで解ったことがある。
セフィロスとキスを交わしている間、ジェネシスは殆ど無意識にアンジールと比べてしまい、アンジールのことばかり考えていた。先日とは全く逆の現象が起きてしまったのである。
つまり、ジェネシスの気持ちは完全にセフィロスに傾いてしまった訳ではないらしい。
セフィロスに会えば、自分の気持ちがはっきりするという根拠のない自信があったのだが、思惑とは違ってしまった。事態が好転したとは言い難いが、自分の気持ちがアンジールから離れてしまった訳ではないと解って、ある意味ジェネシスは安堵していた。
少し気分が落ち着いたジェネシスは、自室に戻ってアンジールの帰りを待つ。先日、キスの途中で無理矢理彼の部屋を出ていってしまった。その非礼を詫びて、改めてゆっくりアンジールと過ごしたい。アンジールと落ち着いた緩やかな時間を共に過ごしたい。予定通りならば、もう間もなく帰って来るはずだ。そう思っていると、不意にノックの音が響く。
想い人の帰還だ。咄嗟にそう思ったジェネシスは慌ててドアに向かうと、躊躇いなくドアを開け放った。
「アンジール!」
弾む声で、来客を迎える。だが、そこに立っていたのは幼馴染みではなく、神羅の英雄セフィロスだった。
驚いて目を丸くするジェネシスを尻目にセフィロスは室内に侵入してきた。先刻、ジェネシスがアンジールの名を口にしたことで些か不機嫌らしい。眉間に僅かながら皺が刻まれている。呆然と立ち竦むジェネシスを難無く捉えると、廊下の壁に押し付けた。
「セフィロス、待……っ!!」
有無を言わさず唇を唇で塞がれる。
「ん……ふ、嫌……だ」
まだ自分の気持ちもはっきりと定まらないうちに口付けを強要されるのは不快だった。結論を急かされているようで、気分が悪い。
セフィロスは唇を離し、ジェネシスの顔の脇に片手をついて動きを制限する。
「アンジールと約束でもしているのか?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
一段と低い声での詰問に、ジェネシスも強く抗えない。それでも、何とかセフィロスの追撃から逃れようと、必死で彼の身体を押しやっている。
しかし、容易く肩口を押さえ込まれてしまい身動き出来ない。その隙に、再度顔が近付く。
「やめ……セフィロ、ス……んっ」
嫌だと思うのに、口付けられると感じてしまう。息が上がり、頬が熱い。目端には涙が溜まっている。官能に素直な自分の身体が憎い。意識も朦朧としてきた。
その朧げな意識の端で、腰の辺りに何か固いものが当たるのを感じた。最初は何か分からなかったが、セフィロスが腰を押し付けているのだと気が付いて更に動揺が走る。
レザーパンツの下で、彼の雄は既にこんなにもいきり立っているのだ。どう考えても、キスだけで済む筈がない。
「んっ……セフィ、ロス! 待って……くれ」
何とか、この状況から抜け出さなくては── 。いまの曖昧な、中途半端な気持ちのまま流されてしまうのは嫌だった。迫るセフィロスを押し止めて、自分の思うところを伝えようとする。
「俺は、あ……アンジールが──
いや、違う。そうではない。アンジールもセフィロスも大切で、恐らく自分はどちらも求めていて、選べなくて……。混乱を極めた頭では、上手く言葉にしてまとめることが出来ない。
「そんなにアンジールの方がいいのか?」
低く冷めた声音が内耳ないじに突き刺さる。是とも否とも応えられない。答えに窮するジェネシスを更に追い詰めるが如く、隣室のドアが勢いよく閉められる音が響いてきた。今度こそ幼馴染みが帰宅したのだ。
「アンジール……!」
思わず気を取られるジェネシスの隙をついて、セフィロスはジェネシスの肩を鷲掴むと無理矢理身体の向きを反転させた。身体の前面を壁に押し付けられ、背後からセフィロスが覆いかぶさる。
「やめろ、セフィロス。アンジールが帰って来ているんだ」
隣室に聞こえないように音量を絞って抗議の声を上げる。小声ではあるが語気は強い。だが、セフィロスはそんなことお構いなしといった風情でジェネシスの身体をまさぐってくる。
「では、お前がおとなしくしていれば良い」
なお抗おうと、セフィロスの腕の中で暴れるジェネシスを押さえ付け、口許に何かを捩込まれる。口内に広がる皮革の味。いつの間に外したのか。英雄の黒い革の手袋が、ジェネシスの口に噛まされていた。
「んっ── んんっ」
抵抗しようとも最早くぐもった声しか出てこない。狼狽するジェネシスを嘲笑うかのように、セフィロスの魔手は着実に彼の着衣を乱していく。
二つあるベルトのバックルを外し、ジッパーを下ろすと躊躇いなく下半身の着衣を下着ごと引き下ろした。そうして、間髪を入れずに行き成り後孔へと自身を押し当ててくる。
「ぐぅ……んっ!!」
ジェネシスの悲鳴にもならない呻きが洩れる。痛みと屈辱とで涙が頬を伝う。
今こうしてセフィロスに犯されている間にも、隣室のアンジールはコートを脱ぎ、キッチンでコーヒーを淹れ、リビングのソファに腰掛けると不在の間に溜まっていた新聞紙を広げる。
熟知している幼馴染みの行動は、隣室から微かに伝わってくる音を聞いただけで手に取るように分かった。先程まで逢いたくて心待ちにしていたアンジールが、たった一枚の壁を隔てた向こうにいる。
前方に確かなアンジールの気配を感じながら、背後からセフィロスに貫かれているという奇異な状況。セフィロスは隣室の様子など全くお構いなしに容赦なく律動を繰り返す。まるで漆黒の森での一夜を想起させるような現況に、ジェネシスの心拍数は上がり、体温は急激に上昇する。
「んん── っ!!」
革手袋を噛まされていなければ、悲鳴に近い絶叫を上げてしまっていたことだろう。それ程までに強い昂奮を伴う衝撃がジェネシスの肉体を走り抜ける。この上ない官能と陶酔。滾る欲情。逸る心臓。
両膝はがくがくと震え、壁に寄り掛かっていても、立っているのさえやっとだ。
壁一枚向こうにアンジールを強く感じながら、内壁をえぐるようにセフィロスから与えられる背徳的な刺激。
外と内。聴覚と触覚。気配と実体。
例えようのない快楽がジェネシスを犯し、気が付けば先走りがぼたぼたと床の上に滴っていく。
「んっ、ぅ……んんっ!!」
恐らく猿轡を外してやっても、もうまともな言葉は発せまい。絶頂の際まで追い詰められたジェネシスは、螺子の切れた人形の如くセフィロスにされるがままだった。
隣から漏れ聞こえてくる幼馴染みが立てる生活音が、この異常事態を更に際立たせている。壁一枚隔てた向こうとこちらで平穏と険呑が隣り合う。ソファに腰掛け新聞か雑誌を眺めながら、のんびりとコーヒーを啜るアンジールと、幼い頃から憧れ続けた英雄にレイプと云っても差し支えないほど強引に性行為を強要されているジェネシス。
何よりも異常なのは、この状況に深い愉悦を覚えている自分自身だ。
重い絶望を抱えたのとほぼ同時に抑え切れない衝動が身体の中心から込み上げ、ジェネシスはとうとう達してしまった。壁と床とに白濁が飛散する。誤魔化しなど利かない。セフィロスにも、如何にジェネシスがこの状況に昂奮し、欲望にまみれ、劣情を覚えたか、手に取るように伝わってしまっただろう。
何しろセフィロスは、背後からずっとジェネシスの仄かな表情の揺れを、僅かな挙動の違いを、微かな反応の変化を観察して愉しんでいたのだから。
セフィロスは確実にジェネシスが奈落に踏み込んだのを確認したのち、悠然と己れの欲望を白濁と共にジェネシスの裡へたっぷりと注ぎ込んだ。
意識が── 途切れる。
茫然自失。そう表現するのが相応しいであろう状態に陥って、ジェネシスは知らず床に膝を付いていた。
息が荒い。そのうえ口許を黒い革手袋で塞がれているものだから、呼吸困難に陥っている。床に座し、背中で壁に寄り掛かり、身体への負担を軽減しても一向に整うことはない。壁面も床面も二人の吐き出した白濁で汚れていたが、それを構うほどの余裕はジェネシスにはなかった。
乱れた呼吸のまま、セフィロスを藪睨みする。一応、抗議の意を込めたつもりだが、却って彼を煽る行動であることも承知の上。案の定、セフィロスの利き腕がすっとジェネシスの口許に伸びて、猿轡として噛まされていた革手袋を取り除く。ようやく解放されたジェネシスの口は、多くの酸素を取り込もうと激しく喘いでいた。だが、それも束の間。
セフィロスの利き腕は次にジェネシスの顎を捕える。と、無理矢理に上向かせた。顔が近付いて、そのままゆっくりと、しかし力強く唇を塞がれる。まるで逃れることなど許さない、隙のない濃厚な口付け。ただでさえ乱れていた呼吸が、ますます息苦しくなる。
苦しい。熱い。
つらい。溶ける。
脳髄の奥が痺れるのは、呼吸困難ゆえか、蕩けるあまり思考が麻痺しているのか。
隣室から響く音が途端に遠くなり、いつしか聞こえなくなる。
静かな室内に響くのは、お互いを求め合う度に擦れる衣擦れの音と、粘着質な唾液が絡み合う音のみ。

to be continued
2013/9/26‐10/16

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